折れたものを投げ捨てる
空間術で空間を捻じ曲げ、崖の上と下を繋げた。
俺、アイラ、カグヤに魔王、メイド長、部下二人、王様、その部下十名……作戦に関わった殆どが下へと降りた。
勝鬨をあげ、戦争の勝利に浮かれている魔族たちは俺たちを見つけるとやや警戒しながら威嚇した。
周りを何百という魔族が囲んだ。
以前の俺ならばどうやって逃げるか考えていたところだろう。
今なら考えるまでもなくいつでも逃げられる。
「なんだ貴様らは! 我々は今忙しい!」
おそらくこの中で最も高い位にある貴族がこちらに近寄ってきた。
ここは俺が出るまでもなく、王の二人に任せておこう。
「そうつれないことを言うものでないな。お礼を言いにきたというのに」
そう言ってグランが顔を見せるとギョッとして貴族はのけぞった。
「ど、どうしてここに?! ……それにお礼とはどういうことだ? 侵略には反対ではなかったのですか?」
グラン様、と皮肉かそれとも命令に背けど王とは認めているのかそう呼んだ。
「こちらからもお礼を言わせてもらいたい。ギャクラ国の王をしている者だ」
王様とグランがずいっと前に出ると、兵士たちの熱気は一段階温度を下げたようだ。
困惑、不審、警戒。それぞれの兵士は自らの顔にそれぞれの思いの色をはりつけている。
気づけばロウも人間の貴族たちを捕まえてこちらの側に来ていた。
「どういうことだ」
兵士の一人が焦りだした。
今頃気づいても無駄なんだよ。
もう両軍は戦争の直後で疲弊している。
俺たちみたいな少人数でも上級魔族さえ先にやってしまえば楽々と殲滅できる。
もうこの軍は抵抗できない。
「お前たちが倒してくれた軍は確かにギャクラの貴族の軍だ。だがあいつらが攻撃しようとしたのはお前らではなくギャクラだ」
「我が国を救っていただき感謝する。これを機に我が国は魔族の国ノーマと友好条約を結ぼうかと思ってな」
そう、これこそが今回の目的である。
魔族が人間を攻撃した、ではなく、
魔族の国の軍が人間の反乱軍の討伐に手を貸した、という形にしてしまうのだ。
本来魔族との友好条約などは忌避されるものだ。
不可侵条約ならまだしも、お互いを認めるような形での対等な条約となれば、国民の不満は出やすい。
しかしグランは人間との友好を見据えて国を治めてきたし、反乱軍の討伐という目に見える形で友好の成果を残した後では人間側も文句は言い出しづらい。
グランは今回命令に逆らったことを人間への援軍だったということにして見逃して褒賞を与えてしまうのだ。
すると功績をあげられないことに不満を抱いて命令違反した貴族たちの目的の半分は解消されてしまう。
最悪の形で、だが。
もう一つの目的である人間への宣戦布告は宣戦布告どころか手助けとなってしまった。
よりによって自らの行動が魔族と人間の友好関係を結ぶきっかけとなってしまったのだ。
「貴様らなら人間と魔族の架け橋になれると信じているぞ」
グランにこの方法で構わないか?と聞いたのは、自ら粛清しようとした相手を赦して出世させなければならないからだ。
だが安心した。こうして相手の心をえぐるような皮肉を言えるまでに余裕があるのだから。
「おのれ……っ!」
「全て……仕組まれていたというのか」
相手が魔王でなければ今にも飛びかかってきそうだ。
貴族たちは悔しそうに歯ぎしりをしている。
俺はグランの後ろでニヤリと笑った。
俺の顔に見覚えのある貴族どもがますます怒り狂っていた。
「くそっ! くそっ!」
悔しさのあまり膝をついて地面を殴っている。
血が滲むほどに唇を噛んでいる者もいた。
そう、これだよ。
戦いの勝利を無価値とし、自らの行動を仇となす。
最後の最後で手のひらの上で踊らされていたことを知らされるのだ。
二重にも三重にも心をへし折るようなこの方法で、なおかつ人間との友好の証へと仕立て上げてしまう。
これでおそらく真面目なこいつらは自身の役目をまっとうするしかなくなったのだ。
ある意味相手の土俵に上がりもせずに戦う。
この方法を聞いた時、グランは俺にボソリと「こいつは悪魔か」と呟いた。
悪魔ならちゃんといますよ。胸の魔法陣の中に。
性格がちょっぴり悪いことは認めるけどね。
「お前らにはまだまだ仕事が残っている。処罰などしている暇はないんだよ。お前らには人間との友好大使という仕事を与えるからな」
そして魔族は公式に発表したことを違えることはない。
そんなことをすれば周囲の同族の信頼を失うからだ。
もしも貴族たちが嘘をついて友好条約を破って侵略などすれば、現在グランの人気も高まっており、反戦論を唱える魔族たちにいっきに叩かれる。
そして魔族には一つの習性がある。
それは常に国を一つにしておこうという習性だ。
初代勇者が召喚されるよりもまだその昔、魔王が現れ国が統一されたその時よりずっと、魔族国家ノーマは魔族の唯一国であった。
だからこそ現在魔王が双子で姉と弟に分かれていることが異例であり奇跡であるのだ。
誰よりも仲が良く、お互いの考えを邪魔し合わない二人だからこそそれが認められているのだ。
もしも貴族がここまでされても人間を侵略した場合、国が二分してしまう。
国が分裂することを避けるために貴族たちは反乱してノーマを襲うのではなく、人間の国を襲ったのだ。
あくまで魔王の下で命令違反をしてまで武功をあげる。
そうすることで武力を無視できない、貴族を蔑ろにできない状況を作りたかったのだ。
どこまで意識的にしているかは知らないが、自暴自棄にでもならない限りは大丈夫だろう。
これのどこが俺の得になるかって?
そりゃあもちろん、シンヤに任せたあの自治区の発展にだよ。
もしも友好条約の関係で貿易などが始まれば、俺たちの自治区が当然中継場となるだろう。
すると自然に交通網も整備され、経済も潤う。
人の出入りが激しくなれば中には派遣会社の人材も多くの人の目に付く。
もう後は国家の介入がなくとも、労働力の質が向上し、量が増加していくだろう。それによってユナイティアの経済が適正に保たれるならば、それはユナイティアにとっての、ひいては俺の利益にもなるはずだ。
◇
宣言通りグランは記録のほとんどを改竄し、命令違反をなかったことにしてしまった。
貴族たちは処罰を受ける覚悟をポイ捨てされ、褒賞までもらい、不本意な名誉に身を飾られることとなった。
数で劣勢な戦争であっさりと勝利してしまったことからもわかるように、真面目に働けば有能な奴らなのだ。
歴史上初の人間と魔族の友好条約はこうしてあっさりと淡白に結ばれた。
そういう意味ではギャクラが選ばれてよかったのかもしれない。
ギャクラはヒジリアやリューカなど他の国に比べれば魔族差別の意識は少しだけ低い。
反対も徐々にその勢いを弱めていった。
俺たちはというとその間、戦争の事後処理に追われていた。
事後処理、とはいうがほとんどは俺が戦争の妨害工作と経路封鎖のためにめちゃくちゃにした交通路の修繕である。
落とした橋に崖の岩石の掃除。盗みかえしたパンドラの鍵の返還に壊滅させた食料庫。
魔法を駆使し、元通り終わらせて戻ってきてみればさっきの経過を聞いたのだ。
「はあ、やっと終わったな」
以前よりも立派になったシンヤの屋敷の一室で紅茶を飲みながら一息ついた。
「好き勝手にやるのはいいけど後片付けが大変なのは変わらないな」
「なに遠い目をしてるのよ」
「そうだよ。まだ仕事残ってるんだから」
カグヤとアイラに言われたのは他でもない。
今もシンヤに頼んで牢屋に監禁してもらっている厄介な奴らのことだ。
「俺が頑張ったんだ。まさか何もしないわけじゃないだろ?」
「そうだな。また後で牢屋に行かなきゃな」
そう、ギャクラに反旗を翻した貴族たちの本当の目的──ヒジリアかどこかと繋がっているかどうかの証言をとるという仕事が残っていたのだ。
いや、仕事ではない。デザートだよ。ストレス発散に甘いものをやけ食いするみたいなもんだ。ちょっと毒になるものも適量使えば薬になるようにね。
ふふっ。楽しみだなあ。
生前中二病をこじらせて調べた拷問方法を順に試しましょう