類は友を呼ぶ?
依然として空中に浮かぶ魔人を見上げる。
果たして羽で飛んでいるのか、いや、羽を媒体に魔法で飛んでいるのだろう。
魔族は下級、中級、上級と区別される。
その多くは魔力量や身体能力などの戦闘能力によって決まっている。
魔族の魔力量や身体能力は遺伝によって受け継がれやすく、自然と血筋によって強さが分かれていくことになる。
上級魔族の魔人はそれこそ1人で通常の冒険者何十人を相手に無傷で勝つほどの力を持つという。
人間が定期的に魔族と戦争になっても勝ちきれないのはここにある。
魔族の方が個の強さが桁外れなのだ。
もちろん人間側にも1人で上級魔族に匹敵する強さを持つものもいる。
だが人間でそんなものは50人にも満たないが、たいして魔族側は100人ほどいるという。
約2倍というこの差は、転移門の他に人間が少数精鋭で魔族の城に暗殺者を放ち、倒した人間を勇者としてまつりあげることで士気を高めて勝つしかなかった理由でもある。
最初から正面衝突すれば負けるのだ。
「世界の理も知らない、無知で脆弱なニンゲン風情が。じゃあ交渉は決裂ってことでいいんだよな?」
世界の理を知らない、といった。
その言葉に引っかかるものがある。
単に科学知識の足りなさについて言っているのだとすれば、目の前の魔人よりも俺の方が詳しい自信はある。
だとすれば彼は何のことを言っているのだろうか。
結論の出ない不毛な思考はやめて尋ねた。
「んーーまあ他にもコドモドラゴンがいれば、一匹ぐらいあげてもいいんだが」
どうして魔族がこんなところに、とは言わない。
魔族の中には暇つぶしのような感覚でこちらの大陸に来るものもいる。
それに、見つかっていないだけでおそらくこの大陸にも魔族はいる。
「あいにくこの付近には一匹しかいないんだ」
「早い者勝ちってのは……ダメだな」
「どうしてだ?」
「そりゃあ……俺らが有利なだけだからさ。お前が先に捕まえて飼いならしたとしても、横から殺せば勝ちなんだから。俺らが先に殺せば、お前にはどうすることもできないしな」
「くくっ、変なやつだな。わざわざ有利な勝負を放棄するってのか」
「勝利条件が異なる場で勝負しても意味がないだろ。受け入れられない結果だったときに戦うなら一緒だからな」
「私、もう戻っててもいい?」
アイラがつまんなくなっちゃった、みたいなフリをして奥に引っ込んでいった。
今頃は抜け目なく、一番長い銃身で、一番貫通力のある銃を構えていることだろう。
魔人の攻撃がかすりもしない距離からな。
「そうだな……普段ならその勝負なんかつっぱねて終わりなんだけどな」
いつでも戦闘に入れるように構える。
こうして会話しながらも、頭の中では必死に次の手を考えている。
アイラの銃弾だけで死ねば話は簡単だが、いまだかつて対峙したことのない強敵にたいして防御力も測れていないのが現状だ。
「いや、受けよう」
「受けてくれるのか」
「さっきひっこんだ子に何されるかわかんないからね。ていうかあの距離から攻撃手段があるの? すごいな、驚いたよ」
見抜かれていた。
アイラの去った方向を見ながら、暗にまるで隠してたとは思わなかったと言ってのけたのだ。
もう一度目の前の彼を見る。
薄緑の肌、青い髪でやや筋肉のついた均整のとれた体。美青年といった容姿に、やや高い声。だが身に纏う空気とそのきつめの眼差しは鮮烈な印象を与える。
人とは違えど、言葉の通じる相手なのだ。
「なあレイル、どうするんだよ。勝てるのか?」
耳に顔を寄せてロウが尋ねた。
俺はわからないと言いたかった。
俺がほいほいと今までの揉め事に首を突っ込めたのは、リカバリーがきくからだ。
依頼であっても、できなかったらできないなりの理由と、情報を持ち帰って無理でしたと報告する。
これでは報酬や難易度の割に合わないと判断されれば、俺たちができなくても信頼などを裏切ることにはならない。
しかし、負けられない戦いや退くこともできない状況というのは存在するのだ。
魔族が現れて無理でした?
ひよっこがそんなことを言って信頼されるだろうか。
コドモドラゴンの討伐ができなかったことへの言い訳にしか聞こえないだろう。
討伐した証拠もなく討伐しましたと報告しても、依頼は達成できない。
自然にどこかにいったとして処理されるだけだ。
この時、俺はこの魔族がコドモドラゴンをペットにして何を企むかなんて考えてはいなかった。
それを使って人間を襲うなんて企んでいるとか思えなかったからだ。
だから、俺は、いつだって戦わずに勝ちたいと思う。
昔の名軍師だって言ってたじゃあないか。
戦って勝つのは下の下で、戦わずして勝つことこそが上策だと。
「なあ、どうしてコドモドラゴンなんだ?」
人間の悪党達に比べればこいつの方がずっと話が通じる。
ならば落とし所があるはずだ。
「そんなの……ちょうどいい乗り物を探していてね。こいつは自分で自分の身を守れる程度に強いし、それにかっこいいだろ?」
だよな。そんな程度の単純なことだよな。深い事情なんてあるはずもない。行き当たりばったりの自由人なんだ。
すごく共感はできる。確かにコドモドラゴンは男のロマンをくすぐる体で乗り心地の良さそうな四足歩行だ。
「じゃあさ。今度俺たちと一緒に他の奴を見つけにいこうぜ。俺たちはこれが依頼だから譲れないんだ」
もちろん嘘……ではないが、どこまで果たせるかはわからない。
もしも無理なら自転車でも作ってあげてごまかそう。
「なるほど……お前らと戦うのも面白そうだと思ったけど、そっちの方が面白そうだな」
「じゃあこれで交渉成立だな。名前は?」
「魔人ホームレスだ」
ホームレス……だと……?!
こいつふざけているのか……いや、固有名詞は英語じゃないんだ。全くの別物なんだ。関係ない。
向こうで双眼鏡を片手に戦闘態勢をとかないアイラを呼び寄せる。
俺たちは順番に自己紹介をしていった。
「カグヤよ」
「ロウだ」
「カグヤにロウか。ロウはともかく、カグヤは東の出身か?」
「そうよ」
「私はアイラ」
「さっきの道具、すごいな。魔力を感じないのに遠くが見えてたみたいじゃん。また見せてくれないか?」
双眼鏡のことか。
まあいいだろう。
「俺はレイル・グレイだ。肩書きは勇者候補ってなってる。名前だけだしあんまり気にすんな」
勇者候補の概要を知っていれば、敵対されるかもしれないとは思いつつも、ここで隠し事をすると後々良くないので隠さず話す。
「勇者候補……? ああ! あの魔族の国に定期的に来ては問題を起こしていく人間が名乗るあれか」
ちょっと待て。
勇者候補って魔族の間ではそんな認識なのか。
てっきり恐怖の代名詞とか、よくて魔族に敵対する冒険者の総称とかさ。
なんだよ、問題児扱いって。
「俺らってそんな認識なのか……」
「俺が魔族を滅ぼすんだ! とか叫んで酒場で暴れて捕まったり、魔王様の住む城に単騎突撃して返り討ちにあったり、上級魔族に決闘を挑んで弱すぎて死んだりな」
頭が痛い。耳も痛い。
勇者候補って馬鹿の集まりなのか?
俺みたいな貴族のボンボンが道楽気分で冒険者始めて、周りにおだてられてうっかり魔族国で暴れちゃったりするのか?
「でもレイルたち見てるとみんながみんなそんなんじゃないってわかったな」
それはなにより。
どうやら勇者候補の汚名返上ができたようだ。
「ところでどうしてこんなところにいたの?」
アイラの美徳は素直さだな。
俺には真似できない。その質問はヤバイかと避けていたのだが。
「俺は徹底した道楽主義者でね。ノーマで遊んでいたけど、飽きたから家を出て遊びにきたんだよ。面白そうなことをする。それが俺の唯一の行動原理だ」
実に退廃的で楽しそうな生き方だ。
俺も似たようなものか。
あ、でも俺みたいにあっちこっちでトラブルには首を突っ込んでないよな。
「だから君たちを見て驚いたよ。少年少女で旅しているのに、コドモドラゴンに手を出そうとしてたり、魔人の俺を見ても驚かないしね」
驚いたわ。そりゃあもう驚いたさ。
顔に出ないだけだよ。
「見慣れない道具も持ってるし、なんか普通の人間とは違う感じもするんだよ。だから面白い。だから殺さない」
普通の人間とは違う、ねえ。
そこの夫婦は半分人間やめてるもんな。
そんなこともあるかもな。
「そういやどうやって連絡とろうか」
「それなら大丈夫だ。勝手に探す。嘘をついたら無関係な人間襲ってお前の名前出すから」
発想が最悪だな。それをされると確かに少しは困るか。まあいいけどな。
「じゃあまた」
「おう。これで友達だな。困ったことあれば言えよな」
友達か、まあ友達か。名乗ったその日から友達と言えるか。
妖精に続いて魔人と友達か。
どこか残念なやつが多いのは何故かはわからないけどな。
類は友を呼ぶ?いや、まさかそんなことはないだろう。
交友関係が広いのはいいことだ。