二代目勇者と冒険者ギルド
ギルド長、ケリー・コロビスから語られた冒険者ギルド誕生秘話とはおおよそこんなものであった。
初代勇者、その功績は凄まじく、当時乱立していた多数の小国家をまとめ上げ、この世界の言語というものを統一してしまった。
どうしてそんなことが可能となったのかというと、ひとえに勇者のカリスマ性の高さによるものである。
彼の英雄譚は誇張や歪曲があったとしても劇的だった。
もちろん周囲の国が協力していたのもあるだろうが凄まじい話だ。
同じ日本人だったとはとても思えない。
そうして出来上がったガラスは繁栄し、世界でも有数の大国となった。
数十年後、魔族との戦争において、冥界からの一柱の凶悪な召喚神が呼ばれた。
冥界というのは天界と現世を合わせて三界と呼ばれるうちの一つである。
通常の状態では行き来することは叶わない世界だ。
地獄、天国とも呼ばれたりもする。
そこに存在するのは悪魔や魔神といった精神生命体や俺たちよりも高次元の存在だけであると言われる。
俺が目指す場所でもある。
呼ばれたのは破滅と破壊を望み、代償に応じて大陸さえ消しかねない禁忌の召喚神。
唯一の救いが代償が大きいことと、召喚されて最初に指定された場所から動けないということだ。
アニマ・マグリット。
その絶大なる力は人間になすすべなく、魔族との戦争で最前線にあるガラスは再び勇者を召喚することを決めた。
こうして呼ばれたのが二代目勇者である。
二代目勇者は史上最悪の召喚神と呼ばれたアニマ・マグリットを倒すために奮闘した。
少数で突っ込んだ初代勇者とは違い、大規模空間転移門を自身の勇者としての才能で作り上げ、アニマのいる場所で軍団による超弩級結界を張って決戦に挑んだ。
初代勇者が剣や肉体に加護があり、天賦の才があったのに比べ、彼はどちらかというと魔力や魔法に適性があったのだ。
結果として二代目勇者はアニマを倒したのだが、素直に勝利を祝うにはあまりにも犠牲が多かった。
それは決して二代目勇者のせいではなく、度重なる不幸によるものであった。
彼が魔族軍との衝突において国軍の指揮を執っていたとき、別の方角から魔獣の群れが現れ一般人を蹂躙してみたり、勇者への不意打ちを庇って死んだのが優秀な巫女で、彼女の命によって封印されていた古の魔物が解き放たれたりしたのだ。
そして、それをしょうがないと諦めるにはあまりにも初代勇者の功績は大きかった。
戦いの後、当時の人々の心には二代目勇者への反発と、ガラスへの不信が募った。
初代国王は自ら魔王を暗殺し、魔族との戦争をほとんどの犠牲を払うことなく終わらせたというのに、今の国は異世界の勇者に頼ってボロボロじゃあないか、と。
初代国王は魔王を倒したからこそ国王になったのだから、人々の不満はお門違いで見当違いなのだが、どこかにぶつけなければやってられなかったのだろう。
だがここで二代目勇者を殺せと言ったり、国に反旗を翻したりしないのが当時の人々が素晴らしく冷静で、恩を忘れない人格者であったことがわかる。
俺はこの話を聞いた時、裏切られた勇者はいなかったのだと安堵した。
こうして行き着いた結論は、勇者などという単独の戦力や国にばかり魔物からの自衛を任せるからいけないのだというものだ。
国は他国との関係や自国の自治に、勇者は魔族に、そして国民が魔物に集中すればよい、と。
自分たちの自衛ぐらいはしてみせる、所詮魔物なんて狩ることができるのだ。
彼らは強く誓った。
彼らは勇者に頼らない世界を作ろうと国の権力の一部を奪って、力自慢の自衛組織を作った。
これが現在の冒険者ギルドである。
話し終えると、もう一度紅茶と茶菓子が出された。
茶色はカップの底まで透明で、香りが部屋の中に漂っている。
ケリーは一口紅茶を飲むと、ふーっと息を吐いた。
「どうしてあんたたちにこんな話をしたかっていうとね」
細いフレームのメガネをかけなおした。
今ではかなり国との協力関係も良くなってきている冒険者ギルドだが、その禍根の根は深いらしい。
「知っておいてほしかったのよ。勇者候補も国の一つの政策でしかないってことを」
冒険者ギルドに普段の自衛を全て任せてしまっていては国の面目が丸潰れである。
せめて強力な冒険者を権力を与えて青田買いすることにより、少しでも魔族問題に貢献していると見せかけねばならない。
そんなことはわかっている。少なくともわかっているつもりだ。
「国と冒険者ギルド、両方の許可を得なければ魔大陸にいけない理由がわかる? 国の冒険者を見る目は信用しないっていう冒険者ギルドの姿勢の一つよ」
冒険者ギルドは国に対抗できる組織でなければならない。
しかし国を脅かす反乱分子であってはならない。
国は冒険者ギルドを疎ましく思えど、必要であるため潰せない。
冒険者ギルドは国がなくてはならない。
お互いに牽制し合わねばならないのがこの二つの組織の関係である。
「じゃあ……どうすればいいんですか? コドモドラゴン討伐では足りないんですか?
「いや……本当はコドモドラゴンや砂塵蟲竜を討伐できるぐらいの冒険者なら出しても構わないのよ。でもわかっているんでしょう?」
やはりそうか。
俺たちは他の冒険者に比べて経験が足りない。そう思われている。
そして見た目が子供であると、舐められやすい。それを覆せるほどの実力がないとダメってことかよ。
この国は良くも悪くも強さが全てだ。
一つ二つの結果だと運が良かったで済まされることもある。
三度目の正直というやつだな。
「だからこちらからの許可を出すための試験は厳しいものになるわ」
依頼ってもっと能動的に受けるものじゃなかったか。
何かあるごとに成り行きで依頼を受けているけど。
まあいいか。俺は妥協が得意だ。
流されて冒険したっていいじゃないか。
「第二西都心部の北に今は使われていない古城があるわ。城としての大きさは中ぐらい。まあそれでもこの建物と同じかそれより大きいでしょうね」
どうして古城なんかがあるかというと、この国は元々複数の国からなる国だからだ。
その名残で、王城の他にも同じぐらい繁栄している都心が5つほどある。
なんか地理の授業で習った気がするんだけどな。なんて言ったっけ、複数の都心部を持つ都市の形。
その中には繁栄することなく、単に貴族の屋敷として使われている城もある。
古城というのはそこの持ち主がなくなったままなんらかの形で受け継ぐ人がおらず、取り壊されることなく残ってしまっているものだろう。
「魔族との衝突の際に一人の部下に裏切られて、屋敷の主人の一族と部下全員がその屋敷で死んだわ」
そこの話はとりあえず後で聞こう。依頼の内容を聞いてからな。
なるほど。どこかの推理小説とかでありそうな話だ。
怪談スポットみたいだなんて思っていると、依頼の内容はまさにその通りだった。
俺が今まで、文献でしか聞いたことも見たこともなかった存在。
「あんたたちに頼むのは、古城での亡者鎮圧よ」
「アンデッド……だって……?」
魔物というのは人間に害をなす知能のない他種族の総称と言われるが、その中でも異質なカテゴリに分類される種族──────アンデッドであった。
主はすでにおらず、あるべき城はすでに廃墟。
目的もないままうろつく彼らの目には一切の光がない。
生きることを謳歌することもできない、襲うことしかできない彼らは何を思い、集まるのだろうか。
死者たちの饗宴は昼夜を問わず、その姿は生者に恐怖を与える。
次回「古城に座するもの」