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エルフの里 終結

 頭上から飛来したいくつかの大きな岩は地面に着地しながら砂煙を巻き上げた。


「カグヤっ!!」


「ヒュゥ」


 俺がカグヤを心配しているというのに、隣で伝達係を担当していたロウは飄々としたものだった。呑気に口笛なんか吹いて、カグヤが死んでいるわけないじゃないかとでも言うように。

 その様子には不謹慎なものは感じられなかった。

 カグヤが傷ついている場合、誰よりも心配してなければならないのがロウだからだ。


 岩の頂上部からころんと岩の欠片が転がり落ちて、中から颯爽と人が飛び出した。

 カグヤだった。


「無事だったのか、でもどうして」


「レイル、あなたが教えてくれたのよ。重力は強い弱いだけじゃない、方向性を持ったエネルギーだって」


 カグヤは地属性の魔法で重力の方向を操作し、自分に向かって落ちてくる岩の軌道をずらしたのだという。そして自分のいる場所だけに岩が落ちないような隙間ができるように調整したのだとか。

 それでいて、周りのエルフがいるところには一つも岩が落ちていないし、砕けて散らばる岩も少ししかない。周りへの被害を最小限に抑えているといえる。

 あの一瞬でそこまでできるとかマジぱないっす、カグヤさん。


「立て直せ! これで奴の周りには岩もなくなった。遠距離で作戦通り攻めるぞ!」


 掛け声とともにエルフたちが魔法の発動にとりかかる。

 魔法で巨人に致命傷を与えられるほど、威力の高いものを使えるエルフがいないため、今回はじわじわといたぶっていくことになる。

 巨人は2、30人のエルフと人間に囲まれた形になる。


 前衛には小回りのきく素早いエルフを、そしてできるだけ距離で威力が左右される風の刃などで撹乱をお願いしてもらっている。

 巨人の体に細かな切り傷のようなものがいくつもできる。

 だがそれはやはり致命傷を与えるには至らず、薄皮一枚を剥ぐにとどまっている。中には血さえでない傷もある。


「2人、左に回りこんで膝の裏を。そっちの3人は首を」


 できれば打撃よりも血を流させるような攻撃の方がいい。

 打撲は長い目で見るといいのだが、どうしても短期決戦には向いていない気がする。

 切り傷は時間がかかれば治るが、その場の足止めにはいい。

 巨人の五感が戻ってきている。


「くそっ!」


 エルフの一人に拳が迫る。

 その拳はアイラの狙撃によって威力を落とされ、軌道を歪められるが、それでもかすってしまう。

 腹部から血を流しているエルフに撤退を命令させる。


「後援部隊!」


 後援には時術を使える者を待機させてある。

 未だこの世界の大多数は回復術と時術を区別して考えている。

 俺は今回、エルフの中で時術を使えるやつに、体の時間を巻き戻したり速めることで回復につながることを伝えた。

 本来ならば回復などできない戦闘において、回復ができるというのは死傷者の数を減らすことに繋がる。


 そうして魔法と拳が交わる中、巨人の足元の地面が大きくへこんだ。


「やったぞ!」


「今だ!」


 これは地属性の魔法によるものだ。

 魔法は属性に応じて操作できるものが変わる。

 水なら液体、水にイオン、風なら気体、炎ならば熱エネルギー。


 ならば地属性とはなんだろうか。


 これはカグヤと魔法について訓練しているときに気づいたことである。

 地属性の魔法は大きくわけて2種類になる。

 一つは地面に関する岩や石、土や砂を盛り上がらせて壁などを作る。岩の弾丸を放つ、など。

 もう一つは重力を操作すること。

 だが細かく言うと、前者は岩を動かすのに重力エネルギーを使ったりしているし、形を整えるのには結合を操作している。

 そして地属性の真髄の一つはここにある。

 地属性とは重力と物質の結合を操作することだ。

 石や砂で壁を作るとき、無意識のうちに周囲の地面からとっている。

 ならば魔法で指定した区間の砂や石の繋がりを奪い、へこませることができるはずだ。

 エルフたちはその使い方に思いもよらなかったようで、砂や石を使うことにしか意識がなかったらしい。


 ただ単に転ばせるだけなら、地面を隆起させるだけでもできる。

 だが今回の相手は巨人。生半可なものでは力ずくで壊されるだろう。

 だが穴ならば、地面全体の強度になる。簡単には壊せまい。

 それも魔法の名手エルフが複数人で発動した大規模なものだ。

 巨人はその穴に足を取られて転び、手をつこうとしたその場所も穴を開けられ埋められる。ちょうど片足と両手を地面に突っ込んだ状態だ。

 さらに地面を固くして抜けなくしていく。


「一斉攻撃!」


「くらえ!」


「火炎球!」


「風刃!」


 今まで牽制にしか使っていなかった魔法を雨あられと浴びせかける。カグヤが首に斬りかかる。


 巨人の眼球が弾けとび、後頭部から脳漿が噴き出した。

 アイラの銃撃によるものだ。動けなくなれば最大の急所となる眼球を狙って撃ち抜く。これは作戦通りだが、エルフたちには銃撃というものを漠然としか説明していなかったのでとても驚いている。

 のけぞって次がこないかと警戒しているものもいる。

 もう奴は死んだな。



 戦いで怒号と煙が上がる中、俺は一人指示だけだしていた。その場から一歩も動かずに、魔法も剣も使わなかった。

 俺が自重せずに本気を出すとはこういうことだ。俺は戦わずに知識と作戦だけ伝えて後は指示だけ出す。

 だってエルフは俺より身体能力高いし、足引っ張るだけだったしな。

 これが自分の外聞を考えたりするなら、一緒に頑張ってます感だけでも出すために剣をもって必死に立ち向かえばいいのだろう。

 これで俺は、終わった後から思い返せば役に立たない口だけの人間のように思われるかもしれない。

 まあいいか。











 エルフの里を間接的に救ったことにより、巨人祝勝の宴会が開かれていた。

 果物が皿に積まれ、それぞれのコップに飲み物が注がれていく。

 楽器を奏で、歌を歌い、楽しく踊っている。

 その様子を長老陣は最上座の席から目を細めながら愛おしげに見ている。

 俺もやっぱり自重しなくてよかったな、と思うのだった。

 俺の自重しないはむしろ前に出ないことにあるという矛盾ではあるのだが、これが一番勝率が高いのだからしょうがない。


 エルフの母親が抱えている赤ん坊に蜂蜜のついた菓子を食べさせようとしている。


「えっ。赤ちゃんなのに大丈夫ですか?」


 確か乳児には蜂蜜を食べさせてはいけなかったはずだ。

 なんとか菌が入っている可能性があって、食中毒の原因になるとかで。


「ふふっ。詳しいのね。それは人間だけよ。エルフは森の民、人間よりも自然のものに対する抵抗力が強いの。それは赤ちゃんも同じ」


 それは初耳だ。

 エルフは体の弱いイメージがあるが、身体能力も高いし、むしろそんなことはないようだ。


「人間ほど技術はないけどね。それでも自然のことや自分たちの体についてはあなたたちより少しだけよく知っているわ」


 それにしても、と彼女は続けた。


「人間でも蜂蜜を乳児に食べさせてはいけないって知らない人も多いのに、その歳で知っているなんて。貴方のお父さんは学者かしら?」


「い、いえ。国の図書館への立ち入り許可を持っていたもので、よく本を読んでいたんです」


 危ない危ない。異世界から転生してきたことがバレるところだった。なんのために普段自重していると思ってるんだ。

 今回の魔法知識なんて前世の概念があったから思いついたのであって、できれば隠しておきたかったぐらいなんだぞ。

 別にバレたところで、エルフの人なら困らない気もするが。


「では、これで」


 俺は串焼きと飲み物をとってそっと宴会の騒ぎの中心から離れた。

 お酒を飲むこと自体には抵抗はないが、未だに美味しいと思えるのは軽めの果実酒ばかりで、麦からできたビールみたいなのは苦いし、ワインも苦い。

 薄黄緑色の液体を通して騒ぎを眺めていると、戦いに参加したエルフの一人が近づいてきた。


「なーに、今回の主役がしけた面してこんなとこにいるんだよ」


 俺以外の3人は宴会を堪能している。

 アイラは飲み食いに必死で、その様子を周りのエルフが微笑ましく見守っている。

 ロウはおっさんどもと意気投合して乾杯している。

 カグヤは酔っ払って魔法や剣で勝負を挑んでくるエルフを返り討ちにしている。

 俺だけだ。どうしてだろうな。こんなに性格の悪い人間に、どうしてこんなに周りは暖かいんだろうな。


「いや、今回の主役は俺じゃなくってあんたらエルフだろ」


 俺は手伝いをしただけだ。そっけなくそう答えた。


「お、そっちが素の口調か? そっちの方が気楽でいいな。お前みたいな年頃の奴が年上に気を使って馬鹿丁寧に喋ってるのを見るとやりづれえわ」


 そう言って追加で串焼きを渡してくる。


「いや、あれだろ。作戦や指示はしたけど、巨人には全然立ち向かっちゃいないしな」


「俺たちエルフはさ。お前ら人間みたいにごちゃごちゃと考えねえんだよ。感覚頼りともいうな。見たまんま、感じたまんまを信じるんだ」


 唐突に話を変えた。気を使ってくれたのだろうか。


「だからお前らみたいに技術は発展しないし、魔導具もあまり作らねえ」


「でも魔法が得意じゃないか」


「そりゃあ長命だし見た目が変わりにくいからな。長いことやってりゃ嫌でもコツはわかるし、うまくもなる。考えてもみろ、俺だって今年で五十は超えるがエルフの中では若造だ」


 見た目は二十歳ほどだ。若いにもほどがある。


「だからよ。時術を回復に使うなんて思いもよらなかっし、地属性があんな魔法だとも思わなかったよ。俺はお前がいてくれて助かったと思う。予言とか関係なくな。その感覚を信じるよ」


 ガシガシと頭を撫でられた。

 随分と子供扱いだな。まあそうか。五十歳から見れば三十ちょいなんて子供みたいな歳か。

 いや、俺は永遠の青年だ。死んだ時の高校生ぐらいの若い心のまま生きるんだ。

 強がっていないとすぐに後ろ向きになる。


「少なくともあの時戦場にいて、お前を役立たずなんていう奴はいねえよ」


「ありがとう」


 まだもう少しこの騒ぎを眺めていてもいいかな。

質問、不審な点などございましたらお気軽にどうぞ。


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