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魔王城突撃 ③

 魔王軍に将軍と呼ばれる魔族は複数いるが、魔王城の将軍というと一人、近衛兵の直属の上司であるこの将軍のことを指す。城の警備と王の警護を担う、剣技に長けた屈強な軍人である。

 戦争に出向く魔族や研究に没頭する魔族は魔法の得意な者も多いのだが、城の警備に当たる兵士の多くは魔法をあまり鍛えていない。

 広い範囲で遠距離戦を繰り広げることがないからだ。

 将軍も例外ではなく、ひたすらに迫撃のみを鍛えて、魔法など使わせる暇もなく仕留めることを得意とする。

 そしてレイルたちも、その近距離に特化したスタイルをしっかりと把握していた。


 将軍に出会ってしまったのは計算外ではあれど、なにも怖がることなどないとばかりにレイルは今までと同じ対応をしようとした。

 そう、侵入者を捕らえた兵士のように、上司にその成果を報告するフリをしようとしたのだ。

 だが将軍はその立派な鎧の音も立てることなく看破した。


「貴様らは……誰だ?」


 それはカグヤとアイラだけではない。レイルとロウを含めた四人に向けられた問いかけであった。

 個性をなくすことを基本としたその装いにあって、声も発さぬそのうちに彼はレイルとロウが近衛兵ではないことを看破したのだ。


「…………どうしてわかった?」


 ややあってレイルが口を開いた。

 今までの兵士にバレなかったのだから不自然な点などなかったはずである。

 少なくともそこまで頭の回転の速そうではない将軍に見抜かれるほどの変装ではなかったはずなのだ。


 誰にとっての不幸か、この将軍は騎士道精神というものを持ち合わせていた。

 不意打ちや問答無用で襲いかかったりはしないということだ。

 レイルの質問にも至極真面目に答えた。


「気配が違う。身に纏う空気もな。貴様らには王を守ろうとする気概が感じられん。にも関わらず見知らぬ人間を捕らえてきていた。だから近衛兵ではないな、とな」


 アイラもロウもカグヤも何も言わない。わかっているのだ。これから何をするべきか。


 レイルは戦いの前に無駄な話などしない。聞きたいことがあれば後から聞けるのだから。

 これもまた、必要な情報でありながら、この会話自体が時間稼ぎでもあった。

 現在四人が置かれた状況と、周りの環境を観察し、把握するための時間稼ぎだ。


 レイルの会話にのってしまったことが既にレイルの術中にはまっていたと言える。


 大広間は随分と広かった。この階のほぼ全てのスペースがおそらく大広間に使われているのだろう。

 一階では部屋の中などは絨毯がひかれている場所もあったが、この場所は大理石であった。ツルツルとした床面が頭上の照明の光を反射しており、水面に絵の具を複数色垂らしてかき混ぜたような模様が美しく映えている。

 窓は二つあり、どちらもさほど大きなものではなかった。とレイルが感じてしまうのは前世でもっと大きな窓を見たことがあったからかもしれない。


「もう一度尋ねよう。貴様らは何者だ」


「先日、手紙で訪問することを告げたレイル・グレイだ。人間の国では勇者候補なんて肩書きではあるが名前ばかりだな」


「ほほう、そうか。勇者候補とは礼儀も知らぬ人間の代表みたいなものかと思えば。このように礼節を知った者もいるのだな。名ばかりか……確かにそうだな。ここで魔王様にも会えずに敗北するのだからな」


 レイルはアイラにいくつかのものを出すように告げた。

 その中には子供が入りそうなぐらい大きな瓶もあった。


「で、下の階には私の部下を見回らせたのだが……こそこそと逃げ回ったか? その格好だしな」


「部下? ああ。あの誰が誰だかわからないむさ苦しい奴らか。下で仲良く転がってるよ」


 あえて挑発気味に煽っていくレイル。

 これは彼の敵に対する基本スタイルではあるのだが、怒らせる前には下準備というものが必要である。

 そんなレイルにのってはダメだとさすがに将軍もわかっているのか。額に青筋を浮かべながらも迂闊に飛びかかってくることはない。


 だが次の行動はそんな言葉だけのチャチなものではなかった。


 レイルはアイラに先ほど出してもらったばかりの瓶をごとんと目の前にわざとらしく音をたてながら置いた。


「なんだそれは……」


「スライムのび・ん・づ・め♡」


 彼がここで冷静でなかったのは、スライムがイムゲルであることをわかっていながら、イムゲルがスライムであることを忘れていたことだ。

 スライムが瓶詰めにされただけでは死なないことをすっかり失念していた。

 まあそうでなくとも、先ほど部下を容赦無く殺したかのような物言いからは生きているなどという希望が持てないのも無理はなかった。


 大切な仲間を種族名で呼ばれ、あまつさえ瓶詰めにされて冒涜された彼は激怒した。

 部下思いのいい上司だというには綺麗ではあるが、今敵の目の前で冷静さを失い、剣を抜いたのは間違いであった。

 いきなり襲うならば、レイルたちを見て敵だとわかった瞬間にするべきだったのだ。

 既にレイルたちは準備を終えていた。


 パリンッガシャンと砕ける音がした。

 レイルがアイラに出してもらったものの一つ、愛用している油の入った瓶を投げたのだ。

 レイルは戦いにおいて油を多用する。そんな情報が魔族の将軍に伝わっているはずもなく、将軍は瓶が何かもわからずにただ攻撃だとみなした。

 飛んできた瓶、腕を鎧で武装しているが故に警戒もせずにそれを弾いたのだ。

 正解は割れないように受け止めるべきであった。

 ただ彼は王より賜ったその鎧に絶対の自信を持っていた。

 耐熱、耐冷、対衝撃に極軽量の優れた鎧であった。

 弓を後ろから打たれようが無傷で済むような防御力の前に、小細工など無意味だと思ったのか。

 瓶から飛び散った油をもろに被って、油は彼の鎧から下の大理石の床へと滴った。


「なんだ、これは……?」


 わけのわからない攻撃であった。

 次に炎魔法でも来るのかと横に飛ぼうとした瞬間、それに気づいた。


 彼は油で滑ったのだ。


 それは実に間抜けな光景であった。

 今まで多くの猛者を倒してきた将軍。そんな彼がまさか戦いの場で油で滑る。

 通常の戦争においては、下は土であったり、草むらであったりしただろう。火攻めの油も土に染みれば滑ることもない。

 だが今は大理石の床の上。無機質な鎧は滑り止めなんていうものはついておらず、本来こんな場所で戦うべきではなかったのだ。


「くそっ!」


 起き上がろうとしたところにもう一本ぶつけられた。

 顔面に当たって砕けては、腕から下へと流れ落ちる。

 手のひらも油まみれになり、床に手をついて起き上がろうとするも滑る。

 なんとか手すりに掴まろうとするも、その手をアイラの銃によって撃たれた。鎧の防御力は高く、銃弾を受けても少しへこむ程度で済んだが、手は弾かれて手すりを掴み損ねた。

 その前には重さも強さも関係がなかった。

 摩擦力を限りなくゼロに近づけられて身動きもとれなくなった。


「ククッ。どうしてやろうか」


 四人はあっという間に将軍を取り囲み、そして縄と鎖でぐるぐるに縛った。

 もちろん油がこぼされ、濡れた床には十分に気をつけながら。


「このスライムを上からかけてやろうか?」


「くそっ。いっそ殺せ!」


 なんとも趣味の悪い提案をするレイル。

 将軍もそんな目──仲間の肉体でデコレーションされるなどという目に合わされ生き恥を晒すぐらいならば死んだ方がマシだと叫ぶ。

 嬉々として将軍いじめに入ったレイルをカグヤがたしなめた。


「レイルもそういう誤解を招くようなことを言わないの」


「そうだな、お前の部下の命が惜しければここで死ぬことは許さない」


「部下は殺したはずではなかったのか……?」


「いつそんなこと言ったよ。俺は動けなくさせて転がしてきただけだぜ? ついでに」


 両手で抱えるほどの瓶をぽんぽんと叩いて示す。


「こいつも生きてるよ。騒ぎ疲れて寝てるだけでな」


 寝ているわけではなく、気絶しているのだが。


「なん……だと……?」


 そう、レイルたちはこの城に入ってから一人も殺してはいなかった。

 勝手に……というよりはレイルが誤解を招くような言い方をしていた部分もあるが、嘘は一度もついていない。

 戦いの前は挑発の一環として、戦いの後は単にレイルの性格の悪さでそんな言い方をしただけだ。


「いやあ、敵には容赦しないけど、呼ばれてもないのに来て殺しまくるのも失礼な話だろう?」


 襲っている時点で失礼もくそもないのだが。そんなレイルの言い分も将軍は震えながら聞いていた。


「くそっ……」


「今はこの城は門番も兵士もいない状態。そんなときにあんたが死ねば俺たちは他の兵士も殺した後そのまま上に上がるぜ?」


 ロウも脅しに加担した。


「イムゲルのやつは人質にもらっていくから、あんたはここで解放してやるし、下の部下の縄でも解いてきたらどうだ? そんであんたが門番でもしてろよ」


 ここで断り、自分が死ぬことを選べば部下は助からない。

 敵の要求を呑んで部下を助けにいかなければ部下を見殺しにすることになる。

 敗北して生き恥を晒すか、部下を見捨てて死に逃げるか。


「どちらにせよ、お前の負け。で、どうする? 解放した瞬間無様に俺たちに不意打ちでも食らわしてもらってもいいんだぜ? 俺は強くないし、一人二人なら道連れにできるな」


 ここまで言われて襲える人物ではなかった。

 騎士道精神もあり、一度敗北した相手に不意打ちで襲いかかるなど惨めにほかならなかった。

 そのことをレイルはわかっていて煽る。相手が要求を呑まざるを得ないように。


「城と王の……警備を……任されていながら……こんな奴に……」


 解放されてとぼとぼと下の階へと部下を探しにいくその背中にはこれでもかというほどの哀愁が漂っていた。

 レイルはやっぱりやめたとばかりに将軍に呼びかけた。


「おい! ちょっと待て!」


「敗者に何のようだ?」


「やっぱやめだ。お前を人質にする。このスライムは解放してやるからこいつに他の兵士の解放と門番の仕事をさせておこう」


 将軍としてはこちらのほうが都合がよかった。

 レイルとしても城の中を良く知っている将軍の方が道案内には良いと思ったのだ。

 瓶からスライムをでろでろと出して起こす。


「うん……むにゃ」


 随分と可愛らしい声とともにイムゲルが起きた。

 門前ではやや強がっていたところもあったのか、それとも寝ぼけ眼はこんな感じなのか。

 どちらにせよギャップのある姿にレイルはややイムゲルへの印象を改めた。

 イムゲルは将軍の命令により慌てて一階へと降りていった。




 レイル、アイラ、カグヤ、ロウも将軍を連れて上の階へと上がっていった。


次回、ようやく魔王と出会います

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