戦争開始
随分とおやすみしてしまいました。
団体戦、中間テストが終わり、最後に待ち受けていたのはスマホの機種変という試練でした。
パスワードがー! データが!
などと喚きながら無事復元できてこうして執筆できたことを祝って再開でございます。
お待たせしました。
あれから俺たちは空間転移を駆使して、人間軍から魔族軍、魔族軍から人間軍へとおとぎ話の蝙蝠のように行き来した。
人間軍へは俺たちが斥候として、魔族軍には例の魔王の部下くんを忍び込ませた。
食料庫襲撃の際には顔を隠してあるのでバレる心配はない。
虚実織り交ぜ、不安を煽り、怒りを買わせる。
本来は「俺たちは騙されている! 戦う必要なんてなかったんだ!」と言うべきである両軍はお互いへの警戒を徐々に高めていった。
伏兵奸計、騙し討ち、情報戦。
生前の世界では当たり前のこの手法も、この世界ではあまり使われないのだとか。
別に上に立つ奴らの頭がお花畑で、騎士道精神とかいうかわいそうな病気に侵されているわけではない。
そういった一般的には卑怯とされるような手法で敵に挑むと、それがバレたときに軍の士気が下がるからなのだとか。
バカだな。そういうのはバレないようにするものだ。
それに俺たちは今回士気など必要とはしていない。
まあその点で言うならば、俺が今からしようとするこの作戦はどこまでも正々堂々の対極に位置することだろう。
自分の利益のためだけに、正義を信じて戦う罪のない兵士たちを何千と死においやろうというのだから。
罪のない、というのは語弊があるか。
戦うということはそれ自体が罪なのだ。
もっともそれを裁く権利はまかり間違っても俺にはない。
そんなわけであちらこちらの道を潰してルートを限定させたわけだが、目論見通りの動きで両軍が衝突しようとするその場所のはるか上方で俺たちは待機しているのだ。
上方と聞いて魔法だので空中に浮遊している様子を思い浮かべてはならない。俺たちは純粋に上に回り込んだのだ。
俺が軍を誘い込んだ場所は切り立った崖に挟まれた谷だ。
まさに断崖絶壁といえる崖は三十メートルほどあり、それこそ超大型巨人でもない限りはほいほいと乗り越えられるものではない。
眼下で両軍が睨みあっている。
全てが俺たちの掌上とも知らずに。
人間軍はガチャガチャと金属音をたてている。剣を持った部隊と槍を持った部隊が多い。そこには静けさとは無縁の迫力があった。
一方魔族軍は顔を隠すということをせず、各々に違う武器を持ってはいるが、統率は取れているようだ。
俺は高笑いして言ってやった。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
アイラはまたなんか変なこと言ってるよこの人、みたいな顔で尋ねた。
「なにそれ?」
「まあ一つの冗談みたいなもんだよ」
この高さからだと多少騒いだところで見つかるはずもなく、見つかったところで魔法攻撃をここまで撃つような馬鹿はいるまい。
「お前の考えは聞いたが……どうなるものかな」
「どっちでもいいんだよ」
そう、どっちでもいいのだ。
魔族軍が勝とうが負けようが。
人間軍が勝とうが負けようが。
どちらに転んでも俺たちが得するようになっている。
そのための根回しは終わっているのだ。
「来たわよ」
遠くを確認していたカグヤが報告してきた。
ここしばらくの特訓で使えるようになった波魔法、その一つである光魔法を使用してみた。
遠くからくる光を屈折させ、集中させつつ、自分の目の位置へと誘導する。光は外側へと分散するように屈折し、近くに虚像を結ぶように目に入った。
まるで目の前に巨大なレンズがあるかのように見える。
眼球内いっぱいに広がる光景は望遠鏡とテレビを合わせた水晶玉のようだ。
「ああ」
こちらは二桁、向こうは四桁。
王道としては圧倒的実力者による蹂躙であったり、戦力を分散させて各個撃破が定番なのだろうな。
人数だけでも百倍以上の差があるというのに、そいつら両方を相手になどしていられない。戦って止めるなどもっての外である。
両軍が動きだした。
お互いの何かを呑み込もうとせんかのように、大きなうねりをあげて声を張り上げる。
どちらも仮初めの正義を信じて武器をとり戦おうとしているのだ。
どちらにも戦う理由などないというのに。
そしてそんな戦いに水をさそうか。
前線と前線がぶつかる瞬間、魔族軍の右翼、人間軍の左翼の頭上に俺たちはいた。
このままほうっておけば、弱い方が負けるだけだ。
それではダメなのだ。どちらも甚大な被害を負い、敗走することさえどうかというところまで追い詰めた方がこの作戦は効果がある。どちらも敵なのだから。
「レイル、忍び込ませた部下の奴はどうする?」
「補給部隊だったか? まあいいや、とにかく離脱させてこっちと合流させられないか」
「私が迎えにいってまいりましょうか?」
どんなときも敬語を外すことのない口調はメイド長さんだ。どうやら魔王よりも強いらしいし、機動力もあるから問題ないだろう。
カグヤに行ってもらおうかと思っていたが手間が省けた。
上から見るぶんにはなんの面白みもない激突だった。
おそらく個人個人の範囲では熱い激闘が繰り広げられているのだろうし、その過去まで遡れば語るも涙のドラマがあるのだろう。
だが先ほど言ったことはあながち間違いでもなく、大量の人と人がぶつかるだけの戦争なのだ。
両側を切り立った崖に挟まれているからこそ、軍レベルでの動きもしにくく、そして策も弄しにくい。
だからこそ俺が選んだのだが、こうも単調な様子は流れがわかりにくい。
戦いが佳境に差し掛かったところで俺はとある準備をした。
お気に入りの最終兵器、油の準備だ。
そろそろ油の勇者とか呼ばれないかな。
空間術における瞬間移動となる術には三種類ある。
一つが空間と空間に穴をあけて捻じ曲げて、遠く離れた場所同士をつなげる方法だ。
二つ目がその存在の座標位置に干渉して書き換えることでその場所に出現させる方法だ。
そして最後がテレポート、アポートと呼ばれる方法だ。これは物体を転送したり、取り寄せたりできるのだが、どちらも同じ方法である。指定された空間同士を中のものごと入れ替える方法なのだ。
どれも一長一短あるのだが、それらを必要に応じて使い分けているのだ。
そして今回は最後の方法を使う。
油を薄くひいて、その膜と今いる崖の岩石を入れ替えるのだ。入れ替える場所は崖の端を斜めに切り取るように薄く指定する。油の膜と同等の岩石がすり替わる。
するとまるで油で岩石が斬られたかのような現象が起こる。油の膜程度の岩石が変化したところで見た目にはほとんど違いはないだろう。だが隙間に入り込んだ油によって岩石は大規模に切り落とされ、そして軍の頭上に降り注いだ。
「上だっ!!」
「なんだあれは!」
下にいる兵士が口々に騒ぎ出した。
おおかた地属性の魔法とでも思っているのだろう。
直接頭上に転移させなかったのはそういった攻撃の正体を見破られにくくするトリックでもある。
降り注いだ岩石に多くの兵士が潰された。
土煙が上がり、爆発音で何もわからなくなった彼らはその統率を乱した。
俺は空間魔法と波魔法の万能さを実感しながら次の準備に移った。
耳を魔力で澄ます。音もまた波だ。遠くの軍の上層部の会話を耳で拾う。
人間軍の方は俺が聞くが、魔族軍の聞き取りは魔王に任せた。
波長や振幅を弄り、強さや高さ、速さを変えて聞き取りやすくする。
『なんだあれは!』
『おそらく地属性の魔法かと……』
『味方ごと落石に巻き込むとは……なんと卑劣な奴らだ。やはり魔族はここで根絶やしにせねば』
思わず笑みがこぼれる。いい感じに勘違いしてくれているようだ。
義憤に駆られて退き際を見誤ってくれれば儲け物だ。
「魔族はこれを機に一気に攻め込むようだぞ」
そっちの報告でも魔族側もまた勘違いしていることがわかる。
誰もこの戦いを裏で操る奴らがいるなどとは思ってもいないらしい。
大きな被害を受けて乱れた軍、その隙をつこうと続々と人間側の援軍が寄せられる。
そこへ登場したのが隠し玉の上級魔族だった。
空中に風魔法にのって浮かび、片手を上に掲げていた。
そして魔力が集まったと思うと、そいつは動いている真っ只中の貴族軍に大規模魔法をぶち込んだ。
ああ、本当は知恵と知略を武器に勝てない相手に挑むかっこいい勇者を目指していたはずなんですが……
どうしてでしょうねえ。どう見たって悪役のそれですよね。
ピカレスクファンタジーって変えた方がいいんでしょうか?