魔王城突撃 ①
申し訳ないです。諸事情ございまして一週間ほどネットが使えなくなっておりました。
毎日更新ができないことを一言ほど言えればよかったのですが……
今日からまた更新開始いたします。また見ていただければ幸いです。
魔族が支配する国、ノーマ。この国は魔獣の調教や魔法の得意な者を多く輩出している。中心に行くほど経済や政治の中心ともなり、存在する魔族の力も大きくなる。
その最も中心に存在するのが魔王城、つまりはこの国の支配者の住まう城である。
魔王城の一室にとある手紙が届けられた。
その部屋は執務室であり、無駄な装飾などがない。隣の棚には報告書などの書類が整頓され、部屋の持ち主の几帳面さをうかがわせる。
その部屋の主──────いや、この城の主でもある彼は手紙を読んで満足げに置いた。
「ふむ。此度の勇者とやらは礼儀というものを知っているようだ」
勇者候補という人間は自己顕示欲の強い人間が多く、手柄をたてようと魔王城に乗り込むことは少なくなかった。
そしてその全てがわざわざ城に突撃する前にアポを取るなどということはしなかった。当たり前だ。敵を襲うときに攻撃しますよ、などという馬鹿はいない。
はたから見ればレイルは頭のおかしい人間であった。
手紙には丁寧にも敬語で、いつ、何人で訪問するかまで添えて、そちらに伺いますと記してあった。
滅多に笑わない自らの仕える魔王、その彼の微笑みに思わず部下である将軍の体も強張った。
本人はそんなつもりがないのだが、他人からするととても凶悪な笑みに見えるのだ。彼をよく知る者は「ご機嫌だな」で済むのだが。
彼は敬礼が解けない部下に手だけで楽にしろと命令した。
魔王はレイルの意図を完全に理解した。それはこの魔王だったからであろう。
城下町で魔王の情報を集めるうちに、この魔王ならばわかってくれるはずだという確信を得たのだ。
魔王とレイルの間に隠れたメッセージがやりとりされたのだ。
「面白い。噂には聞いていたが……こいつは本当に勇者か? まあいい」
魔王はレイルと自分はよく似ていると思った。なんという矛盾で、なんとも皮肉な感情であった。
魔王と勇者、どうしようもなく相容れないはずの二人が出逢う、その時を心待ちにして。
「いいだろう。おい、丁重にもてなしてやれ」
将軍はその命令を文字通りには受け取らなかった。
例えば盗賊の首領が配下に「可愛がってやれ」と言うと、大抵の場合が酷い目に遭わせろとなるように、彼もまた「いつものように勇者候補を返り討ちにしろ」という命令であると解釈した。
彼はその命令を実行するために、跪いた後、退室した。
◇
そうして数日後の魔王城。
乗り越えられないこともないが、白昼堂々と乗り越えれば見つかるだろうという程度の城壁の中央に門があった。
その門に向かって歩いてくる四人組がいる。レイル、アイラ、ロウ、カグヤだ。
史上最悪の戦力となりかねないミラは死ぬ運命でもない生物を無闇に殺せないし、興味はないそうなので置いてきたのだ。
ホームレスも魔王に会うなんてごめんだとばかりであった。
レイルは別に四人でも大丈夫だろうとその二人を宿屋に置いてきたのだ。
アークディアはいつでも呼び出せるので、最初から出す必要もないだろうと魔法陣の中で待機させている。
そのような理由があって、たった四人で魔王城訪問である。
一人で突撃した馬鹿も歴史上には何人も存在するので、さほど珍しいことでもない。
そして門番は目の前に迫る相手を見て僅かに違和感を覚えた。
上司から侵入者が現れるかもしれないので、警戒しておけとは言われていた。
だが城の兵士がピリピリするほどに警戒するべきはずの相手はたった四人。しかも歴戦の猛者というほどの肉体を持つわけでもなければ、覇気があるわけでもない。ただの冒険者のようにも見える。それもまだ旅を始めたばかりのような。
だが彼も伊達にこの城で門番をやってはいない。すぐに冷静さを取り戻した。
魔王城にまで来るような冒険者なのだ。一筋縄でいくはずがない。
自らの装備を確認し、体のすみずみまで神経を張った。
大きな声を出して呼び止めた。
「我こそがこの城の門番! 我が主より賜った名はイムゲル。ここを通りたければ我を倒せ!」
四人は茫然として立ち尽くした。それは決して気迫に呑まれたとかそういうわけではない。むしろ逆である。呆気にとられたのだ。
「…………スライム?」
誰が言ったのかもわからないその呟きは他の三人の内心を如実に表していた。
そう、門番はスライムだったのである。それもかなり高度な知能を持ち、言語さえ理解しているスライムであった。
「なんだ? この国では客を迎え討つのが礼儀なのか?」
「何が悪い! 舐めやがって……俺だってな……」
イムゲルは自らがスライムであることに酷く劣等感を抱いていた。
弱小種族、生物のなり損ない、様々な不名誉が物心ついたときから課せられていた。
周りのスライムは自分ほど何かの感情が豊かではなかった。
イムゲルは突然変異と呼べる存在であったのだ。彼はスライムでありながら、いかにも魔族らしい欲求を抱いた。
誰よりも強くなりたい、と。
ある程度強くなったところで現在の魔王に挑み、やられているのだが、そこで魔王に自分の下で働いてみないかと誘われたことがきっかけでここにいる。
クラーケンと同じく、圧倒的に強い相手には従いたいという本能もあったのだ。他のスライムにはそんな本能がなかった。
おそらく知能の高く、プライドも高い魔獣などに見られやすい傾向なのだろう。
彼は訓練していた兵士たちを差し置いて門番へと抜擢された。
それは将軍とかには敵わずとも、中の兵士よりは強いことを示している。
彼にはその誇りがあった。そこらの兵士には負けない。どころかただの勇者候補と名乗る十把一絡げにされてしまうような冒険者にも負けないという自負があった。
実際に何人もの冒険者や暴れ魔獣を単独で追い返したり取り押さえたりしている。
体を鍛え、技術を学び、本来屈強という言葉からは縁の遠いスライムの肉体で強さを極めたと言えるだろう。
戦いが始まってしまい十数分後。
イムゲルはというと…………
「くそう! ここからだせ!」
瓶の中に捕まっていた。
どうやって音を出しているのかわからないが叫んでいた。
スライムであるが故に、温度や気圧を利用しないと膨張も収縮もできない。
総合体積が一定であるというスライムの性質を逆手に取られ、何も身動きが取れなくなっていた。
水魔法とレイルの策略により見事に捕まった次第である。
「はっはっは。いいざまだな」
瓶詰めのスライムを見下ろして高笑いするレイル。
目をキラキラさせているアイラとロウにカグヤ一人だけが頭を押さえている。
そんな四人にもう勝ち目がない、どころか役目も果たせそうにないことを悟ったイムゲルはおとなしくなった。
表情こそ瓶詰めでわかりにくいものの、おそらくしゅんとしている。
「こんなところで……ここでも俺は負けるのか……スライムでも強くなれるって証明したかったのに……」
呻くイムゲルにレイルは一言。
「スライムであること自体を弱点だと思うからだ」
それはアドバイスという名の薬であった。
薬が過ぎれば毒となるように、毒もまた、適量摂取すれば薬となりうる。
レイルのその言葉がイムゲルの器を超過していれば、毒となり彼の心をへし折ることになるだろう。
レイルはそんなことをお構いなしに全力で毒のような薬を吐いた。
「スライムの強さもあるだろう。増殖力とか、適応力とか。お前は戦いという環境に適応したのかもしれないが、だからこそ戦い以外の状況に適応できなくなってしまっているんだよ」
スライムならスライムなりの強くなり方があるだろう、と。
彼が戦いの中で攻撃を体で受け流すことができたように、魔法を体の形を変えて避けたように。
確かに技術を学び、魔獣よりも屈強なスライムを真正面から倒そうと思えば骨が折れる。
体力が無尽蔵にあるスライム相手に持久戦などもっての他だった。
だがレイルはスライムをあくまでスライムとしか見ていなかった。
スライムであることが既に弱点ならば、その弱点を見つめるところから始めなければならない。
スライムならばスライムの特性をその高い知能で活かして発達させた方が良いと。
「人型をとって、技術を学び、体を鍛えるのも悪くない。だけどさ、弱点を性質として受け入れられなければこうやって負けるさ。俺みたいな弱い相手にもな」
強い者が勝つわけではない。勝つという定義に則った者が勝つのだ。
「お前、門番向いてないんじゃないか? 単独ってのも良くないな。ま、スライムでも強くはなれるさ。強くなるだけならな。でも今回は俺らが門を通り抜けたから勝ちな」
瓶詰めのスライムを持ちながら悠々と四人は門をくぐった。
スライム門番くん、仕事熱心なだけなのにどうしてここまで言われなければならないのか……
レイルたちが襲われているのは勘違いですね