エルフの里 ②
異世界の情景って描写が難しいですよね。
頭の中に浮かんでいる光景をどうしたら伝えられるのかって大変です。
エルフの里を目前にして、突然現れた男に土下座されている。
自分でも何が起こっているのかわからないが、彼らが現在、人間に頼らねばならないほどに困っていることはわかった。
「どうかお願いします。あなた達にしか頼めないと聞きました」
聞きました、と言った。それは彼の判断ではないということだ。いや、別に自分の判断でなく来たことを責めるつもりはない。そうではなくって、彼の他にも、俺たちに頼むべきだというエルフがいるということだ。
「とにかく話だけでも聞かせて」
カグヤが敬語を使わないのは、相手がこちらにたいして頼み事しているからだ。目上と認めれば年下や同い年であっても敬語だが、目上でなければ普通に話す。そのあたりの使い分けは社会人としては常識の範囲内ではないだろうか。
俺様系キャラが似合わない俺としては、他人には常に敬語でも構わないのだが、やっぱりある程度は砕けた口調で話さないと突き放したような印象を与えると聞いたことがあるし年も近いのでこのままでいいだろう。
「ありがとうございます。ではこちらへ来てください」
俺たちは霧の中を歩いていった。周りには木々が立ち並んでいるのも全然見えない。
彼の耳にも、フォレスターのと良く似た耳飾りがあった。俺たちがツウリに案内されているその間も、その耳飾りから一筋の光がさし、同じ方向に向かって伸びていた。
「それは何か聞いてもいいか?」
想像はつくので聞かなくても構わない。単にこれは俺たちに対するエルフの姿勢を知る質問だ。
「ええ、あなた方になら。これは真実の道標といって、エルフの里にかけられた様々な隠蔽や妨害を無視して里に辿りつける道具ですよ。エルフにしか使えませんがね」
「あ、口調は普通でお願い。俺らも素で話しちゃってるし」
「ああ、助かるよ」
やっぱりそんなハイテク機器だったか。それさえあればどんな場所からでも戻ってこれるな。
「魔法の使えない私が奴隷商から逃げられたのも、これが大きかったの」
帰巣本能みたいなやつだな。
歩いていくと、ふっと霧が晴れた。
木と藁とそしてツタのようなもので作られた家が見えてきた。妖精さんにでも頼んだのか?と言いたくなるデザインである。自然と共に生きるエルフらしい家だ。
「フォレスターお姉ちゃん!」
「無事だったんだ!」
「ごめんね!」
エルフの里の奥から三人の子供達が飛び出してきた。順番にフォレスターのお腹あたりに突撃していく。三人を抱きかかえてフォレスターはホッとしたように呼びかける。
「キュリーにアメリにバーク……無事でよかった……」
この子たちがおそらくフォレスターが盗賊から守ったという三人だろう。三人は俺のことなど目にもはいっていないようだ。
三人の後から追いかけてきたエルフの人がこちらを見て固まる。
「待ちなさい! あれフォレスターに……人間?」
「お母さん! この人たちは私を助けてくれた人で……」
「そんなこと言ったって人間は人間でしょう? そんな一時の恩に惑わされて人間をこの里に入れたのかい?」
その口調には娘であるフォレスターへの非難が含まれている。人間なんて皆どうしようもないのだというどこか恨みのこもったような目だ。
その反応については想定内だし、初対面でほいほいと受け入れられるとも思ってはいない。だからさらっと流して、依頼の話に移ろうかとしたときのことだった。
「フォレスターは最初、ここでお礼だけ渡して別れようとしていました。彼らをここに入れたのは僕です」
母親の理不尽な物言いに耐えかね、ツウリと呼ばれた青年が前に出る。
「彼らこそが予言にあった四人ですよ」
「なんだって……? あんたら、悪かったね。娘の命を救ってもらっといて。でも完全に信じたわけじゃないからね」
見た目は姉御肌の三十手前ほどの若い女性なのだが、口調とその様子から浮かぶのは四十を過ぎたほどのおばさんであった。エルフが不老長寿というのは本当らしい。完全な不老とまではいかなくても、人間よりはずっと老化も遅いようだ。
「あんのじーさんばーさんどもは予言予言って。本当にこんなのが救ってくれるなら苦労はしないっての」
バツの悪そうにぶっきらぼうに言い放った。
「ええ。人間を警戒するのは人間が悪いし、命を一度救ったぐらいで予言だの不明瞭なものに従うのが嫌な気持ちをわかる気がするからそれで構わないですよ」
他者向けに丁寧な言い方に切り替える。
「ただ、僕たちも依頼の話をしにきているので、しばらくの間滞在ぐらいは許してもらえませんか」
「ふん、勝手にしな。あんたらがエルフをどうこうしようってならあたしが迷わず叩き出してあげるけどね」
排他的な集団相手に不遜な態度で受け入れられるのは圧倒的な実力者でカリスマがないと無理だ。
結果ではなく、まずはこちらから歩み寄ることも大切だ。
その一歩として、反発の強い方には下手に出るのだ。
だがただ、下手に出るだけでは駄目だ。なんでも無償で引き受けると思われてはつけこまれるから。あえて「依頼」という言葉を使うことで、正当な対価をもらうと暗に示したのだ。
そしてこの企みは成功と言えるのではないだろうか。少なくとも彼女には滞在だけは許してもらえた。人間嫌いのエルフにたいして、この譲歩は大きい。
俺たちがもっと粗野な態度をとるかと思えばやたら丁寧に返された彼女の心情はいかなものだろうか。
完全にすっきりとはいかずとも、これ以上のことも言えず、きまりの悪いまま引っ込んでしまった。
「すごいね。お母さんがあんな風になるの初めて見た。それにあんなころころと口調も変えられるのね」
フォレスターが感心していた。まあ子供とは総じて親にはなかなか勝てないものだよ。俺だって折り合いをつけるために話しあうという戦いを放棄してしまったのだから。
俺たちはツウリとフォレスターに案内されて長老の家までやってきた。
家の陰からは警戒しているのか、それとも興味をそそられるのか、ちらちらとエルフの人たちがこちらを窺っていた。
アイラがそちらを見るとふっと目を逸らす。カグヤとロウは気づいていながら無視することに決めたようだ。
「こっちだ」
どこに行っても偉い人が大きなところに住んでいるのは変わらないようで、他の家よりもふたまわりほど大きな家についた。家というよりは屋敷と呼ぶべきだろうか。
見張られながらとある部屋に案内された。
「よく来てくれた。まずは食事でもどうかな」
長老というだけあり、若作りの多いエルフの中で彼らは異彩を放っていた。顎に生やしたままのヒゲや、潤いが足りない髪も、その顔に歳と共に深く刻まれたシワの飾りのようであった。
大きな食卓のある部屋に四人の老人が揃っていた。まるで俺たちが来ることをわかっていたかのように。
「はじめまして。人間の肩書きで言うところの貴族で勇者候補をしています」
その存在感は俺を自然と敬語にさせた。
食事は薄味であったが、素材の旨味をよく活かしていて好みだった。
赤い果実で作られた酸味のきいたソースは獣の肉によくあっていた。柔らかく、歯ごたえが少ないのが不思議だ。下味をつけて漬け込んであったのか。
淡水魚のソテーはオリーブのような付け合わせもあり、華やかで香りもよかった。
「ほほっ。人間は体だけが早熟と聞いたが認識を改めねばならんな」
「いえ、僕たちが少々異常なだけですので」
「食事は舌にあったかの?」
孫を見つめるおじいちゃんのような優しげに微笑むその姿に、目には目を、と張りつめていた警戒も少し緩む。
テンプレの頑固な長老とかじゃなくって良かった。穏やかな場所で平和に過ごしていれば気性も穏やかになるのだろうか。まあ人それぞれか。さっきの人みたいなのもいるしな。
カグヤが外向きの笑顔で頷く。アイラも口の中のパンを飲み込んで答えた。
「すごく美味しいです」
「そりゃあよかった」
「ところで」
肉に反してやや歯ごたえのあるパンを口に運ぶのを止めて本題に入る。
「人間嫌いのエルフと聞いていましたが、案外あっさりと入れてもらえましたね。周囲の隠蔽と妨害の魔法や術式によほど自信があるのでしょうか」
長老の一人の口の端が少し上がる。
「それとも、予言というのに関係があるのでしょうか」
歩み寄りたいという期待と、今までの因縁からくる諦め。エルフが人間とともに過ごした時代はどれほど昔だったのだろうか。