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プバグフェア鉱山④

バシリスクとの戦い、決着です

 その尻尾が横に薙がれ、カグヤの横をかすめていく。

 その鳴き声と様子を見てアークディアが一言。


「安眠を邪魔されて怒っていますね」

「見りゃあわかるよっ」


 軽口は叩きながらも全神経は波魔法に集中している。

 空間把握で完全に掌握している光と魔力の交錯する洞窟内から狙った光だけを捻じ曲げ、洞窟の壁内や天井へと当てる。

 そのいくつかに術が作用して煙を上げながらボロボロと崩れていく。


「かったい!」


 カグヤが刀でその尻尾を切り落とそうと試みるが、ウロコはどうやら鉄よりも硬いらしい。


「俺が、余裕が、あれば、な!」


 俺が余裕があれば空間術によって隙を作ることもできただろうが、こうも防御に専念させられては動きにくい。


「ぜっんぜん効かないな!」


 先ほどから洞窟が崩壊しない程度に手加減しながら魔法を打ちつづけているホームレスも叫ぶ。


「アークディア、いいぞ!」

「御意」


 悪魔は契約に縛られる存在。

 契約していないバシリスクからは魂こそ取れないものの、本来の身体能力と純粋な魔法の威力ではこの中で一番高い、はずだ。


 詠唱はせずにホームレスは風魔法で手元に風を集めた。風は制御を嫌うがごとく荒れ狂う。それをほぼ力ずくで抑え込もうとすることで周りは空気が薄くなり、そして張り詰める。


 空気が緩んだ。


 と思えたのは魔法を食らわなかった俺たち側であって、それと同時に風の刃の直撃を受けたバシリスクは首元に大きな切り傷を作っていた。

 血こそ流れているものの、深手を負わせるまでには至らないようだ。そんな傷もしばらくしたら塞がってしまうかもしれない。

 その予想はバシリスクの魔法によって覆された。


「シャァァァァッ」


 舌がチラチラと見えるほどに吠えた直後、みるみる傷が塞がっていく。

 回復術か……時術の応用の一つ、自身の肉体の時を加速させることで自然治癒力を高める術だ。


「骨が折れますね」


 アークディアは自分がつけた傷があっというまに回復されたことについては気にしていないようだった。

 頼もしいというべきなのか……


「いざとなれば逃がしますので」


 大丈夫ではなかったようだ。


「ロウ! 石化については回復を考えなくていい。むしろ石化については受けないように、いつでも万全に戻せるように術は怪我したやつに使ってくれ!」


 便宜上、風化を石化と呼ぶ。

 石化の方がバジリスクだと馴染み深いし、咄嗟に言われてどちらの方がわかりやすいかと言われると。

 危険度には変わりないし、避けねばならんことは確かだ。


 風化させられた部分は一朝一夕で戻せるようなやわな術ではないだろう。

 何度にも分けて時術で巻き戻していくしか生き返らせられる見込みはない。

 そんなことをこの戦場において行う余裕はない。だから。


「アイラ。もしも誰かがあの視線を受けてしまっても慌てずその腕輪の中に亡骸をしまってくれ!」


 そう。アイラの腕輪には強力な時間術と空間術が使われていて、中に収納したものの時間を止める作用がある。

 そこにしまっておくことさえできれば、後で出しては時間を巻き戻し、限界がくればまたしまうということができる。

 いったいどれほどかかるかはわからないが、救いがないよりはずっといい。


 その発言を受けて苦々しそうに頷くアイラ。

 それもそのはず。仲間が砂になるかもしれないとわかっていて、それを庇わず砂になってからその亡骸をしまえというのだから。

 しかもおそらく俺が一番攻撃を受けやすいだろう。

 あの視線を逸らすのに全身全霊をかけているのだ。

 俺が攻撃を防いでいる元凶だとわかればバシリスクは俺に狙いを変えるだろうからな。


 こんなときでもピンピンしているホームレスに救われる。

 俺の作戦で岩の砲弾を作らせてみたり、水で頭部を囲ませてみたりといろいろ試させてはいるがいっこうに決定打となる気配はない。

 だがそんな中でもカグヤとともに足元の岩を浮かせたり凹ませたりと大忙しである。


 俺は今まであまり戦うことはなかったけれど、戦いを間近で見続けてきたのだ。

 相手を見ることと読むことには長けているんだよ。

 仲間の動向に気を配りながらも、ずっとバシリスクの視線に集中している。

 ホームレスに視線を向けた瞬間、その両者の間の光を屈折させる。

 光の速さについていけなくとも、バシリスクの反応速度に目で追いつくことはできるのだ。


 そしてあることに気づいた。

 どこまで通じるかはわからないがやってみよう。


「お前ら、全員後退しろ!」


 俺は動きまわる全員の姿を別の場所にいるかのように錯覚させたのだ。

 物が見える仕組みは簡単だ。物が光を反射して、その光が眼球に届くことで見えている。

 ならば俺たちが反射している光を屈折させて別方向から奴に届けたとしたら?

 逆に奴が目から発することで媒体としている光は俺たちに届かないようにしたとしたら?


 そう、奴は俺たちの場所を錯覚した上に、当たっているはずの術が効かないという事態が起こる。

 視界と結果がリンクしないという前代未聞の状態にバシリスクの脳はさぞかし混乱することだろう。


 バシリスクはしっちゃかめっちゃかに暴れるが、それを離れたところで見守る俺たち。

 洞窟の奥の方で隅っこに固まっている。


「何をしたっていうんだよ」

「なあレイル、なんだあれ?」


 仲間は次々と疑問を口にする。

 多少知識のあるカグヤやアイラが見てもなおわからないこの戦法。

 見える、という現象を理解していなければ思いつきもしないということだ。


「まあ見てろよ」


 あとは簡単だ。

 めちゃくちゃに暴れるあの体に当たらないよう少し離れたところで見守る。

 そして相手の精神力と体力が完全に尽きて動くことさえできなくなるまで待つ。

 こんな大きな相手に持久戦を挑もうってんだ。

 ちょっとばかし有利な条件で挑んだっていいだろう。


 とそんな風に油断したのが良くなかった。

 前世の物語でもあったはずだ。どうして忘れてしまっていたのか。勝利を確信して高笑いする悪役ほど、そのあと耐えきった主人公の猛攻によって逆転されてしまう展開が待っていたことを。

 俺はやはり弱い。いや、弱くなくてはならない。

 あの頃の酷く臆病で、強い相手に挑むことさえしない人間でなくってはならなかったのだ。


 バシリスクの体から魔力の奔流がふっと途絶えた。今まで空間術を阻害していた濃密な魔力の渦だ。それを俺は毒の準備だと思った。今まで使わなかったことが油断を誘い、隠しておくためのブラフだったのだと考えたのだ。


 だから俺の行動選択肢は二つだと思った。


 毒を吐かれてもそれを防ぐような態勢を整えるか。

 それとも毒を使われる前に魔力抵抗レジストのなくなったその脆弱な肉体を空間術でぶった切るか。


 この距離からならばどちらでもいけると思った。

 そして俺は後者をとろうとしたのだ。

 これが俺の油断だった。


 安全に気を使うならば、転移ワープで全員を洞窟の外に逃がすなりなんなりしなければならなかったのだ。


 奴は大きく魔力を口に溜め、そこに一つの術式を俺より早く組み上げた。

 俺は発動させまいとアクションを起こす前に肉体に剣をブっ差し、そして口の前には空間の歪みを作ることでそこに毒が吸い込まれるように調整したのだ。


 途端、俺たちは脳を衝撃に揺さぶられた。


「な……に……っ?」


 そう、奴がしたことは毒のブレスなどではなかった。


 ただ単に吠えたのだ。

 それも最大威力を波魔法で強化して。

 狭い洞窟内はこれでもかとその叫びを反響し、そしてその全てを俺たちの耳に届けた。


 こんなことがあるとどうして予想しなかったのか。

 バシリスクを知能の低い単なる爬虫類系の魔物の上位種と侮る気持ちがどこかになかったか。


 とにかくその攻撃を防ぐことのできなかったアークディアを除く全員がその場に倒れた。

 アークディア一人で全員を連れて逃げるかそれとも守って戦うことができるだろうか。

 アークディアは波魔法がそこまで得意ではない。

 やつの視線を曲げて俺たちに迫り来る術を防ぎきれないかもしれない。

 ならばたった一つ。

 俺たちが立ち直るまで時間稼ぎの盾となってもらわなくてはならない。


 ビリビリと鼓膜にかかった刺激は未だ癒えることはない。

 中には耳から入って俺たちの自由さえ奪うような力が込められていたのか。

 三半規管がぐるぐるとまわるこの感覚はどこか空間酔いに似ていないこともない。


 必死で巻き返す策を考えていた。

 朦朧とする意識でどうにかして回復しようと自分に波魔法をかけようとした。

 ロウはおそらく自分に時術をかけようとしている。

 加速と巻き戻し、どちらが早いか。


 そんな時、バシリスクが後ろを向いた。

 洞窟の外の光の先に明確な敵意を向けて。

 今の俺たちは奴にとって脅威ではないだろう。

 敵が来たとしたらそちらを優先するはずだ。

 だからそのことには違和感がなかったのだが。


「今……ここに来るやつ……だと?」

「危ない……逃げて……」


 カグヤがか細い声で逃げるように言い聞かせた。

 だが時はもうすでに遅かった。

 バシリスクはそちらを標的と定め、その縦に細くなる目を向けた。


 が、信じられない光景を目の当たりにすることとなった。








 俺たちの目の前でバシリスクの首が飛んだ。

 比喩でもなんでもなくって、首から上が切断され、赤い断面図からは細い線が吹き出した。

 ぼとり、と重苦しい音が響き、完全にバシリスクが絶命した時、凛とした空洞のような少女の声が洞窟内に響いた。


「バカな奴じゃのう……このワシに手を出すとは。いや、蛇じゃから牙をむく、か?」


 少女でありながら独特の老いを感じさせる喋り方には覚えがあった。


「カカッ。久しぶりじゃのう、レイル。会いにきてやったら相変わらず大変なことになっておるようじゃて」


 長い白髪は背中から腰までにかかり、その肌の白さはどことなく病的なものを感じさせる。

 どこまでも希薄な美貌にその圧倒的強さはあの時と何も変わらなかった。


 死の君、ミラヴェール・マグリットがそこにいたのだ。

少しずつ旅で出会った人たちが集まってきました。


誤字脱字等ございましたら指摘していただけると嬉しいです。

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