へ?鉄が足りない?
レイルの都市計画編とでも申しましょうか。
今日は曇りだ。灰色の雲が空の九割を覆っている。これでも後一割でも雲がへれば晴れなんだよな。不思議なもんだ。
昨日は人が無に耐えられるかの実験もできた。
「相談なんだが」
俺は部屋でシンヤと向かいあって座っている。
アイラは射撃訓練、カグヤとロウは外で剣の稽古をしている。
やっぱりカグヤには敵わないようで、何度か打ち合うたびに吹っ飛ばされる様子が視界の端に入る。
もう見慣れた光景だ。
「おう。なんだ?」
「今まで俺に全権を渡して名前だけ貸してくれてただろ? 手紙では聞きづらいこととかがあってだな」
そう言うとシンヤはある書類を差し出してきた。
「……これは……金物の値段が上がってきているな……」
「ああ。金物はここでは作っていないから、周囲から輸入するしかない。食料と人材に関しては豊富だから暮らすだけなら大丈夫なんだが……」
マズい。これは駄目だ。
前世では生活必需品であったとは言え、この世界では金物はなくても生きている人たちがいる。だからといって軽視していいわけではないのだ。金属は武器になる。金属がないということは弱みになるのだ。
ここを戦争を前提に発展させるつもりはないが、将来どうなるかわからないのに武力を放棄できるほど世界が一つにまとまっているわけではない。
ここは貿易中継地点にしたいと思っている。
だがそれだけでは駄目だ。
来たもので生活するのではなく、全てにおいて自給自足できることが豊かさだと思う。
日本で、生産部門が海外移転したことにより産業の空洞化が起こったように、ここで鉱業を他国に依存してはならないと思うのだ。
「どうする……」
「技術者に関しては引き抜きに成功した。その中にはドワーフもいる。だから技術的な問題はないんだ。解決方法は……」
「金に任せて鉱山を買い取る、だろ?」
「ああ」
「他にないのか?」
「あるにはあるんだが……」
「言ってくれよ」
シンヤは目を泳がせて気まずそうに黙り込んだ。
言うだけならばなんでもないだろう。できるかどうかは別だし、するかどうかも別の話なのだから。
だがシンヤが話す提案を聞いて納得がいった。
「プバグフェア鉱山の開拓だよ」
◇
プバグフェア鉱山というのは鉱山であることがわかっていながらも未だ開拓されていない鉱山だ。
あまり高さはないので、遠目には素人でも登れそうななだらかな山である。
登るだけなら一日もあれば事足りる。
そして産出するものは鉄鉱石に限らず多岐に渡り、豊富な資源から多くの国が開拓に挑んでいた。
冒険者を雇い、兵士を使い過去に数度ほど大規模な開拓事業があるほどに有名な鉱山である。
にもかかわらず、そんな魅力的な鉱山が未だ開拓されないどころかどこの国の管轄にもならないのは何故か。
「守護者、か」
守護者
それはかの山に生息するある生物群の呼称である。正式名称はアグボアやドリルバット、などとそれぞれにある。
守護者とは呼ばれるものの、そいつらは人ではない。だから守護獣や守護鳥と呼ぶべきなんだろう。噂によると精霊などもいるとか。
とにかくこれが理由である。
強い魔物がいて危険だから開拓できない。
一文にすると随分あっさりとしたものではあるが、かつて軍を派遣しようが、冒険者を雇おうが全く歯が立たず諦めるほどの魔物たちだったのだ。
冒険者が一攫千金を狙って挑み、一抱えほどの鉱石を持ち帰ることもあるが、基本的に開拓は成功した例がない。
少なくとも一冒険者が開拓を狙うような場所ではないことは確かだ。
「あの場所は……」
当然シンヤも勧めるわけがない。
「ははっ」
だけど俺は軽く笑って受け流して
「じゃあ開拓しようか」
承諾した。
◇
俺は安全マージンを取りたがる男だ。それだけは胸を張って言えるだろう。
今回もそんな危険な場所になんの勝算もなく行くことを決めたわけじゃあない。仲間もパワーアップし、おそらく普通の冒険者よりは強くなっているはず。とはいえ、俺もまだ自分の全力を把握しきれていないのだ。
だからまだ戦力が足りない、としておく。
これは俺たちの問題であるから、魔王たちの好意に頼るわけにはいかない。
あいつらは国家権力を担う。ほいほいと開拓事業を手伝わせるわけにはいかないのだ。
そうだな……アークディアでも呼び出そうか。
それでももう一人ぐらい欲しいな……などと考えていたとき、不意に部屋の扉が開いて使用人が入ってきた。
「レイル様にお客様がお見えになっております」
様付けには未だ慣れない。
レオナで少しは慣れたかと思ったんだけどなあ。
「ありがとう。通して」
「お二人ともですか?」
「二人?」
「ええ。レイル様と同じぐらいのとてもご身分の高そうなお嬢様と魔族の男性の方です」
随分と聞き覚えのある二人にどうして今頃ここに訪ねてきたのかと嬉しさ六割に疑問四割で出迎えた。
「お久しぶりです。レイル様が戻っていらしたと聞いていても立ってもいられず駆けつけましたわ」
「久しぶりだな。レイル。ところでこいつは誰だ? 彼女か?」
「いやですわ。彼女だなんて。いずれ結婚するにしても釣り合わないと言いますか……照れますわ」
予想通りの面々に苦笑した。相変わらずのレオナとホームレスだった。
もしかして反りが合わなかったりしたらどうしようというこの組み合わせも、なんだか仲良くなりそうで何より。
レオナはホームレスの彼女発言にいやんいやんと頬に手を当て首を横に振っている。
この照れで真っ赤な顔を侮辱されたことへの怒りだと思うほど俺は鈍感じゃあないが……どうしてこんなにレオナは俺のことを気に入ってくれてるんだろうな。
他にもいい男はたくさんいるだろうに。
それにレオンなんていう美男子を生まれたときから横に目にしているというのに。
「久しぶり! 会いたかったぜ!」
にこやかに出迎える。
俺が王様にされて嬉しかったように、俺もまた以前と変わらぬ喜びを表に出すのだ。
理由を聞くのはそれからでも構わない。
「どうして二人がここに?」
「お前。約束忘れるなよな。今度一緒に強い魔物を捕らえにいくって言ってたじゃないか」
「レイル様ったら。私、これでも王族の端くれですのよ。この年にもなれば国の仕事の一つでも任されるものです。私は勇者候補監視取締役とギャクラ南部の自治区保証代理人の仕事を与えられましたのよ」
与えられたというよりはもぎとったというべきですわね、と言ってレオナはにっこりと微笑んだ。
このじわじわと外堀を埋められる感触は久しぶりだなあ。学校にいたころは周りの嫉妬の嵐が凄かった。
レオナのことは好きだけど、これがもしも前世で優柔不断系草食男子で断れない子だったら、そして俺のことを思ってる内気ツンデレ女子とかいたらあっという間にすれ違い系修羅場の完成だな。
その甘酸っぱくて焦れったいのを楽しめる人もいれば、はっきりしろよ!とイライラする人もいる。
「ホームレス、ちょうどいいところに来たな。今からちょっとプバグフェア鉱山の開拓に行くから一緒に行こうぜ。そんなわけだ。久しぶりに会えたのにまた数日したら留守にしてしまうんだ。悪いなレオナ」
「プバグフェア鉱山か! そりゃあいい。いつか行ってみようと思ってたんだ」
「そうですか。気をつけて行ってらっしゃいませ」
レオナはそれはもうあっさりと送り出す言葉を口にした。
まだニコニコしている。
「えーっと……確かに望んていた答えなんだけど、もっとなんかないのか? もっとゆっくりしていけば?とか危ないんじゃないの?とかさ」
こうもあっさりと納得されると少し寂しいものがある。
俺の周りは肝が座りすぎていてたまにつまんないっていうか、もっと死亡フラグビンビンに立ててくれても構わないのに。
敵の方が熱かったり喚いたりで感情表現豊かだぞ。
「そんなことを言われましても……どうせ止めようがいつかは行くのでしょう? 私は仕事でここへの滞在許可をもらって部下を連れてきておりますので、いつまでもいられますし、レイル様なら戻ってきますもの」
ここで「私も一緒に行きますわ!」などと言い出さないあたりがものわかりがよくって計算高いレオナらしくっていいと思う。
実際にそんなことを言われたらついてこないように説得するのに大変そうだ。
レオナのことだから、行くなら行くで腕利きの部下に魔法付与の高級防具と完全な態勢で臨んでくるにきまってるけどな。
下手すると俺たちよりも防御が強いなんてことになりかねない。
とにかく足手まといにはならない子だ。
「ていうかなんなんだよ。その俺に対する絶対の信頼はよ。レオナの知る俺はもっとか弱い頭でっかちの秀才くんみたいな子だったろ?」
そう言うと横でシンヤとホームレスが顔を見合わせ肩をすくめて「は? なにいってんのこいつ?」みたいな仕草をした。
お前らムカつく。まるで俺が前から妖怪か物の怪のようだったみたいな反応はなんだよ。俺にだって純真無垢な幼少期はあったはずだ。生まれる前に。
レオナまでがきっぱりと否定した。
「いいえ。私の知るレイル様は最初から強い方でしたわ」
はは。そりゃあ人違いだ。
そんな風に笑いとばしてやりたがったが、レオナの宝石のような碧眼に覗き込まれて押し黙った。
人の見え方なんて人それぞれだ。
ましてや自分の見え方と人から見た自分だ。全然違うのだろう。きっとレオナの見たレイル・グレイは強い奴なんだろう。
期待には応えなくっちゃな。
無事生きて帰ってくるさ。
あ、まともに死亡フラグが立った。
立った!
死亡フラグが立った!
五月三十一と六月一日は大会なのでおやすみします