剣の秘密
書き溜めたのを以前に投稿するのを忘れておりました。
◇
後頭部に柔らかいものを感じてぼんやりと目を開けた。
「やっと起きたね」
目の前三十センチメートルにアイラの顔があった。
俺のデコにはアイラの手が当てられていて、周りでは心配そうに見守る仲間の姿があった。
どうやら俺は膝枕されているらしい。
「もうちょっと楽しもう」
欲求のままに寝返りをうつと、アイラの腹が鼻先にくる。
「はいはい。珍しく甘えるんだね」
そう言いながらも嫌がるそぶりがないのに安心した。
でもいつまでも甘えているわけにもいかないので、起き上がって体の調子を確かめた。
節々が痛むが、気絶する前よりもむしろ軽くさえあった。
膝枕のおかげかな。
「おはよう。寝心地はどうだった?」
「良かったよ。……ってそんなことが聞きたいんじゃないだろ?」
寝心地とは膝枕のことか、それともあの奇妙な空間の中のことか。
「そうだよ! レイルくん丸一日も寝てて、心配したんだからね!」
その言葉に俺は逆の意味で驚く。
普通ならば「なに? そんなに寝てたのか?!」というところだが、ここは幸い、時間のない天界。
それよりも俺が驚いたのは、丸一日しか寝ていないという事実だ。
俺はあの場所で一週間はいた。
体感時間にそこまでの差があるとは思えないので……とヘルメスに目をやるとあっさりとネタばらしをしてくれた。
「言ったじゃん。僕からのサービスだって。君がいたあの場所は空間、時間的に隔絶された結界の中で、時間の流れがとてもゆっくりなんだよ。それに特殊な術がかけられていて修行しやすかっただろう」
ヘルメスがドヤ顔で言った。
そうか。だからあんなに術が使いやすかったのか。
「どうりでな。まあ基本ぐらいはできたよ。空間把握ができるようになったしな」
「え? 空間把握?」
「ヘルメスさん、空間把握ってすごいの?」
「程度にもよるけど……どのぐらい?」
「座標から距離、どこにどんなものがあるかまで多分見える範囲なら余裕でできる」
「それは……」
ヘルメスは言いにくそうに言いよどんだ。
「基本すぎて言葉もでなくなったとかか? 結構頑張ったんだけどなあ。あ、他にもできるようになったからな」
そう言うと違う違うと首を横に振った。
「基本なんだけどできない人の方が多いんだよ。できても空間の歪みをみたり目で見える程度の情報が後ろまで広がるぐらい。君みたいに建物の中に何人いるかまでは把握できないし、それがどれぐらいの体格かまでなんてわからないんだよ」
「へえ、そうなのか」
「多分それが君の強みなんだろうね。魔法に物理科学という概念を押し付ける。君が前世において空間というものが研究されていると聞いたことも関係あるんじゃないかな」
「別に科学者でもなんでもないから、そこまでわかってないぞ?」
「この世界では空間という言葉が先走りして、その意味もわからないまま漠然と使われているんだよ」
だから空間に関係する結果、つまり物質の転送などはできるし、拡張によって無限収納はできても、それ以上にはいかないのだとか。
それでも十分強いだろ、とは思わないでもないが。
「へえ……じゃあ俺は空間術が得意な方なんだ」
「だろうね。転移と収納ぐらいはできるようになればいいかと手助けしたつもりだっんだけど……」
するとロウがちょっとふてくされたように言った。
「はーあ。俺も頑張ったのに、レイルはあっさりととんでもないことをしてくるからなー」
「ロウは何かあったのか?」
俺が尋ねると、カグヤが代わりに答えた。
「ロウはね。元からあった時術の才能を開花させてもらったのよ。今まで使い方がわかってなかっただけで、自分自身がすでに強力な時術のかかってる身だから使えたのよ」
「じゃあこれからはロウが僧侶役だな!」
「おう……っておい!」
皮肉なもんだとロウは笑った。
一番殺すことが得意な俺が、一番救うのに適した力を得るなんて。
そんなロウに俺は。
「時術だって加速を相手の体に使えば老衰死させることもできるんだぜ? 要するにその人の使い方次第だってことさ。お前はその術を"人を救う力"って言っただろ? だからお前は人を救うことを考えられる人間だったんだよ」
ロウは善悪の基準はあまりない。
それでもどこか思うところはあったのかもしれない。
これが成長なのかどうかは俺にはわからない。
「俺が寝ていた間、他のやつはなんかあったか?」
「私はいつもどおりよ。波属性が使えれば、なんて思ったけど私には他の四属性の適性しかないみたい」
「波属性は特殊だからね。あ、でもレイルなら使えそうだね」
「波だけでも使えたら便利そうだな。また試してみるよ。そうか……空間術か……これからは戦うことも多くなりそうだし、剣をもっと丈夫なものに変えた方がいいのかな」
俺が何気なくそう言うと、カグヤ、アイラ、そしてヘルメスまでが「はあ?」と呆れたように言った。
「君、それを買い換えるって……」
「レイルくん、なにもわからず使ってたんだね……」
「あんた、それより丈夫な剣ってそれは剣じゃないと思うわよ……」
はあ? 単なる普通の剣だろ? と言うと、アイラが
「レイルくん。お城に、しかも宝物庫にそんな普通の剣が置いてあるわけないでしょ。私が見た感じだとそれが一番いい剣だったよ。私は使いこなせる気がしなくて取らなかったけど、レイルくんが『使いやすそう』って言ったからやっぱレイルくんはすごいな、なんて思ってたんだけど」
「あんた、それこの旅で一度も手入れしてないでしょ。いくら使う頻度が少ないからって全く手入れしてないのに刃こぼれも錆もないのは異常なのよ、異常!」
はあ? これってそんなすごい剣だったのか?
それにしてはなんかしょぼいっていうか……名剣って宝石とかがついてるものかと思ってたんだけどな。
「聖剣クラウソラス。逸話は数あれど、その多くが持ち主の技量に由来することからあまり剣の価値は評価されてないけど、立派に名剣の一つだよ。それでも逸話の英雄はこの剣を変えることがなかった。それは戦いの中で持ち主が死のうが戦乱に巻き込まれて行方知れずになろうが無傷だったからだって言われてる」
一気にまくしたてられた。
ヘルメスは一呼吸置いて、その二つ名を言った。
聖剣か……大層な名前だな。全然買い換えなくてもよかったわけだ。
俺の素晴らしい審美眼に乾杯。
「虚空さえかじるように斬るという、通称"空喰らい"」
なんだその厨二な二つ名は。ここがネットで横書きならば草生やしてるところだぞ。
思わぬところで自分の剣の価値を知った。
どうりでこの剣を選んだときのアイラが妙な顔をしていると。この子は伝説の武器の図鑑とか見てたもんな。わかってたなら言ってくれよ。
この剣がすごいと聞いても実感がわかない。
だってピンチに覚醒したりしてくれてないし。
ああそうか。ピンチにならないように旅をしてきたんだっけ。
俺にとっては剣は魂などではなかったし。だって剣がよければ勝てる相手などはいないわけで。安くても最低限切れればいいという程度の使い捨ての道具にしか思ってなかったからな。
「なにか隠れた特殊能力とかあるのか?」
魔力を込めるとビームがうてたりだとか、命の危機に応じて爆発的に強くなったりだとか。
なんだかロマンのあるド派手な能力はあるのか?
「ないよ」
なかったか。残念。というかないのかよ。聖剣なのにな。
「君は聖剣をなんだと思ってるんだ? ……そんな目で見ても剣は喋らないからね?」
喋りすらしないのか。
「魔力は通しやすいし容量も大きいけど……まあ丈夫で普通の剣よりも切れやすいだけかな。丈夫さだけなら随一って言われてて、錆びることもないって」
あえて付け加えるとすれば精神生命体でも攻撃できるとかぐらいだとか。
まあ攻撃できてもアークディアみたいなのが出たら戦う気はない。逃げの一手に限る。
まあいいや。手入れのいらない丈夫な剣か。なら手間が省けていい。
「君ってやつは……」
「レイルだからしょうがねえよな」
「まあ……レイルくんだから?」
「レイルだものね……」
口を揃えて妙な反応をする。
何か悪いことをしたか?