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魔王城会談

 魔王城の一階が給仕や兵士の部屋、つまりは城の補助機能を司る場所であった。

 そして二階が会議室や大広間など、大きめの部屋が並ぶ、儀式的な場所の多い階層であった。

 そして三階が政治の仕事を行う部屋があり、最上階四階は魔王の階層であった。

 一階ではせわしなかったメイドも、この階では早歩きなどはせずに優雅に歩いていた。


「ここだ」


 大きな両開きの扉の前で立ち止まる。

 コンコンとノックをすれば、入れと簡潔に返事があった。

 誰かも確かめずに不用心ではないだろうかとロウは思ったが、そんなものなのだろう。


 扉を開けた先には二人の男女がいた。

 一人は柔らかな栗色の長い髪をした二十歳を越えたほどの見た目の女性であった。柔らかな髪とは反対にその印象は鮮烈で、目には強い闘志が宿っていた。やや肉付きは良いが、その引き締まるべきところは引き締まっており、特徴的なのはその豊満な胸であった。たゆんという言葉が似つかわしい巨乳ではあったがレイルは特に鼻の下を伸ばすこともなかった。彼女は将軍のものよりも大きな人の背丈ほどの大剣を立てかけていた。

 もう一人が鋭い眼差しの男性であった。やや癖っ毛で浅黒い肌は誰かに似ているとレイルは思ったが、誰であったかは思い出せない。


「よく来たわね。今代の勇者」

「立って話すのもなんだ。まあ座れ。食事を用意させた。食べながらでも話そうか」


 そう、今代の魔王は双子の姉と弟であった。

 四人はレオナとレオンを思い出した。彼らと同じ双子、でも逆。

 双子で姉も弟もないのだが、生まれた順番よりも性格的な問題が強いのかもしれない。

 二卵性か一卵性かで見た目が似るかどうかの違いが出ると言われる双子において、レオンとレオナは似ていたが彼らはあまり似ていなかった。


 運ばれてきた食事を見て腹こそ鳴らないものの、今まで食事をとっていなかったことに四人も気づいた。


 運んできたメイドはメイド長と呼ばれていた。メガネをかけて口から下にはマスクをしており、キャップで髪を隠している。つまり、顔の露出がほとんどないのだ。目だけしか見えない。

 そんなメイド長にアイラは変だなあぐらいにしか思わなかったが、二人の魔王も彼女に特に何も言わなかったので気にしないことにした。


「どうしてこのような奴らに! 魔王様、奴らをどうして……」

「客だからだ」


 どうして丁寧にもてなしているのか、と続く言葉は答えとも言えない答えで遮られた。


「はあ……だから軍部は馬鹿ばかりだというのです。魔王様の命令をそんな風に曲解するからそうなるんですよ。私たちが客人を迎える用意をしている間、なにかピリピリしていると思えばそんな勘違いをしていたのですね」


 メイド長と呼ばれた女性が初めて喋った。今までは最低限の返事しかしなかった彼女は将軍を心底馬鹿にするように言った。


「どういうことだ!」


「魔王様が丁重にもてなせと言ったならもてなしなさい。誰が追い返せと言ったのですか? 彼は客人です」

「ですが……奴らは……」

「勇者候補、だろう? 国に潜伏した魔族を炙りだしたり、かと思えば問題のある寵児と仲が良かったりと話題に富んだ、な」

「それだって作戦かもしれません……」

「お黙りなさい。一度部下共々躾が必要ですか? それとも何か、今ここには私とグローサ様がいるのに人間の冒険者数人でなんとかなるとでも?」


 メイド長は魔王二人のうち姉の方をグローサと呼んだ。

 その一言で黙らせられるほどに二人は強いようだ。


「そ、それだけは……」


 その言葉を否定することは、自分の仕える魔王の強さを疑うことであった。そんな言葉を魔族が口にできるはずもなかった。

 会話の優位は完全にメイド長にあった。

 油で磨かれてテカテカとはいえ、将軍も強いはずなのだがこうも尻に敷かれるなんて両者に何があったのだろうとどこか薄ら寒いものを感じながらもレイルたちは食事に手をつけた。

 将軍に引け、と手だけで指示する様は確かに魔王であった。


「ふむ。よく食べたな」


 グローサと呼ばれた魔王姉は弟を楽しげに撫で回している。

 鬱陶しそうにしながらも、弟はその腕を振り払うことはなかった。

 彼の名前はグランといった。


「毒殺などを想定していないと言えば嘘になるぞ。お前の性格は知っている」


「俺は貴族でありながら一人の勇者候補でもある。今回は魔王と勇者らしく敬語は抜きで構わないか?」


「ああ」


「俺の手紙の意図を汲んでくれたからこそ、こうして会談の場をもうけてくれたのだろう?」


 四人は友好を結びにきたのだ。

 レイルは魔王の評判や政治的姿勢について調べている。二人の魔王、そのうちでも特に男の魔王(グラン)は戦争をあまり好まないという魔族の王にしては珍しいタイプの魔王であるとの評判であった。そんな彼が会談にきた人間に毒など盛るわけがないというのだ。

 いささか楽観的ではあったが、その予想は的を射ており、事実これらの料理には毒は入っていなかった。


「なんとも豪快だが危険な綱渡りを平気でする男だな。仲間の奴らもどうしてそんな男に付き従う?」


「俺はあまり毒とか効かないんで。でも入ってたら食べた後でわかるし」


 間髪容れずに答えたのはロウだった。


「私はロウが食べたのを確認してから食べたわ」


「レイルくんが食べてるから」


 信頼しているのかいないのかわからない物言いに魔王(グラン)も頬を少しひきつらせながら、そうか、と一言でその話を終わらせてしまった。


「本題に入ろうか」


 そう、レイルたちがここへと来た目的。それは魔族の殲滅や支配領域の縮小などではなかった。


「一つ目の目的はそちらと貿易がしたい」


 その言葉にグランはおかしそうに口元を歪めた。


「貿易だと? 海の魔物が怖くて海も渡れない弱小種族である人間(きさまら)がか?」


 姉のグローサは黙って会談の行方を見守っていた。

 そんな失礼な言葉にもレイルたちは怒ることがなかった。

 その通りであり、むしろその解決策もないまま提案することこそ失礼であったからだ。

 ノーマから一方的に船を出せ、品物を持ってこいというのはもはや人間の下につけというのと変わらない。

 そんな問題はもちろん想定内のことであった。レイルは一言、簡潔に言った。


「クラーケンを手懐けた」

「ほう」

「あいつが最強だなんて思っちゃいないが、安全な航路ぐらいはとれるだろう?」


 そう、現在レイルたちは人間の中で唯一海を渡れる可能性を持った集団であった。

 クラーケンはレイルに忠実であり、最近はシンヤとも話をしているらしい。

 クラーケンに護衛されながら安全な航路を辿れば貿易ができるはずだというのだ。


「お前一人が貿易といって何をするつもりだ?」


「ギャクラの南、人間の大陸の東に俺の名前で自治区を一つ手に入れた」


 レイルはシンヤからこまめに報告を受けていて、その場にいなくともシンヤに任せたあの場所の様子はよく知っていた。

 あの場所はすでに単なる派遣会社ではなく、一つの経済体制を確立し、生産ルートまで確保した立派な市場となっている。

 あそこならば流通の経路ができているはずだ。


「面白い話だ」


「だろ?」


 ロウも得意げにのった。

 当たり前じゃない、レイルくんなんだから、とはアイラ。

 あまりカグヤは興味がないらしい。どちらかというと先ほどから魔王姉(グローサ)の方に目をやっている。


「前代未聞の話だ。魔族と人間の貿易が公的に行われるのはな」


 公的に、とつくのは力のある個人間ではこっそりとしていた可能性もあるからだ。

 やはりレイルの思っていたとおり、グランは話のわかる魔王であった。

 その言葉をもしも将軍が聞いていたらまなじりを吊り上げて抗議していたことだろう。


「だがそれではまだ材料が足りないな。こちらへの利益が発生する見込みはあるのか? 単に作物だけならば自国で作っていれば十分だろう? だが……」


「人間との友好が結べる可能性があるのは大きい、だろう?」

「ああ。貴様本当に人間か? 人間だとその姿ならば二十も生きてはいないはずだが」


 老獪に魔族のメリットを指摘してくるレイルに嫌な汗をかきながらグランは言った。


「よく言われるよ」


「貿易の方は考えておこう」


 勇者(レイル)たちと魔王弟(グラン)魔王姉(グローサ)の出会いは比較的穏やかで友好的なものであった。


 そして次が本当の目的である。

 レイルの旅の目的であり、この城にきた目的である。

 ずっと探し求めてきたそれが今ここで見つかるかもしれないと思うとレイルは胸の高鳴りを抑えられなかった。


「なあ、もう一つの目的なんだがな──────」


 レイルが切り出そうとしたとき、けたたましく客間の扉が開かれた。

 ノックぐらいしろよ、不敬罪で処刑されるぞ、と話の腰を折られたことを不満に思いながらレイルはそちらを見た。


「お取り込み中申し訳ございません。地下の……例のモノが……パンドラの鍵が盗まれました!」


 一人の魔族が血相を変えてそんな報告をした。

 その内容はレイルたちにはわからないものであった。地下なんてあったのか、という見通しの甘さだけを悔しがっていた。

 だが双子もメイド長でさえもが動揺を隠し切れずに聞き返した。それほどまでにパンドラの鍵とは重要なものだったのだろう。


 これがレイルの人生の何度目かのターニングポイントとなることを誰も知らなかった。

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