こんなものも
リオの答えを誘導しきった俺はその返答もまた予め決めてあった。
「任せろ」
もちろん、こいつをダシにして獣人国家へと突入するつもりだ。排他的な他種族であろうと、仲間を連れてきた相手を無下にはできまい。
三人がついてくるかはあまり心配していない。今の俺なら一人でも獣人の国へ送ることぐらいはできる。それに三人は俺と似ているところがある。それは未知への好奇心とも言える何かだ。
魔族、獣人、人間と三大種族が大陸を分かち、離れて暮らすようになってから長い時が過ぎている。交流こそ細々とあれど、国家同士における交流がない。それはお互いの情報の欠落を示す。
ここ数世紀の歴史の中で多くの書物が失われてきた。
盗難、戦争、災害……時には弾圧。
邪悪な他種族の書物を置くなんて教理に反するなどといった戯言を間に受けた熱心な信者の手によって処分されたものも多い。
情報はなにより武器であるというのに。
そんな状況下において未知の大陸にいく機会を逃すはずもない。
この前もついてくる気満々だったし。
「ちょっと別の場所にも寄るけど、それでもお前が一人でいくより三倍以上早く着いてみせるよ」
まあ最初は何を言われたかわからないよな。
一人だからといって三倍遅くなるわけではないのだから。
空間転移についても話さなければならないが、隠すほどのことでもない。
「レイルはたいそうなの」
あまりの物言いに自身の常識を捨てきれないでいるリオ。
アイラが俺をバカにしたと思ったのか、かちゃりと銃の予備動作の音をたてた。
「やめろっつーの」
こういう風に信じてない人間の常識こそぶっ壊すのが楽しいのに、今から心の準備をさせてどうするんだ。
こういうのはサプライズドッキリこそ至高だろうよ。
「まあついてくればわかるって」
◇
俺たちは獣人大陸へと繋がるゲートが存在する場所へと向かった。
その途中、空間転移でこれまで訪れた場所を再び訪れた。
悪魔の屋敷や古城など、既についてきている奴らの場所こそ行かなかったものの、エルフの里、妖精の湖にウィザリアにガラス、リューカとそれぞれに事件のあった場所にいった。
お調子者の妖精やエルフの人たちには俺が名前を貸している自治区が国へと認められた祭典を行うからその時はきてほしいと頼んでおいた。
カレンやキリアは複雑な顔をしていた。彼らに何か進展はあったのだろうか。
サーシャお姉さんに決闘を再び挑まれたので、短距離転移で回り込んで背後から剣を当てて終わらせた。開始二秒のことである。
空間転移を使えばそれぞれの場所へ滞在する時間のみで回ることができるので、まともに旅をするよりずっと早かった。
本来は二ヶ月ほどかかる道程も、空間転移の多用によって僅か二週間にまで縮まった。
「本当にこんな短時間でついちゃった……」
獣人大陸へと向かう転移門は古代遺跡の中にある。
古代遺跡には多くの罠が仕掛けられ、複雑なパズルのような迷宮をくぐり抜けることで転移門のある部屋まで辿りつくことができるようになっている。
ここは多くの転移門の中で唯一大量の人員を転移させることができる大規模転移門であるからだ。
度重なる大戦が終わりを告げたとき、軍事的に悪用されないよう、そして不用意にお互いが干渉しないようにこの遺跡が建てられたのだとか。
おかげで獣人国家サバンとの交流は殆どない。
海を渡れる、空間転移を使える、またはこの遺跡を踏破できる、そういったある程度の実力者だけがお互いの大陸を行き来できる。
だが魔族国家ノーマが軍事用の大規模転移門を保持していたように、小規模の転移門ならば幾つかの国の城にはあると言われる。
ちなみにギャクラにはない。
魔族国家ノーマがウィザリアさえ凌ぐ魔法の発達した国であるが故に、大規模転移門を国で保持などという真似ができたわけで、こんなものはこうして自然に存在するものしか人間は見ることがない。
通常の転移門が小規模であるのは空気中の魔力を使用するからである。
俺もそうだが、空間術というものは本来別次元からエネルギーを借りるべき術であるのだ。
魔族国家の大規模転移門はそれを人力というか魔族の魔力に頼るから大変なのだ。
この場所の大規模転移門はそういう点で最も優れた転移門だと言える。
「はあ……単なる迷宮なら簡単だったんだけどな」
ここは随分と厄介な迷宮である。
多くの迷宮にかけられがちな魔法や術の使用を封じる結界が張られている。
おかげで空間転移が使えない。
魔力感知と同じ類の空間把握は使えるが、罠や謎解きを組み合わせることで単純な迷路とは一線を画する。
ただ、ここはあくまで足止めのための迷宮なので、殺すための罠というものはないと聞く。
諦めたという話はよく聞くが、帰ってこなかった者はあまり少ない。
そりゃあ死のうと思えばどんな場所でも死ねるのだから数人帰ってこなかったところで不思議でもない。
「よし、入ろうか」
ここからが本番であるということだ。
石畳の床にレンガ造りの壁。
ところどころに配置された明かりは入り口で魔力を込めることでつくタイプのようだ。
ステレオタイプな迷宮は冒険者なら一度は挑戦すると言われる浪漫の塊である。
「あ、そこ踏むとへこむぞ」
「そこ不自然だから通るときに見とけよ」
罠はロウと俺がいれば全然引っかかる気配がない。
ロウはそういったものに精通しているし、俺は空間把握で何がどこにあるかがよくわかる。
問題は罠だとわからない罠だ。
「魔物は全然いないのね」
「なんか退屈ー」
カグヤとアイラは少し暇を持て余したようだ。
警備の必要がない上に男子勢が罠を見つけるおかげですることがないのだろう。
「もっと苦労すると思ったの」
緊張もほぐれてきたところで、リオがそんな風に言った。
「ほら、そこ。石畳の色が違う」
「そこは下に空洞があるから落とし穴だ」
人が四人並べばギリギリといった迷宮は目的通り少人数のようだ。
罠の方もそりゃあかかれば痛いこともあろうが、落とし穴にはトゲがないし、いきなり鉄塊が降ってきたりもしない。
随分と親切設計である。
と思っているのは俺たちだけのようで、迷宮自体は結構複雑なものだ。
もちろん紙とかに描かれてゴールまで行けと言われればなんとかなるだろう。
だがこの場所を歩きながらマッピングして迷うなというのは方向音痴な俺には到底無理だ。
空間把握まで封じられてたら詰んでたな。
だがこれは便利だ。
魔法が使えるためにはある程度自分の魔力が感じられなければならない。
それと同じように空間術の基礎としてあるこの技は魔力を使わないがためにこの場所であっても封じられることがなかった。
SFでありがちな立体地図、その中をカーナビやスマホのGPSのように現在位置を把握しながら進むというのは楽にもほどがある。
攻略本片手にゲームというか、電子辞書片手に単語テストを受けている感じというか。
とにかく序盤は問題なく進むことができた。
「あれ?」
地下に二階ほど降りたとき、ようやく迷宮が一段落したようだ。
これからは迷路ではなく謎解きになるらしい。
出口の見当たらない部屋に到達したのだ。
なんだか冒険者らしいことしてますね