最弱少年と知りたがりの道化
テンプレ……?
テンプレってなんだったっけ?
いや、テンプレ回です!
勇者の功績は言語や単位規格の統一だけではない。
魔族、魔物に対抗するための冒険者ギルド、その設立は二代目勇者の功績である。
それら勇者の功績の恩恵を最も受けているのが、この国、ガラスだろう。
何故かと言うと、魔族が最も多く住む西の大陸──まあギャクラから見れば東とも言えるんだが、そこは丸い世界で言ってもしょうがないが──へ通じる唯一の転移門がガラスにあるからだ。
つまりは魔王を倒そう、魔族軍と戦おうと思うならばこの国を通らなければならない。
ガラスは軍事帝国と呼ばれるだけあり、軍備にかける予算は人間国家の中でも随一。
その中には魔族対策用のお金もあり、この国で強い冒険者が魔族との戦いに向かう場合は申請すれば多額の支援金や便宜を受けられる。
「ま、俺たちは魔族と戦って滅ぼしたいとか思ってないし、勇者候補の名前を出して支援を受けようなんて思ってないけどな」
「ふーん。じゃあどうしてここに来たの?」
「勇者の伝説や物語が多く残るここなら、神様が登場するものもあるんじゃないかって思ってな。でもその前に砂塵蟲竜の部位で使わない皮とか売りにいこうか」
勇者が冒険者ギルドを作った。
ならばガラスに冒険者ギルド本部があるのは必然である。
支部よりも立派な建物は設備も充実しており、腕に覚えがある冒険者は一度はここを訪れるという。
扉をくぐると、若すぎる俺たちに自然と注目が集まった。微笑ましく和むのはやめてほしい。
「随分と若いな……」
「新規登録か?」
まあ、そんな年齢なのかもな。
そんな先輩方をスルーし、俺は依頼受付の隣の素材買取受付に向かった。
「すいませーん。こちらで買取お願いできますか?」
冒険者の中には算術に読み書きができない者もいる。
そういった者がぼったくりにあわないように、冒険者ギルドは適正価格よりほんの少し低く、冒険者から魔物の素材や魔導具を買い取っている。
冒険者は確実に安定した価格で買い取ってもらえ、なおかつ冒険者としての信頼もあがるということで、ギルドに優先的に売ることも多い。
「はい。もちろんです。本日は何をお売りになっていただけますか?」
そう言うと冒険者用の買い取り価格表の1ページ目を俺たちに見せた。
そこにはノアウルフの毛皮や、採取した薬草1束あたりの価格が載っていた。
明らかに初心者用の買い取り表だとわかる。
「どうされました? こちらのノアウルフが毛皮1枚につき銅貨3枚で、薬草はこの種類が1束鉄銭2枚、この種類が1束銀貨1枚です」
「いえ、買い取り表が読めないとかじゃなくって、もっと高額の買い取り表ありますか?」
「みなさん、一攫千金を狙うのは良いですが、無理はなさらないでくださいね」
受付の人がそう言うと、周りの聞き耳を立てていた先輩方もうんうんと頷く。
いや、だから違うって。
砂塵蟲竜が安いわけねえだろ。
「じゃなくって……ああ、面倒くさい。売りたいのはこれですよ」
アイラに袋から出してもらったようにして砂塵蟲竜の毛皮を出す。
「えーっと……こちらは……」
「砂塵蟲竜だと思うんですけど鑑定してもらえますか?」
受付の人が奥に査定するために皮を持っていってしまった。
万が一間違っていたときを考えて断言はしない。
でも図鑑と特徴が一致していたし多分あってるだろう。
砂塵蟲竜という言葉に周囲の冒険者が反応した。
「おいおい。砂塵蟲竜? バカ言うなよ」
「そうだ。奴は一見すると小せえし、狩りやすそうだが、魔法にも斬撃にも耐性があって体力もある。しかも俊敏だ。お前らみたいなひよっこが狩れる相手じゃねえよ」
「見たところお前ら無傷じゃねえか」
ひとしきりまくしたてると、こりゃあいい酒の肴になる、と笑いだした。
「なんかいってやらないの?」
「どーもこーも、これが砂塵蟲竜だと決まったわけでもないし、これが砂塵蟲竜ならあいつらが何を言ったって関係ないだろ」
奥から青ざめた顔で皮を持って受付の人が帰ってきた。
「どうでした?」
周りで冒険者がニヤニヤしながら見ている。
「本当に、砂塵蟲竜の皮だと判断されました。査定額は金貨60枚になります」
本当に砂塵蟲竜だったという事実と金貨60枚という数字に周りの冒険者が信じられないといった疑惑が半分、嫉妬のこもった視線が半分。
やっぱり金貨60枚って大金なのか? 金銭感覚が麻痺しているとよくわからなくなってきた。
「ありがとうございます。その価格でお売りしようと思います」
「いえ、こちらこそ」
何がだ、と聞こうとしてやめた。
高額買い取りの素材が入荷されることは少ないだろうし、他の冒険者への発破をかけるのに一役買うのだろう。
「そのことですが、報酬をお渡しする際にギルド長の方から会いたいとのことで」
ギルド長? 俺たちに会いたい?
「ええ、いいですよ。会いましょう」
奥の客間に案内された。
ギルド長に会うのは二度目だが、一度目は邪教の生贄にされかけたときだ。
「よく来てくれたね。あんたたちが砂塵蟲竜の皮を持ち込んだっていう子たちかい?」
ギルド長はおばさんだった。
ウェーブのかかった茶色のショートにメガネをかけたふくよかな人だった。
「はいそうです。鑑定で砂塵蟲竜と出たのでしょう?」
「単刀直入に聞こう。どうやって手に入れたの?」
「どうやってって言われましても、倒して剥ぎました」
「だからどうやって倒したって聞いてんのよ。よければ教えてくれない? 誰にも言わないからさ」
興味津々につめよるおばちゃんに思わずのけぞってしまう。
変に疑われるのは面倒だ。
「いいですけど……」
「もしかして特殊な技術とかがいるとか?」
「いや、水をかけただけですけど」
「えっ?」
「だから水を」
「わかったわすごい水魔法の使い手なのね。その年ですごいわね」
「いえ、誰でも水を飲ませすぎれば死ぬと思いますけど」
「えっ?」
何がおかしいんだよ。いや、確かに水中毒とか知らないだろうよ。でもたとえ水であっても飲ませすぎたら死にそうじゃん。
「やっぱり冒涜なのよ。砂漠で水がなくて死ぬ人もいるってのに。砂漠で魔物を倒すために水掛けるバカなんてあんたぐらいよ」
「それは……苦労されてたのね」
何か盛大に勘違いされているような雰囲気がする。
別にヤケクソになったわけでも、水を投げるほど追い詰められていたわけでもないぞ。
「倒し方は広めても構いませんが、それより隠してほしいことがあるんですよね」
「なんだい?」
「これです」
俺はアイラの腕輪を指し示した。
「別に追い詰められたわけではないんですよ。水はこの腕輪の中に大量にあったからかけただけなんです」
そう言うとアイラに腕輪から幾つかの物を出してもらった。
その場にいたギルド長、受付の人の目の色が変わった。
「空間魔法の魔導具ね……」
「ええ。これを秘密にしてもらいたいんです。危険ですからね」
「それって誰でも使えるの?」
「いえ。今は私が所有者として登録されてるので、私が許可を出さなければ使用できません」
この前俺が借りたときは登録変更で仮の使用許可を出していた。
これならば冒険者組合にはこれを漏らすメリットはなくなる。バラしても使えない魔導具、しかも勇者候補に不利になるように動けば、信用を失う。下手をすれば魔族側の人間だと疑われかねない。
「所有者として登録してあるのはレイルくんと私とロウくんにカグヤちゃんの四人だけですから」
「念には念を、というやつですよ。とりあえず奪ってしまえっていう人もいるかもしれませんしね」
「そういうことね。いいわ、私の名前においてこのことは他言無用よ。情報提供ありがとう。倒し方を広めようにも、裏付けが取れない上に真似できないわよね」
そりゃあ誰もがアイテムボックス持ってて、その中に水を大量に持ち歩いていたらできるかもしれないけどな。
◇
ギルド長直々に報酬を受け取った俺たちが戻ってくると、さっそく冷やかされ、絡まれた。
「おうおう、うまくやったみてえじゃねえか。俺もあやかりてえよ」
「ぎゃははは。酒の一杯でも奢ってくんな」
そりゃあ金貨60枚もあれば酒の一杯なんぞはした金なんだろうな。
銀貨1枚あればその日の酒代ぐらいにはなるからな。
俺は周囲の人数を見渡す。ざっと20人ぐらいか。
「どうして先輩を特別扱いしなきゃならないんですか」
いや、思った以上にキツい言葉になったな。これじゃあ喧嘩腰だ。
なんだったっけ? ここでテンプレっぽくいくなら、逆上した男をあっさりと叩きのめして俺TUEEEEするんだったっけ?
いやいや。俺弱いし、しかもそんなにこの人嫌な感じじゃねえしな。
「ああん? 生意気だな……」
「そんなみみっちいことするわけないでしょ。今晩は俺が全員に奢りましょう!」
「うおおおぉぉっ!!!」
その言葉にその場にいた全員が歓声をあげた。
一度やってみたかったんだ。今夜は俺の奢りだ!というやつだ。
この人がすごく強くて日頃他の冒険者も絡まれて困っているなら叩きのめししてもいい評判にもなろうが、ちょっと絡んだだけの男性叩きのめしたって、あまり得もないしな。
キレやすい奴だ、とか年の割には強いから油断するなよ、程度の不名誉な評判しかつかない。
それぐらいならトラブルなど避けて、ここで気前のいいところを見せておいた方が、今後の情報収集が円滑に進むしいいことづくめだ。
いいよな?と三人の方を見ると、何故か珍しく気持ちの良いことするじゃんみたいな目線がムカつく。
日頃の行いが悪いせいだな。
後から戻ってきたギルド長と受け付けの人にもお礼を言われた。
「マスター、金貨20枚もありゃあ足りますか?」
「20枚もいらねえよ。その半分でも十分さ」
「とりあえず15枚渡しておきますね」
円換算ならば150万円である。中学生がぽんと渡す金額ではないな。
俺たちもせっかくの宴会を楽しもう。
まだ酒を飲むには体が追いついてないけどな。果汁を搾って冷やしたものぐらいはあるだろう。
それにツマミは結構美味しいんだよな。単品で中毒になる枝豆とか、ご飯が欲しくなる焼き鳥とかな。
梅酒とかは美味しいんだけど、未だにビールとかの美味しさがわからない。前の両親によると三十路をこえたらわかるとのこと。
「坊や、気前いいねえ!」
コップを片手にお姉さんが肩に腕をまわしてきた。
冒険のときはもっと重装備なのだろうけど、今は軽装だ。
肩に当たる柔らかいのは思春期一歩手前の体には刺激が強い。
というか死んだ当時まで高校生だったことを考えると、俺は大人の体を経験していないのだから、刺激が強いのも当然だ。
だからアイラ、そんな怖い目で見るのをやめてくれないだろうか。
別に大きければいいってわけじゃないからさ、お前の見た目だとそれぐらいがお似合いだからさ。
「ご馳走になるぜ!」
さっきは少し怒りかけだった人も、今はにこにことこちらに話しかけてくる。
うん、強さで恐れられるよりも親しみやすさで馴染む方がいいよな。
ワイワイと賑やかになっていくギルド内酒場を見ながら中身はまるでじいさんみたいなことを思う。
いつのまにやら、俺が大金を得たことや、どうやって倒したのかとか、聞かれそうだと思っていたことは全て有耶無耶になってしまっていた。
俺はジュースを片手に掲げて叫ぶ。
「くはははは。計画通り!」
でもどうしてだろう。自分に死亡フラグを立て続けているような気がするのは。
宴会の騒がしさは疲れるけど嫌いじゃないからいいか。
お気に入りの「この世界がゲームだと俺だけが知っている」通称猫耳猫が完結しちゃったあああっ!!という嘘でしたあぁぁっ!!
いつも台無し感が素晴らしいですね。
自分としては、作中の猫耳猫みたいな酷さをレイル君に求めております。