それはまるで悪足掻きのような
ふー
なんとか間に合いました
八方塞がりとはこのことだ。
前門の虎、後門の狼ともいうか。
とりあえず状況の確認だ。
目の前には王都兵に囲まれたことを伝えにきた盗賊の幹部、背後には盗賊の目的も知らない憐れな被害者達。
俺がここから逃げようとするとき、俺の素性が兵に知られているか、それが問題だ。
とりあえず全員捕まってみるのもよいが、逃げた幹部に残っているかもしれない人質を連れ出されると面倒だな。
そうだな……とりあえず逃げるか。
「そいつを追え!」
レイルは逃げ出した。しかし回り込まれ……はしなくてよかった。
背後で幹部の声がする。あれ? ここで逃げると俺が嘘ついた、みたいになるんじゃね? などとは言わないでほしい。
俺が逃げた先は兵のいる場所でも、仲間が待つ場所でもない。
「やはりまだ薬が効いていたか……」
なんたって魔物用だ。人間などまる半日は起きてこない。他に幹部がいるかはわからないが、将を射んと欲すれば……の逆をいこう。
俺はまだ机に寝ているデイザスを縛り上げた。
持っていたナイフで頬をかっ切ってあげた。
「てめえ! なにしやがる!」
反魔法団体の長である演技も忘れて怒鳴りつけた。
もしかしたら俺のことを殴ろうとしたのかもしれないが、縛られていては何もできない。
「おい、レイン。これはなんのつもりだ」
レインというのは俺がここに潜入するにあたって使った偽名だ。
デイザスはギラギラと血走った目でこちらを睨みつけている。
縄をほどけば今にも殺されそうだ。
「あんたには今から人質になってもらうよ。デイザスさんよ」
「その名前を知っているってことは、政府の回し者かなんかか? こんなクソガキ寄越すなんざあヤキがまわったかって言いてえが、現に俺はこうして捕まってんだよなあ」
「ごちゃごちゃうるさい。立って歩け」
俺は縛った縄の先を掴んだままそう命令した。
悔しそうに歯ぎしりをしている。実にいい気分だ。
俺はすっかり子供の演技どころか、対人関係を円滑に進めるにこやかな仮面さえ忘れて彼を見下ろした。
「くっくっく。今のお前に選択肢なんてあると思ってんのか? まあどっちみち国家転覆罪のお前が捕まった後の命の保証まではできないが、少なくとも後で死ぬ方が楽なことだけは保証してやるよ」
俺はデイザスの首元にナイフを突きつけていたとき、慌ただしく背後で扉が開いた。
「おいお前! 反魔法団体の解体に動いていたといったが本当か! どちらにせよ逃げ場など……」
幹部はそこから先の言葉を紡ぐことができずにいた。
自分たちが本当の意味で従う相手が、思春期迎える直前みたいな子供にナイフを突きつけられて縛られていたのだから。
「親分! 何があったんですか!」
「すまねえな……ヘマやらかしてしまってよ……」
長い間の潜伏生活のせいか、必要がなくなったからか、すっかり貴族としての丁寧さのカケラもないデイザス。
こいつらは資料にあった放火のときに雇って以来付き従っているのだろうか。
後ろからは連れられてきた一般人たちがぞろぞろと入ってきた。
「ここじゃあ狭いし、場所でも移動しようか」
空気も読まずに呑気なことを言ったが、その方が向こうにとっても都合が良いのでしぶしぶ従ってくれた。
「てめえ……痛い目にあいたくなければデイさんを離せよ」
悪役というのはセリフのレパートリーが少ないらしい。
いや、場合によっては血気盛んな主人公となりかねないセリフだな。
むしろ人質をとっている俺が悪役というかなんというか。
俺は脳内で首をブンブンと横に振る。
人質をとって何が悪い!
「何言ってるんだ? 痛い目にあうのはデイザスの方で、俺じゃあないぞ。それともデイザスの安全なんかどうでもいいって言うなら攻撃してこいよ」
開き直ればもう何も怖くない!
◇
見晴らしのいい広い場所に移動したのはわけがある。
「おいてめえ、今の状況がわかってんのかよ」
ええもちろん。
周りにいる人たちは二種類に分かれるだろうな。事情を知っていた盗賊幹部と、何も知らなかった一般人とな。
事情を知っていた盗賊幹部はボスが殺されると脱出できなくなって困るだろうから近づけない。
事情を知らなかった一般人のうち、今もボスを信じる者は幹部に同じく手を出せない。というかこいつら人を攻撃したことないだろう。襲撃は盗賊が中心になってやっていたようだし。
そして俺の話を信じてくれた者は俺の考えを察するかは別として、ここで俺に攻撃はしてこないだろう。
「笑わせるぜ! お前みたいなガキが刃物持って粋がってんじゃねえよ。どうせ今も怖くて足震えてんだろ? 俺が使い方教えてやるよ」
盗賊幹部の一人がニヤニヤと剣を持った腕をダラリと下ろしながら近づこうとした。
俺が子供だからナイフも単なる脅しだと思われたらしい。
やっぱりこういうのは気が動転していて何するかわからない奴や、何してもおかしくないぐらい凶悪な見た目の成人男性がやった方が効果があるんだな。
「こいつがどうなってもいいのか?」
「はっ。口だけだろ」
「おいやめろ!」
俺の目を真正面から見たデイザスは慌てて止めようとした。
時すでに遅く、幹部の一人は俺に一歩を踏み出した。
「じゃあ遠慮なく」
俺は逃げにくいように肩、膝を斬りつけた。腹でもよかったが、縄が切れると困るからな。
デイザスは悲鳴をあげて地面に転がった。
「こいつはやると言ったらやる人間だ。やめろ!」
血だらけのデイザスは幹部に命令した。
自らの失態でリーダーを傷つけた彼は周囲に集まってきていた残党に白い目で見られていた。
俺が見晴らしのよい場所まで出てきた理由は二つ。
囲んでいてなお、盗賊や彼らを信じた一般人たちにとって不利な状況であるとわからせるため。
そして、もう一つは──────
「お前は俺たちに攻撃する手だてはない。俺らもお前に手出しができない。どうするつもりなんだよ。兵どもはこちらが人質をとっていることを知っているから突撃できないでいるんだぞ」
幹部の中で唯一考えることを知ってそうな奴が尋ねてきた。三十人はいると踏んでいた盗賊一味だが、その人数は十人ほどまで数を減らしていた。
ロウの手柄だろう。今頃人質と魔法関連の盗品を回収してくれているだろうか。だとすれば人質については心配ない。
「攻撃手段がない? そんなことねえよ」
俺はその隣にいた奴を指さして言った。
「まずはお前だ」
銃で狙うように指を指して一拍の後、その指を撃つかのようにジェスチャーをした。
その刹那、彼の膝から血が噴き出した。
撃たれた幹部は痛みでのたうちまわる。
「ぐあぁっ!」
「何をしやがった!」
わかるはずもない。魔力も必要とせず、超一流の魔法使いでも発動が困難な距離から放たれる攻撃。
視認してからでは避けることもままならない。俺たちの最終兵器にして、俺の現代知識からくる数少ない具体的なアドバンテージ。
スナイパーライフルによる銃撃であることなど、この世界の人間がわかるはずもない。
俺が予め決めておいたサインでアイラに狙撃してもらった。
ウィザリアの王都の構造はだいたい頭に入っている。
ここならばアイラの場所からよく見えるのだ。
最初の茶番はアイラにここを確認させるための時間稼ぎでしかなかった。
ここ建物を見張らせているのだから見つけるのは当然だ。
「ぎゃあっ!」
「ちくしょおっ!」
次から次へと盗賊が撃たれて倒れていく。
港に打ち上げられたお魚のように、立つこともままならない幹部は恨みがましい目でこちらを見ている。
周囲の一般人の顔に浮かぶのは純粋な恐怖。化け物でも見るかのようだ。
軽い動作で屈強な男たちが倒されているのだから。
俺が味方か敵かの判別もついていないのだろう。
アイラには即死させるのではなく足を狙えと言ってある。
殺しては怒りが先にくるからだ。
痛みで叫ぶ幹部たちを見ることで完全に戦意を削ぐのだ。
次は自分の番かもしれないという不安が彼らに一歩を躊躇わせる。
俺はその心理を実によく理解した気でいた。
ここにいるのは若い人が多かった。
所詮この組織も、魔法で差別されなくなるかもしれないという話に浮かれていただけの軽い気持ちでいる奴ばかりだろうとたかをくくっていた。
説得も脅迫も、そこまで苦労はしないだろうと思っていたのだ。
事実、その推測は大部分の人には当てはまっていた。
だから、本当にこの組織に心酔する人間がいるなんて思わなかった。
人の数だけ考えがあるということを、知った気でいた馬鹿だったのだ。
「許さない……よくも先輩たちをっ……!」
目の前でよく知った人を傷つけられて、逆上して背後から鈍器をふりかぶって襲ってくる人間がいることを失念していたのだ。
やめて! 一般人の腕力で、レイル・グレイを殴られたら、ご都合主義で異世界に転生しただけの貧弱なレイルは死んじゃう!
お願い、死なないでレイル! あんたが今ここで倒れたら、神様や大切な人たちとの約束はどうなっちゃうの?
武器はまだ残ってる。これを耐えれば、変態も待ってるんだから!
次回、「レイル死す」。ファンタジースタンバイ!(嘘予告です)