プバグフェア鉱山②
今日のアイラは二丁拳銃である。
前世における中二的格好良さを裏切らない戦いっぷりで、仲間の間を縫って鳥型の魔物が次々と撃ち抜かれていく。
アイラがよく潤滑油を使って整備しているのを知っているからこそ、より輝いて見えるようだ。
潤滑油は魔法によって精製されており、貴重品だ。
そんなものをほいほいと使えるのもお金があってこそだな。
肩の横を弾丸が抜けていくのを空間把握で確認しながら剣を振るう。
アークディアには全く遠慮せずに後ろからアークディアごと撃ち抜くあたりが合理的すぎてヤバい。
普通は仲間が無事だとわかっていても仲間の背中ごと撃つとか躊躇うもんだけどなあ。
ああ、俺のせいもあるのか。
ロウは目立ちこそしないものの、カグヤに毎日遊ばれもとい鍛えられているからか、身体能力では今の俺とさほど変わらない。
時術を使うような機会がないのが幸いである。
ホームレスはめいいっぱい戦闘を楽しんでいる。
本日の武器は槌である。ぶんぶんと振るうたびに魔物が吹っ飛んでいく。
「お前はいいのか?」
アークディアに尋ねた。
確かに危なくなれば助けてくれとは言ったが、ここまで余裕だとその必要もないだろう。
少しは体を慣らした方がいいのではないか、と。
「ええ。もともとそこまで戦いには飢えてませんし、この程度の魔物では準備運動にもなりません。それに雑魚処理に手間取って貴方の安全を蔑ろにするわけにもいきませんよ」
恐ろしいまでの自制力である。
だが言っておかねば成らないこともあった。
「俺だけじゃなくってだな、他の奴らも、だよ」
「わかってますよ」
本当にわかってるのか?
面積にして半分ほどの地図が出来上がった。
空間把握で立体的な地形自体はほぼ完成しており、後は目で見ないとわからない細かな部分なので比較的楽である。
元からあるダンジョンの地図に罠を書き加えていくような感じだ。
前世ではデパートでトイレに行って出てきただけで現在地を見失うほどに方向音痴だった俺だが、今の俺の辞書に迷子の二文字はない。
スマホの地図機能以上の精度をもって山を歩けるのだ。
「私も飛べるかな」
先ほどから楽しそうに空を飛び回るホームレスを見て羨ましそうにカグヤが言った。
「やめとけやめとけ。ああ見えて繊細で難しいぞ。左右の調整をしくじって落ちるのが関の山だ。昔から変なとこで不器用なんだからよ」
ロウはややそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
ははん。そういうことか。
ロウの意図を汲み取った俺としては同じ男として援護しないわけにはいかなかった。
「そうだぞカグヤ。お前が不器用とは言わなくてもあいつは規格外だ」
学校でもあまり多くと接してこなかったからか、それとも生来の資質か。ロウは人の感情を素直に操ることが不得意だった。
……ってこの年で女をほいほいと手玉に取れるような男もどうか。
俺はカグヤのプライドを刺激しないように、魔族の問題児を参考にするなよ、と諭した。
でもそんな俺も完全には女心……というよりは武人心というものをわかっていなかったのか。
「レ、レイルまで! あんたはいいわよね。瞬間移動に加えて空中散歩できるんだから!」
心理的にはやや逆効果となってしまったようだ。
この前までこの中で一番弱っちかったくせに……とブータれている。
カグヤはここでムキになって試さないほどには冷静で賢い部類の人間であった。
こんなところで青臭い青春ドラマを繰り広げているわけにはいかないもんな。
俺自身、先ほどのセリフに敏感に反応しようと思えばできる。
せっかく強くなれたのにその言い草はなんだよ!とかつっかかってケンカして最後に仲直りする程度の話だ。
実際、知識というアドバンテージや仲間がいなければコンプレックスを抱えたまま卑屈にひねくれて……ってひねくれてたわ。
ゲフン。とにかくお互い超大人なのでこんなことでは喧嘩しないのだよ。
どたばたと山を駆け回って得たのは予定通りの地図でしかないわけではあるが、地図でしかないというのはいささか過小評価である。
地図というのは古来から情報の中でもトップクラスの機密情報に位置する。
かつて伊能忠敬によって描かれた正確すぎる日本地図が秘匿されたように。
それを持ち出して模写した人たちがいたように。
地理情報というものは何をするにおいても重要なものだ。
RPGにおいて城やダンジョンの正確な地図がほいほいと宝箱にこれ見よがしと置いてあるのが不審なほどに。
さあ残すところも後二割をきった。
問題はまだ探索していない、大型の何かがいるこの場所だ。
「ねえ……レイル……」
「こりゃあやべえな……」
特に気配に敏感な二人はこの先にいる相手の強さを肌で感じているのだろうか。
恐る恐る唾を飲み込み洞窟の方を睨みつける。
巨大な洞窟は見通しが悪く、ぽっかりとその口を開けているにもかかわらず奥が見えない。
中にいるものを確認しようとする。
俺の空間術というものは魔力が弱いモノに対してはほぼ無敵を誇るといえる。
どんなに鍛えた剣士であっても内臓を剣で貫かれて無傷ではいられないし、突然不規則に出てくる剣を避けられるほどの使い手も少ない。
逆に言えば濃密な魔力で抵抗されると勝ちづらいというわけだ。
勝ちづらい、といえど完全な魔力抵抗が行える相手などそうそういないだろうと思ってはいるのだが、ここでこんなやつに出会うなんてな。
過剰戦力だというのは撤回しよう。
洞窟にいる相手の全体像が空間把握を使っても見えないのだ。
何かがいることだけが"見えて"はいる。
だがわからないのだ。
どんな相手なのか、見た目はどんなものか、全てを覆い隠している。
濃密な魔力を瘴気のように吹きあらし、周囲の認識を阻害するほどに歪めている。
だがだいぶ大きい。
今まで見てきた生物でも一、二を争う。そう、クラーケンと同じほどの大きさに違いない。
クラーケンよりも強いだろう。
洞窟の中に爆薬を投げ込むのはどうだろうか。
そんなことを考えたりもした。
「ダメなの?」
「却下だ」
洞窟の強度とか、相手の強さとかいろいろ問題はある。
相手が敵意ある魔物だと確定したわけでもないしな。
もしもクラーケンみたいなやつだったらいいのに。
「どうしますか? 行きますか?」
「行こう。何がいるのか楽しみだ」
最近気づいたが、ホームレスって結構バトルジャンキーだよな。
やたら強い相手を求めてるっつーか。
「じゃあ、一番防御の高いアークディアを先頭に俺、ホームレス、カグヤ、その後ろにアイラとロウがついてくれ」
これがおそらく一番安全な配置だ。
アークディアは滅多なことでは死なないし、何かあれば俺の空間転移で逃げられる。
ホームレスとカグヤのどっちがいいか迷ったけど、戦闘慣れという点と肉体の強度でホームレスに前に出てもらった。
なんというか、調子に乗ってると思われてもしょうがないが、この中で一番未知に対して洞察眼が高いのが俺ではないだろうか。
だからこそ一番前に立って見極めなければならない。
「いいぞ」
「うん」
こういう時に後ろに下がらせられた方から不満が出ることも多いが、やはり俺の仲間は優秀で物分かりが良すぎる。
場合によってはロウが俺の隣に来ても構わないぐらいの相手もいるが、今回は相手の魔力が高いがゆえに後方待機だ。
もちろんアイラが出るなんてもっての外だ。
アイラも各種道具を使いこなすことでそこらの魔物にも引けは取らないが、いかんせん近接における攻撃力も防御力も足りない。
現在はどんな場合でもアイラが一番致死率が高い。
不吉な想像をする前に最善を尽くさなければ。
それぞれに万全の準備を整えて洞窟をくぐる。
こういうときこそ風魔法で相手を窒息死させることも考えたが、高位の精神生命体の場合意味がない。
先制攻撃をとって相手にこちらの存在をバラしてしまうより何より観察第一だ。
重さも、速さもこのパーティーの前には意味をなさない。
何より怖い強さは「未知」だ。
俺たちは互いの背中を確認するようにじわじわと最深部へと潜っていった。
こういう場合はねっとりとした空気が強まるのかと思っていたがどちらかというと乾いてきている。
空気が乾燥しているのか、それとも緊張で喉が渇いているのか、どちらにせよ口の中はカラカラだった。
曲がり角で立ち止まった。
隣にはホームレスとカグヤが、すぐ後ろにロウとアイラがいる。
アイラがぎゅっと俺の服の端を掴んだ。
「大丈夫か」
「大丈夫。でも緊張で手汗をかいてたらいざという時に手が滑る」
手を拭いただけかよ。おいお前。俺の心配と萌えを返せ。とは言わなかった。強がりだとわかっているのだから。
鈍感系主人公はこういう時だけ鋭くなるそうだが、俺はいつでも鋭いぜ。
ふざけてる場合じゃないんだよな。
すぐそこにいる。
ふしゅー、ふしゅー、と何かの息遣いはここまで聞こえてくる。
明らかに巨大な存在が曲がり角の向こう側にいるのだ。
途轍もない圧迫感がこちらにまで伝わってくる。
「私が見てきましょう」
「俺もだ」
二人が顔を覗かせた先に待っていたのは想像以上の生物であった。
前世だけでなくこの世界でさえも伝説上とされた冒険者にとっての悪夢。
魔物としての脅威を詰め込んだような存在がそこにはあった。
蛇の肉体、巨大な翼、トサカは鋭く尖っており、どこかドラゴンさえも連想させる魔物。
毒と石化の最悪とさえ言える二大状態異常の権化、バシリスクがそこにはいた。
バシリスク。
毒にも諸説ございますが、コカトリスと混同されたりと伝説もあちらこちらへと変化して伝わったりしているようです。
それだけに倒したと言う話は英雄譚ですし、脅威として信じられなかったり恐れられたりするものです。