古城に座すもの
アンデッド
生命を失ったモノがなお現世に干渉する形で存在する状態。
死体を元にしたものと魂を元にしたものがいる。環境によって蘇ったモノ、死者の想いで残ったモノ、ネクロマンサーによって甦させられたモノの三種に分けられる。
幽霊、妖怪の一部、ゾンビ、リビングデッド、スケルトン、ミイラなど。
死者の恐怖──著・エンジより抜粋
道中の描写を飛ばしてやってきたのは例の古城。
かつては趣味が良かったのであろう鉄製の柵にはツタ植物が絡んだりなんかしていっそうホラー感を醸し出している。
今日はそんな古城にぴったりのまごうことなき曇天であった。
「うわあ……ロウの家みたい」
「なんで俺の家をそんな風に言うんだよ」
さりげなくひどいカグヤの暴言には悪意がなく、軽口であったためロウも笑って返す。
そんな呑気な二人に俺も救われていた。
窓枠は壊れ、門には鍵もかかってはいない。門は整備されていないが故に動きにくく、力をかけると嫌な音がしてゆっくりと開いた。
サビなのか血なのか判別もつかない赤黒い金属の錠前は鈍い輝きさえ放ってはいなかった。
遠くでカラスが一声鳴くと、アイラの肩がビクッと上がった。
「ひっ」
意外にもアイラはアンデッドが怖かった。本人は大丈夫と言っているが、やや、やせ我慢なところはある。それで戦闘力が落ちるわけでもなかったので連れてきた。
決して怖がるアイラが可愛くてつい、とかいうわけではない。
「大丈夫大丈夫」
話を聞いたときには俺たちの苦手とする依頼かもしれないという不安があった。
何故ならアンデッドの中には通常の攻撃がきかないものがいるからだ。幽霊と呼ばれるたぐいのものである。
そういった敵には回復術がきくという。回復術は治癒術とも言う。
幽霊だけではない。アンデッド全般にとって回復術は弱点である。初級の回復術でも通常のアンデッドはその姿を保っていられないという。
その理由は多くのネクロマンサーたちが挑む問題だが、まさか回復術の使える人に頼むわけにもいかず、解明には至っていない。
だが今回の依頼の現場ではゴーストは確認されてはいない。以前は行けばアンデッドの一人や二人はいる程度だった。数年前から活発化しだして冒険者たちに頼むようになったという。
しかし依頼が成功しても得られる利益が少なく、国が報酬をケチったために受ける冒険者がいなかったのだ。
活発化してからの目撃情報の中にはゴーストはいない。
通常攻撃がきかない代わりにゴーストは他のアンデッドに比べて長い間存在しにくいと言われるから不思議ではなかった。
「だから今回はゴーストが本当にいないかどうかを偵察するためにいくからな。いなければ他のアンデッドを殲滅して終わり、いれば一旦退却だ」
ゴースト系のアンデッド以外はあくまで魂を死体につなぎとめているか、死の手前で止めているかの二種類であるので、体が機能しないほどに壊せば問題なく倒せる。
ゾンビであれば四肢をぶったぎって首を切断するぐらいで魔物としては脅威でなくなる。
単なる死体と同じだ。
それとゾンビに有効なのは火葬だろうか。
体が燃えてしまえば動くもくそもない。
だから聖なる何かがないと、なんてことはないし、噛まれたらゾンビ化することもないので気をつけることは他の魔物と変わらない。
治癒術が使えない以上、俺たちにとって不利なのは変わらないが、冒険者のパーティーに治癒術師がいることが少ないので俺たちがキワモノだというわけでもない。
俺たちは門の中の建物に入っていく。
絵画とかにまで魂が宿ってたら嫌なので、そちらへの警戒も怠らない。
さすがにロウソクがついたりはしていないが、絨毯には切り傷があったり、西洋甲冑が置いてあったりして雰囲気は完璧だった。
「うぼぁあ!」
物言わぬ死体……ってほどではないが既に自我を失って徘徊している死体に襲われた。
落ち着いて距離をとり、一歩踏み込んで剣でその腕を撥ねた。
腐りかけの腕が壁に当たってぼとりと音をたてて落ちた。
「あまり気分のいいものでもないわね」
普通の魔物や人間ならここで時間が経てば出血や痛みで自動的に勝利が決まるが、ゾンビはそうではない。
「オオォ」
残った片腕をこちらに伸ばして掴みかかってくる。
首を刎ねると横からアイラが足を切断した。
今回の武器は銃ではない。斧だ。
ホラー映画なら鉈だろうと思わないでもないが、あれは枝を伐採するためのものなので使いにくかったとアイラが言っていた。
斧は木を切るためのものだもんな。
人体切断には本当はノコギリなんだが、時間がかかるので斧で力任せに切っているのだ。
カタカタと歩くたびに乾いた衝突音を出すのは骨だけの魔物、スケルトンであった。
生前の名残で胸当てだけしていたり、剣を片手に持っていたりする。
スケルトンは思っていたより楽だった。
というのも軽いから持っている剣にさえ気をつければ簡単に砕けてしまうのだ。
よくスケルトンに襲われて死ぬ人がいるのは集団で襲われたりしてパニックに陥るのが原因だろう。
「どいつもこいつも動きは単純ね。どっちかっていうともっと力自慢の冒険者に頼んだ方が楽なんじゃない?」
カグヤは軽く見ているが、俺は不安が拭いきれない。
一つ一つ部屋を確認していく。
客間や給仕室にはなにもなかった。
当主の間の近くまで来た。
「残す部屋も後僅かだな」
「いつ出てくるかわからないわよ」
警戒は決して緩めてなどいなかった。
だが確かに舐めていた。今までの探索において、一体ずつしかアンデッドが登場しなかったことで、ゾンビものの映画や有名なゲームのように群れをなして襲ってくるゾンビのイメージがなくなってきていた。
そのドアを開けたとき、まるでゲームのようだと思った。
腐臭と血なまぐささが鼻について我に返った。
「閉めろっ!!」
しかし現実であった。
ドアの向こうには数十ほどのゾンビやスケルトン、ミイラの大群がいたのだ。
口を開けると糸を引くような醜悪な集団は、動くことのない眼球で俺たちを捉えた。
動きは速くないのが唯一の救いだ。
「ぎゃしゃあ」
「べしゃぁぁっ」
ドンドン、ドンドンと壁を叩く音が聞こえる。
今は二人がかりで抑えているが、扉自体が壊されるのも時間の問題であった。
みしっと扉が軋む。蝶番が今にも外れそうだ。
「離れろっ!」
押さえていたカグヤとロウにどいてもらい、その瞬間俺は扉に向かって飛び蹴りをかました。
外側に開くはずの扉は内側にむかって倒れこみ、中で叩いていたアンデッドたちを巻き込んで部屋の中へと入っていった。
「今だっ! こっちに!」
俺は当主の間の扉を開き、三人を誘導する。
三人がこちらに向かおうとした瞬間、きっちりとゾンビ達のいる部屋の入り口に煙幕玉を投げることも忘れない。
「はあ……はあ……いったいあの部屋だけなんだっつうんだ」
「あの数を相手にできないわけじゃないけど、いきなり不意打ちは無理よ……」
「うえぇ、やっぱり怖いぃ」
息をきらした二人と、幼児退行しかけのアイラが部屋にへたり込んだ。
どうやってあの数を戦闘不能にするかを考えていると、後ろで何かの音がする。
俺の三十年ほどの経験の中で、未だかつて聞いたことのない音だった。
「なに……あれ……?」
当主の間の中央、豪華な椅子の前の絨毯が奇妙な模様に紫色の輝きを放っていた。
その紋様はまるで魔法陣のようだが、それはもっと複雑でそして陣の中央に広がる穴は全てを吸い込むかのように黒かった。
「くはははははー」
どこからともなく笑い声が聞こえ、それが止んだ時には一人の少女が目の前にいた。
深い闇のような紫の瞳、真っ白な長髪、華奢な腕には禍々しい鎌を持っていた。
ロウの髪が色がなくなった結果の白だとすれば、これはもっと違う次元で白という光に染められたような髪色だった。肌も白く、生気がないその顔は精巧に整っていた。レオナを人形のような、と形容したが、この少女は人間のような人形とさえ言える。
明らかに普通の人間ではなかった。
「ん? なんだ? 一週間ぶりの凱旋だというのに、出迎えはたった四人の人間か?」
あっけにとられ、何をするべきかもわからずにいる俺たち。
彼女は納得したような、そしていたずらでも仕掛けるような軽い仕草で俺に向かって鎌を持ったまま近づいてきた。
彼女の正体はなんなのか