新たなる国へ
俺はリューカの王都で手紙を出した。
レオナ用と、そして何故か俺の居場所を予想して早めに出したのか俺に届いたシンヤへの返事だ。
シンヤはもともと事務的なことへの才能があり、有能だった。だからか教育や新しい派遣会社の手法は難なく取り入れたみたいだ。
それよりも苦労しているのが農作業をさせることらしい。
どうやら農作物の余りでも儲かってきて、もっと効率良く行いたいらしい。
温度計や湿度計を使って記録を取りたいが、それが難しいというのだ。
百葉箱でも作っとけ、と百葉箱の仕組みを簡単に図示して送りつけた。
リューカの王都から出て歩く事しばらく、俺たちは沼のほとりを歩いていた。
「今思えば確かにグレーズリーがいたのはおかしかったんだよな」
突然すぎる独り言にロウが尋ねた。
「どういうことだよ」
「いや、この前の迷宮でグレーズリーを倒したっていったじゃん?」
「ああ。お前があのお嬢さんを捨てるとは思わなかったぜ」
「捨てたとは人聞きが悪いな。あんなのは一種の熱病だよ。隣に一途に思う男がいることに気づけば次第におさまるさ」
「どうだろうな」
「いや、そこじゃなくてだな。あのグレーズリーがいた場所は迷宮だったんだ。しかも地下の、密閉された」
現代っ子のゲーム脳がそのことに気づくのを遅らせた。
この世界の全てはゲームの中のプログラムではない。それぞれに、生きている。
それを覚えていないと不審なものを見逃してしまう。
「餌も、水も、光も何も無い。そんな無機質な罠しかないような迷宮内に生物が存在するわけがないんだ」
ダンジョンならば敵がいる。そんなのはゲームの中だけだ。生息環境がない場所に生物がいるとすれば、何かしらの理由があるはずなのだ。
今となってはその理由を解明することもできないが。
まあ「割り込み」であったならこれ以降起こることもないだろうし、あったとしても一週間もすれば現れた魔物も死ぬだろうからあまり害もないだろう。
俺は特に運が悪かったのだ。偶然異常がおきて、偶然グレーズリーが死ぬ前に行ってしまったのだ。
俺が運が悪いのなんてテンプレだ。
カレンには悪いことをしたな。俺の不幸に巻き込んで。
「ははっ。誰かが暗殺とかを考えて送り込んだのじゃあなければいいけどな」
おいやめろ。それはフラグだ。
そういうこと言ってると、次あいつらに会うときは死体なんてことになりかねない。
「まあ俺じゃあるまいし、あの家族そんなに恨みを買って狙われることもないだろ」
金目的ならば暗殺なんてまどろっこしい。
さっさと盗むなり誘拐して人質を盾に奪うなりするだろ。
すっかり犯罪者側の思考だとかは気にしない。いつものことだ。
「あんた達もずいぶん物騒な話してるわね」
そうだな。漫画で言えば机に肘をついて顎に手をやりながら、黒塗りで正体がわからないようにされているようなシーンだな。
俺たちはくだらないことをしながら沼のほとりを抜けて、森の中にある転移門にやってきた。
鬱蒼と生い茂る木々がぽかんと開けて、そこにあったのは異質な建物だった、
門、というよりは神殿、というべきだった。
ただ神殿ではなく、ファンタジーにはあまり似つかわしくない、SFとかにありそうな雰囲気さえする。
「これが転移門……」
俺たちは初めて見る古代文明の遺物の圧倒的存在感に呑まれた。
誰とも知れずに漏れた呟きは全員に通じる驚嘆だった。
灰色を基調とした大きな建物に入っていく。
転移門の使い方は旅をする冒険者や行商の人間の間では常識である。
そもそも複雑な使い方ではない。魔力を込めることも、行き先を指定することもないのだから。
転移ができる状態にして魔法陣の中に4人が集まる。
10秒待つと、転移門が発動して、俺たちは光に包まれた。
新章開幕。
竜を祀る国編も終わり、次に向かいますのは人間の国最南端の魔導国家ウィザリア。
さあ、次はどんな冒険が待っているのかな!
とまあふざけてみたところで、俺たちがそんな壮大な事件に巻き込まれたところで、俺TUEEEができるわけもなく、せいぜい仲間TUEEEぐらいの虚しい結果に留まるだけだ。
魔導国家ウィザリアはその名の通り、人間の国家で一番魔法を学問として発達させてきた国だ。
幅広く学問を扱う学校に通えるギャクラとは違い、魔法の才能がある人間だけが、魔法のみを学び、研究する学校に通える。
もちろんかかる学費も特待生でもない限りはギャクラに比べて高額である。
ただ、初等科で終わるギャクラに対してウィザリアの学校は大学まで存在する。
もちろん世界でも魔法使いの数は一番多い。
軍にも魔術師部隊なるものが存在する。
俺たちは途中の街で宿屋に泊まった。
「久しぶりに男と女に分かれようか。男同士の話もあるしな?」
とロウが意味深に言ったことで、アイラとカグヤがロウを問い詰めるという事件が発生したが、最終的には2人部屋を2つとった。
そこそこいい宿なので魔法ランプなんてものが存在した。
スイッチ一つでオンオフのつけられるそれは、俺の知る電灯となんら変わりはなかった。
魔法大学での研究には国から出る補助金も使われ、その出処が魔法税なんていうものだというのも頷ける。
俺は寝ようかとベッドに寝転がったが、ロウが椅子に座ってこちらを見ているのに気がついた。
「どうした? 男同士の話とやらでもするのか?」
「いや、お前に話しとこうと思うことがあってな」
いつになく真剣なロウにたじろいだ。
カグヤと同じ黒い双眸にそこまで彫りの深くない顔はかつての日本人と同じだった。
ただ、髪が白いことを除けば。
「俺もさ、お前みたいに直接手を下したわけじゃないけど間接的に両親を殺してるんだよな。というか半分ぐらいは俺のせいで死んだな」
俺が前世から転生したときのことを話したとき、アイラは平然としていた。
だがこいつらは過去を懐かしむような目をしていたのはそういうわけか。
「俺たちはさ、それぞれ別の理由で半分不老長寿なんだ」
「お前のその理由はお前の髪が元は黒髪だったことに関係あるのか?」
何気ない質問だったが、ロウは酷く驚いた顔をした。
「……あれ? お前にそんな話したっけ? どうして知ってるんだ?」
「ん? お前らって東の島国、ヤマトの出身じゃないのか?」
「いや、それも話した覚えはないんだが」
俺の予想は完全に当たっていたようだ。
「俺が異世界転生した話はしたよな? 俺の元の世界ではカグヤは東の島国のおとぎ話だったんだ」
「そうなのか。まあいいか」
そう言うとロウは自分を不老長寿にするために禁呪に手を出して、自滅した両親の話をしてくれた。
辛い過去かと思えば、軽い調子でロウは話したのが不思議だった。
「で、俺たちそのあと、国から出るときに何故かすごく若返ったわけよ」
「なんとなく見た目通りの年齢じゃないなとは思ってたからな。俺が転生できたんだ。お前らが若返ってたって不思議じゃねえよ」
「そうか」
ロウはそっけない返事をすると、もう寝るわ、と言って布団に潜り込んだ。
ただ、そっけない返事のときの顔はほころんでおり、多分俺はロウの望む答えを返せたんだろうと思う。
次の日の朝、アイラはすごく苦々しい顔をしていたので、おそらくカグヤから同じ話を聞いたのだろう。
俺の顔を見るとぷいっと顔を逸らしたのが何故かはわからないが、女子会の内容もいつかは是非聞いてみたいものだ。
その日の朝ごはんは珍しく、無言でもくもくと食べたのだった。
評価してくださる方の点が高いのは嬉しいかぎりです。