意外なこと、予定調和なこと
パンドラの鍵とは何か。それをレイルたちに教えてくれたのはメイド長だった。カグヤがメイド長が独断でそんなことを外部の者に漏らしてもいいのかと尋ねれば、ここまでくれば隠す意味もないでしょうとメイド長は述べたのだった。
「大規模空間転移門の起動装置、か」
パンドラの鍵、それは魔族が人間の大陸へと侵攻する際に使用する大規模空間転移門の起動装置であった。それさえあれば少数精鋭ならぬ軍勢による大規模侵攻が可能となるというものであった。
「目的はやはり……」
「ええ。先代を崇拝していた古参の貴族の一人が現在の魔王様の非戦主義に業を煮やして人間の国への侵攻を目論んでいると思われます。それに賛同した者も複数いるでしょうね」
冷静さを取り戻しながら魔王と部下が話す。
「どうするの? 私が行ってきてもいいのよ?」
魔王姉が大剣をふるう。室内にビリビリとした覇気が満ち、思わずカグヤが身構える。
魔王は二人で一つの魔王であった。
それは歴史上でも珍しいことであり、それでも魔族の民に受け入れられているのにはわけがある。
魔王弟が頭脳を、そして魔王姉が剣を司るからだ。
グランは歴代でも最高峰の策略家と言われる。魔族は力を重視するが、それは何も直接的な戦闘力だけではない。彼はその頭脳で魔族の繁栄という種族単位での勝利に貢献してきた。それを認められて、特に反戦主義の魔族に慕われ支持されている。
一方グローサは単騎での戦闘力は魔族でも一、二を争うとされ、たった一人で反乱軍を無傷で滅ぼしたという逸話まである。その武功から力こそ全てと思う古参の配下に絶大な人気を誇る。
やはりそこは魔族。グローサの方がカリスマが高いのも事実ではあるが、二人は意外なことに実に仲が良かった。
これまで特に争う様子も見せず、お互いの主張を通しながら魔族を統治しているのだとか。
今回動いた貴族たちの不満とはグローサとグランに共通する反戦主義に対するものだ。戦争がないからからいつまでたっても貴族も功績があげられない。だから扱いも不遇なままなのだ、と。
そいつはグローサがグランに騙されて怖気付いているだけだと勘違いしている。
一発人間の国を攻め滅ぼして武功をあげれば、グローサもその考えを改めるなどと今回の暴挙である。
グランは人間の国への不干渉を宣言しており、今回の貴族の行動は明らかな命令違反であった。
そして魔王はこのようなことが起こった原因の一つに自分がなめられているからもあると考えた。
自分の命令に真っ向から逆らう行為に腹を立てていたのだ。
だからこそ姉のそんな提案を跳ね除けた。
「いや、俺も出る」
「はあ……仕方ないわね。相手の戦力は?」
「偵察の報告によると上級魔族二人、中級魔族十人、下級魔族二千人です」
下級魔族二千人ならば人間の国を攻めるなどという無謀な真似はできない。だが中級魔族は通常人間兵数百人にあたる。実質的な戦力はその五倍程度だと考えて構わないだろう。
「警備は大丈夫なの?」
カグヤが尋ねた。それもそうだ。将軍も門番も弄んでここまで来たのは他ならないこの四人だ。
「城の警備だけなら将軍とメイド長に任せればいいだろう。仕事は一週間分ほど前倒しで済ませてある」
「いいけど……あなた対集団戦苦手でしょう?」
「地下に魔剣を取りにいく」
「魔剣、とは?」
レイルが聞きなれない武器の呼称に反応を示した。
「魔王の証たる剣で継承式に受け取る。ある場所に封印してあって、あまり持ち出さない」
封印までされているような兵器を持ち出すと言い出すあたりにグランが本気であることを示している。
魔王城の地下一階は地下牢と一般倉庫となっている。地下二階が今回盗難に入られたパンドラの鍵が保管されている宝物庫である。
そして地下三階こそが……
「地下三階が魔王の剣を封印してある場所に繋がる扉がある部屋だ」
通称、異界の間。そこへと通じる地下への階段を下りながら話をしていた。
禍々しい魔王チックな装飾にやや中二病の混ざったレイルとロウがはしゃぐ。
アイラはそんな二人をやや白い目で見た。
「嬉しそうだね」
「そ、そんなことねえよ。こんな場所があったんだな。というかこんなにあっさり盗られるなんて不用心じゃね?」
レイルは強引に話を変えた。
だがレイルの言うことももっともであった。宝物庫という名を冠するわりには配下の貴族にあっさりと盗られているようでは警備もたいしたことないのではないか、と。
「それが……」
「あのアホ将軍のせいでございます。レイル様」
言いにくそうにするグランに代わってメイド長が答えた。
「勇者一行が来ると聞いて、勇者ならば宝物庫の鍵が開けられないとたかをくくっていたのです」
「城の中にメイドと兵士しかいないのが気にならなかったか? 勇者候補に良くない感情を持つ者も少なくないから今日は貴族どもを休みにしたのだ」
貴族どもは勇者がきて宝物庫の警備が手薄になるこの日を狙ってきたのだ。
「お前らが来れば兵士どもも警戒態勢に入るはずだったんだろうがな」
レイルたちが鎧姿でうろちょろし、軒並みの兵士どもを無力化してしまったために、警備が手薄どころの話ではなかったのだろう。
将軍の命令により、通常警備に戻った兵士が宝物庫の持ち出し記録が残されていることに気づいたのだ。
「そうなのか。じゃあ俺たちにも責任の一端があるってわけだ。まあ手伝うことがあれば手伝うよ」
「お前ら、強いのか?」
「軍勢の中に放り込まれるのは勘弁だが、上級魔族だろうが中級魔族だろうが八百メートル離れたところから傷を負わせて動けなくさせるぐらいなら」
アイラができる、という最後の言葉を濁したレイル。
だが嘘はついていない。
「なんだと? そんなことができるのか?」
「アイラがな」
「うん。でもレイルくんのおかげだよ」
アイラは昔からそこだけは譲らなかった。アイラがいなければ銃を使うことどころか作ることさえできなかったというのに。
「じゃあ空間転移に四人ぐらいなら巻き込めるか。連れていってやるから手伝ってくれ」
「ああ。ところで襲撃されそうな国ってどこだ?」
グランとメイド長は口を揃えた。
その答えにレイルたちは驚くもの二人といつも通りが二人に分かれた。
「ギャクラだろう」
「ギャクラでございますね」
「だろうな」
「だよね」
アイラとレイルも口を揃えた。
考えればその結論に達するのだ。
ギャクラは商人が多く、軍事に使う経費が少ない。
軍事大国ガラスはいわずもがな、ウィザリアは優秀な魔法使いを多く抱えるし、魔導具の保有数も多い。
ヒジリアも問題外だ。あの国は魔族を敵視しており、対魔族に特化した軍の鍛え方をしている。
安全に攻めようと思えるのはギャクラだったのだ。
「だけど王様も馬鹿じゃないし、金で増援呼ぶなりなんなりできるだろうけどな」
その後は魔族と人間の関係は回復しないだろうけど、というのを除けばの話だが。
「いや、ギャクラでは最近きな臭い話を聞くそうだ」
「きな臭い?」
「まあ攻める気がないからそこまで必死に間諜を送ってはないからわからないな」
「ですがその問題の対応に追われているのに魔族まで攻めてくれば、前門の虎、後門の狼ですからね」
ますます逃げられなくなったレイルはどうやって楽に軍を滅ぼそうかなどと考えていた。
魔王たちも強いみたいだし、人間としてスパイするぐらいじゃダメかな?などと楽観視もしている。
「ようやくついたな」
「そういやさ、封印してある場所に繋がるって言ってたけど……そういう言い方するってことはここではないどこかにあるんだろ? どこにその魔剣ってのはあるんだ?」
「魔王の剣だぞ? 魔剣といえば冥界だろう。異界の間って言ってるしな」
ロウの答えは当たっていた。
「その通りだ」
「え? 冥界行けるのか? じゃあさ」
ここを逃せば行けないかもしれない。レイルは思わず聞いてしまった。
「天界にも行けるのか?」
天界という魔王には似つかわしくないその場所の名前に沈黙がおりた。
それは一瞬で、魔王がそれに答えた。
「行けるぞ」
「神にも会えるか?」
「ああ。どうして会いたいのかは聞かないでおこう。それに天界や冥界はこちらと時間の流れ方が違う。行っても時間はほぼ経たない」
「もしよければ……天界に行っても構わないか?」
「ここまで来たんだ構わないだろう」
興奮気味に次々に質問するレイルはふと我に返って三人に聞いた。
「お前らもついてくるか?」
三人の答えはとっくに決まっていた。
「もちろん」
◇
魔王が目で確認をとり、扉を開けた。
そこには細々とした道と灰色の空が広がっていた。
魔王と四人はその道をまっすぐ歩いていった。
分かれ道まで来た。
「ここを右だ。すると階段がある。階段を登っていけば天界だと聞いたことがある。俺は左にしかいかないからわからない」
魔王の通る道にどうして天界へと続く道があるのか。
次に語られるのはあくまで推測だそうだ。
あの扉は歴代の魔王のみが通ることを許された扉であるという。
先代から次代の魔王へとロケットが継承されてきたのだ。
伝統など糞食らえと思ったグランとグローサによってロケットが分割された。
本来ならばあの扉は開けた瞬間に封印の間へと通じていた。だが分割されたことの弊害だろうか、封印の間と扉の間が間延びして、こんな道ができていたというのだ。
グランが何度か足を運ぶ途中に右の道から来た天使を名乗る存在に出会ったという。
その天使を名乗る存在はグランが地上界から冥界へ向かう途中だと聞いてひどく驚いたらしい。
その時初めてグランは右の道が天界へと通じていることを知ったのだ。
「じゃあまた」
「行こうか」
アイラが道の向こうに伸びる階段を見上げながら言った。
「ああ。やっとだな」
こうしてレイルたちは天界へと続く道を進んでいったのだ。
やっとここまで来ました。もうすぐ一段落つきます。当初の目的も果たせそうですしね。
物語自体はまだまだ続きます。