現実とは残酷だ
コドモドラゴン討伐ねえ。
どうしてまたそんなものがうろちょろしているんだか。
竜骨山脈から下りてくるには距離が遠いだろうに。
今回は自重なしだ。
アイラもいかつい銃を構えながら目撃情報のあった付近まで進む。
雑魚は俺が片付けよう。
「国からの依頼なんだっけ?」
「まあね。治安維持みたいなものだから。流通が止まると困るのは国だし」
国も困るが、一般人も困る。
困らないのはコドモドラゴンを避けて旅ができるような冒険者とかだけだ。
目的地には数日かかる。依頼にかかる道中も依頼に入る。
気がつけばすっかり日が暮れかけていた。
俺たちは森の近くで野宿をしようと火を焚いていたときのことだった。
「ねえ、気づいてるのよね」
「ああ」
俺よりも気配に敏感なロウとカグヤの二人が魔獣の接近を感知した。
ふかふかとまではいかなくても、やや柔らかい土と落ち葉を踏みしめて獲物の品定めをしている気配。それらは数えるのが面倒くさいほどには多い。
「ねえ……どうする?」
こちらまで20メートルをきっているとのこと。俺にはわからない。
一匹一匹狩っていくのは下策だ。
必ず隙が生まれ、誰かが傷を負う。
多分俺。
それにそんなにいっきに魔法で殲滅しようとすると、森が焼け野原になったり、やたら集中力がいるので大変だ。
たくさんエネルギーを借りようとすればするほど集中力はいる。
「じゃあ……風魔法だな」
俺は考えていた策を口にした。
策を説明し終えると、カグヤはそれならなんとかなりそう、と魔法での気体操作に集中し始めた。
結果はほんの五分も経たないうちに表れた。
俺たちの様子を窺っていたのは、ノアウルフの上位種、ゴアウルフだった。
中には体が一回り大きい、群れのボスと思われる個体もいた。
そいつらは全て、ぴくりとも動かないまま森の中に倒れていた。
「相変わらずえげつない策を考えるわよね」
俺がカグヤに頼んだのは風魔法により、焚き火の煙を操作してもらったのだ。
火事による死者の主な死因は火傷によるものではない。
一酸化炭素を吸ったことによる中毒死である。
血中のヘモグロビンに酸素が結びつくことで俺たちは酸素を体中に運搬しているのは多くの人が知っているだろう。
一酸化炭素は酸素よりもずっとヘモグロビンと結びつきやすい。
そして焚き火がそんなに完全燃焼しているわけがない。
本来ならばこんな自然の森の中で、煙による一酸化炭素中毒などあり得ない。
空気に薄まり、無視できる量になってしまうからだ。
あり得ないからこそ、野生の魔物には対処のしようがない。
わかっていても、風魔法で操作された煙から逃げることは難しいだろうけどな。
多分これが酸素を操るとかだともっと大変なのだろう。
だがそういうことはできる魔法使いもいる。
そういう奴らは酸素を理解しないままに酸素を操ろうというのだから、ほんの少し操るだけでも膨大な集中力を要する。
カグヤならば俺が科学を軽く教えてあるのでできないこともないが。
だが、単なる魔獣ごときにそんなに大変な目に合わせるのも偲びない。
煙を操るだけなら風属性の初級魔法、そよ風の応用で十分可能なのだ。
背を低くしたら抑えられる、などといった対処のしようがない作戦だ。
「ま、あいつらの失敗は俺たちを見つけた瞬間さっさと群れで囲んで一斉に襲いかかってしまわなかったことだよな」
そうしてたら作戦どころか反撃だけで精一杯だっただろう。
そのときはアイラのマシンガンが火をふくのだが。
「回収しなきゃねえ……うわぁ、28匹もいるじゃん……」
たとえ持って帰れない状況や、金にならない魔獣であっても死体の処理は冒険者のマナーとして言い含められている。
他の魔物を呼び寄せたり、ときにはアンデッドの発生に一役買ったりしてしまうからだ。
持って帰らない場合、火葬などが望ましい。
土葬では完全に葬れないからだ。
「ま、俺たちにはアイラの腕輪があるから問題ないんだけどな」
「ん。じゃあ並べてー」
その日はゴアウルフの焼肉パーティーだった。
たまには魚が食べたい俺は元日本人であった。
◇
そこには幻想的な光景が広がっていた。
かつてウィザリアで噴水を見たときも綺麗だとは思ったが、ここはそれ以上だった。
やはり大自然の前には人間の些細な芸術など霞むということか。
「わあ…………」
四人は言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。
木々の間にあったのは湖だった。
藍色で、冷たさを孕んだそれは神聖な物が封印されているのではないかとさえ思わせた。
不自然なほどに澄み切っていて、思わず手を伸ばした。
「冷たいし、綺麗だ。飲めるかな」
公害などの心配のない世界で、綺麗かどうかを示すのは見た目でしかない。
ここは底まで見えそうなほどに透明度が高く、本当に湖なのかと疑うほどなので問題ないだろう。
両手ですくって飲むと、心地よさが喉を駆け抜けた。
「ほんとだ、おいしい」
水をくんだり、その光景を機械族に思わず報告しようとするアイラだったり、自然と休息の雰囲気になるのも仕方がなかった。
だが、そんな静寂を破るモノがいるなんて思いもしなかったのだ。
「うわわわわ。おお客さんだ!」
どこぞのツインテ合法ロリの毒舌幽霊小学生かというほどに噛みまくりながら現れたのは…………
「妖精!?」
「ははん! そうよ。私こそが自然の力を存分に借りられる精神生命体の素晴らしい種族、精霊族が一人水の妖精ウタってわけよ!」
ああ、本当に妖精なんだ。
背中に薄く透き通る羽が生えてるし、なんか半分ふわふわ浮いてるからそうじゃないかなとは思ったけど。
思ったよりも大きいんだな。
手のひらサイズを想像していたんだが、目の前にいる幼女は普通の七歳児とかの見た目で、一回り小さいぐらいの感じだ。
小柄な人種なんです、と言われれば信じてしまいそうなほどの大きさだ。
精霊族の中に妖精というのは存在する。
高位の精霊族は妖精とは言わない。
だから妖精妖精と叫ぶのはもしかして馬鹿にしている風にとられるかと思ったけどそんなことはないらしい。
「うわー。本当に妖精さんだ! ねえねえ、羽触っていい?」
「羽を動かしているわけでもないのにどうやって浮いてるのかしら?」
「すげえええ!」
テンションMAXの三人が先に大騒ぎしてしまったことで、俺が騒ぐタイミングを逃してしまった。
よくあることだ。先に自分よりも感情を素直に表現されると、後からは言いにくくなるだろう?
好意をよせている女の子が可愛い格好をしているから、「可愛いじゃん、似合ってるよ」と言おうとしたら他の奴に言われてしまって二番煎じが嫌で結局言えないみたいな。
とまあそんなわけで俺ははしゃぎきれずに、極めて冷静なまま尋ねた。
「なあ、俺の知る精霊族っていうのは人には滅多なことでは姿を見せないって聞いてたんだけど、何かあったのか?」
いや、別に貴方には真の力が秘められています、とか勇者のお告げとか期待してないけど。
妖精が困っていることなら、助けたら何かいいことがあるんじゃないかななんて。
あれだよ、情けは人の為ならずって 言うじゃない。
「そのことなんだけど、助けてほしいの!」
お、やっぱりか?
で頼み事はなんだろうか。
たいていこういう頼みを聞いて動いてると、精霊しか知らないことがしれたりすることがあるんだよな。
別に精霊族をどうこうする気じゃないし、頼み事は本気で解決する気だから問題ないよ、安心してね!
「話してみろよ。力になれるかもしれないぜ」
「実は……私の管理しているこの湖がね……呪いにかかっているの!」
「呪いだって?! とてもそんな風には見えないけど」
そうだな。呪いのかかった場所ってもっと禍々しいものを思い浮かべるんだけどな。
俺、さっき呪いのかかった湖の水をしっかりと飲んだんだけど大丈夫かな。
「それは一年ほど前のこと……私の湖はそこに住む豊かな命の数を減らしてしまったの」
まあそんなこともあるよな。
生態系というのはたまにバランスを崩すものだ。
「私はこのままではいけないと思ったのよ。この湖が汚れているから、生き物が減るのではないかってね」
あ、なんとなくだけどオチが見えたわ。
「私は頑張ったわ。水の中の汚れを取り除き、死体が出れば片付けて……」
なんてことを……
「そしてそれを続けたにもかかわらず、生き物は次第に数を減らしたの。今ではこんなに綺麗なのに、全然生き物がいない死の湖となってしまったのよ。これはきっと、私のことを妬ましく思った誰かの呪いなのよ!」
妬まれる理由がお前みたいなあんぽんたんにあるのかよ。
俺はこいつの馬鹿っぷりにどう言ってやればいいのかわからず拳を握りしめた。
「お前ってやつは……」
「わかってくれるのね! じゃあ、お礼はするからぜひ! 私の湖の呪いを解く手伝いをしてほしいの! そのためには洞窟にわずかに咲くという────」
「なんって馬鹿なんだ!!!!」
俺はウタの小さなデコに容赦無くデコピンをくらわせた。
「あいったぁぁぁぁっ!!! どうして精神生命体の私に攻撃なんて……」
「お前、やっぱりダメダメ妖精だろ」
妖精は攻撃しにくい。
それは精神生命体であるため、魔法が効かないし、武器での攻撃もすり抜ける。
だが、
「俺だって魂があるんだ。素手でなら攻撃できるんだよ」
涙目でうずくまる見た目幼女を見下ろしていう。
「お前の湖がこんな風になったのはな……全部お前のせいだ!」
「えっ!」
カグヤとロウはそうなのか?みたいな顔だが、一人、アイラだけはうんうんと頷いていた。
さすが俺が一から十まで教えたことはある。
「湖に生き物がいなくなったのはな…………栄養がないからだ」
富栄養化の逆だな。貧栄養湖とか言ったか。
「生き物が暮らすためには栄養が必要だ。それは植物プランクトンでもだ。お前が徹底的に栄養を排除したがゆえに。この短期間で全滅なんてことが起こったんだよ!」
どうりで不自然なほど透明度の高い藍色の湖だったよ!
俺の感動と純情を返せ!
誰だよ。ファンタジーといえばエルフや精霊がいて、そいつらが物語の鍵になることもあるって言ったのは。
俺は生態系のなんたるかまでを懇切丁寧に解説してやったさ。
「なるほど! ニンゲンはすごいね! 魔法に頼らずとも世界を知る方法ってのがあるんだね!」
……もしかしたらそれは俺らだけなのかもしれないけどな。
この世界で科学を知る者はあまりいないだろう。
転生者やトリップしたやつがいるなら別だけど。
「お礼だけど……えーっと……」
「いや、いい。今のお前では期待できない」
なんかとんでもないもの渡してきそうだ。
しかもそれが原因で新たな問題が起こりそうだ。
「そんなわけにも……あっ! あんたのその剣」
「やめろぉぉっ!」
俺の剣に何をする気だ。
魔改造で魔力を使うことでパワーアップとかならまだマシだけど(使えるとは言ってない)、使用者の寿命を使って相手を倒すとかならシャレにならない。
「あ、ああそうだ。偉大なるウタちゃんが俺たちと友達になってくれたらなーなんて」
苦し紛れに出た案だが、結構いいのではないか?
もしも友達ならたまに話も聞けるだろうしな。
「えっ? あっ。そこまで言うなら友達になってやっても構わないかな」
ツンデレとはこのことだ。後ろの羽がパタパタと落ち着きがないのは感情表現の一つか?
おバカな妖精、ウタちゃん登場
おや、レイルの剣の様子が……?
レイルの剣が進化したがっているようです。
許可しますか?
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