戦争終焉
使った魔法は炎属性の火炎魔法だった。
手に集まった魔力は空気を千度近くまで加熱し、そして魔力を燃やした。
周囲の酸素を巻き込んでごうごうと燃え盛っている。
「くらえ! 貴様らの脆弱な魔力はこれに対抗するので精一杯なのだろう!」
荒れ狂う炎の柱は次から次へと人間の兵士を焼きつくそうとする。
事前の打ち合わせにより、後方支援についていた魔法使いが数人、防御のために水魔法を発動しながら駆けつける。
「水だ! 壁をはれ!」
しかし駆けつけたときには大半の兵士が戦えなくなっていた。
手足や露出した部分に酷い火傷を負い、呻き声をあげる。
慌てて水の壁を張るが、それもジュウと音を立てて端から蒸発していく。
上級魔族は肩を押さえて離脱していく兵士を追い討つこともない。わざわざ弱った相手に魔法を使うのは無駄だからだ。
戦争とは合理的に効率良くするものだ。
俺の個人的な感想としては、人間の軍が負けてしまってほしい。
今大規模魔法を打ち込みに前線に出てきたのは魔族の中でも高い位にある貴族だ。
好機と見れば自ら戦いの最前線に突っ込んでいく。それは支配者としては不完全で残念なものなのだろう。
俺ならば絶対に出てこない。安全な場所から魔法を撃ち込んで高笑いしているに決まっている。
だからこそ、好感が持てたのだ。
馬鹿でも、ふんぞりかえって命令して危機になったら逃げ出す貴族よりもずっといい。
他の国に唆されて自国を攻撃する奴らより、自国の為に他国を攻める奴らの方がずっといい。
「退却! いったん退いて立て直せ!」
俺のそんなささやかでひとりよがりな願いはどうやら叶いそうだ。
魔法で崩れたのを好機と魔族がいっきに攻め込んだ。
いい感じに負け始めてきている。
どちらも被害は相当なものではある。
だが上級魔族が出てからはいっきに魔族が優勢になった。
そろそろかな。
手紙で連絡してあるからもうそろそろギャクラの国王、俺らもよく知るあのおっさんがやってくるはずだ。
レオンとレオナはお留守番かな。
久しぶりに会いたかったが、久闊を叙するのはまた今度ということになろう。
「はーあ」
隣でカグヤが口を尖らせる。
「なんだよ。何が不満なんだ?」
何がと言われればこの戦法は派手さに欠けるし、卑怯と言われてもおかしくはない。不満も出るだろうよ。だけど今更何を言おうというのだ。
「頭脳派とまではいかなくても私だっていろいろ考えて戦うことはできるわけよ」
不本意とばかりにカグヤは答えた。
そうだな。見た目こそ中高生ぐらいの女の子だけど中身は俺とあまり変わらないんだもんな。
二十も生きてりゃ何も考えずに戦うわけにもいくまい。
カグヤは頭の回転は速いし、馬鹿ってわけじゃあない。むしろ賢い方だと思う。
「だからどんな戦法を使って多勢に無勢で打ち破るのかと考えると思ったわけよ。それこそ各個撃破とかね」
「うん。それは考えるよな」
「レイルはもっと別の次元で戦ってるんだと思うと、ね。私も多少は戦えるし、あんなのだったら十や二十ぐらい相手に頑張ろうなんて思ってたのが馬鹿らしいというかなんというか」
釈然としない、というのが正確だろうか。
俺があんまりにも戦わない方法をとるからカグヤの出番がないと。
まともな戦法なんて使ってられねえんだよ。
まあカグヤは強いし、これからもっと強くなるから安心しろよ。
俺はアイラの方を見た。
なんの感情もなく、ランダムに、適当に狙撃していた。
構えているこの場所が高いため気づかれる心配もなく、有利にことを進めていた。
俺が指示したこととは言え、あんな風に殺されたんじゃあたまったもんじゃないよな。
でも嬉々として撃っていなくてよかった。
もしも嬉々として撃っていたら俺に毒されすぎたってことで修正をかけなければならないからな。
その時はお互いにとって荒療治となることだろう。
アイラも俺が見ていることに気づき、「どうする?」と目だけで聞いてきた。
黙って頷くと、その照準を今までよりも遥か遠く────人間軍の最後尾で慌ただしく指示を出している貴族に合わせた。
「私がしてもしなくても関係ないと思うけどね」
「ああ、できればこの前みたいに膝にしといてくれないか?」
確証こそもてないものの、貴族が教会を通じてヒジリアと内通している可能性が高い。
後から聞きたいことがあるから逃げられないようにだけしておきたい。
「いいよー」
「なあロウ、多分負傷した貴族が逃げると思うから待ち伏せて捕まえといてくんね?」
「おう、任せとけ」
ロウがじゃらじゃらと手錠や縄だとかを持ち出して向かった。
なんでそんな物騒なものが常備されているのかは聞かない。だってロウだし。
「レイル様、戻りました」
気がつけばメイド長と部下くんたちが戻ってきていた。
無事離脱できたようでなにより。
これでロウが戻ってくれば全員揃うかな。
「おい」
突然話しかけてきたのはグランだった。その隣には見覚えのある人がいた。 後ろには大きな馬車が見える。
「この男が大勢の部下を連れてここまできた。レイル、お前の国の国王とやらか?」
そう、王様だった。俺はグランに予め話してあったから王様であることについては予想がついたようだ。まさか連れてきてくれるとは思わなかったけど。
「そうだ。連れてきてくれたのか。王様もお久しぶりです」
ギャクラの国王、そしてその部下がぞろぞろとやってきていた。
どうやら近くまできていたのをグランが空間転移でここまで連れてきてくれたらしい。
王様ももう少し警戒してほしい。
もしもグランが悪の大魔王とかだったら……いや、魔王か。
「レイルにアイラは久しぶりとなるな」
しがない一魔族の扮装をしてオーラを消しているグランとは違い、王族としての正装と風格を身につけて登場した。
王様が現れたぐらいで驚くようなメンバーはここにはおらず、あっさりとした対応に一抹の寂しさを覚える。
王様はあの頃と変わらぬ気軽さで呼びかけてくれた。
しばらく会わなかった人が同じ態度でいてくれるというのは嬉しいものだ。
王様は先ほどからチラチラとグランの方を見ている。
「ところで……名前を聞いてもよいか?」
王様は隣のグランに名前を尋ねた。
確かに不審な男だ。王族かもしれないとわかっていながら平然と対等な目線で質問してくる男なのだから。緊急事態でなければそろそろ処刑されそうなほどの無礼というものだ。
「グランだ。人間の王の一人よ。俺もまた王を名乗っている。今代の魔王の片割れだ」
グランは気負うことなく答えた。そこに上下関係を主張するような様子はなく、ただ質問に答えただけのようである。
「なんだと?!」
王様は黙りこんでしまった。次の言葉を考えているのだ。
そうそう、そういう反応が見たかったんだよ。あえて王様には魔王がここにいることについて話していないのもささやかな意地悪みたいなものだ。
「ふむ……その話についてはまた今度でよいか? 今は目の前のことに集中しよう」
「そうだな」
そうこうしているうちに戦争の決着がついた。
アイラの狙撃で負傷し、逃げ出したところをロウに捕らえられた貴族。指導者を失い右往左往する兵士たちはもはやなんの役にも立たない。軍の六割が敗走し、ほとんどの兵士が戦意を失っている。
「ははははー! 我らの勝利だ!」
当初の目的さえ忘れて一時の勝利に浮かれる魔族たち。今日は宴会だのとほざく輩もいる。
どうして口調が悪くなっているのかといえば、ただ単に不愉快なだけだ。
同族嫌悪なのかもしれない。
浮かれていられるのも今のうちだ。役者は揃った。お前らをまとめて片付けるのはこれからだ。
俺たちは崖の上から下へと向かった。
次回、レイルの目的が明らかに……って予想つきそうなものでもありますが。