戦争への作戦 ①
シンヤは今回の作戦では後方支援の役割を担ってもらうことになる。と言ってもアイラの腕輪のおかげで、物資が枯渇するなんてこの少人数部隊ではありえないけどな。
「なあ、この姿ではさすがにバレそうだ。変装はできないか?」
グランは現在、黒いマントに長剣、宝石のあしらわれた服とあからさまに魔王であることが遠目にもわかりそうな出で立ちであった。
王たるものいつでもその風格を損なってはいけないとか言い出したら面倒だな、と何も言わずにいたのだが、予想以上に柔軟で現実主義のグランに頭が下がる一方だ。
「はい」
アイラが腕輪から予備の服を出した。
こいつらが賢くって話がサクサク進む。
超楽でいいな。
俺たちはまず魔族の貴族軍の方に向かった。
「まずはここで魔王の部下であるあんたに頼みたいことがあるんだ」
そう言って頼んだのは魔族軍の煽動である。
反乱を起こした貴族の元に参上し、軍の一人のような顔をして報告するのだ。
人間の軍がここから離れた場所に待機していることを。
そこは元々人間を襲うために出撃した軍。数も質もたいしたことがないと言えば、景気づけにそちらへと攻撃目標を変えるだろう。
今、ちょうど部下が貴族へと報告に向かった。
彼の前にはでっぷりとした大柄の貴族がいる。ほっぺの肉がくちびると同じ高さにまで盛り上がっており、愛嬌があると言えないこともない。
周りを貴族の手下に囲まれた状態で、少しでも不穏な動きを見せればあっという間に殺されてしまうだろう。
だがこれから伝える情報にはほぼ嘘はない。よって彼は善意で正確かつ迅速に情報を伝達したただの優秀な一魔族でしかない。
それが嘘かどうかは調べればすぐにわかる。それまでは自由でなくとも、正しさが証明されれば彼は解放されるだろう。
「その話が嘘であれば容赦せんぞ」
「嘘をつく理由がございません」
わざわざ言いにくる理由はあるんだけどな。
「ふん……所詮人間の軍。取るに足らんな」
すると控えていた側付きが進言した。
「今回の目的はギャクラです。わざわざ寄り道することもないでしょう」
「で、どうされますか。人間の軍はこの精強な軍に比べれば随分弱く、簡単に滅ぼせるでしょう。それとも下手な被害は御免と撤退しますか?」
聞こえのよい褒め言葉にところどころ挑発を混ぜる。
たいして強くもない人間の軍相手に逃げるはずがありませんよね?
そんな声が聞こえてきそうなほどに、相手の心をつっつく。
逆上したらその時は助けに入ると言ってあるが、おそらくそれはないだろう。
だって「逃げるんですか? 怖いんですか?」って言われて、言ったその相手を殺してしまえば図星であったことを認めることになる。
そんなことをすれば士気はガタ落ちになってしまうだろう。
俺はその間何をしているかって?
そんなの決まってるだろう。
パンドラの鍵の回収だよ。
回収というと聞こえはいいが、ようするに窃盗されたから窃盗し返すってことだ。
部下くんがその報告で貴族様の目をそちらに引きつけている間、俺は遠くからパンドラの鍵の場所を確認していた。
どうやら腰にぶら下がっているあれがそうらしい。
転移したときと同じように、空間に亀裂を入れてできた穴を向こうにつなげる。
前回よりも小さめで、腕がギリギリ通るぐらいの大きさだ。
「できそう?」
「もちろん」
俺は腕を伸ばしてそれを掴みとった。
だが俺は別に超人でもなんでもないので当然気づかれる。
あえてそれを隠して逃げようとはせず、高らかに言い放った。
「はっ。こんな大事そうなものを腰にぶら下げていてむざむざと盗まれるなんざ魔族ってのもたいしたことなさそうだな! この先にいる本隊にいい手土産ができたぜ!」
やや嘘くさいぐらいではあるが、これで人間の軍の斥候が魔族の軍を見つけた証拠にその重要そうな品を盗んでいったかのように見えるだろう。
本当にしっかりとした斥候ならば、そんな余計なことはせずに帰る。この不自然ささえ気づかれなければ。そんな風に思っていたが。
「おのれ! こけにしおって! 今すぐだ! 今すぐその軍の場所を割り出せ!」
貴族は激怒して部下に指示した。
あまりの騙されやすさに、今までどうしてこいつが貴族としてやってこれたのか聞きたい。
成功するとは思っていたが、ここまでうまくいくと笑いが止まらない。
奴らの目には俺がさぞかし邪悪に映っていることだろう。
仮想敵となり、その対象をなすりつける。
使い古されたような王道策だ……悪役側の。
どうやら力を手に入れ、強くなっても俺の本質というものは変わらないようで。
弱いことを言い訳にしていたが、俺はどっちにしろこういう作戦の方が思いつきやすいということがまことに遺憾ながら証明されてしまった。
◇
俺たちがまさか魔族の軍をけしかけるだけで終わるはずがない。
もちろん人間の軍にも事前にアプローチを仕掛ける。
これで定期的に魔族の方に情報を流せば、一時的ではあるがあの部下くんの株が上がって風当たりも弱まるだろう。
「へえ……ここ?」
「ああ」
俺たちが来たのはとある川に掛けられた橋である。
この川は横幅が広く、流れはあまり速く見えなくともある程度の深さもある。深いところで十メートルといったところか。
軍で渡ろうと思うと橋が必須である。
ここはちょうど魔族の軍がギャクラに最短距離で向かおうと思うと通らざるをえない道なのだ。
人間の軍からしても、重要な道であることには変わりない。
まあここを通れば魔族軍と激突は免れないがな。
どちらにせよ免れさせなどはしない。
「ここを壊せばいいのだな?」
作戦は予め話してあるとはいえ、やはり不安が残るのだろう。
お前は魔王だろう?
人間の作った橋など何も考えずぶっ壊せばいいんだよ。
「ああ」
「アイラ、いっきまーす」
「私だって!」
ここは仲間に任せることにしよう。
後から修理がきくように、俺が空間術で後始末はするが。
そうだ。修理費用を後からギャクラに請求しよう。
対魔族の懸案だし、俺が事情を説明すれば補助金が出るかもしれない。
俺がそんな打算的なことを考えていたことを知ってか知らずか、なんの遠慮もなくカグヤ、アイラ、グラン、メイド長の四人がぶっ放し始めた。
「地割れ!」
カグヤは威力を高めてぶつけるというよりは、地属性の魔法で繊細な操作をおこなっているかのようだ。
なるほど。この橋は石橋だ。石であるがゆえにアーチ型には限られているのだが、耐食性が高く、材料の入手も比較的簡単な古来からの橋の代表格だ。
圧縮による強度が増す中央ではなく、少し中心からずらしたところの結合をいじっている。
どっちでもいいと思うがな。
「激流柱」
メイド長は面白い。川の水を使った水魔法により、下から亀裂を入れていった。
水柱が上がる度に、ミシッという音が聞こえて橋がしなる。
どんな出力でしてるんだよ。
「波紋」
グランが一番頭脳派だった。
まさかの波魔法である。
魔剣を橋に突き刺すと、ビリビリと振動がこちらにまで伝わってくる。
共振を感覚だけで使いこなしているのか。
アイラはいつも通り。
爆薬だのを持ち出しては中央に向かって打ち出している。
ここは戦場か?というほどの轟音が橋の上に響き渡る。
どいつも思いっきり自分の最大術をぶち込めて楽しそうだ。
いや、カグヤとグランは少々ややこしい方法を使っているので、いい訓練にはなれどストレス発散にはなりにくそうだ。
結果、幅三百メートルはあろうかという巨大な橋は無残にも綺麗さっぱり崩れ落ちてしまったのだった。
ぽつぽつお休みするかもしれません
部活の団体戦と中間テストが二日刻みでの一週間前というたんでもない予定になっていて忙しくなるかもしれませんから。