故郷巡り
懐かしのギャクラで世話になった人たちへの挨拶。なぜか隣には獣人の女の子。
いくら差別がマシな国とはいえ、獣人を城に招きいれるというのは咎められることなのだろう。
だからフードを被らせたりして隠すこともできたのにしなかったのにも理由がある。
リオには少し自分を見る目というものを体感してもらおうかと思ったのだ。
ここに来る道中も道ゆく人々からは不躾な視線が浴びせられ、その隣にいる俺たちを見て納得したような様子が見られた。
現に兵士には止められたしな。
だがリオは予想以上にそこらへんは図太いようで、一人になるのは怖いくせに他人の視線は気にしないようだ。
それがどうやってリオの中で折り合いがついているのかは俺にはわからない。
久しぶりに勇者候補の資格が役に立ったというどうでもいいような喜びを胸に城門をくぐった。
中の人に案内されてレオンの元への最短距離をゆく。
向こうから駆けてくる人物がいる。
当然のようにレオンだった。この城内を走っても咎められることのない人物など限られていて、俺たちが来ることで駆けてくるなんてレオンしかいなかった。
しばらく見ないうちにすっかりたくましくなって、あどけなさも抜けている。こんなのだったら王子の肩書きがなくとも女が放っておかないに違いない。
「よう。レオン。久しぶり」
手をあげ、あまりに気軽な挨拶にツッコむこともなく俺たちの前でレオンは止まった。
「おおおおお前というやつは!」
右手の人差し指で俺かその後ろぐらいを指差してわなわなと震えている。
恐怖ではなく怒りだろうか。だが思い当たる節が全くない。
ここ数年会っていないレオンがどうして再会直後に怒っているというのだろうか。
「やっほー」
アイラも挨拶をした。
ロウとカグヤについては単なる同級生ってだけだったので、あまり気楽なとは言い難い挨拶ではあった。
リオなんかは呆然として挨拶することさえ忘れてレオンを見ている。
うんうん、わかるよ。
城を全力疾走して旧友に怒りの眼差しを向ける。こんなのが王子様なんて信じたくないもんねえ。
「レイル! お前ならレオナを任せてもいいかと思ったのになんだ、その女は! アイラは仕方ないにしてもレオナにアイラを誑かしておいてまだ女を引っ掛けてくるか!」
はあ? なんの話だ?
「ああ、えーっと、うちはリオともうします。え? と、王子様なんですか?」
完全にテンパったリオはしどろもどろに自己紹介を終えた。口調に違和感しかない。
他の人間が奴隷と勘違いしたのに、こいつだけは独特の感性を持っているというか、いや、こいつが俺のことをよく知っていて、一般に思われるような奴隷を連れて歩くことはないという信頼からくるものなのかもしれない。
それに奴隷を連れて城には入らないしな。
「レオンくん、違うから」
アイラの底冷えのするような声音に思わず体を強張らせるレオン。
そこにはない銃があるかのようだ。友人にさえその底知れない覇気を向けるアイラは俺の一部を苛烈にしたような、そんな気性をしている。
少なくとも俺は凄むのが苦手だから、仲間が凄めるぐらいでちょうどいい。
「なんだ、誤解か。だがお前が種族を無視していろんな女を連れていると聞いてな!」
女と聞いて四者四様の反応を見せた。
顔を赤くして怒ったようなリオ、いっそう険しくなる
「ミラのことだよ。あいつは死神だぞ? 女に数えるのも馬鹿らしいほど次元が違う」
次元が違う。自分で言い訳に使っておいてどこか傷ついていた。
そう、誰よりも種族を無視して友達を、仲間を、信頼できる大切なひとを作ろうとしたのは他でもない俺なのだから。
だがそんな痛みは次のレオンの言葉で霧散した。
「それがどうした? 何も気にしないのがお前だろ?」
そうだ。こいつもまた、俺をわかろうとしてくれている人の一人であったのだ。
「王様にはこの前会ったから挨拶はいいや。レオナは知ってるだろうが俺の自治区にいるよ。ちょっと回ってくるけどすぐに帰ってこれるから」
「なんだ。もう行くのか。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「ここに一番に来たけど他にも挨拶しておきたい人たちもいるからな」
「ああ、そうだ。気をつけておいてほしい国があるんだが」
「ヒジリア、だろ?」
「なっ」
一介の冒険者で同年代の友達に頼むことじゃないことを考慮すると、どちらかといえば警告だろうと俺はこのときさらりと流した。
レオンもわかってるならいい、とそれ以上追及はしなかった。
「頻繁に帰れよ」
以前であれば聞くことのできなかった頼み。空間転移で移動時間というものの大半を無視できるようになった今は自然と頷くことができた。
その後は自由行動とした。
アイラは実家に顔を見せにいったようだ。
俺たちは稼いだ金を六等分して、三分の一が四人の旅資金として、一人あたり六分の一ずつの額を分配している。
アイラはその一部を父親に渡すつもりらしい。
あまり一緒にいてあげられなかったから、せめて家の負担でも軽くなればとのことらしい。
カグヤとロウはあまりいくところもないのか、かつて暮らしていた小屋を見に行った。
自然とリオは俺の後をついてくるかたちとなった。
俺は懐かしの薬屋に寄って挨拶がてら大量の薬や毒、希少なものを買い込んだ。
普通は懐かしの、と枕詞がつくのは駄菓子屋の方がしっくりとくるものだが、なんだからしくって笑えてしまう。
シリカやフォルス、多くの同級生が色々な場所で働いていた。
プー太郎は俺らぐらい……って俺らはいいんだよ。もう四人ともが一生遊んで暮らせるぐらいには稼げているからな。
駆け出しの冒険者としては異常な稼ぎだ。
短期間で稼げてしまった冒険者パーティーは長続きしないと言われる。
理由は想像がつく。稼いでしまったことによる慢心、もう冒険者をやめて田舎でのんびり暮らしてもいいんじゃないかという安堵、稼ぎの山分けに関する仲間割れなどいくらでも解散の要因はある。
俺たちはそれぞれにあまり金自体には執着がないから、そこまで問題にもならないし、道楽でやってるようなところもあるからな。
いや、俺はお金が稼げた方が楽しいぜ?
「レイルは……顔が広いの」
行く先々で武器屋から貴族まで、多くの人に顔を覚えられていたことを言っているらしい。
「そりゃあ……勇者候補として活躍したから?」
「勇者候補……っ!」
勇者候補という単語に急に態度を変えたリオ。多分超勘違いしている。
「なあ、勇者候補だからといっていろんな種族を無差別問答無用に襲うわけじゃないぞ? 証拠にエルフや妖精、クラーケンに魔族の友達もいるからな」
「嘘、エルフが人間と仲良いなんて」
「本当だよ。もしよければ一緒に連れていってやろうか?」
そう言って耳元の耳飾りを見せる。
「なんなの」
「エルフの里へ入ることを許された友達の証だよ」
「ふん。信じないの」
俺たちはぐだぐたと話しながら約束の集合場所へと戻っていた。
ここで夕方五時ごろに集まり、一旦今日のことを話して明日以降のことを決めてから解散するつもりなのだ。
「そういやお前、どうするつもりなの?」
四人の集まった広場のすみでリオにこれからの予定を聞いた。
全然考えていなかったらしい。むーん、と眉間に手をやりデコにシワを寄せて考えこんだ。
耳とひげがぴょこぴょこと動く。
ひげがあれども肌や顔のパーツのバランスは人とほぼ変わらない。
やや産毛が濃いぐらいか。
「うちは」
四人の視線はたった一人の少女に集まった。
リオはその視線に動じることなくピンと耳とヒゲを立たせた。
それが緊張の印かよ、とツッコむのは俺の役目ではない。
俺たちは彼女の答えを受け止めることしかできない。
俺にはもうその答えがわかりきっている。
リオは返すべき答えを返した。
「うちは故郷の大陸に、戻りたいの。だから」
だから、ここでお別れだ。助けてくれてありがとう。
リオは牙の覗く口でそう言った。
だが俺がその答えを受け止めだからといって、それをそのまま承諾するとは言っていない。
「ククッ。正直に言えよ。私一人では帰ることはおろか、大陸から出られるかどうかもわかりませんってな」
「……っ!」
仰け反るリオに矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「いくら獣人の身体能力が高いからといって、ただの女の子が一人でなんの情報も持たずに旅をできるほど甘くない。違うか?」
「そう……なの」
忌々しげに自分の甘さを認めた。
これ以上借りを作りたくない、けどこのままでは犬死にだとわかっている。
自身の身体能力が高いがゆえの獣人のプライドが邪魔をする。
軟弱な人間の力を借りるなんて、と。
だからこそ今日一日こいつを連れ回した。
獣人の高速ダッシュによる逃亡を抑え込み、国での人脈と彼らの口から語られる勇者候補としての実力を見せつけるために。
俺たちの力を借りれば大陸間での移動ができるからそうするべきだと思わせるために。
彼女が現在頼れるのは俺たちだけ。
その俺たちが機動力のある勇者候補だと、そして自分に危害を加えることがなさそうだと理解してしまえば後は簡単だ。
否が応でも頼むしかなくなる。
「助けてほしいの。獣人の国がある大陸までだけでも構わないの。うちを安全に、盗賊や魔物から守って届けてほしいの」
はい、よく言えました。
どうしてでしょうか。人助けをしているはずなのに敵を追い詰めるシーンみたいな描写になったのは。故郷巡りでさえもレイルの手にかかると人の心を陥落させるための手段になるようです。