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プバグフェア鉱山①

 悪魔は精神生命体の上位にあたる。

 それは魂そのものであり、魂を持つものしか触れられないということである。

 魂を持つものというのはそれこそ動植物のみということになるが、一部の剣にはそういった精神生命体を斬るための力があるという。

 かくいう俺の「空喰らい」も、聖剣の名を冠するだけあって精神生命体にも攻撃ができるが、さほどそんな武器は珍しくもないのだとか。


 つまりはそう、悪魔や死神といった高位の精神生命体というのは魔法と自然災害にめっぽう高い耐性を持つ。

 落石が頭に落ちようが効かないし、マグマも雪崩も悪魔の受肉した肉体を傷つけることはあれど消滅には届かない。


 アークディアに俺たちの護衛を頼むことは、そういった不慮の事故にアドバンテージを得るということでもある。

 空間把握と空間転移の使える今、滅多なことはないとは思うがあくまで、だ。


 胸に魔力を込める必要はないが、そこに宿る魔力を意識しながらキーワードを叫んだ。


「我が血と名において結ばれし古の盟約よ。魂の繋がる我が眷属が一人アークディアを今ここに顕現させよ!」


 俺が叫べば胸元の魔法陣が光りそして起動する。

紫色に光る魔法陣は空中に浮かび上がり、地面へと降り立った。

 するとそこに黒い穴があいて、契約した悪魔がそこへと現れた。


「マジかよ旦那……」


 シンヤは絶句している。

 いきなり目の前の男が悪魔を召喚したら驚くよな。


「レイル様、こちらの方は?」


 さすがレオナ。こいつをどうしたら驚かせられるんだ。

 シンヤでさえ驚いてるってのに。


「契約した悪魔だ……ってそんなに怖い顔すんなよ。魂とかはかけてないから」

「何を代償に……と聞くのは礼儀に反しますわね。いつか機会があれば」


 余計な詮索をせずにさらりと終わらせてくれるあたりは気が利いていて嬉しい。

 なんていうか、女の子にこんなことを言うべきではないんだけど、鉄壁というのがしっくりとくる。


「我が君、いかがなされましたか」


 大仰に膝をつくアークディア。

 なんだかお願いを聞いてくれる奴は結構いるんだけど、ここまで忠誠レベルの姿勢は契約したアークディアだけだ。

 契約もしていないのに忠誠を誓われても困るだけだが。


「いや、なにもない。呼び出したのはあれだ、頼み事があってだな」

「どんなものでも仰せのままに」

「行きながら説明するよ。じゃあ行こうか」


 アイラ、カグヤ、ロウにホームレス、そしてアークディア。俺を含む六人はシンヤとレオナに見送られて旅立ったわけだ。




 ◇

 プバグフェア鉱山の手前の森まで来た。

それこそ転移を使えよ、と言いたいかもしれないが、転移も万能ではないのだ。そう、かの有名な転移呪文ルー○やトべ○ーラと同じ制限があるのだ。目に見える範囲か一度行った場所にしか行けないのだ。空間魔法を上達させていけば、そのうち空間把握の範囲なら行ったことのない場所でも行けるのではないかと踏んでいる。

 一度開通させてしまえばこれほど楽なこともない。道中は随分と楽に来た。


 と、ようやくここで敵らしい魔物が現れた。

 空間把握を軽く常時発動させているので、どの方向にどれぐらい離れているかはわかっていた。

 あえて刺激することもないと放っておいたのにわざわざこちらへと向かってきたのだ。

 現れたそいつはイノシシのような魔獣だった。

 たくましい後ろ足は大地を踏みしめ、その目はしっかりとこちらに向いている。だがそれ以上に敏感にこちらを窺っているのは鼻であった。粘液というと聞こえが悪すぎるが要するに鼻水で湿った毛の生えていないピンク色はピクピクとヒクついている。

 俺の知るイノシシも気性が荒く、人里で暴れている様子がよくニュースで取り沙汰されていたが、こいつはもっと大きくもっと気性が荒い。

 イノシシという動物は神経質で警戒心の強い動物だ。

 こちらを油断することなく見ている。


「ここは一度俺に行かせてくれないか?」


 まだこの馴染んだ技術と肉体の本気を試していない。

 まるで実験動物みたいな扱いは酷いものかもしれないが、試し斬りさせてもらうこととしよう。

 もちろん俺が最強なんて思ってはいないから、危なくなればアイラの援護射撃にしろアークディアにしろ助力を願うつもりまんまんだ。

 ホームレスはこいつを捕まえたいとかそういうのはないのだろうか。とホームレスの方を見ると、


「いいぞ。そいつはたいしたことなさそうだし、殺して食べてもいい」


 あっさりと許してくれた。

 どうやらこの魔物は琴線に触れなかったらしい。俺に気を使ってくれたのか、それとも俺の力を見てみたかったのもあるのかもしれない。

 こういうときに異を唱えそうなのは俺の次に安全主義のカグヤではあるが、彼女さえもが特に反対することがなかった。


 俺は一歩前に出て他の奴らを下がらせた。


「こいよブタ野郎、刻んで揚げてメンチカツにでもトンカツにでもしてやるよ」


 その言葉を皮切りにクマみたいな巨体が車のような速度で突っ込んできた。

 いや、これは一般道路を走っているにしても速いかもしれない。

 あんなメンチきっといて負けたら無様だなあなんて呑気なことを考える余裕があるだけマシか。

 イノシシと豚は調理方法が違うとか、メンチは豚と牛の合挽きだろとかツッコミはタンスにしまってだな。

 そもそもイノシシを品種改良で豚にしたのは人間なのにその言葉は随分と人間のエゴに満ちた発言だ。


「お、あんなの殺れんのか」


 ロウが面白がるように口笛を吹いた。

 俺があんなの倒せるわけがないだろう。

 と以前の俺なら言ってたんだろうな。


 確かにあいつは速い。あいつより速く動く魔物なんてそうそう見ないだろう。カマイタチでさえもあの速さが出ているかどうか。

 加えてあいつは防御が堅い。岩石やなまくら剣では刃がたたないだろう。

 そしてあの重量による突進である。くらえばひとたまりもないだろう。


 くらえばの話だ。


 とは一度言ってみたかったセリフの一つである。

 俺はこいつを見かけてから空間把握の範囲に濃淡をつけた。

 目の前のアグボアをより鮮明にするように。

 するとどうしてだろうか。奴の動きが酷くスローモーションに見えるのだ。

 息遣い、鼓動の速さ、内臓の位置さえ手に取るようにわかる。

 次に動く場所が予測できる。


 奴が俺に到達する二メートル前に俺は短距離転移ショートワープを発動した。

 自分の座標書き換えによる上空への転移。

 奴の突進は空振りし、俺の居場所を探そうと鼻を上に向けた。

 俺は宙に放り出され、足から波魔法の波動を使った。

 足元の空気が振動によって歪み、ドーナツのように膨らむ。足の裏に確かな感触を感じながら空を蹴った。

 まるで某海賊漫画の暗殺部隊の技のように、そして某ゲーム会社オールスターによるバトルゲームの二段ジャンプのように空中で方向転換し、アグボアの背後に着地した。

 タイムラグはほぼ無しだ。


 あれ? こいつ弱くね? と思ったのも無理はない。

 あれほどに軍や冒険者が恐れ、開拓も進まないこの鉱山の魔物。

 怖がりすぎていたのかもしれないな。


 俺は目の前に歪みと穴をつくり、その先をある場所に設定した。

 そう、アグボアの体内、それも肉体の生命を司る中央部分に出口をつくった。

 俺はなんの迷いもなくその中に剣を突っ込んで振り抜いた。


 目の前のアグボアの体内から剣が生えた。

 噴水のように血しぶきをあげて、恨みがましいような目で俺を見ながら横に倒れた。

 まるで獅子身中の虫がいたかのようだ。

 だが(こいつ)が体内に現れたのは今であって昔ではない。

 瞬殺であった。


「凄い……」

「あんなに強くなってたんだな」


 俺がなにをしても驚くことがなくなって久しいアイラでさえも驚き、ロウがしみじみと呟いた。


「おかしいとは思ってたのよ」


 カグヤ曰く、あれだけ毎日幼少期から鍛錬していて一般兵程度というのはおかしいとのこと。

 魔法が使えるならまだしも、そこまで戦闘に才能がないのは頭脳の代償かと思っていたこともあったそうだ。

 それさえ転生の話をしたことでなくなり、神に会ってようやく納得がいったのだとか。


 俺だって魔法のなかった世界から来てほいほいと使えるとは思ってなかったさ。でも鍛錬したら人並みには使えるかなと思ったわけだよ。

 それがどうだ。前世における物理科学の概念と魔法の相性の良さは。魔力操作がそれほどでなくても知っていれば動かせるというのはここまでなのか。



 俺たちは索敵しながら山の見取り図を作成していった。どこにどんな鉱石があるか。地形に高さを加えて細かく記していく。今後の開拓の参考になるようにと。

 出た敵は開拓のために殲滅していった。


 魔物は難なく倒せた。アークディアの助力は一切なしだ。やはり過剰戦力だったのだ。

 そのツルを伸ばしてくる木型の魔物も魔動ノコギリと化した空喰らいで真っ二つだった。アイラとカグヤ、ホームレスは派手に火力をぶっ放し、ロウは正確に弱点の目を突いていた。コウモリのような魔物も、ヘビのような魔物も敵ではなかった。


 何の策も講じず真正面からのぶつかり合い。戦力差はあると言え、正々堂々と言える命のやり取り。それらへの勝利は今までの鬱憤を吐き出すかのように恍惚感となって俺を支配した。


「今の私でも勝てるかしら……」


 いや、溺れるな。

 仲間が俺を見る目を見て我を取り戻した。

 力に、強さに溺れてはいけない。

 俺が誓ったことだろう。

 この力を支配して、あくまで使わないように勝つ。これは俺が平和主義だからではない。 力でねじ伏せ、殺すことを勝利と認めないがゆえだ。

 自分より戦闘の強い相手に戦闘で負けたとして、多くはどう思うだろうか。

 悔しい、そんな思いが多くを占めるだろう。

 だがその多くは「仕方ない」もあるのではないか。

 相手に負けと思わせながら、どうして負けたのかもわからない。戦闘に関係なく目的はこっちが達成している。これこそが勝利だと信じているからだ。


 俺はいつだって弱者だった。今だって。

 思考を放棄するな。

 真の意味で敵などいないと心に刻め。



 俺は自分に言い聞かせて、大きく深呼吸して開拓準備に戻った。

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