帰ってきた場所
ミラは禍々しくも神々しい鎌でぶんと空をきった。
そんなミラがここに現れたことに驚いて思わず聞いた。
「ミラ! どうしてここに?」
「言ったであろう? 死神の加護をかけた、と」
死神の加護には対象の居場所をぼんやりと把握する力があるとか。確かにそんなことを言っていたような気がしてきた。
特定できるのが国単位ってどうなんだよ、とは思うが、死神というスケールの大きな彼女からすればたいした違いはないのかもしれない。
「お前さんらがいたシンヤといった奴にお前さんらの居場所を聞けばここにいるというではないか」
「よくシンヤがお前を行かせることに同意したな」
「それなら力ずくで止められたのを力ずくで出てきたのじゃ」
なるほど。そりゃあ止められねえわ。
というかミラを止めたシンヤの部下はよく命が奪われなかったな。
シンヤは見た目で人を判断しない耐性はある方なんだけどなあ……もっと鍛えなくちゃならないのか。
俺がお前の立場ならミラなんか怖くて止められはしねえよ。
「けっけっけ。言ってやったよ。ワシはあそこの魔物ごときには傷一つつけられはせんよ、とな」
その言葉を証明するかのように、ここまで無傷で迷うことなくやってきたのだ、と。
目の前の少女は見た目に似合わぬ笑みで俺にそう告げた。
誰が思うことができようか。今までの中で最も命を扱うことにかけて長けた存在、伝説でしか聞いたことがない者も多い死の君がこんな少女だなんて。ましてや勇者と親しくてその後を追うなどと誰が考えることができようか。
後味が悪いというほどでもないが、自らの失態を偶然というものに救われて釈然としないまま俺たちはプバグフェア鉱山を後にした。
帰り道、黙々と歩いた。
少し落ち込んだのを察せられたのか、誰も何も言おうとはしなかった。
でもそれではだめだ。一発軽快なギャグでも飛ばせれば良いのだが……
「ごめんな」
やはり俺にできる限界とはここらへんのようで。俺には空気を変えるしなやかさというものはなかった。たった一言。だけどそれだけで皆が察してくれた。
「ははっ。気にすんなよ」
「まあ死んだら死んだで今でこそ儂がお主に付き従う形になっておるが、その時は逆に儂の右腕として働いてもらおうかの」
ロウとミラは軽かった。
「確かに危なかったですね。思わず受肉を考えましたよ」
受肉とは精神生命体が肉体を得ることである。魔法が急激に強くなり、肉体を得たことで様々な点で強くなる。それは魔法攻撃を食らうことと相殺といったところか。つまり俺たちの誰かを殺して、っておいアークディア。まあ肉体を得たらバシリスクから逃げるのか難しくなることを考えると、それだけの覚悟があったってことだけどさ。
「今回は今回。私たちがあんたについていったんだから。それであんたに全て背負わせたりはしないわよ」
カグヤは決して甘いだけの言葉は口にしなかった。
「私はレイルくんと一緒だからね。それでどうにかなっても後悔しないよ」
アイラは凄いな。俺なら後悔しそうだ。
というかこの信頼に俺は応えられるのだろうか。
◇
そのあとはこれといって語ることもない。
ただただ冒険者ギルドによってバシリスクの討伐報告と素材買取を確認してきただけだし。
倒したのはミラなのに、手柄を自慢できるわけもなく、周りから寄せられる尊敬の眼差しがひたすらに気まずい。
いや、もちろん油断さえしなければあのまま勝てたよ?
でもさ、結果が全てだからねえ。
俺だって言えるものなら言いたかったさ。バシリスクを倒したのはここにいる女の子です!ってな。
誰も信じてくれないか、それとも正体をバラして大騒ぎになるかのらどちらかしか結末が見えていないというのにそんなことができるはずもない。
結果だけ見れば大成功で、久しぶりにミラにも会えたことを喜ぶところであるが、疲労でだるい体をひきずって帰ってきたのはその日の夕方だった。
金には困ってないので町で宿に泊まってもよかったが、空間転移が使えるのにわざわざそんなことをする必要もない。
セキュリティは万全、お金もかからないし融通もきく。
そんな至れり尽くせりな素晴らしい場所があるというのに馬鹿らしいと戻ってきた次第である。
「お帰りなさいませ」
「よく無事だったな」
出迎えはあまり多くはなく、主にシンヤとレオナが来てくれた。
「ああ。一番大事な出迎えを使用人に任せられるわけがないだろ。と言いたいところだがな、お前らの出迎えは取り合いになったから俺たちが権力で黙らせただけだよ」
「ふふふふ。僕が私がと喚いている人たちを一言で黙らせたのは爽快でしたわ」
レオナ……腹黒いのは知ってたけどそんな発言、君の口からは聞きたくなかったよ。
つーかシンヤはいったいあいつらに何を吹き込んだんだよ。
「レイルはお前らのためにめちゃくちゃ危ない魔物がいっぱいいる山に行ったから、帰ってきたらお礼を言えよって言っただけだ」
いや、それ半分脅迫じゃね?
ま、いいか。喜んでるならそれでいいや。
頑張る理由なんてなんでもいい。
「というわけでおかえりさないませ、レイル様。お風呂にします? 食事にします? それともわ・た・し……?」
おお。女の子に言われてみたいセリフ百選に必ず入ると言われる定番のセリフ。
「全部で」
と僕はキメ顔(仮)でそう言った。
「レイルくん?」
「ごめん、調子に乗った」
「ところでレイル様。後ろの方はどちら様かお聞きしても……?」
レオナは全く笑顔を絶やすことなく聞いた。
だけどその笑顔は以前アークディアとかのことについて聞いたあの時よりも随分迫力がある。
アグボア相手にも怯むことないこの俺がレオナに気圧されたのだ。
「いや、こいつはな」
何故かやましいことなど何もないのに答えづらい。
いや、逆にどう答えればレオナが満足するんだ?
どこぞのCMのように脳内で選択肢のカードを手に持ちながら冷や汗をかいているとミラが後ろからずいっと出てきた。
「自分で言おう。儂はミラヴェール・マグリット。かのアニマ・マグリットの妹にあたるが、無関係と思ってくれて構わん。そこのレイルに捧げたのじゃ」
ちょっと待て。
捧げたってなんだよ、捧げたって。
あえて何を"捧げた"のかを明言しないことでますます怪しい響きになっちまってるじゃねえか。
「レイル様……?」
「なあミラ。捧げたってなんだよ捧げたって」
「それはのう……ふふっ」
途中で止めるのはやめろよ。めっちゃ火に油を注いでるからよ。
仲良くしてほしいんだけどなあ。
「ミラ。からかうのはそれぐらいにして……」
「つれないのう。まあいいわ、お主はアイラといい、この小娘といい」
どうやらミラはレオナのことはあまりお気に召さないようで。
いや、これは喧嘩するほど仲が良いってやつかな。ほうっておけばそのうち仲良くなりそうだ。
「このように怪しい女がレイル様のお側にいられると思いまして?」
「はいはい。レオナも終わり。見た目は子供、中身は婆さんってそんな感じだからあまりムキになるな」
そうだよ。中身はババアなんだから。
俺は見た目さえ若けりゃ関係ないとは言わないでおこう。
「婆さんとはなんじゃ。このピチピチの美少女を前に。それとも中身があどけない方が好みか? この好き者め!」
「まずは口調を直してから言え」
まるで同級生のような軽いノリのやりとりになんだか毒気を抜かれたのか、バタバタと仕事に戻ってしまった。
あいつ、お姫様じゃなかったっけ? メイドの真似事なんかして怒られないのか?
とそんなことを考えて、バカなノリに振り回されながら夕食を食べて風呂に入り終わった頃には憂鬱なんてものはどこかにいってしまったのだった。