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蠱惑的な死の君

 アイラやカグヤ、ロウの静止も間に合わない、その光景をどこか絵のように眺めていた。


「未来は不透明の薄布に覆われているが、過去は不動にそびえ立っている」


 薄い色の唇が動き、紡ぎ出されたのは彼女の信条。そしてその瞳に映るのは純粋なる疑問であった。


「どうして避けない? 今の速度なら周りはともかく当事者のお前は避けられただろう? 儂の動きを完全に目で追っていたではないか。人間は死ねば"終わり"らしいではないか」


 彼女は俺に向かって鎌を横に薙いだ。だがそれを俺の首に到達させる前に寸止めしたのだ。


「レイルくんから離れろ」


 アイラから殺気がほとばしる。

 いつ動いても撃てるように、いかつい銃の先を向けている。


「アイラ、やめろ」

「もう一度聞く。どうしてよけなかった」

「避ける理由がなかった」

「この鎌は見掛け倒しなどではないぞ」


 髑髏のあしらわれた黒と銀の混在する巨大な鎌、どうみても死神ですありがとうございました。

 でも俺がここで寿命だとか、ちゃんちゃらおかしいと思う。俺が異世界から転生したから狩りにきたとか?


「自力での冥界からの召喚術は莫大な魔力と、そして音を超える速さが必要だと聞いた。つまりお前はその気になれば、俺が目で追えないほど一瞬で殺せたはずなんだ」

「舐めてたのかもしれんぞ?」

「なあ、ロウ。もし目の前に虫がいたとして、潰そうと手を伸ばすとするだろう、そのとき虫が全く動かなければ死んでるのかもしれないとか異常を感じて手を止めないか?」

「そう……かな」


 殺す気がなく、試されている可能性の方が高い。ならば逃げたら殺されてしまうだろう。

 目の前の彼女は俺たちが束になっても敵わない相手だ。


 逆に考えなければ。


 彼女からすれば俺たちなんかわざわざ殺すほどの相手ではないのだ。

 その証拠に俺たちに全くといっていいほど敵意や害意を感じない。

 俺はその感覚を信じただけだ。


「見た目からするに死を司っていると見て間違いはないか?」


「ああそうだ、我こそは死の君ミラヴェール・マグリット。冥界において死者の魂を管理する役目を負う」


 マグリット?

 何処かで聞いたような……


「マグリット?」


「あ、ああ。アニマの奴とは違うぞ。あんな乱暴者の兄者と一緒にされてはかなわん」


 やっぱり関係があったのか。

 ていうか兄者って。


「話を戻すが。死を司るお前がこんなどうでもいい命を気まぐれに刈ったりはしないだろう?」


 冥界がどんな法律や法則で回っているかは知らないが、役職がある以上、仕事も責任もあるのだろう。

 そんな死神が理由もなく生者を殺してもいいものなのか。そんな権限があるのか。

 考えろ、どうすれば死なずにすむ。


「クックック…………ハーハッハッハッハー。面白い、確かにそうだ。我は理由なくして生者を傷つけられない。だが見ただろう?」


 先ほどまでアンデッドの大群がいた部屋の方をちらりと見やる。いつでもあいつらを操って襲わせることもできるのだぞ、という脅しである。


「間接的に害すことなどいくらでもできるし」


 途端に彼女の全身からドス黒い瘴気のような闇が吹き上がり、殺気が俺たちに浴びせられた。

 先ほどまで感じなかった敵意の塊を全身に受けたようだった。


「理由もなく、か。理由があれば直接手をくだすこともできるのだぞ」


 加虐趣味でもあるかのように笑った。笑顔が下手なホラー映画よりもずっと怖い。


「それでも儂が何もしない、と?」


「ああ」


 そうでなくては困る。

 俺に選択権など残ってはいない。

 圧倒的強者と相対するとき、負けないためにはどうすれば戦わずに済むかを考えなくてはならない。


「それを信じるならば、この闇に手をつっこめるか?」


 俺は目の前の吹き荒れているような闇を見た。多分俺は今、すごく汗をかいていることだろう。一歩でも敵意をもって近づけば殺される、その確信があった。


「危ないよ!」


 アイラが今度こそ止めようと俺に向かってきた。


「やめとけば?」


 カグヤは口で言うだけだが、アイラのように止める様子はない。ロウは俺がどうするかを興味深そうに口の端にうっすらと笑みを浮かべて観察している。


 質感も、圧迫感もない、何も感じることのできない闇。

 もしかしたらこれは得体の知れない攻撃かもしれない。

 異空間に通じる穴や、ブラックホールのような性質を持つ危険なものなのかもしれない。


 だが俺は……俺の世界の常識に従った。


「よくぞこれが単なる闇だと見抜いた」


 俺は迷うことなく手をつっこんだ。

 度胸試しというよりは、腹の探り合いでしかない。

 これが本当に(・・・)闇ならば、俺が怖がる理由はなにもない。

 闇というのは光がないことでそこを視認できない状態でしかないのだから。

 闇、それ自体に攻撃力はない。質量も、何もないのだから。闇はものではない、場所につけられた状況の名前だ。

 そこに何もないのに怖がる必要なんてないだろう?


「ひやっとしたわよ」


「よがっだぁぁ」


 手を突っ込んだ状態の俺にアイラが後ろから飛びついた。一歩遅かったな。俺はもう突っ込んじまったよ。

 だが何もない。俺の手は闇の中にあるのに、痛くも痒くもない。ただ手首から先が全く見えないだけだ。


「この世界の人間は儂を見るなり逃げた。逃げた人間には何かと理由をつけてアンデッドをけしかけた」


 ミラヴェールが一本指を立てて言った。

 その指を二本に増やして続ける。


「儂が襲ってくると思い、向かってきた人間は返り討ちにした。正当防衛ならば攻撃できるのでな」


 最後に三本目が立てられた。


「この闇に怯えた人間は寿命だけを告げて放置してやった。その大半は一年以内に自殺したがな」


「で、俺らは助かったのかな」


 ミラヴェールは実に嬉しそうに笑った。今までの威嚇などのこもったものではない、探していたものが見つかったような笑みだった。


「合格だ。儂のことは愛称でミラと呼ぶことを許そう。お主、名前はなんという」


 死の君ミラヴェール・マグリットによる度胸試しはこうして終わったのだった。









 

 俺たちは古城で少し遅めの食事をとっていた。

 ミラは食事をとらなくてもいいのだが、俺たちに合わせて食べていたのがなんとも愉快だ。

 恭しくスケルトンが食べ物を持ってきては食器を下げていくのもおかしな光景だ。

 さっきまで敵対していたのが嘘みたいだ。いや、きっと敵対などしていなかったのだ。

 ミラからすれば人間に出会ったから自己紹介して、俺たちに質問して握手しただけ程度の感覚なんだろう。

 敵意があったとすればこちらの方で、勝手にこちらが怖がっていただけなのだろう。


「久しぶりの休暇だ。何年かいようかの」


 冥界の仕事は休みがとれるらしい。

 変なところきっちりとしているんだと感心していたら、ミラがこちらに詰め寄ってきた。

 華奢な細腕はやたら白く、その肌を黒を基調としたゴスロリのような服が一層際立たせていた。


「レイル、儂は貴様が気に入ったぞ。死神の加護をやろうか?」


 死神の加護って……

 早死にしそうだと思うのは俺だけか?


「な、何を不審そうな目で見ておる! 儂ほどの死神から魂に加護を受ければ、他の低級な死神どもにちょっかいかけられたりせんし、脆弱なアンデッドどもは近づきもせんぞ!」


 心外だ、とわめく少女はとても歴代勇者と張り合えそうなほどの死神には見えない。

 俺の許可など求めてはいなかったようで、特に確認もせずにごにょごにょと何かを唱えていた。


「ところで召喚術ってなんなんだ?」


 世界には様々な術がある。

 そういうものだ、と受け入れるのは簡単だが、文明社会出身としては気になるところだった。


「魔法の基本属性を答えてみろ」


「炎、風、水、地に波、だろう?」


「よく知ってるじゃないか、と言いたいが、儂等の間では常識なのじゃ。勝手に人間が勘違いしておるだけでの」


 紙と筆記具をどこからか取り出してしゃらしゃらと書いていく。


「人間どもが解明できていないまま、治癒術や占星術、陰陽道などと名前をつけている術式というのは本来四つにわけられた同じものなのだ」


 基本五属性の現象魔法は最も下位の術で、上位にいくに従いピラミッドのように種類を減らしていく。

 種類が減るほどに引き起こせる結果の可能性は増えるという。最終的には"全知全能"となり、ありとあらゆることが可能になるという。そんなことができるのは三界と平行世界、異世界を探しても数えるほどもいないという。


「現象魔法五属性の上位を四術式と言い、魂術、時術、空術、界術の四つに分類されるのじゃ」


 時術というのは時間を司る術式で、治癒術というのは本来これのことだ。

 少しの怪我なら肉体の時間を加速させ、自然治癒力を高めることにより治している。部分欠損などは時間を巻き戻して怪我のない状態まで戻しているのだとか。

 ここでもやはり理解というのは大切で、聖職者などは神に祈ることにより、治すという概念をそのような体系で発現させているが、本来の力を理解していないがゆえに治癒術の限界がくるのが早いという。


 魂術というのは魂を支配する術で、アンデッドという存在のあり得ない部分の多くはこれで説明がつくという。

 死体が腐ることなく動いていられるのは時術によるものだという。死体と魂の時間を止めているから腐らないのだ。治癒術で形を失うのも、アンデッドになるときにかけられた時術と新たにかけられた時術が打ち消しあうからだそうだ。

 ネクロマンサーというのは魂術に優れ、時術も使える術士のことなのだとか。


 空術というのが空間を司る術式で、人間が光魔法と勘違いしている術だ。

 初代勇者が使っていた転移や、古代遺跡から発見された魔法陣による手紙の転送装置など、旅の間で耳にしたものは空術によるのだ。

 エネルギーは異世界から借りているのだとか。


 最後に界術、これは結界を司る術式だ。

 結界には条件指定というものがあり、通すものと通さないものを指定できる。


「儂が地上に顕現したのも、界術と空術の合成によるものじゃな」


 冥界とこの地上界には強力な結界が張られており、それに引っかからないほど弱いか、それを突き抜けられるほど強い存在でないと通れないらしい。


「今から思えば、たびたび術式を目にしていたんだな」


「変態さんも界術使ってたね」


 時術、という説明のときからロウの様子が変だった。何かに気づいて納得したような感じだった。

 ロウは知りたくないが聞かねばならないという風に口を開いた。


「じゃあ俺にかけられたのは……」


「ん? おお、お主はどうやら肉体の時間をぎりぎりまで止められておるな。そこまでの術を発動しようと思うと、代償も大きければ力の操作も繊細じゃったろ?」


「代償は……ああ、大きかったよ」


 カグヤだけが当時の状況を知っている。俺は後から話を聞いただけだった。何もできはしない。友達なのに、自分の問題だと無言で突き放すことしか俺にはできなかった。


「いや、もう過ぎたことだ」


 ロウはあっさりと流した。

 心配など不必要だったのかもしれない。

 肉体の時間を止められた、と聞いても平気ならよかった。


「それで……アンデッドの方は……?」


「安心しろ、儂が命令を出して冥界に戻してやる」


 便利な手下だったのだがな、とカラカラ笑う。その様子には残念そうな素振りはない。


 神に会うには空術と界術、その二つが使えればいいのか。

 なんとかなるだろうか。

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