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いつかこんな日が来ると思っていたよ

 ミラがバシリスクの首を刈れたのは、バシリスクがミラに攻撃をしたからである。

 明確な敵意があればそれだけで死の君に課せられた制約は意味をなさない。

 そのことを知られれば困るな、なんて思いながらの冒険者組合ギルド訪問である。

 美少女連れで入った俺に嫉妬の視線が集まり、そして俺の顔をよく見てざわつく。


「おい……あいつらって……」

「間違いねえ。悪夢の勇者だ」

「最低最悪の外道だっつーあれだろ」


 なんだ、その評判は。

 俺がふっと目をやるとビクッと怯えて目をそらされる。

 俺、なんかしたかな?


 とこれまでの行動を振り返る。いろいろしたけど……今回のが派手だったかな?

 まあ魔王と仲良くしてるだけでも十分怖いのかもな。これを機会に魔王への印象が変わるといいなあ。俺みたいな庶民派の勇者候補が親しくできる魔王様だってな。


「くっそ……どうにかして」

「ひっ! 目を合わせるなよ。心までズタボロにされるぞ」


 横を通るだけで椅子が一歩離れる室内で動揺を見せない数少ない人間を確認した。

 その中に見覚えのある顔を見つけると俺は懐かしさのあまり声をかけた。


「あっ! アンドラさんにヒラムさん!」


 そう、二人の男性は俺がまだ駆け出しだったころにお世話にというかアドバイスを受けた先輩冒険者の人だ。

 勘違いされがちな言動が目立つが、面倒見のいい熟練者ベテランとしてギルドの信頼も厚い。

 二人は俺たちのことを覚えてくれていたようなのだが、やや気まずそうでこわばった顔で出迎えてくれた。


「お、おう。久しぶりだな」


 なぜ顔を引きつらせるというんだ。

 可愛い後輩がやってきたんだぞ。無事だったのか、とかいって頭をぽんぽんするとかだな。そういうのが足りないから勘違いされるんだぞ。


「ええ。あの時は超雑魚でしたが、多少はまともになりました」


 にこやかに応じる俺。

 強さ的にはもう追い越してしまっているかもしれないが、あくまでここでは先輩として敬意を表してだな。

 ってだからどうして敬語の俺に不審な顔をするんだよ。


「お前ら……バシリスクに砂塵蟲龍、コドモドラゴンまで倒したっつーのは本当かよ」

「ええ……まあ……」


 お前ら、の中にホームレスとミラを入れていいならそうなるかな。

 砂塵蟲龍はまぎれもなく四人で倒したからいいんだけど。あれも絵面が悪かったな。


「なんだ、歯切れが悪いな」

「で、そっちの嬢ちゃん方はどちら様か紹介してもらってもいいか?」

「そうだな。前いた嬢ちゃんと白い髪の坊主がいねえじゃねえか」


 アンドラさんとヒラムさんが俺たちに親しげに話している様子を見て、ほほう、と周りの冒険者も感心の溜息を漏らす。

 ふふん。どうだ。古参の冒険者の彼らとも知り合いなんだぜ。と自慢するほどでもないか。俺らだってそこそこ有名らしいし、しかも後ろにいる少女たちは超有名な二人でもある。


「その方たちはレイル様がさん付けするほどお偉い方々なのですか?」


 失礼な質問をしようとするレオナを手で制して答える。

 なんで敵意をむきだしにするんだよ。お姫様だろ? 外交は得意分野じゃねえのか?


「カグヤとロウは留守番ですよ。そのことも兼ねて話しますよ。この先にある場所に自治区というか半ば国と化した場所がありましてね。そこを拠点にしてますので。こいつらはミラとレオナ。二人とも、自分で言うか?」


「お初にお目にかかります。ギャクラ王国の王家、ラージュエルの一人。レオナ・ラージュエルと申します。この先にある自治区の代表者でありながら勇者候補の資格を持つレイル様を公私に渡ってお支えするために共にさせてもらっております」


 そうそう。それでいいんだよ。求めていたのはそういうまともな自己紹介。

 でも公私を強調したのはやや怖い。ヤンデレも嫌いじゃないけど、こうも完璧に統制されたヤンデレはもはや計算のうちに見えるというか。


「えっ? 姫? 聞き間違いじゃねえよな?」


 一国の王族がほいほいとここまでついてきたことに口をパクパクと閉じたり開いたりして指をさしかける。

 でも指をさすと失礼にあたるのはこの世界でも同じで、呪いなんてものが信じられているからなおさらそういう行動は忌避される。

 周りで聞き耳を立てていた冒険者も、受付の人までが騒ぎ出した。

 そういえば勇者候補とか言ってなかったかな。

 慌てて冷静さを繕うも、次にもっと大きな爆弾が待っていた。


「きゃははは。儂はミラ。ミラヴェール・マグリットじゃ。かのアニマ・マグリットとは兄と妹にあたるが、これといって敵意はない。だがレイルは別じゃ。奴と個人的に親しいがゆえにこの世界に留まっておる」


 広い建物であり、中には二十、三十と多くの人がいるにも拘らず、その声はよく響いた。

 全ての人が過去の大戦についてよく知っているわけではないので、もちろんその名の表す意味を全員が理解したわけではなかった。

 だが半数の人はその名に聞き覚えがあった。


「ははっ……嘘だろ」


 それは疑うというよりは、どうかそうであってくれと願うかのようであった。

 だがその言葉は信じたくないものや信じられないものに一時の安堵と都合のいい逃げ道を与えた。


「だよな。あんなちっちゃい子がまさかね。あのアニマの妹とか」


「安心せい。儂に何があってもどうせ兄者は出てこん。だが儂はこれでも冥界では死を司っておる。バシリスク討伐の際もそこにおった。なめとるのなら痛い目に遭わせてやろうか?」


 一人の青年がその言葉を受けて反論した。


「お前らみたいなのがふざけるな!」


 前に出た青年に周囲の冒険者──特にミラの実力がわかる者やレオナの素性が本当であるとわかっている人たちが青ざめた。


「そうよ。いってやってよトーリ」


 気の強そうなお嬢さんが後ろで追従する。

 右手には杖を、そして柔らかな素材のローブはどう見ても魔法使いである。


「おお、こんな典型的な魔法使いはあまり見ねえな」

「レイルくん、自重」


 最近アイラの対応が冷たい気がしてなりません。なんだか思春期で反抗期に入った娘を持つ父親のような気分です。


「ふざけやがって。姫とか死神とか。お前らバレないと思って言いたい放題言いやがって」


 そう言い募る青年はファンタジーにおける勇者というか、前世における勇者コスプレみたいな格好である。腰にはベルトと剣の入った鞘が、頭には覆うタイプとはまた違った冠状の兜がある。

 俺より二、三年上といったところか。だがそれ以上に幼く見えてしまうのは俺が中身がおっさん──いや、まだお兄さん──だからか。

 大衆の目前でまるで聞かせるかのように俺たちにいちゃもんをつけてくる。


「ふん。かの大国ローレンスから旅立った期待の新人と呼ばれた勇者候補、トーリとは俺のことだ!」


 聞いてねえし。

 ローレンスは別に大国じゃねえし。

 経済大国とはいえギャクラはそんなに大きくないけどお前のとこの国とあまり変わらないだろ。

 おいやめとけやめとけというおっさんどもの視線が見えないのか?

 と思いきや彼の名前を聞いて数人が動揺を見せた。

 ちらほらと「まさか」とか「あの?」と彼のことを知るような発言が飛び交う。

 もしかしてこいつ強いやつなのか?


「三属性魔法を使いこなし、剣の覚えめでたいこの俺はかの邪悪なる魔王を倒すために仲間と武器を探し、経験を積むための旅をしている。貴様みたいなガキに負けてたまるか!」


 知るか。つーか、三属性って。

 うちのカグヤは四属性使いこなしてるぞ。

 一般的には一属性でも使いこなせれば御の字で、二属性を十全に使えれば優秀と言われるんだっけ?

 とことんカグヤの規格外さがわかるセリフだな。


「じゃあ俺はお前に負けるわけにはいかねえな。俺はギャクラの勇者候補で、魔王とは親しいからよ。あそこもいいとこだぜ」


 うっかりすると死体を食わされることなんてなければな。とふざけるもあの時はキャロさんだって真剣だったんだ。恨んではいないさ。

 たとえ体が歳上だろうがこの目先の見えてない馬鹿に使う敬語はない。


「くっ! とことんふざけた奴だ。勇者のくせに魔王と仲がいいだと? 恥ずかしくないのか?!」

「勇者じゃなくって勇者候補だよ。ふざけてもなければ恥ずかしくもないな。で、まさか今から魔族に戦争仕掛けてその戦果で競うとか言わねえよなあ?」


 誰か俺のことを勇者って呼んでるのかよ、と聞きたいがおそらく呼ばれているのだろう。

 なんかその、自己犠牲精神と正義の塊みたいな呼び名はあまり嬉しくはないかな。

 あまりに厨二心満載なブラックな二つ名がつくよりはマシか。


「当たり前だ! それはまだ時期が早い」


 いつかするつもりなのかよ。止めなきゃな。


「ずっと貴様の評判は聞いていた。魔族軍と人間軍を退けたとか、盗賊団を壊滅したとかな」


 情報規制してなかったとはいえ、そんな簡単に漏れちゃってるのか。

 あくまで表向きは魔族軍が人間の反乱軍を倒したってことになってるはずなんだけどなあ。

 だからこそ反感少なく魔族との協定を結べたわけだし。

 勇者候補とか言ってたのもそういう情報が筒抜けになりやすい原因かもな。


「そして勇者のくせに卑怯な手を使い人々を陥れるということも聞いたぞ! 貴様のような人間は勇者にふさわしくない!」


 お褒めいただきありがとうございます。

 なにこいつ、ふさわしいとかふさわしくないとか。そんなことはお前が決めることじゃないだろう。

 勇者候補なんてあくまで国が有益と認めた冒険者に送る特権の一つだし、特権というにはしょぼいぞ。

 そんな血眼になって剥奪するような称号(もの)かな。


 とついつい鼻で笑って煽りすぎて忘れていた。

 前にこんな展開がなかったとは言わないが、例のフラグが立ってしまったようだ。

 まあフラグなんて言っても状況から推測される相手の行動について言及しているだけだが。


「俺と決闘しろ!」


 そう、決闘フラグである。


こういう正義感に空回りするタイプは主人公としては苦手ですが、見ている分には楽しいものです。

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