地下迷宮
魔物、魔法とくれば迷宮探索でしょ
出口がないとはいえ、様々なものが置いてある。甲冑や本棚、石板など、生活用品と呼べるものから個人で置くにはおかしなものまで。
「休憩場所か?」
ロウが暗に道を間違えたのではないか、と言った。
「んなわけねえだろ」
今も空間把握でこの下に階段があることはわかっている。
だがそこに繋がる道がない以上、ここから向こうに行くためには何らかの条件を満たさなければならないらしい。
空間転移が使えればよかったのに。
壊すと階段が使えない可能性がある以上、下手な真似はできない。
「やっぱりこれだよね」
アイラが指したのは他でもない、怪しさ抜群の石板であった。
縦1メートル×横4メートルほどのそれは長々と一つの文章が書かれていた。
『右は正しく、左は放置された。
段階の放置された得るを兎の頭に変えよ。さすれば宴とならん。
宴の中心の部位を二番目の文字に変えよ。以って我が名を反逆者となさん。
自分自身の舞を本に変えたものに愛の放置された隣を加えたものを横にずらせ。
現れた肝臓の愛を愛の最後に変えたものを下に倒せ。
蝋燭に由来せしものを時計回りに回せ。
地下への扉さすれば開かん』
なんだか何かを思い出しそうなわけのわからない文章だった。
古典文法と口語の混ざったそれは、地下への入り口の行き方を示しているのはわかる。
「本? 本を横にずらせばいいの?」
違うだろ。
「蝋燭に由来せしって……この部屋には魔導具の灯りがいくつもあるんだぞ」
そう、この部屋には電灯タイプの灯りが四つとシャンデリアタイプの灯りが一つあった。
下に示されているのが電灯タイプの順番だとしたら。
最初の文章の意味がさっぱりわからない。
机の上の羽ペンは山吹色で、あまり見たことのない色の羽だった。だけど紙は全然なくって、引き出しの中にはファスナー式の小銭入れがあってその周りに数枚のコインが散らばっていた。
書斎というには荷物が少なく、休憩所と言うにはベッドはない。
椅子は二つに深い赤色の絨毯にはバラのような模様があった。
あちらこちらと探して見るも、文章らしきものは壁に掛けられた石板にしかなかった。
「変だよね。こういうのって古代言語とかが相場なのに」
そうだな、その感覚は俺の前世の専売特許なんだがな。
とそこまで考えたところで強烈な既視感が俺を襲った。
古代言語、違和感のある文章。
何かを見落としたような、そんな感覚に思わず石板を二度見した。
『右は正しく、左は放置された。
段階の放置された得るを兎の頭に変えよ。さすれば宴とならん。
宴の中心の部位を二番目の文字に変えよ。以って我が名を反逆者となさん。
自分自身の舞を本に変えたものに愛の隣を加えたものを横にずらせ。
現れた肝臓の愛を愛の最後に変えたものを下に倒せ。
蝋燭に由来せしものを時計回りに回せ。
地下への扉さすれば開かん』
どこか中二臭いその文章もそれを計算してのことだったのかもしれない。
「アイラ、それだ」
「古代言語?」
「お前の言葉がヒントになった」
「ヒントってなによ」
ああもう。だからこの世界は。
同じ言語を使っていても根本的に違うんだよ。
そしてこれまでの旅で何度も経験したその齟齬こそが今回の鍵となっていたのだ。
「右は正しく、左は放置。それはrightとleftのことだ。同音異義語のことを指しているんだ。そして有名な同音異義語を出すことでこれが英語だと気づかせるための導入文だったわけだ」
「ライト? レフト? レイルは古代言語が使えるの?」
リオの疑問は的外れというほどでもない。異なる言語には違いないのだから。
「それってレイルくんが生まれ変わる前の世界ではたくさんの言語があったのと関係がある?」
俺の過去をよく聞いていたからか、誰よりもそういうことには鋭いアイラから指摘がとんだ。
「ああ。英語っていうのは俺の元の世界で公用語となっていた言語だよ」
「二人は何を言ってるの?」
記憶を持って生まれ変わったという話を唯一知らないリオは頭上でクエスチョンマークが回っている。
「で話を戻すが、段階はlevel。それの放置された、つまりは横書きにおける左手のことだな。左の得るっていうのはL、小文字にするとl。それを兎の頭に変える。兎の英語はrabbit。その頭文字はrだ。すると出てくる単語はrevel。お祭り騒ぎを意味する名詞だ」
ここでようやく導入文の半分が終わった。
「revelの中心の部位っていうのはvのことだ。それをアルファベットの二番目、bに変えれば反逆者を意味するrebelになるんだ」
アルファベットというものだけはこの世界にも伝わっている。だがそれは甲乙丙丁のように順番だけが伝わっており、言語を構成する文字だとは思われていなかったらしい。
そしてここからが本題だ。
ここでようやくこれらの文章が英語にまつわる暗号だと示すことができるようになった。
次の文章こそが地下への入り口を開けるための文章なのだ。
微妙にお祭り騒ぎとかを使うあたり、小学生が作れるような暗号ではないことは確かだ。
「自分自身、myself。その舞、myを本、bookに変える。そこに愛の放置された隣、左隣だな、つまりはアルファベットのhを加えるとbookshelf、本棚になる。それを左にずらしてくれないか?」
俺に言われて一番本棚に近い場所にいたリオが本棚をずらした。
すると本棚の後ろに大きな穴があり、その中には一本のレバーがあった。穴の向こうの壁からこちらに向かって出ている。
「そこでレバーだ。肝臓はliver。その愛っていうのは二つ意味があって、一つ目の変える愛は小文字のi。そして愛の最後での愛は単語としてのlove、その最後の文字はeだ。すると機器を操作するための棒という意味の単語、leverとなる。それを下に倒してくれ」
一緒になって覗き込んでいたカグヤがレバーをがこんと下に倒した。
ガガガガと物々しい音がして何かが動いたことがわかる。
「最後にこれが一番面倒くさいんだが、蝋燭に由来したもの、それはシャンデリアだ。この部屋の天井の中央にあるシャンデリアを時計回りに回さなきゃならない。それは俺がロウを肩車することにしよう」
そりゃあ俺だって可愛い女の子たちが肩車しあってる方が見た目にもいいし、運が良ければ下着だって見れるという楽しみがあるかもしれないが、こんな場所でそんなことを実践するのもかわいそうなものである。
獣人だから履いてないとかだと気まずいし、それを聞ける雰囲気でもないとかいうのは置いておいて。
ロウは鍛えてないわけでもなくって、俺よりも実戦経験豊富な彼はどちらかというと細身の筋肉質で見た目よりは重い。
お互い魔法を使えないので俺が下になったのはいいが、こりゃあ男女の肩車というラッキーイベントは起こせそうにない。
強いて言うならカグヤならロウを肩車できるとだけ言っておこう。
「もう少し、もうちょい右」
「ふんっ」
「よし。おりゃぁっ!」
無様に四苦八苦しながら回せたところで肩車を解除して座りこんだ。
何かのつっかえ棒がとれたかのように床の一部が斜めに傾いて地下に向かって入り込んだ。
「すごい。本当にレイルの言う通りにやったら開いたの」
地下への入り口があった。
おそらく国の王や一部の人間はこの迷宮を簡単にクリアできるような地図などを伝承されているのだろう。
この世界に英語がない以上、あの謎を解くことができるのは俺の前世の世界からのトリッパーか転生者だけである。
「まさかここに仕掛けを施した者の中に転生者か漂流者、召喚された者のどれかがいたなんてな」
「レイルの世界の人間でないと解けないんでしょう?」
「ああ」
あれ? だとしたら目的はなんだろうか。
獣人の国へと向かいたいという、この世界に来た元の世界の人間の多くが望む希望を叶えやすくするためにヒントを残してくれたってことか?
なるほど。だとすればここを作るのに携わった異世界人はよほど理解があるとみえる。もしも会うようなことがあれば是非お礼を申し上げたいものだ。
コツン、コツンとやけに足音の響く階段を俺が先頭、背後にロウで間に女性陣を挟んで降りていった。
空間把握と隠密の二人が先頭と殿をつとめるのは極自然なことだ。と誰にでもない言い訳をしてしまうのは前世の日本人としての性か。
ロウは足音が消せないことに苛立ちを覚えるらしい。先ほどから靴や足の感覚を確かめたりしているのが空間把握で確認できる。
「イヤな感じなの」
連れてきてやっといてイヤなとはなんだと責めるのはお門違いだ。
五感が鋭い彼女が言うということは、目には見えない、気配にもない形の危険があるかもしれないということだ。
一層警戒を厳しくしながら進んでいった。
「なんだ、拍子抜けだな」
ここまでは部屋の前のように罠もなければ複雑な構造もなかったのだ。
綺麗なまでの一本道にむしろ怪しさが増して、ここまで来るのに随分と気を張った。
「でもこれはまた嫌な三択ね」
たどり着いた場所には三つの扉があった。
回りくどいけどギミックはさほど難解ではない謎解き編でした。
rebel、levelはともかく、revelはあまりわかりにくいような気もしますね。
left、rightは常識の範囲内ですが……シャンデリアがロウソクに由来しているっていうのは知ってないと無理ですかね。
どうせ回せるのはシャンデリアぐらいだし、問題ないような気もしますが。
それに隠し通路と言えば本棚の裏ですよね。
某有名な"夫が外国人"的な題名のマンガでは英単語の由来について語っていますが。