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悪魔の屋敷②

 大量殺人の現場とはいえ、もう時間が経っていてすっかりと生々しさだけは乾いている、はず。なのにむせかえるような重苦しい血なまぐささが喉の奥に絡みつくような錯覚さえ覚える。

 埃をかぶった階段の手すりに、無造作にぶちまけられた生活の跡。

 当時に何があったのかは想像がつくようでつかない。


「酷いわね」


 長い髪を鬱陶しそうにかきあげながらカグヤが落ちている剣の一つを持ち上げた。どうせ貴族の部下に一人一本配られた粗悪品、カグヤはすぐに興味を失いその場に捨てた。

 アイラは屋敷の探索にはあまり好奇心がないのか、銃で辺りを警戒しながら俺の隣で控えている。

 俺は死体の一部であっただろうものを蹴飛ばしながら進む。そこには死者への追悼の想いは全くない。

 所詮人なんてそんなもんだ。無関係には真に共感などできやしない。


 生きてさえいれば無関係でなくなることはできるけどな。


 一番探索に積極的なのはロウと俺で、ガサゴソと次から次へと引き出しの裏にタンスにと家捜しに勤しんでいる。

 俺たちが屋敷のほとんどを探索し終え、残すところあと僅かとなってやってきたのは書斎であった。


 そう、こここそが俺の本当に来たかったところだ。


 魔族の貴族、それも気狂いだの暴君だのと称される貴族の屋敷だ。

 一般には出回っていない禁書などもあるのではないかという期待があった。

 どうだったかって?

 あったもあった。そりゃあもうわんさかと。隠してはあったが、隠し部屋はお粗末な作りで、推理小説でも定番みたいなものであった。


「よく見つけたわね」


 本棚を横にずらすと、後ろにあるはずの壁はそこには大きな穴があった。暗く奥に続くそれはぽっかりと俺たちを待ち構えて手招きしているかのようであった。


 ここになら確実にある、そんな確信も抱いて明かりをつけた。


 先ほども言ったように、そらゃあもう、禁書のオンパレードだった。

 手に取る本手に取る本、怪しげなことばかり書いてある。

 それこそ邪神の復活方法だの、拷問のコツだの、監禁日記だの。

 魔族の貴族の中では普通なのかもしれないが、人間ならばこんなものを見つかったらあっというまに危険人物扱いされてしまう。

 いや、こいつも危険人物扱いされてたんだったっけか。


「すごーい。全然知らない毒物の本がある」


 ここでようやくアイラのテンションが上がる。

 ロウなんかはしゃぎまくり……というよりは読書に没頭しだした。

 カグヤはどこからとってきたのか、猫の爪みたいな拷問器具を持ち出してきてしげしげと眺めている。

 それ、拷問器具だってわかってるのか?

 ロウはわかっているらしく、隣で眺めているカグヤに気づいて「使い方教えてやろうか?」などとセクハラじみたことを言っている。


「ん? なんだこれ」


 いかにも怪しげな本の中に、一際異彩を放つ黒い背表紙の本を見つけた。

 一ページ目には六芒星が金粉であしらわれており、題名には単純に「悪魔召喚の書」と記されていた。

 中身は胡散臭いもので、どれだけ血を用意しろだとか、触媒には何がいいだとか書いてある。

 ただ、呼び出した後のことだけは曖昧になっており、契約できると一言だけ記してあった。


「悪魔、ねえ」


 本当にいるのだろうか。

 いるとしても、今はもうここにはいないだろう。

 根拠は薄いがそんなことを考えたのがよくなかったのかもしれない。


「騒がしいな」


 カグヤとロウが警戒をあらわに振り返った。俺でも気づくことができた。

 部屋の外から十人ほどの足音と騒ぐ声が聞こえる。下品な笑い声が屋敷に響いている。


「チッ。にわかが」


 プロならば廃墟とはいえ騒ぎながらなど入ってこない。せいぜい日常会話程度の声しか出さない。騒ぎながらなど問題外だ。

 あれでは部活帰りの高校生並の騒がしさである。

 今は本棚を戻してあり外からはこの部屋が見えるわけではないが、埃のつきかたや俺たちの探索跡を見てここが見つかるのは面倒だ。


 ここで見つかるのは逃げ場がないし、見つかれば襲ってくるだろう。

 こちらもここにいることを見られたからには生かしておくわけにもいかない。

 三人に目だけで「始末してこよう」と合図すると、黙って立ち上がった。


 その時だった。彼らの笑い声が一際大きくなってきたのは。

 今まではお互いの会話に笑いあったりや状況にハイになっていただけの騒がしさが、まるで漫才などのボケが決まったかのようにドッとわいたのだ。


「何かしら」


 こそこそと聞こえないようにカグヤが言った。

 まだこの隣の部屋までは来ていないようで、笑い声は随分遠い。

 そしてその笑い声は段々と小さくなり、ボソボソと男一人の声になった後、聞こえなくなった。



 力をゆっくりと込めて、覗くように本棚をずらして外に出た。

 隣の部屋に入って俺たちは絶句した。


「死んでる……」


 先ほどまで元気いっぱい騒いでいたはずの盗賊たち。俺たちの倍以上の人数があの僅かな間に抵抗も許さず虐殺されていたのだ。

 首を刎ねられた者、腹を赤く滲ませた者、血溜まりの中に横たわる者。

 噂の大量虐殺事件とはまた異なる、新しい死体の数々。

 そしてその死体の中央に一人の男性が立っていた。



「フフフフ、さっきあの部屋から出てきましたね。あそこがあっさりと見つけられるなんて珍しいですね」


 黒い髪、白い肌、貴族の正装と執事服の間ぐらいのデザインの衣装に身を包み、そいつは現れた。

 やけに丁寧な物腰には敬意は感じられず、ただただ目の前の存在の非現実性のみを強調させていた。

 それはかつてミラと会った時とよく似た感覚であった。うなじのあたりがチリチリと逆立つような圧倒的な存在の差による危機感。


「お仲間が殺されて怒りましたか?」


「そいつは仲間じゃねえよ。むしろ始末しようとしてたから片付けてくれて助かった」


 なめられてもダメだし、反感を買ってもいけない。やや強めに返した。

 仲間だとか思われたらいい迷惑だ。そんな奴らと一緒にしないでほしい。やってることは同じだが。


「それは重畳」


「名前、聞かせてもらってもいいか」


「それがないんですよね」


 名前がない。本当だろうか。

 嘯いているようにも、困っているようにも見える。

 俺にもあったな。名前のない時期。


「俺はレイル、見ての通り人間だ。お前はなんだ?」


「あなた方人間は私のことを"悪魔"と呼びますね」


 自分が何か、とはまた哲学的な質問ですね、とアゴに手をやり首をかしげて一言。

 悪魔。散々聞いた単語だ。


「本当に……いたんだ」


 カグヤがどこか悔しそうに顔をしかめる。勝てないという敗北感からくるものだろう。俺はもう一人では勝てる相手の方が少ないから、それぐらいでは悔しくもないのだが。

 悪魔だということにはなんの疑問も抱けなかった。むしろこれが悪魔でなければ何が悪魔だというのか、というぐらいには。


「なあ、悪魔は代償と引き換えに願いをきくっていうのは本当か?」


 微量に剣呑な匂いを醸し出しながらロウが尋ねた。


「ええ」


 そうする間も丁寧な口調も、うっすら浮かんだ笑みも絶やさない。

 人間離れしているのはもちろんのことだが、どこか恐怖と親しみをあわせもたせる佇まいであった。


「寿命を延ばすこともか」


「ええ。永遠は無理ですが数百年ぐらいなら余裕ですよ」


 人類の永遠の夢とも言える不老長寿。それをいともたやすく可能だと答えた。


「そうか」


「あなたはいらないでしょう?」


「今の俺の状態を知りたかっただけだよ」


「みたところ、魂術と時術の合成ですね。魂に込められた寿命という時間をエネルギーに変えて、あなたの体と魂の時間に加えることで寿命を延ばしているんじゃないですか」


 そうか、ロウは親のせいで半不老長寿になってたっけか。

 でも今まではまだ成長しているから、成人男性ぐらいまでは成長するんじゃねえかな。

 二人の命と魂全てをかければ一人の延命ができるのか。なるほど、禁呪だし効率も悪い。


「どうしてこんなところにお前みたいなのがいつまでもいるんだ」


 先ほどここの屋敷の主人や召使いの手記を読んだ。

 それによればこいつがここに来たのは今さっきではない。もっと前だ。


「いいでしょう。あの場所を見つけて、私の正体を知ってなお冷静な判断ができる子へのご褒美です。対価は要りませんよ。先ほどのおバカさんたちは私が自己紹介したのにいきなり襲いかかってきましたからね」


 目の前の悪魔から過去が語られる。

 先ほどまでの恐怖はもうなかった。

一人称だとアイラの魅力が伝わりにくくて大変です

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