雨の日の憂鬱、レイルの二つ目の決意
冒険者稼業も、勇者候補稼業も休日ぐらいはある。
今日はお休みだ。剣も魔法もサボりだ。
カグヤとロウは自由時間を利用してどこかへ行ってしまった。
隣でうとうとと眠るアイラの頭を撫でていた。暇があると撫でているな。手触りが良いのだろうか。
布団を抱きしめて眉間にしわを寄せているのにどこか幸せそうだ。
本当は今日もいい天気だ、と始めたかったが、今日は雨だ。
道ゆく人々が傘とはまた違った形の雨具を使用しながら濡れないように歩いている。
窓の外の遠くは雨と曇りの陰でうっすらと霞んでいた。
その様子を宿屋の部屋からのんびりと眺めていた。
勇者の恩恵を受けている、と聞いているガラスだが、ぱっと見はギャクラとさほど変わりはない。
レンガ造りの家だとか、石畳だとか。
魔導具についてはウィザリアに後一歩劣るといったところだ。
実用性に重きが置かれ、魔法特有の幻想的な雰囲気はでていない。
だがよく見れば、その都市の造られ方には考えがあるのだとわかる。
まず第一に、排水機能がついている。
雨で降った水は道の端にある溝に向かって流れていて、川に排出されていると聞いた。
貧民街で二歳まで過ごした俺としては、その近代的な構造に前世を思い出して懐かしくなった。
そんな奴は俺ぐらいかもしれないが。
次には敵の侵略に備えた避難通路や迎撃用砦などとなる造りであるところだろうか。
あまり詳しいことは知らないが、そんなことを聞くとやはり軍事国家なのだと思う。
「はあ……この国でも神様の情報は得られなかったか」
勇者が召喚されたぐらいだ。
もしかしたら、とは思ったが、全然だった。
相変わらず何故か俺の位置を特定して、手紙を確実に届けてくるシンヤに返事を書いた。
奴隷商よりも派遣業務よりも、あそこを国のようにしてしまう方が楽しくなってきたらしい。
あの付近は生産から加工まで完結してしまったとか。
俺の名前で国として認められないか申請してみよう。
ウィザリアとギャクラと、二つの国を味方につければなんとかなるだろう。
父とレオナ、レオンにも手紙を書かなきゃな。この前、ウィザリアで返事がきていた。正式に勇者候補の活動記録係としての職についたらしい。俺からの手紙を読んだりする正当な理由ができたと喜んでいた。
あいつら、元気かな。
「どうしようか」
俺は迷っていた。
気晴らし代わりにいつものように、1時間半ほどかけて、剣と魔法の訓練をした。
特に成果が出るわけでもない。
未だに魔法の素養の片鱗も見られない。
なんかの呪いでもかかってたかな。
アイラやロウでも魔導具ぐらいは使えるってのに。
部屋に戻るとアイラはもう起きていた。
寝ぼけ眼を軽くこすりながらこちらを見ている。
「おはよう」
「ああおはよう。顔洗え」
「洗ってー」
「無理だろ」
甘えんな。甘やかしたくなる。
中学生ぐらいってこんなぽやぽやしてたっけ。
前世の当時はもっとちゃきちゃきしていた気がするんだけどな。
あれは学校だからか。家ではみんなこんなものだったっけか?
それとも俺の精神年齢がじじくさくなっているのか?
普通の宿屋にあまり調度品や消耗品はない。トラブルの元になるからだ。せいぜい石鹸やタオル的なものがあるだけだ。
泊まる人間は生活用品を持ち歩いている。アイラは自分の腕輪から取り出したもので歯を磨いている。
帰ってきたアイラはベッドに倒れこんでわふーと目を細めた。
「ふわあ、もう一度」
「何二度寝しようとしてやがる」
用事もないのに二度寝するなとは理不尽な要求だが、アイラは特に不満げな様子も見せることなく起き上がった。
「次はどこに行くのー? もうちょっとのんびりしててもいいけど」
ベッドに腰掛けたままアイラが言った。
「迷ってるんだよな……」
俺が今から行こうとしているのはどちらも鬼門だ。
どちらに行っても最終的には目的を達成できるだろう。
違うとすれば、光と闇、表と裏でしかない。
「なあ、俺がもし、今までよりもずっと危険な場所に行こうって言ったらどうする?」
この質問は卑怯だと思った。
俺を無条件で信頼しているアイラならばと期待してしまっているのもある。
でもアイラの返した答えは予想とは微妙に違っていた。
「私たちの中で一番レイルくんが慎重でしょ。ロウくんや私が行こうって言っても危ないからダメってよく言うじゃん」
俺の髪とよく似た琥珀色の瞳の奥に吸い込まれそうになる。
アイラはよく、俺に決定権を委ねているような様子や、信頼しきったようなそぶりを見せるが、決して何も考えていないわけではない。
俺はそれこそを危惧して彼女に伝えられるようにしてきた。
何かあれば自分で考えろ、と。
考えることだけは放棄するなと言ってきた。
それは俺が正しいなんて全く思っていないことの現れでもある。
アイラに教えた考え方の中には間違っているものもあるだろう。
だがそれだけは間違っていないと自信を持って言える。
「だからレイルくんが危なくても行くっていうなら、レイルくんがいなくても私やロウくん、カグヤちゃんはきっとそこに向かってたよ。もっと気軽な気持ちで」
だから行くかどうかを私たちに遠慮して迷っているなら行こう、という意味になる。
それがわからないほど鈍感でもはない。
「やめだやめだ。戦闘中はあっさり決断するのにこんなところで優柔不断なのはキャラじゃない」
「キャラ?」
「ああ。俺は決めたよ」
まっすぐにアイラの目を見て俺の決断を伝えた。
「俺は、魔族国家、ノーマに行く」
この決断は俺の人生に大きな転機をもたらすことを、今はまだ知らなかった。
帰ってきた二人も交えてノーマに行く計画を話した。
旅の道程、補充する物資に魔族と会ったときの注意点などだ。
「ノーマに行ってどうするの?」
「魔王城に向かうよ」
「ふーん」
え? それだけなの?
俺としてはもっとなんか劇的な反応が欲しかったんだけど。
もしかしてノーマってちょっと仲の悪い近隣国ぐらいにしか思われてないの?
魔族との因縁とかそういうものはないのか?
まあいいか。何もないならないに越したことはない。
「まず初めにしなければならないことがある」
「ガラスが独占している魔族国家への転移門の使用許可だよな」
「ああ」
じゃあ向かおうか。
今日はいつもよりも少し賑やかさも少ない冒険者ギルド本部。
周囲の建物が石造りが多いのにたいして、この建物は全体的に木製である。
俺は暖かく感じるので木造住宅は好きなのだが、この世界では安っぽい、粗暴な奴らの集まる場所みたいな固定観念があってかあまり町では好まれない。
農村部にいくとそうでもないのが不思議である。
話が逸れてしまった。
ギルド本部へ来た理由だったか。
国は勇者候補の資格を出すことで間接的に許可しているのだが、それだけでは足りないのだ。
ギルド本部に申請しないと転移門が使えない。
その理由も含めて聞かねばならないとここに来たのだ。
「おはようございます、レイルさん」
にこやかに挨拶してくる職員の方にお辞儀をしながら挨拶を返す。
なんというか、異世界に来てもプロ意識の高い接客業務の態度を見ることになるとは。
子供にだっていつも礼儀正しい。様つけではないが、そこまでされても困る。
俺たちなんて生意気盛りの中学生ぐらいなのにな。
特別申請受付の方に向かう。
こちらは依頼や登録、買取などの基本的な冒険者ギルドの業務の他に、特殊な事案の受付を行っている。
「転移門の使用許可っておりますか?」
「ええ、こちらへどうぞ」
また客間に案内された。
どうやらどの勇者候補もここで説明を受けるらしい。
机につくと、おばちゃんのギルド長が俺たちの前に座って話を切り出した。
「あんた達は冒険者ギルドの成り立ちを知っているかい?」
「二代目勇者の功績の一つとしか……」
「確かに二代目勇者のおかげよ。だけどそれは正確ではないね」
ギルド長の口から勇者候補にまつわる冒険者ギルドというものの誕生秘話が語られた。
それは俺たちの予想もしなかった裏の歴史であった。
読んでいただきありがとうございます。
まだまだ拙い物語かもしれませんが、多くの人に読んでもらえるようにちまちまと更新頑張っていきます。
誤字脱字などございましたらご指摘くださるとありがたいです。