表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/200

くるくると

 悄然とした周囲。アイラが何をしたのかもわからずにその強さを褒め称える者、あそこまでする必要はなかったんじゃないかと非難するもの少数。


 やはりアイラは天才だと思う。俺だってうろ覚えの銃の構造を聞いただけで再現してしまい、それを正確に使いこなせるのだから。パンツァーファウストなんて俺は作れないぞ。

 撃鉄からライフリング、ハンドガードなど、銃の構造は思っているより複雑で、中二をこじらせて調べただけでは到底理解が足りないことを嫌というほど突きつけられた幼少期をおもいだした。


「褒めて。勝った」


 ふふーん、と鼻息を一つ。満足げに頭を突き出し催促するアイラの頭を愛情たっぷりに撫でまくる。


 教会関係者の女性とトーリがメリカに駆け寄った。

 女性が治癒を行う間、トーリはずっとメリカに呼びかけていた。


「大丈夫か! ごめん……俺があんなのと相手させたばっかりに……」

「私こそ……ごめんね? トーリの仲間なのに勝てなくって」

「そんなのいいんだよ! お前が死ななきゃ。無事で良かった……」


 この前負けた俺が言えることではないが、そんな大切なら情報も勝算もないような相手に挑ませるなよ。

 俺は少なくとも対人戦の初見でアイラの攻撃を見切れるような化け物が魔法使いをやってるはずがないと勝手に予想してアイラを挑ませたからな。

 魔法使いが魔物相手ならともかく、対人戦で銃を使う奴に勝てるはずがないだろう。

 タイムラグが段違いなんだよ。


 青臭くって吐き気のするような三文芝居にひとしきり付き合った後、俺はぐるりと周りを見た。

 今のやりとりですっかりアウェイになったかと思われたが、一部の人間はまだこちらの味方のようだ。

 おそらくは俺のしてきた所業で得をした者、そして負ける方が弱いという考えの人だろう。


 剣先を俺に向けたトーリは眦を吊り上げて叫んだ。


「お前を倒す! メリカの仇だ!」

「勝手に殺してやるな」


 お前のメリカは今も後ろでピンピンしてるだろ。

 まあもっとも、心の傷ばかりは癒えないようで腰が抜けてへたり込んでいるのはしょうがない。


「黙れ。あんな酷い目に遭わせておいて」

「決闘はお前らがしかけてきたことだぞ」


 今のこいつには俺が屁理屈と言い訳ばかりで責任を認めない奴にでも見えているのだろう。


「なんでもいい。俺はずっとお前のことが目障りだった」


 トーリは唐突に語りだした。俺はまだなんのフラグも立ててはいないというのに。


「努力したさ! 毎日毎日剣をふって、物心ついたときから知識を蓄え! そして期待を背負って旅立ったっていうのに……!」


 じゃあ遅いな。それはお前が悪いんでもなんでもねえよ。

 だって俺は物心つく前から知識があって、物心ついたのが生まれたときだったからな。

 お前が知らないことも多く知っているし、前世で読んだ物語は多くの状況を予測させるに十分なだけの想像力を与えてくれた。

 物理科学の概念は魔法を技術にまで昇華させた。

 しいて言うなら特性とか、そういうものだよ。


「俺より後に旅立ったお前が! 俺より目立って褒められ、恐れられるのが納得がいかない! 俺にだってできたはずだ。だから……だからここで証明してやるよ。レイル・グレイなんてたいしたことないってな!」


 何この熱い展開。

 俺が負けてやればいいの?

 盛り上がる周囲と俺たちとの温度差に目眩さえ覚える中、決闘開始の合図が響いた。







 両者は向かい合って離れていた。

 魔法使いとの決闘もそうだが、決闘開始の前に小細工を防ぐためであるとか。

 俺からすれば距離があればあるほど小細工しやすいんだけどな。


「まずは、小手調べっ、と」


 俺はもうすっかり馴染んだ空喰らいを斜め上段から振り下ろした。だがその途中で剣は奇妙に歪み、そして俺の発動した空間術に巻き込まれる。


「何を」


 と思考だけでその異常な風景を認識したトーリ。口には出さないものの、顔にはその驚きがありありと浮かぶ。

 歪んだ空間に消えた剣はいびつに繋げられた空間を跳んでトーリの背後からその切っ先を現した。

 まっすぐに彼の肩の上から彼に向かって凶刃が迫る。

 メリカの制止など届くはずもないその刹那、彼はほぼ直感と気配だけでそれを避けた。


「っぶね! なんだよあれ!」


 空間転移は移動用の技である。そんな固定観念に囚われて基本的な使用方法さえ思いつかなかったのか。

 そもそも空間術なんて使い手が少ないのか。

 避けたことには驚きはない。

 これぐらいはしてもらわないと、決闘なんて挑めやしない。


「あそこまでに空間魔法を使いこなすか……まったく発動までの差がなかったぞ」


 険しい顔のおっさんが冷や汗を流しながら解説しだした。

 全部聞こえている俺はどういう反応をすればいいのかやや困る。

 とりあえず目の前の男に集中しようと、空間把握を全開にする。

 普段は薄ぼんやりと広く張ってあるこの術も、ギリギリまで範囲を狭くすれば範囲内の相手の一挙一動まで把握することができる。

 どうやら俺はあの後、知覚速度までが引き上げられているようで、これを使うとよりそれが顕著になる。


「はっ!」


 掛け声とともに彼が踏み込んでくるのもスローモーションに見える。

 強くなっても戦い方の変わらない俺は例の如くその攻撃を受け流し打ち合わせる。

 剣の丈夫さではこちらが勝っているのだから、真正面から力勝負をし続けても向こうの剣の損壊で引き分けになるだけだろうし。


 四、五、と打ちあった瞬間、俺は相手を蹴り飛ばした。


「打ち合いの最中に蹴り飛ばしたぞ!」


 感嘆と呆れ、どちらかわからない解説がとんだ。褒めてるんだよな。多分。

 トーリはざざっと音を立てて足を踏ん張らせた。そうやって後ろに吹っ飛ばされるのを数メートルで堪えたのだ。


「ふん。こんなもので!」


 向こうは吹き飛ばされると同時に手元で魔法を発動しようとしていた。

 踏ん張りがきいた瞬間にそれを発動した。

 幾重にも乱れるように飛び交う風の刃であった。その一つ一つが統制されていて無駄がない。避けても当たる、全てを剣で防ぐわけにもいかない。

 元々風は防ぎにくい術の一つであった。おそらくあれを受けても致命傷には至らない。

 だが途中に治癒が可能な戦闘と違い、これは決闘。少しの怪我でさえ血を流せば不利になり、敗北へと一歩近づく。


 ギギギと歪めて穴を開けてつなぎ合わせる。

 風は途中で奇妙に方向を変えるのだが、それが通常の人間に認識されることはない。

 ただ、結果は簡潔である。


 風の刃は一つを残して消えたのだ。


「何をしたんだ?!」

「あいつ、何かしたか?」


 ギャラリーは大盛り上がりである。

 手の内をバラすほどバカじゃない。

 あれは空間を歪めて本来俺の元にまっすぐくるべき風の刃の軌道を変更させ、同じ風の刃同士でぶつけて相殺させたのだ。

 絶対座標(それ)がわかるならあいつは俺と同じ。空間把握の使い手だってことになる。


 一つ残った風の刃は?というと短距離転移ショートワープで彼の後ろから登場である。

 自分の魔法を自分の後ろに転移させられると思わなかったのか、彼はそれを避けきれなかった。


 ピッと肩口が切れ、水平に血しぶきが飛んだ。

 血だらけになった自分の肩を見て、ようやく実力差を理解できたのか、それとも弱そうなガキに負けて冷静さを欠いたのか。

 血だらけの手で俺に向かって突っ込んできた。


 ぬるりと彼のモーションは変化した。


 握りしめていた左手は血だらけで剣を持つにはやや不便である。その手をこちらに向けて振ったのだ。

 もちろん何をするのかはわかっていたし、空間把握でそれをじっくりと観察している俺からすれば回避はとても簡単だった。

 あいつは何もわかってちゃいない。

 そんな罵りとともに俺はその攻撃をワザと(・・・)受けた。


 手から飛んだ血は彼の狙い通りに俺の顔面に飛んだ。

 そう、目潰しである。古典的な戦法の一つで、相手の視覚を奪うというのは多くの戦況において有用である。

 相手が俺でなければ。


「ぎゃぁぁぁっ!!」

「へへっ。ざまあみやがれ」


 ワザとらしく悲鳴をあげた俺にやってやったと叫ぶトーリ。

 やったあ!とガッツポーズを決めるメリカを横で馬鹿にしたように見つめるアイラはおそらく俺の考えに気づいている。

 顔の血を手で拭いながら俺に背後から襲いかかった。

 丁寧なことだ。大きく飛び上がって俺に襲いかかるのがわかる。


 トーリの剣が俺に届く前に俺はその軌道から外れた。


「目は見えないはずだろ?!」

「ははっ。元々目には頼ってないんでね」


 空間把握で周囲360度手にとるように知覚できる俺は目などなくても問題はない。目に頼るほうがいくらか戦闘においては不利なぐらいである。

 ワザと受けたのは油断を誘うためだ。油断と慢心、この二つほど相手を仕留めやすい条件はない。

 目論んだ通り、トーリは単調で大ぶりな攻撃を仕掛けてきた。


 短距離転移ショートワープでトーリの視界から外へと出る。

 俺を見失ったトーリはほとんど勘だけで俺の場所を探り、俺の攻撃を防いだ。


「いやいや。思っていた以上に強かったよ。俺が弱いだけかもしれないけど」

「真面目にしやがれっ!」


 打っては打たれの剣戟がくるくるとめまぐるしく入れ替わる。

 俺は大きく振りかぶって隙を見せた。


「今だ!」


 トーリがその隙を見逃すはずもなく、俺の剣から目を離さずに突きで攻撃しようとした。


「ぐっ!」


 だが俺は波魔法の光魔法でフラッシュをたいた。

 強烈な閃光で目の眩んだトーリは視覚に頼ることができなくなった。

 徹底した心理戦にことごとく引っかかってくれた彼は素直でいい子なのかもしれない。もっと魔物相手じゃなくって実戦を積んだほうがいいぞ。俺ごときのフェイントにほいほいとつられるようじゃな。


「はい、残念」


 一拍の後、トーリの喉元には俺の剣が突きつけられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ