冒険者らしいお仕事
エイプリルフールで叫んだのなんて何年ぶりでしょうか。
「うう……頭痛い……」
別に二日酔いってわけじゃないんだからね!
いや、何ふざけてるんだろう俺。
ちょっと昨日は騒ぎすぎたかな。
「ふわぁ……おはよう」
寝ぼけまなこでアイラが起き上がった。
頭にアホ毛がぴょこんと跳ねている。
「寝癖ついてるぞ」
水で濡らしてぐしぐしと撫でつける。
「やーん」
「荒いか?」
「別にいいけど……もうちょっと優しくしてくれるといい」
朝のピロートークである。
いや、決してそっちの意味でのお楽しみだったわけではない。
せいぜい添い寝である。それでも抱きしめて寝たらなんだかきゅーんとして暖かい気持ちになるのは本人には秘密だ。それもぶっちゃければ下心だし。
「普通は二つ部屋がありゃあ男部屋と女部屋に分かれるんだけどな」
カグヤがロウと、アイラが俺と寝たいとか言い出すから、定期的にこうして寝ている。
あり得ない組み合わせはカグヤと俺、ロウとアイラだけである。
それも野宿で見張りとかの都合上なることもあるが、そのときは色気のカケラもない。
「カグヤちゃんとロウくん、起きてるかなあ」
「ロウはともかく、カグヤは朝早いからな。寝てたら起こしてやろうか」
木製の扉を開けて隣の部屋に向かうと、そこにはロウだけが寝ていた。
「さすが夜行性……」
カグヤに起こされていないのは優しさからか、それとも冷たさからか。
真っ白の髪が布団から出ている。
「おーい、ロウ」
「後五分……」
どこの世界もその感覚は変わりないんだな。
これが学校でもある日なら、規則正しい生活習慣をつけるためにも叩き起こすが、元々不規則な冒険者生活でそこまで言うのもな。
それに、過去の職業柄か、ロウは夜が1番神経が過敏になって眠りにくいのだとか。
「じゃあ、俺はカグヤと素振りしてくるわ」
「私イタズラしとく」
いつものように剣を持って外に向かう。
学生時代から変わらない習慣だ。
あくまで軽くだ。俺は別に筋肉根性論の提唱者でもなければ、体育会系の先駆者でもない。
ほどほどに頑張るのがモットーだ。
よく俺みたいに才能に恵まれないやつが、努力で、努力だけでなんとかしようとする話を聞くこともあるが、なんか違うんだよな。
努力が全て報われるなんて信じちゃいないんだ。
努力が無駄とは言わない。
中途半端にかじるぐらいならいっそ素人の方がいいとかいうやつもいるが、そんな実力差の相手に剣で挑もうというのが間違いなのだ。
そして、そこらへんのゴロツキ相手になら、剣技をかじっておけば逃げるぐらいはできる。
うだうだと脳内語りを広げながら素振りをしていると、隣で同じく素振りをしていたカグヤからたしなめられた。
「またなんか小難しいこと考えてるんでしょ。考えるな、とは言わないけどあまり関係ないこと考えてばかりだと身が入らないわよ」
「それもそうだな。気分転換に依頼でも受けにいこうか?」
「また生贄にされるわよ」
冗談を冗談で返された。
「それは困るな」
「だいたい、生活費全然困ってないじゃない。むしろこのまま一度も依頼受けなくても遊びながら世界中を旅できるわよ」
「そりゃあいいが……一応目的はあるんだし、それが終わってからだな。ギャクラやシンヤのところに戻ってもいいしな」
確かに冒険者ギルドの登録には期間があるわけではない。
依頼を受けないならそういう冒険者だと割り切られるだけのことだ。
でもなー。なんだかなー。
いや、俺だって健全な男の子なわけですよ。
誰が健全だって?とか言わないでほしい。
冒険とかいうものに憧れるわけですよ。迷宮の探索依頼とかわくわくしちゃうしな。
この前の迷宮はなんか違う。
命とはまた違う危険があった。
だから単なる旅の中での魔物駆除とかじゃなくってだな。
ごく普通の冒険というものを経験しておきたいとかいう気持ちがあるのだ。
その男のロマンはわかってはもらえないんだろうな。
「っていうかあんたの目的のための旅なんだから寄り道ぐらいどうでもいいのよ。アイラはともかくとして、私とロウが本当に嫌だったらあっさり国に帰っちゃうしね」
それもそうか。勇者候補の資格は俺しかとってないわけだし、二人には何の責任も発生しないんだよな。
そう思うとなんだか気が楽になった。
もっと肩の力を抜いていこう。
とまあそう言う独白だったり、しみじみとした日常のワンシーンなどは俺にとってはフラグにしかならないようで。
この世界にきてから特に思うのだが、トラブルとは何かを為そうとしたときに向こうからつっこんでくることが多いらしい。
これが主人公補正というやつか。
いや、自惚れるな俺。
俺がそんな立派なもののはずがないだろう。
せいぜい途中で現れる勇者に協力して魔物を倒したり、うっかり邪悪な何かの傀儡になって、洗脳が解けたあたりで主人公の仲間になったりする役だよ。
何故そんなことを言うかといえば、俺たちの泊まっていた宿屋に一人の男性が駆け込んできて、
「あなたがレイル・グレイか?」
と俺を見据えて真っ先に尋ねたからだ。
◇
再び、ギルドの客間に呼ばれた俺たち。
出迎えたのは昨日のおばちゃんではなく、男性だった。
彼は副ギルド長らしい。
「君たちの実力を見込んで、依頼したいことがある」
指名依頼であった。
実力のある冒険者とかは、他の冒険者では頼めない強い魔物の討伐や、危険な場所への採取依頼を指名されることがある。
もちろん断ることもできるが、こういったところでギルドに恩を売っておくと、いざという時にギルドの協力を得られたりするので受ける人が多い。
もちろん依頼に応じた報酬は出るし、依頼以外の獲得物はそのまま冒険者の懐に入るので、実力が見合えば美味しい依頼である。
あくまで実力が見合えば、だが。
「コドモドラゴンの討伐依頼だ」
コドモドラゴン? コモドドラゴンじゃなくってか?
いや、字面的には小さなドラゴンなんだろうというのはわかるんだけど。
「四足歩行で周囲を鱗に覆われ、走る速度は成人男性の平均より少し速い。尻尾などを巧みに使って攻撃してくるな」
多分俺が思い浮かべるドラゴンと同じだな。あのぼったりした恐竜みたいなやつね。そんなのも魔物図鑑に載ってたような気が。
ドラゴンと言っても下級なので、人間の言葉を話したりはしないし、空を飛んだりもしない。
「大きさは5〜6メートルぐらいで、高さが人とあまり変わらない」
訂正。思った以上に大きい。
そんなの狩れるわけないだろ、と思わないでもないが、まあ大丈夫だろう。
「どうして俺たちなんですか?」
「え? だって砂塵蟲竜を倒したんだろう? あれよりは魔法も効くし、剣で斬るのも楽だよ。一度噛みつかれても死なないかもしれないしね」
いや、でもそれって一流の冒険者がパーティー組んで倒す魔物でしょう。
どうしてひよっこ冒険者四人にまわすんですか。
「それに、あのサーシャも倒したんでしょ? 水を手足のように使い、数十人の兵士を無力化したっていう」
サーシャ? あ、ああ!
ちょっと待ってくれ。
確かに負けを認めさせはしたけど、あくまで魔法のカラクリを使って魔法が使えなくさせただけでだな。
実際の戦闘とはあれは別だろう。
やっぱりあの魔法使いのお姉さんすごい人だったんだ。
「レイル・グレイの情報を寄越してくれと頼んだら出るわ出るわ。君みたいな冒険者も珍しいね」
そのほとんどが人間相手にしているんですけどね。
今回の砂塵蟲竜みたいなのは珍しいんだよ。
「今ちょうど、湿地帯でデレッドフロッグの繁殖期でね。結構美味しい魔物だから冒険者の手が足りてないんだよ。そこにこいつの目撃例がきた。商隊の道を塞いでいて流通に問題が出るそうだ。討伐してもらえるかい?」
はあ……冒険者も全員総出で狩りに行くなよな。
そりゃあ日々の生活があるから、美味しい依頼があればそっちに行きたいのはわかるけどさ。
「新しいものの試し撃ちできるかな」
「コドモドラゴンか……飼ったりできねえのか?」
「へえ……大きいのね。クラーケンほどじゃないみたいだけど」
仲間はやる気なのかなんなのか良くわからないことをぼやいている。
こういう時の判断はやっぱりリーダーである俺がびしっと言ってやらないとな。
「わかりました。やってきますよ」
まあこれも冒険らしいと言えば冒険らしいか。
初のドラゴン?退治と洒落込もうじゃないか。
ほのぼのと、そりゃあもうほのぼのと進みましたね。