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不穏な動きと緊急会議

 レイルがデイザスの懸賞金でウィザリアに滞在し、お酒を蒸留して溜め込んだり、手に入れた情報開示請求権を使ってウィザリアの知識を吸収している間、ギャクラにおいて悪夢の邂逅が実現していた。







 それはレイルの手紙が転送装置においてジュリアス・グレイに届いた数日後のことである。

 仕事を一段落終え、手紙を読み終えたジュリアスは脳裏に幼い頃読んだ勇者の物語を思い浮かべながらつぶやいた。


「ふむ……なかなか好き放題やっているようだな。あの剣の腕前で、旅先では苦労するかとかは……全く思えなかったが」


 二歳のころからレイルを知っているジュリアスからすれば、家族としての贔屓目なしに、彼が力がないからといって何かを諦めるような人間でないことはわかりきっていたのだ。

 というか彼が敗北して地に這いつくばっている姿や死ぬような光景が思い浮かばないのだ。


「まあ、まさかクラーケンをねじ伏せて配下にしてしまうとは思わなかったがな。それに犯罪組織の撲滅運動みたいなこともしているのか……」


 勇者候補ってなんだったっけ?

 とは思わないでもなかったジュリアスだが、それ以上に自慢の息子が活躍していることへの喜びが勝った。

 執事のゲンダがドアをノックした。ジュリアスが入る許可を出すと、彼はギャクラ国の印が入った紙をジュリアスの前に置いた。


「旦那様、国から城へ来るようにとのことです」


「そうか、ご苦労」


 国から直接命令が来る。

 通常の貴族であれば、やましいことは何もしていないのにどうして?などと内心慌てふためくこともある。

 楽観的な者の中には、褒美でも貰えるのだろうか?などと期待する者もいる。

 ジュリアスは違った。

 彼は自分が呼ばれたことに毛ほども心を動かされてはいなかった。

 自分が呼ばれたことの理由はなんとなく想像がついているし、そうでなくとも今は目の前の手紙の方が重大な関心事であった。


 ジュリアスが城に参上すると、直接王のいる場所まで案内された。

 そこには王だけでなく、金髪の美しい双子もいた。


「ジュリアス・グレイ、お呼びに応じて参上しました」


 この国での正式な礼である、胸に手を当て、片膝をつくようにして前に体を倒した。


「そうかしこまらなくともよい。呼ばれた理由はわかっておるのだろう?」


 ジュリアス・グレイがここに呼ばれた理由。それは彼が息子としているレイル・グレイについてのことだった。

 レイル・グレイは勇者候補という肩書きをとって旅立った。

 それは定期的に国への活動報告をするという義務が課せられている。

 今回は父親のジュリアスを呼ぶことで、お互いにレイル・グレイについての情報交換をしようというものである。


 というのは建前である。


 レイル・グレイについての話をすることは事実だが、情報交換の意義は国のためではない。実に個人的なものだ。

 レイルが手紙の報告において両者に渡した情報に差異をつけたとすれば、それは片方に知られたくないか、必要ないかの2択である。

 それならばわざわざほじくり返すような真似をしなくともいいのだが、そこをひっくり返すのには理由があった。


「レオナ様に、レオン様でしたか。愚息がお世話になっております。なにかしでかしましたか?」


 向かい合う両者はともにゾッとするほどに冷たい笑顔だった。

 牽制しあう二人の間には、漫画ならば背後に龍と虎が見えていたであろう。


「いえ、レイル様ほどの方が私にしでかすなんてことはございませんよ。この前も丁寧な文をいただいて、国の外へ滅多に行かない私などはレイル様の冒険譚を楽しませていただいております」


 ジュリアスと王は勇者候補はそういうものではないと言いたかったが、レオナの心からの微笑に何も言えなかった。

 レオナからすればこれは牽制でもあった。

 いいでしょう、私はこんな丁寧なお手紙をもらっているのよ、と見せびらかしているのだ。


「我が息子がお役にたっているようでなによりでございます。私もウィザリアでの一件をお聞きしたところです」


 あっさり大人気なく自慢しかえすジュリアス。

 単に出した時期の違いだが、レオナは自分は教えてもらっていない話が出たことに悔しそうな顔を堪えた。

 その様子を見てジュリアスは目論見がうまくいったことに気づいた。


「レイル様の冒険談はいつも機転が利いていて、聞いたこともない知識が登場するので楽しいですわ」


 レイルはジュリアスとレオナへの手紙に書き方の差異をつけた。

 前者は子供として父親に手柄を自慢するように。そして他国から感じたことなど、スパイだと思われない程度のことを。

 レオナには冒険譚として、どうやって敵を倒したかなどに重点を置いている。魔物などの討伐状況も報告している。

 それはレイルがどちらを大切に思っているかなどではないし、レオンからすれば自分にもあてた手紙なのだからそう自慢するのも違う気がした。


(怖え。俺、絶対場違いだろ。さっさと逃げてえんだけど)


 一人、狼の中に放り込まれた身のレオンからすれば生きた心地がしなかったという。






 これ以上続けるとレイル合戦になりかねないので王様ストップがかかった。


「ところで、西の軍事帝国やヒジリアに不穏な動きがあることを知っているか?」


 二つとも無視できない勢力の大国である。


「ほほう。不穏な動き、とは」


「ヒジリアはあれだよ。いつもの反魔物の暴走だと思うが────」


 そんな王の言葉を遮るように衛士による入室許可を求める声がした。


「今は来客中だ」


「はっ。申し訳ございません。ですがウィザリアにおいてA級犯罪者が捕えられたので、懸賞金の一部の支払いを求める書状が来ております」


「それはデイザス・ワースという名前の犯罪者じゃないか?」


 ジュリアスが尋ねた。


「さすがジュリアス様でございます。お耳が早いのですね」


「なに、そいつを捕まえたレイルから手紙で聞いただけのこと」


 通常の犯罪者であれば、懸賞金は捕えられた国のみから捻出される。自国の自治を担ってくれたのだから。

 だがA級犯罪者ともなると話が変わる。

 たった一人で場合によっては国に危険を及ぼす可能性があるほどの犯罪者は近隣諸国が協力して手配するので、捕えられた時も当然、懸賞金を負担する。


「レイル様はそんなすごい悪者を捕まえになったのですね」


「だがそれだけではないだろう? それだけならば財政関係の上位職が書類を作成して終わりだ。何があったのか報告せよ」


「それが…………」


 続きを兵士自身が信じていないようで、これを報告することに躊躇いを覚えていた。

 どちらにせよ報告された内容を吟味するのは王自身なので、兵士が報告を躊躇う必要はなかった。

 

「捕えられた犯罪者──デイザス・ワースは人間に擬態した魔族でした」






 そこにいた全員が自らの耳を疑った。

 もしかしたら本名がマゾクほにゃららという元貴族なのかななんていつもの冷徹さも殴り捨てた現実逃避をしてみたり。

 兵士はこれだから言いたくなかったんだよと眉をひそめた。

 王とその客の御前で無礼なのかもしれないが、先ほどからのやりとりを見てもわかるように、この国は比較的その部分に寛容であった。


「魔族と言ったか」

「はい」

「それは種族としての名前だよな」

「その通りです」


 王はこれから待っているであろう面倒事にうんざりした。

 確かにレイルはこちらの隠し玉としてお披露目する気で送り出した。

 それはあくまで、外交関係で役に立てばなーぐらいのつもりであった。


「勇者候補としては間違っていない。だが、なんというか」


 あまり不自然で大仰な噂がたつと困るのだ。

 実際の彼は魔族の集団を相手に無双できるような強さはないのだから。









 ◇


 すぐに各国の王族により会議が開かれた。楕円の机にずらりと国の代表者たちが並ぶ。

 今回のデイザス・ワースの処遇についてだ。もちろん最終的には処刑することになるだろう。それ以外の処理についてである。


「ウィザリアで捕えられたそうだが、ウィザリアの王よ、考えを聞こう」


 司会が進行させた。


「せっかく魔族の体が無傷で手に入ったのだ。ぜひ研究しつくしてこれからの魔法発展に役立てたい」


「ククッ。確かにそれができるなら捕らえた貴国は旨味があるな。だが聞いたぞ。捕らえたのは偶然居合わせた勇者候補、しかも子供だと言うではないか」


 目つきの鋭い、細身の男がお前らの力で捕らえたわけでもないのに手柄を主張するなど図々しいのではないかと言外に揶揄する。


「相手国を煽るな。じゃあ、捕らえた勇者候補、レイル・グレイの出身国のギャクラの王よ何を思う」


「できるものなら拷問で目的などを吐かせたいですな。それができないのならさっさと処刑してしまうべきだ。魔族やつらは海を渡れる。助けを呼ばれたら面倒だ」


 すると圧倒的武力にものを言わせて押しつぶしてきた東の帝国(ガラス)が声高に叫んだ。


「軟弱な。魔族の目的などどうでもいい。全て殲滅し、侵略してしまえばいいのだ」


 すると法皇と呼ばれるヒジリアの代表者がそれに続いた。

 白いヒゲをなでながらガラスの王を見やる。


「そこの脳まで筋肉の馬鹿は置いといても、魔族はさっさと処刑してしまえというのは賛成ですな。できれば見せしめのためにできるだけ残虐に殺してその様子を彼の所業とともに民衆に公開したいところじゃ」


 だがそんな強気の言葉も、次の慎重派の提案によってかき消された。


「できれば全てを隠蔽して処刑してしまうのはどうでしょうか。魔族に国が滅ぼされたとなると……」


 腹の探り合いが基本のこの場において、次に続くその言葉は聞くまでもなかった。

 魔族に国が滅ぼされたことが民衆に知られれば、混乱を呼ぶ火種となる。

 過剰な恨みや怒りは国を乱れさせ、ときに無用の争いを生む。

 魔族を残虐に処刑すれば、魔族側の余計な恨みまで買う。

 それに貴族として長年国に潜伏していたというのが良くない。

 自分たちの国の上にも魔族が潜んでいるのではないかと国民の不安を煽り疑心暗鬼にさせるだろう。


 それら全てを受けてまで、魔族を大々的に殺すことで得られる利益は少ない。

 所詮士気を上げることなど一時的なものにしかすぎない。


 ちらほらと賛同の声があがり、デイザスは事情聴取の後、密かに処刑されることが決まった。


 そして、実際は眠り薬で盗賊の親分を捕まえた気分なだけのレイル。

 彼の名は近隣諸国に有望な策士としての勇者候補として知れ渡ることとなるのだった。

魔族が人間の国に潜入して滅ぼした。

これは後々魔族との関係に亀裂が入る原因となりかねませんね。

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