帰還だよ、人外集合!
魔族には魔族の冒険者ギルドがある。
冒険者ギルド、というよりは腕自慢の傭兵斡旋所と言うべきではあるが、戦争に駆り出されることがないのを考慮すれば魔獣退治の専門業者の組合とも言える。
今日はそのギルドの中が騒がしくなっていた。
外には見物人が集まったり、国の兵士がうろうろとしている。
その原因は二人の人物にあった。
いや、厳密にはその二人とは別の一人の人物にあったのだが。
◇
日差しに目を細めたくなるほどの晴れた日の午後のことだった。
コケティッシュな唇に耳元のホクロがセクシーな受付のお姉さんに周りの魔族の男どもが鼻の下を伸ばしていた。
そんな場所に異様な気配を漂わせて1人の男が入ってきた。
薄緑色の肌に青い髪、美青年ともいえる容姿で、受付のお姉さんも一瞬応対も忘れて見てしまっていた。
その様子を良く思わない者もいたが、彼の正体に気づいた者は敵わないと知って手を出すことはなかった。
「あいつは……ホームレス!」
「なに? 戻ってきたのか?!」
彼の名前はホームレス。
前世でいうところの家なしだからそんな名前がついているわけではない。
家がないのは本当だが。家どころか職も旅の目的もない。
だがそれは彼が生活に困っていることを意味しているわけではない。
彼が魔族の国において悪い意味で有名になっているのには理由があった。
「グエンドラ家の寵児にして、最大の問題児と言われるホームレスか」
誰かがボソリと呟いた。
そう、彼は元中流貴族の子弟であった。現在は自主的に勘当されてはいるが、家族との不仲からではない。たまに実家にも顔を出すことができるぐらいには良好な仲であった。
彼は家柄や血筋、肉体が圧倒的でなかったことなどによって中級魔族にとどまっていた。
しかし同時に天才でもあった。
属性魔法を柔軟に使いこなし、地属性の重力魔法でも、風属性でもない魔法で空を自由に飛んだときは誰もが彼の才能を認めざるを得なかった。
小さいころから悪知恵が働き、楽しければなんでもしてしまう性分で周りを困らせてきた。
自分で収拾をつけられるまでのことしかしないことと、要領の良すぎる彼を周りの大人もあまりキツくは怒れなかったのもあって彼はわんぱくに育った。
家畜を放牧してみたり、魔導具の改造をしてみたり、子供では実行どころか思いつかないイタズラを繰り返してきた。
そんな彼も大きくなれば、ある程度落ち着いて、何かしらの仕事に就くのだろうと淡い期待を抱いていた。
なんせ働けば有能なのだから。
そんな期待を見事裏切り、彼は青年として成人の儀を終えたとたんにこの国を飛び出した。
曰く、「この国はつまらない。もう飽きた」とのこと。
楽観的で娯楽性を追求する、自己紹介に楽の字が何度も出てきそうな彼らしい理由であった。
ある意味彼らは安心した。
力を振るうことに快楽を覚えるような人物ではなかったので、せいぜい世界を自由に旅をするものだと思っていたからだ。
実際、彼はレイル達に出会うまではなんの目的もなく面白そうなことに挑みながら旅をしていた。
その彼が、今更ながらに戻って来たことに驚きを抑えられないでいた。
彼がこの国にいた頃は年々やらかすことの規模も大きくなっていた。
今度はこの国でいったい何を企んでいるのかと、ある者は不安をある者は期待を込めた目で見つめた。
ホームレスはそんな視線など歯牙にも掛けずに受付に向かってまっすぐ歩いていった。
そして受付に話しかけようとしたとき、隣に一人の少女がいるのに気づいた。純白の髪に紫の瞳、黒を基調とした服装に巨大な鎌を持った少女だった。
どうして少女がこんなところに、だとか、少女が鎌を持っていることなど一目見ればその異常性について気づくことができるのだが、ホームレスはそれら全てを無視した。
もともと自分が面白ければいいと考える彼にとって奇妙な少女は興味がそそられなかったし、今は自分の用事がある。
他人に気を使うということをあまりしない彼は当然のごとく受付に話しかけた。
逆に鎌を持った少女の方からすれば、死神の中で高位に属する自分がたかが一魔族ごときに譲る理由もなかった。
当然、二人は同時に話しかけ、偶然、その内容は見事にかぶった。
「レイル・グレイという人間のことを知っていれば教えてほしい」
照らし合わせたかのように同じ人物について尋ねた二人に受付の彼女は目を丸くした。
そしてその口から出た人物について記憶を探るも憶えはない。
二人も驚いたように顔を見合わせていた。
周りでもそのレイル・グレイという人物についていろいろと憶測が飛び交っている。
「誰だよ。レイルって。あのお嬢様みたいなのの召使いか何かか?」
「いやもしかするとレイルって野郎は少女趣味かもしれんぞ」
「じゃああっちの男は……」
「お嬢さん1で男2か……あの年で……将来が楽しみだな」
「今のままでもなかなか」
「はっ…… まさか! あの男とレイルって奴が……」
「おいやめろ」
人間の国ならともかく、魔族の国においてレイルの名は全くの無名であった。
彼の功績も悪行も何も知らないからこそ下賤な想像を思いのままに口に出す。
言いたい放題の彼らに、ビシッと少女のこめかみに青筋が浮かぶ。
「ええい。貴様らうるさいぞ! 儂はレイルだけで十分。ましてやそこの見たこともなかった男など知らんわ!」
死神の少女──────ミラの発言によってレイルが同性愛者であるという疑惑と、召使いであるという勘違いは免れた。
しかし彼が少女趣味であるという噂は信憑性を増してしまった。
「あなた、ちょっとお名前を聞いてもよろしいですか?」
レイルという男性がどのような人物であったとしても、客の名前を記さねばならないと彼女は職務をまっとうしようとした。それは実に正しい判断であり、彼女は真面目な職員であった。
だがその選択が今だけは事態を悪化させ、収拾もつかない状況へと導いたのであった。
「儂か? 儂はミラヴェール・マグリット。この前は兄者が迷惑をかけたな。儂にはそんなつもりはないので安心してよい」
騒がしかった室内にかつてない沈黙が降りた。
◇
二代目勇者の最大の敵であったアニマ・マグリット。
その被害をどの種族よりも受けたのが魔族であった。
アニマ・マグリットは何かに従うような存在ではなく、破滅と破壊を望んだ。
召喚されてからは種族に関係なく目につくものを滅ぼそうとした。
つまりは近くにいた魔族がその第一の余波を食らったにすぎない。
歴史の中でしか知らぬ存在とはいえその恐怖は今も語り継がれており、ここにいる魔族でもその名前を知らぬ者はいなかった。
アニマの妹が、目の前にいる。
あまりに現実味を欠く出来事に、彼らの大半の思考は停止した。
かろうじて思考力の残った者によって、国に緊急連絡がされた。
非常事態宣言で高位の術士を動員し、最速で軍隊が派遣された。
刺激しないようにと慎重と万全を期してギルドの建物が封鎖されようとしているとき、四人の人間がその建物に向かって歩いていた。
誰かこの状況をなんとかしてほしい。
そう誰よりも願っていたのは目の前で二人をもてなす役として白羽の矢を立てられた受付のお姉さんであった。
何故かまとめてホームレスまで接待されていたのは、レイルについて話すと二人が言って譲らなかったからである。
二人まとめてここでもてなすということで話がついたのだ。
もともと少しズレたところのあるホームレスとミラは違った意味で息があっており、どちらの方が仲が良いかなどの自慢話に突入しだした。
それでまたホームレス×レイル説が浮上しては叩かれたりして、状態は混沌を極めた。
私、朝日を拝めるかな。と半ば人生を諦めかけていたとき、ギルドの建物の扉が開いた。
扉の向こうからは四人の人間が現れた。少年少女を過ぎかけたぐらいの、子供というにはやや大人びた四人だ。
彼女はもしかして救援かという希望もあったので、現れたのがそのような人物ではなかったことに落胆した。
「あれ? ホームレスさんじゃない?」
「あっちはミラちゃんじゃん。やっほー」
「お前らこんなところでどうしたんだ? 約束通り強い魔物でも飼いならしにいくか?」
ミラとホームレスに気軽に話しかけた人間四人に彼女は絶句した。
ダメだ。人間だからこの少女の恐ろしさを知らないのだ。もう終わった、私の人生終わった。と逃げる算段をコンマ二秒でシミュレーションしていて、セリフを反芻して気づく。
四人が二人ともと顔見知りであったことに。
さあ、凶悪なメンツです。
これで悪魔のアークディアまで呼び寄せればいったいどこかの国でも攻めるのか、といった感じになります。