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悪魔の屋敷 ③

 悪魔の話と屋敷の手記、そしてここでキャロさんの話も出てくる。

 それぞれの話を総合して浮かび上がったこの屋敷の歴史はあまり聞いていて気持ちの良いものではなかった。


 この屋敷の主人は自らの地位と力で好き放題していた。

 暇があれば一般人から搾取し、気に入らないものがいれば屋敷で拷問した。

 そんな彼にもめげずに再三忠告していたのがキャロさんであった。

 罰を与えられることも恐れず、何度も自重するように述べた。

 彼は思わず言ってしまったのだ。この屋敷から出ていけ、と。


 彼が気狂いと呼ばれ始めたのはこの頃からであった。

 彼が自我を保ち、どこにでもいる評判の悪い貴族程度で済んでいたのはキャロさんの存在が大きかったのだ。

 それを知らぬは本人たちばかりで、その手記の心情を綴ったものからは当時の彼の荒れ方が見てとれた。


 そしてとうとう、抗議活動としての集団による屋敷の襲撃事件が起こったのだ。


 屋敷の周りを下級魔族の一般人たちがぐるりと取り囲み、それぞれに武器を持って投降を促していた。

 屋敷の住人としては、横暴な主人の説得さえ行えれば自分たちは安全だとたかをくくっていた。


 そのことがさらに当主を追い詰めた。


 とうに理性などないようなものだったが、誰も味方をしない、自分を罵っている、彼はそんな孤立無援の状況に完全に理性というものを彼方へ飛ばした。

 隠し部屋にあった「悪魔召喚の書」を用いてこの悪魔を召喚したのだ。

 あくまで本に記されていたのは「召喚」までであり、契約については記されていなかった。

 彼は対価さえ出せればいいのだ、と悪魔にこともあろうかこう叫んだのだ。

「屋敷を取り囲むうるさいやつらを一匹残らず殺せ! 報酬はこの屋敷の奴らだ!」

 と。悪魔は呆れて物も言えず、一言だけ苦笑まじりに確認した。

「屋敷の奴ら、ですね。いいのですか?」

 その言葉に当主は勘違いし、再度命令した。

「構わん。あいつらは全員わしの召使い、命までもがわしのだ!」

 悪魔は人間とは理性を失うと本能も理性もない、獣以下の哀れな動物だと同情と嘲笑の元に命令を忠実に(・・・)実行した。


 その結果が現在に至るというわけである。

 屋敷の周りの一般人を全員殺したあと、悪魔は屋敷の住人も皆殺しにし、魂までもしっかりと回収していった。

 屋敷の住人の中にはもちろん、当主も入っていた。

 彼は彼自身の命令によって悪魔に命を奪われたのだ。


「聞けば聞くほど馬鹿な話だな」


 話しおえた悪魔にロウが言った。

 自身の両親が失敗しているからこそ、その言葉には重みがあった。


「ええ、そうですね。そして私たちは決して嘘をつかない。契約には実に忠実です」


 つまりは敵意を示さず、契約もしなければ手は出さないということだ。

 そこは死神のミラと通じるものがある。


「それにしても珍しいですね。人間の若い人たちがここにいるなんて。どうしてここまで旅をしてきたんですか?」


 至極もっともな疑問ではある。

 まさか悪魔が人間世界の制度で冒険者が魔族の国に来ているなんて知りはしないだろう。

 もしも知っていたとしても、俺たちはまだ、この世界の一人前と言われる15歳には達していない。


「それはここに来た理由、か?」


「旅の理由でもいいですけどね。たいした違いはありませんよ」


 まあな。どちらも変わりはない。

 流石に神と会いたいという方の目的を答えると敵対するかもしれない。

 嘘ではないが、一つだけ隠した。


「世界を知りたかったんですよ」


 その中にはこの世界と神の世界が含まれている。もちろん冥界も行けることなら行ってみたいが、危険なのは後回しだ。

 すると今まではあくまで客程度にしか見ていなかったような悪魔の表情がパッと輝いた。


「本当ですか?! いやあ、話が合いそうです。いや、私もまだ知らないことがありましてね。どんどん知りたいと思うわけですよ」


 俺の手をとってブンブンと振る。

 先ほどまでの冷静で落ち着いた悪魔らしさというものは全くなかった。


「なあ、お前が望むモノはなんだ?」


 悪魔の眉がピクリと上がる。

 機嫌を損ねたかな。だとすればヤバイがそんなわけではなさそうだ。


「私の望む……ですか。ふふふ、あなたという人は本当に珍しい。普通は私の台詞なんですがね。それにその魂、今までに見たことのない輝きを放っている。別にあなたが素晴らしいとか、選ばれているとかそういうわけではありませんよ。ただ、この世界では見たことがないと言っただけで」


 彼?は口の中でもう一度、「望むモノ……」と繰り返した。

 それは今まで聞かれたことがなかったのだろう。


「やっぱり知識……ですかね。私は自分で言うのもなんですが、変わり種でしてね。他の悪魔のようにあまり魂や苦痛の叫びなどには興味がないんですよ」


 彼に言わせれば、悪魔がそういったものを好むのは、冥界が色褪せて退屈なので現世への嫉妬や生への渇望の裏返しなのだとか。


 じゃあどんな知識が欲しいのだろうかと彼の博識具合を確かめたところ、この世界の常識範囲なら大抵知っていた。

 ならばと思い、前世では読書の好きであった俺としては様々な物語を語って聞かせた。

 戦争していた国に取り残されて、差別と理不尽を浴びながら、それでも両方の国を嫌いになれなかった青年の話や、前世でも有名なおとぎ話も話した。7つ集めると願いの叶う龍玉の話に、吸血鬼の村で暮らす一般人の話。

 執事二人に取り合いされるお嬢様の話や、双子の妹に恋をしてしまった兄の話。

 オンボロアパートで管理人に恋をした冴えない大学生の話や、保健室の女教師に恋をしてしまった女子高生の話。

 出会った変わり者の転校生が実は虐待を受けていて、最後には父親に殺される話。

 それこそ悪魔と契約して親の仇をとろうとする貴族の少年の話に、三角関係の末に親友を裏切って自殺に追い込んだ先生の話まで。


 本だけではない。

 小人と出会って、別れるまでの話や異界に神隠しにあって、名前を奪われた少女の話に、顔を食べさせるヒーローの話。汚染された世紀末の世界で異形の蟲と心を通わせた少女の話。


 悪魔だけではなく、他の三人も聴き入っていた。

 なるべく技術に囚われない物語を選んで、この世界向けに改変しながら話したつもりだった。

 それでも度々、悪魔にわからないことを聞かれた。

 科学技術に関することであれば、三人にはわかっていたようだが。


 物語が終わると、次は娯楽について話しだした。

 きっと冥界が退屈なのは娯楽がないからだ。

 トランプを教え、いくつかのゲームを説明したときには狂喜乱舞していた。

 政治や人権の概念だとか、見えないほど小さな生物が世界には溢れているだとか。

 これほど語りまくったのはいつ以来だろうか。アイラたちに教えていたとき以来だったか。


「これほどまでの知識の数々、命令を一つ聞くぐらいでは到底足りません。どうかあなたの下僕にしてはくれませんか」


 そんなこと言って、一緒にいれば他にも面白いこと聞けるとか思ってるんじゃないだろうな。


「いいぞ。じゃあ呼ぶ名前がないのは面倒だから、俺が名付けてもいいか」


「我が君の仰せのままに」


 俺の前に跪いて頭を垂れる。すっかり下僕がいたについてしまっている。


「お前の名前は今からアークディアだ」


 契約の箱(アーク)悪魔(ディアボロス)の上から3文字をとって名付けたのだ。


「アークディア、ですか。良き名をいただき有り難き幸せ」


 気に入ってもらえたようで何よりだ。

 アークディアは何かに気づいたように頷いた。


「ふむ、私が本当に知りたかったのは存在する意味なのかもしれません」


 自らを呼称する名詞がない。

 それはどれだけ寂しいことなのだろうか。

 アークディアは名前を手に入れて初めてそれに気づいたのだ。


「私たち精神生命体は肉体ある生物よりも寿命は長く、力も強大です」


 しようと思えば大抵のことはできるし、子孫を残す必要もないので、本能というものが存在しないというのだ。

 だからいつのまにかそこに在るだけの存在になってしまい、いくら無駄に経験を積み力を増しても、強大な力をふるっても満たされなくなっていたのだという。


「レイル・グレイ、あなたの生が続くかぎり、このアークディアは下僕としてあなたに仕え、害をなさないことを誓いましょう」


 そしてガリガリと地面に魔法陣を描きだした。人が腕を振り回したより一回り大きな中二くさい紋様はいかにもといった怪しさを滲ませていた。


「血の盟約です。魂術の一種で、これさえあればいつでも呼び出せます」


 俺は言われたとおり、魔法陣に血を一滴垂らした。

 魔法陣は紫色に光って浮かび上がり、そして俺の中に吸い込まれた。

 俺の胸には今までなかった黒色の魔法陣の痣が残った。


「契約完了、です」


 アークディアはそう言い残して俺の胸にある魔法陣の中へと消えていった。

暇を持て余した人外の遊び。

それはまるで死神がノートを人間界に落としたように。



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