お別れの挨拶、そして新たに出会う
最初はあんなにおどろおどろしかった古城も、中で友達と一緒にご飯まで食べてしまうとどこか親しみさえ覚えてしまうのはなんとも不思議なことだ。
もとはアンデッドであった死体を丁寧に埋葬していく。スケルトンは土に埋め、ゾンビやグール、リビングデッドといった肉の残ったものたちは火炎魔法で火葬していく。
人間の焼ける匂いとはなんとも言い難い、鼻につくような、どこかかぐわしいような、全体的には嫌な匂いだ。煙のせいか匂いのせいか奥の方にツーンとした刺激を感じながらその過程を眺めていた。
「結局、全然 幽霊は出なかったな」
あいつらも襲ってこなければ随分と平気なもんだ。
最初は敵意丸出しだったアイラも、火葬の直前までは普通に手から食べ物を受けとっていたぐらいだしな。
ミラとも仲良くなれたようでなによりだ。
「幽霊……か……。儂が来る前まではいたと死体どもに聞いておったのだがな。もしかすると儂がこの世界に久しぶりに来たときの衝撃で吹き飛んだのかもしれんな」
あながちあり得るから怖いんだよな。幽霊は脆弱な奴らだっていうし、自然発生したものでも魂の維持に必死だと聞いてるから余計にあり得るんだよ。
「じゃあな」
「まあそう焦るな」
ミラは俺につかつかと歩み寄る。
「ちとしゃがむがよい」
そう言って俺の肩に手を掛ける。俺はなされるがままにミラの前に膝をつく形となる。少女の前で膝をつく、か。俺がイケメンなら絵になるのだろうに。
黒いレースが胸元でひらひらとしているのをなんとなく目を逸らしていると、デコに温かい感触を感じた。
「これはほんのお礼じゃ」
温かい感触が離れてやっと気づく。当たっていたのはミラの唇であった。当たったところがヒヤリと冷たい。
普通逆じゃないか?
いや、そんなことじゃなくてだな。
ミラがキスをした? 俺に?
「へっ?」
「死の君による最上級の加護の感触はどうじゃ?」
ミラはニヤリといたずらっ子のように笑って俺の顔を上に向かせた。
目と目があうが、
アイラの方を見ると、怒っているというよりは不満そうであった。
眉間にしわがより、口が少し尖っている。
「またの」
呆気にとられている俺たちを尻目にミラは古城から立ち去ってしまった。そのあり得ない身体能力?で飛ぶと、塀や門などまるでないかのように遠くへ飛び去ってしまったのだ。
◇
ミラの消えた古城で取り残された俺たちはおどろおどろしい曇天を見上げていた。
「行っちまったな」
「やるじゃんレイル、まさか死神様まで落としちまうとはな」
「落とすっていうなよ。あれは加護だよ、加護」
だってミラとは歳が離れすぎているだろうしな。ミラが俺に恋愛感情なんて抱くはずがないだろ、とどこかラノベの鈍感系主人公みたいな言い訳をしてみる。
じゃあ俺自身は?と聞かれれば、俺の方からすれば見た目が良くって性格が好みであれば種族だとか年齢だとかさほど気にはならないかな。
でもあれはマーキングのようなもので、あれ? マーキング?
うん、俺もどうやら疲れているようだ。
「ふーん……お姉さん好きかと思えば私よりちっちゃい子まで……レイルくんの好みがわからなくなるんだけどなーー」
アイラが拗ねてしまった。拗ねたときに銃をいじりだすのはアイラぐらいのものだろう。その弾倉にはしっかりと弾が入っている。うっかり撃ったりするなよ。
「レオナちゃんだけならまだしも……あんなのまで……」
俺がいつお姉さんに鼻の下伸ばしたよ、とだけは抗議したいが、今回のおでこにチューは事実なのでご機嫌を取らなければならない。
最終手段だ。
「ごめんごめん。今度一つなんかお願い聞くからさ」
アイラのことだ、そんなに無理なお願いはするまい。せいぜい、何かを買ってくれだとかそんなものだろう。そんな俺に天は罰をくらわせた。いや、罰ではなくご褒美でもあった。
アイラは顔を下に向け、俺からはあまり見えない状態から俺の方を上目遣いのような感じで見つめて言ったのだ。
「私も……ミラと同じの」
俺は無言でアイラを抱きしめた。
ちょっとでも下世話な想像をした俺を責めてくれて構わない。
ただ、アイラは俺みたいな残念野郎に毒されても、そのままでいろよ。
アイラが慌てふためくのなんて気にしない。じたばたするかと思ったが、なんだか大人しい。
俺はとにかく約束は守ってやろうと決心した。
◇
俺たちは困惑していた。
というのも、古城からの帰り、森の中で魔物の群れに襲われている女性を見かけたのが始まりだった。
目の前で食われるのを見つめているのも趣味が悪いということで、カグヤの水と風の複合応用魔法において小規模の雷を発生させて女性諸共気絶させてしまったのだ。
魔物は全て殺して解体してしまったが、女性まで解体してしまうわけにもいかない。と気絶させた女性を見て俺たちはその容姿に驚くこととなったのだ。
女性の耳は少し長く尖っている。その先にピアスのようなものをつけていて、うっすらと黄緑色の肌はあるものを連想させたのだ。
そう、彼女はエルフだった。
気絶させた彼女を介抱しながら俺たちは彼女の処遇について話し合っていた。
「シンヤさんとこに送る?」
カグヤは無難な案を出してくる。
あそこなら確かに食べるものには困らないだろう。最近はだいぶ発展しているそうで、一つの集落のようになっているようだし。
「いや、ダメだ。あそこに送るのは本人の意思で行ってもらう時のみだ。それに人間と他種族との関係は良くない。それは今みたいな状況で他種族をあっさり奴隷商に売ってしまうからだよ」
人間は他種族からあまり心証がよくない。それはホームレスの口から聞いた勇者候補の惨状からも窺うことができる。
俺だって他種族だったら人間が嫌いになっていたかもしれない。
ことあるごとに戦争し、侵略し、命を売り買いしようなんてのは人間だけだ。獣人には奴隷なんて身分はないし、魔族は魔族同士で戦争なんてしない。
嫌われているから余計に交流は途絶え、途絶えているからこそ無理やりこじ開けようとして侵略という歪な形でしか関われない。
「生きとし生けるもの全てと分かり合えるなんて思っちゃいない。だけどエルフがどうかなんてわからないだろう?」
種族だのなんだのと区切るなんて馬鹿らしい。
差別などなくならないと前世の耳年増としては嫌というほど知っていてもなお、夢見てしまうのだ。
なんのしがらみもなく他者と関わりたい、と。
人間の中にもわけのわからないのから人格者までいるし、魔族の中にも戦闘狂からホームレスみたいな放蕩野郎までいるのだ。
結局何を騒いだところで、個性などそいつ次第でしかないということだ。それはエルフであっても何も変わるまい。
「ここで助けて恩を売り、何も要求しないことで信頼への第一歩となるんだよ。要するに負い目を意図的に負わせて、ほだされるような状態まで誘導するということだな」
エルフが善良な奴らなら、俺が仲間を助ければ無下にはできまい。ここで蔑ろにしてくるような奴らならこちらから仲良くなんて願い下げだ。
「どうしてかな……やってることは純粋な人助けなんだけどレイルくんが腹黒の悪人に見える」
「これだけあけすけに下心を説明されると怒る気にもならないわ」
電撃を全身に浴びて気絶していたエルフの女性が起き上がった。まだ頭がふらつくようで、こめかみのあたりを押さえている。
もしかしてエルフには古代神聖語とかがあって、言葉が通じないのではないかという懸念もあったが、初代勇者の功績というのは他種族にまで及ぶようでエルフは日本語を話したのだった。ご都合主義万歳と叫びたい。
「ええと…………私は何を?」
スレンダーという言葉が似つかわしい、細身の体に慎ましやかな胸、そして美形というお約束を全く外さないエルフさんに感動していた。
剣や魔法も悪くないし、魔族が空を飛んだり妖精がはしゃいだり死神少女も悪くないよ?
でもやっぱりエルフは違うよな。ファンタジー世界の代表っていうかさ。
とここまで思考時間約二秒。
「お目覚めですか? どこまで覚えてますか?」
そんなどこか中二病とオタ魂の混ざったハイテンションな妄想トークを繰り広げていたことなどおくびにも出さずに紳士ぶって尋ねた。
「君たちは……私は、ええと、魔物に囲まれたんだけど……」
「ええ、僕たちがそこに通りかかったので魔物を蹴散らしたんですよ。そのときにうっかり気絶させてしまいまして。申し訳ないです、もっと華麗に助けてあげられればよかったのですが。あ、食べます?」
嘘である。罪悪感などあるはずもない。というか巻き添えにして気絶させたのもめんどくさかったからで、ほぼわざとだし。
携帯食料というにはいささか豪華な料理を渡して白々しく猫を被る。
お願いだからカグヤとか、胡散臭そうな目で見るのはやめて。ばれそうだから。
そんな脳からつま先まで真っ黒な俺のことなど気づくことなく純真極まりないエルフのお姉さんは急に畏まってお礼を述べた。
「いえ! 自分の身は自分で守らなければならないこのご時世。助けていただいただけでも頭が上がらないです。それに何もされていないようですし」
自分の体をぺたぺたと触って確かめる。それから荷物を確認していた。俺は少なくとも何も取ってはいないし、散らばった荷物はぜんぶ回収してきたはずだ。
言外に奴隷として売られなかったことや、女性としての尊厳を犯されていなかったこともあるのだろう。
まあ見た目だけはやりたい盛りのお年頃だしな。中身はおっさんおばさん一歩手前の集団だけど。アイラだけだよ、見た目通りの年齢なのは。
「私、フォレスターと言います。見てのとおりエルフですが……」
「警戒はとかなくていいよ。人間だしね」
あえて信頼するなと言うことで、逆に信頼できる印象を与える。それは信じろ、と言う人こそ信じられないという心理の逆説的な話である。
それは同時に、フォレスターへの罪悪感を喚起させる。助けてもらった恩人は、エルフの人間に対する感情に理解があり、自分たちが嫌われていると知ってなお助けてくれた。それに比べて自分はなんと懐疑的なのだろうか、と。
そこまでが計算のうちだ。
「送っていこうか?」
「いえ、そこまで頼るわけにも……」
「あ、そうだよな。人間に集落の場所を知られたくはないもんな。ごめんな、気を使わせて」
もしかしたら信用させて、集落の場所を聞き出し、エルフを一網打尽にしようとしているのかもしれないとか思うもんな。
「いえ!」
「そうよ。好きなところまで護衛してっていうならそれぐらいなら付き合うから」
「いや、でも……お礼もしたいし……この人たちなら……」
フォレスターは何やら葛藤しているようだ。
俺たちには助けてもらった。だが村の人にはおそらく人間に迂闊に場所を教えるなとか言われてるだろうし。お礼をするには戻らなければならないしな。その葛藤はわかる。だから俺は甘い言葉を囁き続ける。別にエルフを害そうってわけじゃないんだし、やましいことは何も無い。
というかここまでどうやって来たんだ?
エルフが現在のファンタジーにおいて耳の尖って長い種族だとか、そういうイメージはごく最近のものなのだとか。
便利だからこのイメージのまま使わせていただきましたが。