魔王城突撃 ②
白昼堂々しかも正面から魔王城に侵入した四人。
しかし城というものはいつだって入口に全員が待機しているわけでもなければ、階層毎に強い相手が待ち受けているわけでもない。
それはロールプレイングゲームなどにおける魔物の王だけで、今回突撃したのは国家の政治的重要施設としての城である。
もちろん魔王の居住空間としての役割もあるのだが、その仕事の半分は政治である。
「で、なんだか違うゲームやってるみたいなんだよな……」
レイルの呟きは誰にも理解されない。ゲームという単語に馴染みがないからである。
「なんつーか、あれだよ。ダンボールに定評のある蛇軍人さんのゲームみたいな?」
「時々わけのわからないことを……いえ、レイルはよくわけのわからないことを言うわね」
「訂正になってねえよ」
絶賛潜伏中であった。兵士たちに見つからないようにこそこそと隠れて逃げながら城の中を探索している。
「そういやみんな兜を被ってるんだね」
アイラの何気ない言葉にロウとレイルが顔を見合わせる。
兵士たちに聞こえないよう、かつその喜びを表現するように小声で叫んだ。
「これだ!」
何がなんだかわかっていないアイラとカグヤは「何が?」と首をかしげていた。
「とりあえず三人は隠れていてくれないか」
こういったことには頭の回る二人である。
それはもう楽しそうにこそこそと打ち合わせをし始めた。
いつも秘密主義なところがあるレイルではあるが、仲間にもあまり説明しないことは少ない。ロウがわかるぐらいだから見ていればわかる、説明する必要はないと思っているのか。
作戦会議を終えた二人はじっと機を窺っていた。
向こうから兵士の二人組が現れた。カチャカチャと鎧が音を立てている。腰にさした剣は決して安いものではない。傷は多少あれども大きな損傷のない装備からは彼らが訓練を行いながらも装備も手入れしていることがわかる。
一人ではないのは将軍の命令によるものである。二人組で行動させることにより不意の事態に混乱せず対処できるようにしている。かつ侵入者を発見した時に一人が時間稼ぎを行いつつ、上司の元に連絡ができるようにといった配慮である。
兵士が悪いのか、それとも2人の性格が悪いのか。兵士達のその対策は無意味どころかレイルたちの前にむざむざと餌を用意する結果となった。
「で、何か言いたいことはある?」
「でも叫べば喉を斬るから」
巡回中の兵士二人の背後より忍び寄り、一気に飛び出した。片手で腕を押さえ、兜の隙間より喉元にその刃をつきつける。
一瞬で言葉を失った兵士は表情こそ見えないものの、焦っていることがその息遣いから感じられる。
例え剣や魔法の訓練を受けていても、対暗殺者用の訓練を受けたわけではない。精鋭とはいえ突然背後より忍び寄る侵入者の気配まではわからなかった。
ロウから発せられる恐ろしいまでの殺気にもう片方の手も動かなくなる。
「貴様ら……いったいどこから……っ?!」
二人はその問いかけには答えようとせずに話を続ける。
「いやー、ちゃんと行きますって事前に連絡しておいたんだけどなー。どうやら魔族の城においては客っていうのは武力をもって迎えるのが礼儀みたいなんだけど、いちいちそれに付き合うのも飽きるからさ」
そう言うと兵士からなんの躊躇いもなく意識を刈りとった。
鎧と兜で誰が誰だか見分けもつかない二人の兵士はその場に崩れ落ちた。
四人の他に誰も見えない静かな廊下でレイルとロウはごそごそと装備を剥ぎ取った。
その下は特に変哲もない訓練を受けた魔族の男の顔があった。
「もう出てきていいぞ」
その呼びかけにアイラとカグヤの二人が顔を出した。
「それ、どうするの?」
「決まってるだろ」
◇
そもそも魔王城の警備兵が顔が見えないのには微妙な理由がある。
戦争や冒険者が兜をしないのは簡単だ。自らの名前を売らなければならないのに誰かわからない格好をしていてはいつまでたっても「謎の騎士」みたいなことになりかねないからだ。
そして近衛兵は全く逆の理由である。
個人としての名誉を求めない、王と城を守ることだけを喜びとする。そのためには個性や個人としての武勇などを必要としない。それが魔王城の近衛兵であると言われている。
今回はそれが裏目に出た。
自らが魔王を倒したと表明したい勇者候補たちが今まで実行どころか思い至ることさえなかった手法をレイルたちは使ったのだ。
「相変わらずせこいわね」
「うるせえ、言ってろ」
鎧を纏い、兜を被り、城を見回る兵士と寸分違わぬ姿へと扮装した二人はカグヤとアイラを後ろ手に縛った風に装って城の中を堂々と歩いていた。
見事なまでに近衛兵に変装している。
例え目の前から見回りの兵士が来ても、全く慌てずに手を挙げて応えるのだ。
「お疲れー」
「侵入者どものうち二人を生かしたまま捕らえたぞ。残り二人は殺してしまったがな」
その間、カグヤとアイラは黙って悔しそうに兵士を睨みつけるのだ。その演技によってよりリアリティが増す。
すると兵士たちは、そうかそうかと頷く。すっかり騙されてしまったのだ。
どこか頭が足りないんじゃないかと失礼なことを考えたレイル。顔には出ているのだが、兜と仮面で見えないことだけが救いだ。
「はっ、相変わらず勇者候補なんて言ってもたいしたことないのだな。門番のイムゲルにでも手傷を負わされていたのだろう。将軍は二階にいるから届けにいくといい。見回りは代わろう」
ご丁寧にも将軍のいる場所まで教えてくれたのだ。
レイルは小躍りしそうになるのを抑えるので必死であった。ロウも内心右手をぐっと握りしめて喜びを噛み締めていた。
そんな二人の心情が手に取るようにわかるアイラとカグヤは近衛兵に気づかれないように苦笑していた。
「ではな。お手柄だ」
「できれば俺も出会って捕まえたかったもんだぜ」
その言葉にとうとう堪えられなくなって四人のうちの誰かが吹き出した。
何がおかしい、と馬鹿にされた怒りが少々に、不審な行動に対する疑問が大半で振り返った兵士たちが見たのは何故か仲間であるはずの自分たちに剣を振りかぶる二人の姿であった。
本物の兵士は事態を全く掴めないまま、叫ぶ暇さえ与えられずにその姿を眺めることしかできなかった。
カグヤは動けなくされた兵士二人の後処理を鼻唄まじりにこなすレイルにどこか腑に落ちないものを感じつつも、いつものことだと諦めるのであった。
「ちょろいな」
監視カメラや赤外線センサーなど、目に見えない警備を考慮しなくてもよいぶんレイルにとって魔王城の攻略は簡単なものであった。
見つけた相手を片っ端から仕留め、連絡も取れないようにしてしまえば侵入者がいることにさえ気づかれない。
魔王と勇者の物語のお決まりの場面である、「勇者がそこまで来ています! 三階の守護者もやられました」「ククク……やっと来たか。いいだろう、我が相手をしてやろう!」みたいなことは起きていない。
ただ単に淡々と出会う兵士を仕留めていくその様はもはや経験値稼ぎにしか見えなかった。
レイルとロウは他の兵士に見られるとバレるので、倒した兵士はあちらこちらへと隠していった。誰かがうっかり見つけてしまえば慌てることうけあいだ。
「どうして私たちが捕虜役なの?」
「見た目的な問題かしら」
とうとう軽口まで叩く余裕がある捕虜。そのうち昼食でもひろげだしそうだ。
「いいや。男女平等とはいえ、お前らにあんなむさい野郎どもの着けていた鎧を着けさせるのもな」
「まあ見た目的な問題もあるけどな」
特に何かを漁ったりするわけではなく、一階の全ての部屋を機械的に点検した四人。静かに城内の兵士はその数を減らしていく。
ついには出会った兵士は二桁をゆうに越えていた。
どこにも邪魔者がいなくなり、それこそ椅子取りゲームでもしたって気付かれなさそうなぐらいな状態である。
途中、メイドにも出会った四人ではあるが、優雅に会釈されて思わず会釈し返してしまったのもシュールであった。
どうやらメイドたちは本当に命令されたことしかしないらしい。レイルたちに敵意を向けることもなければ、騒ぐわけでもない。せわしなくお盆や掃除道具を持って早歩きで駆けていく。
その恐ろしいまでに教育がいきわたっていることに戦慄しながらもメイドの一人に上へと繋がる階段の場所を訪ねた。
彼女はあちらにございます、と教えた後、優雅に一礼して恭しくこう言った。
「では。わたくし、仕事がございますので失礼させて頂きます」
メイドというものに憧れがなかったわけでもないレイルであったが、どこまでも平常心すぎるメイドさんはヤバいと肝に銘じた。
グレイ家にいたメイドでももっと人間らしさがあったなどと相手は魔族であることも忘れて思った。
もしかしてさらにとんでもない目に日常的に遭遇していれば、あんな平常心になるのかもしれない。
レイルたちのそんな恐怖も、すぐにどうでもいいこととなってしまうのであった。
階段を上がってその先の大広間でとんでもないものを見たのだから。
今までの兵士よりも大きな体躯。背中に担がれた大剣は明らかに業物で、鎧もおそらく特注である。その迫力はミラやアークディアに比べるとまだまだではあるが、ビリビリとプレッシャーを感じさせるには十分なものであった。
それは予想できてはいたが、ここまで堂々と大広間に立っているとは思えなかったのである。ちょっとやりにくいかな、とは呑気なレイル。
そう、将軍が立っていたのだ。
定番の騙し討ちです。
こういうものは堂々とかつ大胆にやればやるほどバレないものです。