エルフの里共同戦線
俺に追及された長老たちの様子はどこか妙だ。
聞かれればまずいか、どうせ話すつもりなのか、どちらにせよどうして嬉しそうな反応を見せるのか。
「そこから入るか……なるほど、期待通り、いや、それ以上じゃな」
食事を食べ終えた長老は右から順にプルト、ネプチ、ウランそしてプロトと名乗った。プルトとプロトは双子らしい。
プルトと名乗った方が苦笑いしながら語り出した。
「どちらから話したものか……そうじゃな」
エルフの何代か前の長老陣で時術に長けた長老がいたという。
彼は里に時術による隠蔽をかける前の日の夜、奇妙な夢を見た。
それはエルフ里が危機に陥ったとき、青年一歩手前ぐらいの男が三人の仲間を連れて助けに現れるというものだ。
当時の長老たちはそれを一笑にふした。エルフの里は近づくどころか、見つけることさえ困難だというのに、少年がやってくるというのがおかしな話だと。
そして現在、エルフの里は予言通りに危機に陥っている。だが救世主を待つなどという不確定な希望にすがるのではなく、自分たちでどうにかしようという想いの強い者も多かった。だがそんなときに見つけてしまった。予言通りに現れた、大人とは言えない歳の俺たちを。
「この里を現在追い詰めているのは封印されし巨人じゃ」
巨人が封印されている? 壁の中にか?
とまあそんな冗談を言っている場合ではない。
エルフの里の外れ、隠蔽魔法の中にぎりぎり入る洞窟に祠があるのだという。そこには古代の巨人族の一人が封印されているのだとか。
封印はあと千年は持つと言われていたのに、解けかかっているということで大騒ぎになっているらしい。
「話し合いで解決する可能性は」
「ないの。当時、好戦的すぎるかの巨人は戦争で大きく活躍した。戦いがなくなった後、周囲の巨人は彼を恐れた。結果、裏切られた巨人は、力の限り暴れたのじゃ。それを見かねた我らの祖先が封印したというのだから、さぞかし恨んでおるだろう」
強力な結界と、彼の体の時間をぎりぎりまで止める術、そして彼の魂を縛る楔を打ち込んだ封印の数々。
そしてそれらを見張り、力の弱まったはるか未来に封印ごと消滅させる算段だったのだ。
エルフの里がここから動けず、異常なまでに堅牢な隠蔽と妨害の魔法が、中から外に向けても働くのはこのためでもある。
「封印が万が一解けたとき、我らがその強大な力を外に出さぬよう、今まで見張っていたのだ」
「そなたらに頼み、頼るのが筋違いではあるかもしれん。それに加えて図々しいお願いではあるが、戦いに不向きな者を逃がし、なおかつ共に戦ってはくれんか?」
そうか、ここで迫害から身を逃れ、じっと他の種族の為に耐え忍んでいたっていうのか。
それが幸せなのかはわからない。だけどきっと大変だったのだろう。
俺だって無差別で人が苦しむのを見て楽しいわけではない。
理屈や損得で動くだけでもない。わけのわからない感情で気まぐれにやりたいように動くまでだ。
「いえ、僕たちを含むこの大陸に住まう者たちへの被害を抑え、その脅威を今も見捨てず立ち向かおうとするその姿勢に敬意と感謝を示して」
立ち上がって手を差し出す。
「この依頼、受けましょう。見事達成した暁には、この四人をあなたたちの友として受け入れてはもらえませんか?」
今ここにエルフと人間による巨人討伐の共同戦線が実現した。
巨人は別にうなじが弱点というわけではない。皮膚が高熱なのはあるかもしれないが、見た目に見合った重量とタフさを兼ね備えているという。
「外まで連れていって封印を解いちゃダメなんですか?」
これは話を聞いた時から思っていたことだ。
何もエルフばかりがその責を負うことはないと。人間にだって冒険者ギルドという組織があるし、国だってある。わざわざ危険な場所に女子供を逃がさなくても、安全な里の中に匿っておけばいいじゃあないかと提案してみたのだ。
するとどこか悲しげに長老たちは黙って首を横にふった。そして周りの武器を構えた男性たちもそれに追従する気のようだ。
「万が一、あれを倒せなかったときに世に放ってはならない。それは我らの業であり、義務だ」
その覚悟を目の当たりにして俺は何も言うことができなかった。
彼らはやる。たとえ刺し違えてでも巨人を倒すだろう。
エルフの歴史を完全に聞いたわけではない。だから彼らが何を思い、考えてそこまで巨人にこだわるのかはわからない。
だが本気の相手に本気で応えずして何が異世界転生だ。
魔法も術も使えなくても、剣技が得意でなくても、俺にできることがあるはずだ。
全力で応えようじゃあないか。
巨人はその多くが地属性の魔法しか使えない。それも全て自重のコントロールに費やしているので、戦闘にはほぼ影響はないと言えるだろう。巨人が自重のコントロールに必死なのはそういう種族だからだ。その巨大な体格では彼らは生物的には立って動きまわれない。だから地属性の魔法で補助しなければならないのだ。
しかしその体格に不釣り合いな申し訳程度の魔法の適性は、自らの重さをコントロールするので精一杯である。
結果、彼らは魔法を犠牲にその体格での立ち回りを可能としているのだ。
それでも彼らの力は圧倒的だ。攻撃力も防御力も他種族を圧倒する。
そして何より、補助によって変化しないリーチの長さだ。魔法の有無など関係がなくなるほどにリーチの長さが有利に働くだろう。
何の作戦もなしに接近戦で挑めば、簡単に間合いの外から潰されてしまう。
だが今ここにいるのは、エルフ。身体能力も人間よりは高いが、何より魔法や術の使い手が多い。
「今回は真正面から挑みません。できれば僕に全ての指揮権を委ねてもらえませんか」
アイラに預けてある共同制作の武器類を脳内で数える。
それぞれの適性を聞いていく。中には「そんな! これしか魔法使えないんです!」だとか、「繊細な調整なんて無理だ!」などと弱音を吐いている奴らも、俺の魔道講釈により黙らせた。
理解していないから使えないのだ。そして単純な魔法や術でも、使い方によっては便利だ。決めつけるな。
それぞれに役割と配置を指示していく。
そして巨人の体格に応じて作戦を立てるのだ。
◇
俺たちは祠の封印を意図的に解いた。
何故なら、いつ封印が解けるかわからない状態で常に見張っておくのが大変だからだ。
封印を解くので奴が弱るなどとは考えていないのは、もしかするとこいつの封印が解けかかっているのが作為的なものかもしれないからだ。
何かのタイミングを待っているとなると、そのタイミングまで待つと相手の思うツボなので、封印が解けて得をする「誰か」の準備が終わるまでに倒してしまおうというのだ。
「来るぞ…………!」
何かが壊れる音や、弾けるような炸裂音が響く。
洞窟の外からそれを聞いて、全員の心に戦いの狼煙がゆっくりとあがっていく。
作戦通りの配置で、巨人が現れるのを待つ。
洞窟ががらがらと崩れ、中から巨大な人が現れた。
武器は……ないようだ。推定15メートル級といったところだ。やや筋肉の盛り上がったごつい体に、ところどころ切り傷がある。
肩や腰に簡単な防具のみをつけており、腕を振るうたびに空気が唸る音がする。
「今だっ!!」
合図とともに、一人のエルフが巨人の顔の前に踊り出る。他のエルフの手助けによって、巨人の攻撃がこないようにされている。
エルフがその瞬間、ありったけの魔力を注いで一つの魔法を完成させた。同時に周囲のエルフと俺たちは目を瞑った。
強烈な閃光が巨人の目の前で撒き散らされた。
封印で暗い洞窟に追いやられた巨人。彼は時間をほぼ止められているとはいえ、眼球に光が入らなかった時間はとても長かったはずだ。
虹彩が明順応するには少しの時間がかかる。その順応までに失明させるほどの光をぶち込んでやれば、視力を奪うことぐらいはできるだろう。
同時に破裂音が何度も鳴り、巨人の鼻頭にとある袋が投げつけられた。
破裂音は聴覚を、そして袋は本来は微量で構わない香料をつめて嗅覚を奪うものだ。
俺たちは巨人から感覚を奪うところから作戦を開始した。
そして構えていた前衛がいっきに距離をとった。
封印から解かれた途端に次々とわけのわからない攻撃を食らわされ、周囲の様子がわからなくなった巨人は本能のままに暴れた。
左右前後に無茶苦茶に腕を振り回す。足をだんだんと地面に打ち付け、大きく吠えた。
だが前衛はそのリーチの外まで離れているので届かない。届かなくとも危険なのが大きさという武器ではあるが。
感覚が戻るまでにいっきにたたみかけようとした刹那、巨人は予想外の行動に出た。
足元に転がっていた洞窟の残骸を持ち上げ、ぶん投げたのだ。
そしてそれは大きく上にあがり、離れた場所で待機していたカグヤの頭上から降ってきた。
「危ない! 避けろカグヤっ!」
岩が地面に落ちて砕け、辺りは轟音に包まれた。