事件とは重なるものです
ヘルメスやアポロ、アルテミスさんとかと別れて、また来た道を戻った。
何もないと思っていた階段の周りには、空間把握で見ると様々な柱が立ち並んでいたことがわかった。
目には見えないけれどあったのだ。階段の横には壁があるし、空中に浮かんだ板のようだと思っていた階段もしっかりと何かに支えられていた。
出てきた扉がある場所に来た。
「夢みてえなところだったな」
「これ以上、とんでもない場所にはそうそうこれそうにないわね」
しみじみとロウとカグヤが言った。
やめろよ。なんだか旅の終わりみたいじゃないか。
扉をくぐって、「俺たちの冒険はここからだ!」などとかいう終わり方はしないんだからな!
「レイルくん、変な顔してる」
マジかよ。そんなに顔に出てたかな。いや、アイラが長年連れ添った者としての勘と観察力で当てただけだ。きっとそうだ。
扉の向こう、異界の間ではグローサ、メイド長、グランが待っていた。
「ほんのしばらく見ないうちに随分変わったな。中で修行でもしてきたか」
「まあそんなところだよ。そうだ、お前らに送ってもらわなくってもよくなったぞ」
「それはどういうことだ?」
「レイルくん、空間術が使えるようになったんだよ」
「ほう。人間で空間術を使える奴など久しぶりに見たな」
「おう、だから俺の練習も兼ねて転移は自分でするよ」
そう言うと俺は術の発動に精神を集中させ始めた。
目の前の空間に魔力で作った手をねじ込み、ぎりぎりとこじ開ける。
そしてその向こう側に存在するギャクラの領土の近くに繋げ、一つの道を作り上げた。
それだけではまだ終わらない。
まだ穴と穴の間には距離がある。これだと全ての障害物を無視して直線距離で異空間を歩くことができる。これでも普通に旅をするよりはずっと早く着くだろう。
そこで空間をねじ曲げるのだ。無理やり押し付けるように、穴と穴を近づける。
これで限りなく瞬間移動が可能な通路の完成だ。
ここからは別に必要もない作業だ。
通路の先にある空間を空間把握で調べる。脳内に膨大な情報が流れこむのを制御し、取捨選択していく。
そして障害物がないのを確認し、周りにいるメンバーのいる空間ごと、向こうの空間と入れ替えた。
◇
久しぶりのギャクラ領土の付近である。
どうしてギャクラに直接いかなかったのかというと、刺激が強すぎるからだ。
しがない勇者候補が魔王を連れてきた。民衆の目には良くて勇者候補が捕まって人質にされた。俺を中途半端に知る者とかからすれば、俺が人間を裏切り、魔王を自国へ手引きされたと勘違いされてもおかしくはない。
「これが瞬間移動かー。酔ったりはしないんだね」
まあな。酔うのは初めて使う本人だけだ。空間酔いとでもいうのか。
「貴族が襲撃するまでどれぐらいの時間がある?」
この場にいるのは魔王が連れてきたメイド長、報告に来た部下、そしてもう一人の三人の部下に俺たち四人。
将軍、魔王姉はいない。
やはり魔王が城に不在というのはまずいらしい。
「二十日、だな」
二十日。その数字が何を意味するのか。
反乱はどうやらずっと前から計画だけはされており、その文字通り鍵となるあれを盗むだけが最後の仕上げであったらしい。
そしてそれが盗まれた今、出撃の準備は整っているのだとか。
大規模転移門は膨大なエネルギーを必要とする。
そのエネルギーの充填に丸一日かかる。
それを考慮して、なおかつ軍が拠点を構えるまでの目算が二十日なのだとか。
俺たちと似たような理由で大規模転移を悟られぬように大規模転移門の入り口はギャクラから随分離れた場所に開くらしい。
だが行軍のための下準備や拠点を構えること自体は魔法によってさほどかからないとか。
これら全てはその歴代でも屈指の頭脳を誇ると言われる魔王、グランの綿密な下調べからくる推測なので、絶対ではないがかなり正確であると言えるだろう。
というか反乱が他国に攻め込むという形で出たにも拘らず、その日のうちに対応できるあたりがこの魔王の本来の城の警備がいかに厳重であったかわかる。
俺たちのときは本当に将軍の八つ当たりだったんだな。
ふと、カグヤがこれからのことについて聞いた。
「レイル、シンヤさんのところに行くのよね」
「さすがカグヤだな」
王道と堅実な手という点で四人の誰よりも熟したその手腕。
俺はいつも奇策というか、外道の策ばかりだから、こうしてまともな選択肢をとるときぐらいはカグヤにあっさりと見透かされる。
「へえ。シンヤさんに情勢を聞きにと人員の借り入れしにいくんだ」
誰よりもその思考を伝えてきたアイラ。おそらく前世の知識についてはこの中で俺に一番近い。
俺の仲間は長いこと一緒にいたせいもあってか、最近はよくやろうとしてることを見抜かれやすい。
俺としてはいちいち説明する手間が省けていいのだが。
「シンヤ? 誰だそれは」
「ああ、言ってた自治区を代理で任せている人だよ」
手紙で報告を受けてたとはいえ、どんな感じになってるかな。会うのが楽しみだ。クラーケンの奴にも挨拶しなきゃな。今度は名実ともにあいつを倒せそうだ。まああいつは俺を主君と認めているみたいだし、そんな心配もいらないんだけど。
◇
かつては単なる木造の建物やテントが張ってあるだけの野営場みたいだったこの場所も随分と様変わりしていた。
シンヤに案内されて入った瞬間にちっちゃいのに飛びつかれた。
「れいるー!」
「あれがれいるだーー!」
「ありがとーっ!!」
次から次へと子供たちが飛びついてきた。
「な、なんだよ。これはどういうことなんだよ」
「そりゃあな」
聞けば、こいつらは奴隷だったところをシンヤに買われて立派に教育されている最中の元奴隷らしい。
未来の派遣社員としてがんばっているようだ。
こいつらも奴隷というものがどういうものかはなんとなくわかっていたらしく、シンヤに丁寧な扱いをされたときにキョトンとしていたとか。
シンヤがお前らが人としてこうやって世話されているのは全て俺のおかげだとさんざん吹き込んだらしい。
で、俺はここの元奴隷からは半分神格化されているのだとか。
部屋に全員が揃った。
魔王、メイド長、四人、シンヤの七人ではあるが。
「で、レイルの旦那は戻ってきたってわけか」
シンヤの服装はあの時のラフな格好などではなく、きっちりとした正装であった。
それでもあの時と何ら変わりない態度で出迎えてくれたシンヤにありがたいものを感じながらも今の状況をかいつまんで説明した。
「それにしても魔族の襲撃か……まずいな。こんな時に……。できるかぎりの協力はするっつーか、ここはお前の場所だからな。で、後ろのお偉いさんみたいなのは誰か紹介してもらってもいいか?」
「ああ。魔王だ。向こうで話していた最中に反乱の報告があったからな」
「はあ? 魔王だと?」
シンヤは後ろで見ていた魔王を二度見した。
まあそうなるよな。だって魔王だし。
かしこまったあと、自分は礼儀作法に疎いのでそこは勘弁してほしいと告げた。
多分大丈夫だぞ。俺なんて最初からタメ語だし。
「とりあえず味方だよ。今回の魔族の貴族どもが襲撃するのは魔王の望むところじゃあないんだ。だから鎮圧をお互い協力しようって話にだな」
そこでここを拠点にしようというわけだ。
ギャクラからさほど遠くなく、経済が独立した地域。それもかなり俺の無理が通る場所だ。
これ以上に向いた場所はあるまい。
「だからとりあえず、最近あったことをできるだけ話してくれないか?」
「話すって言っても一つしかないが、その一つが大きいかな」
「二十日しかない。ここで情報に敏いお前が頼りだと聞いた。聞かせてくれ」
グランがそんな風に言った。
やばい。デレの破壊力がぱねえ。
これは落ちますわ。シンヤが女性だったらこれで一発コロリだな。
「あ、ああ。実はな。ノーマと全く逆のことがここで起こりそうなんだ」
シンヤの得た情報によると、最近ある大物貴族が兵を秘密裏に集め、武器の買い占めなどを行っているらしい。
そして昨日、国の領地内西にあるその貴族に動きがあったらしい。
これは元暗部にいたシンヤの情報網なので、むしろ表の貴族たちにはまだ伝わっていないか、それともわかっていて静観を決め込んでいるらしい。
だがこのことはもうおそらくギャクラの王都まで届いており、対策がたてられているかもしれないとのこと。
俺はその貴族の行動パターンの情報を見ていてあることに気がついた。
毎週末に特定の場所に出かけているのだが、その先がわからないとのこと。
「信者か……」
「そうだな」
おそらく出かけているのは宗教関連。
ヒジリアに法皇のいる人神教だ。
人間種族こそが最も優れた種族だと妄信するあの宗教はどうにも好きにはなれない。
「はあ……じゃあギャクラとも折り合いが悪いわけだ」
「そうなんだよ。だからこのままでは前門の虎、後門の狼。挟み撃ちになっちまうわけだ」
だからマズイと言ったのだ。
いや、俺はあることを思いついた。
この作戦を使えば、最も少ない労力で両方の軍を抑え、なおかつ様々な問題を一気に解決できるようになる。
だがこれをグランが許してくれるかどうかだ。
「いいことを思いついた。だけどグラン、お前にとってはとても不本意だと思う。だけど何が一番利益になるか考えてほしい。今から説明する作戦の概要をよく聞いてくれ」
グランは最初、魔族の軍だけを単独でボロボロにして見せしめにするつもりだった。
だから俺のとる作戦はどこまでもその本意にはそぐわない。
だけど、やはりグランはどこまでも冷静なままであった。
「お前はやはり頭のおかしな人間だ。面白い、作戦変更だ」
貴族軍、激突編開幕です