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鋭く速く

 どこまでも広がる空は今日は薄黒く曇っている。

 魔界とまではいかずとも、魔族の住む大陸に来たと思えば似つかわしい。

 だがどこの空でも同じだ。だって同じ世界の外側でしかないのだから。


「ここが西の大陸かー」


 ここを西、と呼ぶのは以前も説明したとおり、ガラスから見て西にあたるからだ。

 海も渡れないのにどうして方角どころか世界地図が出回っているのかということ自体が不思議なのだが、過去の偉人がなんとかしたのだろう。

 転移門ゲートが今回繋がっていたのは岩ばかりが広がる不毛地帯。

 崖だの断裂などがあちこちにあり、歩くだけでも何かをゴリゴリと奪われそうな殺風景だ。


 そんななんとかバレーと呼びたくなるような中を風がごうごうと吹いている。砂が目に入らないようにするのに気を使う。服がまくれないよう抑えながら進むのは骨が折れる。




 数時間ほど歩いたときのことだろうか。俺たちは突如として不可視の敵に襲われた。

 カグヤとロウが先に気づいて、警告してくれたためになんとか敵の接近を確認できた。


「きゃっ!」


 かろうじて避けたが、服の裾がすっぱりと鋭利な刃物で切られたかのように二つに分かれていた。


 こんなところで妖怪に出会うとは。


 妖怪「カマイタチ」

 つむじ風に紛れ、その鋭利な鎌で他者を斬りつける。

 その由来は諸説あって、カマキリやカミキリムシの亡霊だとか、正体不明の切り傷に対する人の恐怖が生んだというのが有力だ。

 その現象自体は風によって巻き上げられた小石や葉によるもの、気化熱によって皮膚組織が変性し裂けたものなどと科学的な推測は前世でもあった。

 だがこの世界では平然とこのような危険生物?がいるから油断ならない。

 だからこそ、何か不思議なことがあったとき、魔法、魔物、術で片付けられてしまい、この世界の科学技術は発展しないのだ。


 妖怪というのは妖怪族と呼ばれていて、人に敵対するものもいれば仲のよいものもいる。神から堕落したモノや人の想いの権化、現象の具体化だったり精霊の突然変異であるため生態がはっきりしない。

 天狗、河童、小豆洗い、ひょうすべ、口裂け女、狂骨など。と説明されている。

 しかし種族のカテゴリというよりは、生物と確認されていないが、他種族であるともわからないもの、というのが俺の見解だ。


 魔物の定義は広く、人に害をなす他種族、という見方もあるので、このカマイタチは魔物に入れて問題がないだろう。


 だからとにかく普通に倒してしまえばいいのだが。


「こんなに多いなんて聞いてねえ!」


 気づけば俺たちはおそらく8匹のカマイタチに囲まれていた。

 おそらく、というのはつむじ風の中でめまぐるしく入れ替わるカマイタチの正確な数が数えられないからだ。

 かろうじて目と耳で捉えて剣で防御する。

 この強風の中で魔法や銃が当たるわけもなく、たまに切り傷ができる。

 毒はないので切られてもすぐに治るのであろうことが救いか。

 しかしじわじわとジリ貧になるのがわかりきっている。

 しびれを切らして俺はアイラに叫んだ。


「アイラ、油だ! 油を出せ!」

「へ? 油?」


 口では疑問を返しながら、その手は迷うことなく腕輪に向かっている。

 出した油の瓶をカグヤに渡しながら頼む。


「これで俺たちの周りに膜を張れるか?」

「できるわ」


 どうして?とは聞かなかった。

 この旅で俺に魔法攻撃の指示を受けてきたカグヤならもうこの指示の意味がわかっているのだろう。

 理解力という点ではカグヤとアイラはさほど変わらない。アイラの方が上かもしれない。

 だが年の功か、それともアイラは教えきった後は自己判断に任せることが多いからか、カグヤの方が指示の理解だけならば早い。


 カグヤが置かれた複数の瓶を両手で挟むような形でかざし、集中する。

 その間、アイラ、ロウ、俺の3人でカグヤの邪魔をさせないようにカマイタチからカグヤを守る。

 瓶の中の油がゆらゆらと上に上がってくる。それは瓶の口から出た後、ゆっくりと吹き上がるような形で俺たちの頭上に浮かび、静止した。

 やがて油は全方位に向かって広がり、半球体状に俺たちに触れない程度に膜を張った。


「できたわ」


 額にうっすらと滲んだ汗を袖で拭いながらカグヤは完了を宣言した。

 一度形成してしまえば、後はそこまで集中を要しない。


「もうしばらくだ。さっきと同じように持ちこたえるぞ」


 カマイタチは追撃の手を決して緩めなかった。

 先ほどから二、三匹ずつ時間差を利用しながら様々な方向から突っ込んできていた。

 一匹に深く踏み込むこともできないし、かといって止むこともない攻撃……だった(・・・)


「レイル! 何したんだよ?」


「そりゃあ、油をカマイタチの体に染み込ませただけだよ」


 空中を自在に動く生物というのは、その自由さの代わりに頑丈さを失っている。

 それを補って余りある素早さで翻弄してきたのが先ほどまでのカマイタチだ。

 頑丈さ、とは重さと硬さに由来する。

 つまり、カマイタチは軽い、軽いからこそ、素早く空を自由自在に翔るのだ。俺たちはその軽さを奪ってやったに過ぎない。

 油をたっぷり吸った毛皮のカマイタチなど、飛びにくくてしょうがないことだろう。


「だが、それでも厄介なことには変わりないぞ」


「まだ、速い、わよっ!」


 カグヤはもう余裕で攻撃をいなしていられるが、俺含む他はそうでもない。

 やっといなしきれるようになったぐらいだ。


「まだ、なんでしょ。レイルくん」


 アイラももう気がついたようだ。


「カグヤ、外側に向けて温度も精密さも高くなくていい、できるだけ広く、長く、火炎魔法で焼き払え」


 幸い、外側に張った油膜のおかげで火炎魔法の補助媒体は足りる。

 カグヤが俺らに当たらないようにだけ気をつけた火炎魔法は油膜を飲み込み、引火して通り抜けて、周囲をブンブンと飛び回るカマイタチどもに向かって広がった。

 普段のカマイタチならばかわせただろうし、風の勢いに任せてかき消せたはずの火炎。

 油でヌルヌルでベトベトのカマイタチは動きが鈍っていて射程内から逃れられない。

 しかも油で引火しやすくなっており、全てのカマイタチが炎に包まれた。


 色まで青くはないが、悶え苦しみながら飛び回るカマイタチはさながら火の玉や鬼火のようで。ゆらゆらとその炎が揺らめいている。

 やったな、お前ら。これで妖狐の仲間入りだな!

 狐じゃなくて鼬だって?知らねえよ。


 さすがにフラフラとしか飛べない雑魚に近寄らせるわけもなく、俺たちは攻撃すらせずに時間を稼いだ。

 カマイタチは時間とともに呼吸もできなくなりボトボトと音を立ててその場に落ちた。


 血だらけすすだらけの体を水で洗い、布で拭う。こんな川も池もないところで俺たちにしかできない贅沢である。


「相変わらずレイルの作戦で倒すとひでえな」


 いいじゃねえか。速くて鋭いカマイタチの攻撃を何度も食らってりゃそのうち出血多量で死にそうだったしよ。

 こうもっとスマートに倒せないものかな。

 夜だったらもっと綺麗だったのに。

 今度はアルカリ金属かアルカリ土類金属でも混ぜて炎色反応起こしてもっと火の玉らしくしてみるか。


「あーあ。これはダメだね」


 アイラがカマイタチを倒した跡を見て呟いた。

 確かに黒く焦げてしまったし持ちかえっても無駄なので魔物を呼びよせないようにその場で焼き尽くしてしまった。

 肉の焦げる匂いはいつまでたっても慣れる気がしない。これをいい匂いだとか、懐かしいだとか思える日が来るのだろうか。

 皮も、何もかもなくなり、その場には鎌とおぼわしき鋭い刃と骨が残った。

 残った細い細い骨と鎌だけを空の油瓶に入れて腕輪にしまったのだった。

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