後ろ盾の契約
振り返った俺の目前に花瓶を持った女性が差し迫っていた。
花瓶は俺の頭部へとまっすぐに振り下ろされている。
どうして花瓶を選んだんだとツッコミ脳な俺はスローモーションで流れゆく景色の中思った。
ヤバイ。このままでは花瓶で殺された異世界転生者になってしまう。
そんな死に方は嫌だ。一回目の死に方は覚えてないけど、こんな死に方したら絶対忘れられなくなってしまう。
せめて防御を、と手で防ごうとするも、鍛錬の成果の出ない我が肉体は望みの動きをしてくれない。
女性に殺されるだけマシなのか。肥溜めで窒息死やくしゃみで頭打って脳内出血とかに比べたらずっとマシか。
わけのわからない形で全てを覚悟してきゅっと目を瞑った時、花瓶は真っ二つになり、女性の首が飛んだ。
「…………えっ!?」
何が起こったのかわからないままノロノロと見晴らしのよくなった女の首から上を通して一人の女性を確認した。
血の滴る日本刀を持ち颯爽と登場したのは長い黒髪、美しく整った顔の和風美少女。
「あんたとあろうものが珍しく不用心じゃない」
俺たちの仲間にして、剣から魔法までなんでもござれの超ハイスペックな中身成人女性の少女、今は逃げ出す盗賊の監視についているはずのカグヤだった。
カグヤさんマジ主人公。ヤバイ、超かっこいい。俺が女でお前が男なら確実に惚れそうだな。とか言っている場合ではない。
「ありがとうな。でもどうしてカグヤがここに?」
「私の独断で動いたわ。兵士が隙間なく包囲していて私がいなくても子供一人逃げられはしないわよ。だからあんたが出てきて騒ぎになっていたから見に来たの」
カグヤはやれやれと左手をデコと頭の境目に当てて続けた。
「そしたらレイルが後ろから襲われかけるじゃない。そんなことになるならもう一人ぐらい協力者を作って後ろを見張らせておきなさい」
そうだな。一人じゃ何もできない。
自惚れてはいけない。俺は勇者でも魔王でも、チートでも万能でもないのだから。
自分を特別だとか思うのは人間として普通の感覚だけど、誰だって特別ならば誰だって死にうる。
自分がモブのように死んでいくことだってきっとある。
こわばった周囲と未だに縛られたままのデイザスの外側から、兵がなだれ込む音が聞こえた。
ああ、終わったんだ。
◇
A級犯罪者、デイザス・ワースを捕らえたことにより、未然に反乱を防いだ俺たちは王様に城に呼ばれていた。
情報集めのために動いてくれた町の人たちなどの関係者も呼ばれていた。
その中には変態もいた。おいお前、城にくるときもその格好なのか。
「このたびの働き、大儀であった」
お前のせいでこちとら計画が台無しだったのにな。
今度から何かする時は周囲に手だし無用か、逆に手助けの要請をしておこうかな。
「まずはデイザス・ワースの懸賞金、レイル、及びその仲間に金貨350枚を与えよう」
ワクチンだのオセロ、チェスで得た金額からするとたいしたことのないように思えるが、かなりの大金である。最近ひしひしと金銭感覚の狂いを感じる。
「もう一つ、反乱を防いだことにたいする褒美だ」
関係者たちは比較的功績が小さいので、無難にお金を受け取っている。
魔導具の大半も回収できたようだし、彼らにすれば美味しかっただろうな。
思わぬ臨時報酬だっただろう。なんせ町の様子を教えて外で待ってるだけでお金が入ってきたのだから。
「レイル・グレイ。そなたは今回の先導者だと聞いている。何を望む」
旅費ぐらいは十分にある。魔導具ならば金で買える。
今欲しいのは…………
「この国の全ての情報にたいする開示請求権をください」
俺は淀みなく言いきった。
側に控えていた側近や近衛兵たちが騒ぎ出す。王は拳を握りしめて心苦しそうに答えた。
俺の仲間だけが平然としていた。まるで最初からそう言うとわかっていたかのように。
だが変態は笑いを噛み殺すように口に手をやっていた。お前は人を笑える格好かよ。
「それは……個人的なものとかもあるだろうしな……」
「個人研究の結果を横取りしたりはしませんよ。私が申したのは国にたいしての権利。あなた個人にたいする権利でも構いませんが」
なんだか弱みにつけこんで脅しているような気分になる。
だからといって追及の手を緩める気なんかさらさらないが。
「で、どうします? 可能な範囲でしょう?」
「…………どうしてそこまで知識を欲する。勇者候補は戦争には加われないのは知っているのだろう」
「一つは約束のためですよ。私は神に会いたい。そのために必要な手順がわからないんです」
「神に会いたければヒジリアに行けば──」
「会えると? 私はそうは思えませんね」
神を信仰する国で神に会えるのならば苦労しない。
それならばヒジリアがもっと調子にのっていてもおかしくない。
というか俺個人の偏見で宗教関係者に深入りしたくないんだよな。
なんだが狂信者とか怖いし。この前も邪教に生け贄にされかけたばかりだしな。
「ごく一部の人だけですよ。それに」
俺が欲しいのはそんな何年もかけて敬虔な信者になるような方法ではない。
もっと力技で、天界への門をこじ開けるような方法だ。
神を驚かしたいとかそういうわけじゃないからな。
「私が魔法が使えないのは潜入のための嘘ではないことはご存じでしょう? 毎日剣で素振りをしても、魔力操作の訓練をしても、全然強くはならないんですよ。多分それは普通なんでしょうね。でもね」
鏡で俺の顔を見たならばおそらく諦めと自嘲と、それと他の何かが混ざったような顔をしているのだろう。
「足りないんですよ。神に会うための旅路で、周りの仲間を何があっても守るには。だから知識を武器にしたい。どんな状況も初見ならば対応が遅れる。ならばより多くを知っておけばいい。違いますか? 私にとって情報と知識は最大の武器なんですよ」
騒いでいた周囲は今はもうすっかり静まり返っている。
何かに呑まれたかのようにこちらを窺っている。
この間のようにヘマはしないように俺は周囲への警戒を怠ってはいなかった。
だが、これは敵意ではなかった。
「ではしょうがないか。どうしてそなたのような人間が勇者候補しているのか疑問だったがわかったような気がするな」
「勇者候補なんて名ばかりですよ。肩書き以外は一般人ですから」
何故か全員が俺のことを「はあ?」みたいな目で見ている気がするが気のせいだろう。
自意識過剰はよくない。
「契約内容はどうしようか」
「では個人的な生活などに関わる情報の請求はしない代わりに、レイル・グレイから情報開示を請求されればウィザリアはそれに応じること。でどうでしょうか」
「開示する情報が間違っていた場合の罰則などは書かないんだな」
王様が確かめるように言う。罰則なんざとぼけられたら終わりだろう。間違っていたなんて知りませんでしたってな。
「別に言ってもらっても構いませんよ? 情報の真偽の取捨選択もこっちの仕事ですし、嘘ならすぐわかりますから」
半分は脅しだ。こう言っておけば迂闊に嘘の情報は流せないだろう。
契約内容には俺が得た情報を他国に流さないことも付け加えられた。あと、俺やその仲間に関する情報は請求していなくても送ってくるようにと付け加えた。これは俺たちが危険にさらされないためでもある。
これでほとんどは魔法や世界に関する知識を得るための契約となった。
そしてある意味は俺はギャクラに続いてウィザリアの後ろ盾も得たことになった。
やっぱり勇者は国を味方につけてこそだよね!
え? こんな報酬を盾にとった脅迫めいた協力じゃないって?