指輪のわけと……
なんとか一日一話投稿のペースが続いております。
お気に入りが減ったり増えたりしながらじわじわと増えていくのを楽しく見ています。
いつか感想やレビューがつくぐらいまで、人気が出るといいなあなんて思いながら。
いったいなんなんだ、この迷宮は。おかしいだろ。
俺は声を大にして叫びたかった。
別に罠の配置が悪どいことは構わない。人を見る目を試す迷宮なんだから。
パズルが面倒くさいのも置いておこう。みたことあるようなパズルだったから。
罠のラインナップがおかしい。
どうしてどの罠もラッキースケベを狙うような罠しかないんだ。
油だらけの床だとか、スライムの溜まった落とし穴だとか、服を水で濡らすスプリンクラーみたいな罠だとか。
どの罠も一回でも受けたらサービスシーンに突入するようなものとか狙ってるとしか思えない。
後ろにいるカレンに一回ぐらいくらってもらおうか、などと俺の邪な部分も顔を出したが、すぐに引っ込んだ。
カレンとの探索は楽だった。
いつもは俺と能力が全然違う仲間を考慮に入れながら計画しているが、身体能力にさほど変わりがないカレンとだと、俺を基準に気をつけることだけ言っておけばいい。
ロウとかだとおそらく罠が見えてるかのように避けながら歩きやがるから、頭を使いながら罠を解いたりして進むのは新鮮である。
カレンは普通の子だった。
気をつけるように言ったことはちゃんと気をつけられるし、ドジっ子属性もあるのか、たまに転ぶ。転ぶが罠は踏まない。運もいいのかもしれない。
女の子と二人きりで、しかもエロハプニングが起こりうる環境。
何それラノベ?みたいな状況だというのに、あまり胸は高鳴らない。
それでもカレンとはすっかり打ち解けて、最初のお嬢様言葉から友達同士のような気軽な口調になったのはとても嬉しいことだった。
俺たちは表面上だけは何もなく、穏やかに談笑しながら最後の部屋に辿りついた。
俺の手には護身用の銃。しかし使う予定はない。
この迷宮には魔物が出てこなかったのだから。
しかし最後の部屋は違った。
そこで見たのはグレーズリーだった。
グレーズリー。雑食の大型魔獣だ。
前世のように大きな音をたてたって逃げてはくれない。
ましてや森で迷ったお嬢さんにお逃げなさいとは言ってくれない。
凶暴で、獰猛な魔獣で、森で初心者が気をつけろと言われる魔獣の一つ。
大きな体で腕を振り下ろして攻撃してくる。魔法を使わないだけ接近戦に特化している。怖いのは爪の傷から入った雑菌によって傷が化膿することだ。
魔獣らしく炎属性の魔法がよくきくので、離れて魔法で集中砲火するのがよいと言われる。
「まずい、下がって!」
近接戦闘はほとんどできないカレンを下がらせた。
立派な毛並みで俺の二倍ほどもありそうな熊だった。
のっしのっしと宝箱の前を横切ろうとしたときに俺たちが来たのを確認してこちらを向いた。
カレンは怯えていた。
ならばさっさと倒してしまうしかないだろう。
俺は…….なんというか、クラーケンを見た後だとそうでもない。
魔獣には得意の煙幕は聞かない。嗅覚が鋭いのにそんなことをしても、こちらの首を絞めるだけだ。
「……はあ……やっぱりあれしかないかな」
こんなやつと真正面から剣で勝てるわけがない。
お互いに距離をとったまま、睨み合う。
俺はアイラから借りた腕輪の操作をする。目の前にアイテムリストが現れた。
……どんだけオーバーテクノロジーなんだよ。こんなもんぽんと幼女に預けるなよな、当時のキラー◯シンもとい機械族さんよ。
中から一つの塊を取り出す。火薬が筒状に固められて、先っちょには紐がついている。
そう、ダイナマイト(もどき)である。
(もどき)だとか(仮)だとか切ないカッコが後につくのは仕方がないだろう。
起きる現象こそ似ていても、構造は違うのだから。
俺はそいつに火をつけて投げた。
明らかなまでの先制攻撃だ。
この世界に火薬というものはない。
だから、野生でなくても、これがどういうものかはわからなかった。
放物線を描く筒状の物体が、一瞬後、下手な魔法よりも強い衝撃で自分の全身をえぐるような危険を孕んだものだとは、グレーズリーにはわからなかったのだ。
幸い、この部屋は今までの部屋よりも広い。
そしてさすがの俺でも、10メートルほど先の相手にものも投げられないほどキャッチボールが下手ではない。
ダイナマイト(仮)は俺だけが想像していた結果を望み通りに叩き出してくれた。
爆風で後ろのカレンの髪や服がなびいているのだろう。
できれば振り返って見たかったが、死亡を確認するまでは目を離すわけにもいかなかった。
俺は念のために護身用の銃で、倒れたまま焦げて動かないグレーズリーの頭部に2、3発撃ち込んだ。
パァンと乾いた音と同時に、ぐちゃっと何かが潰れる音がして、目の前の頭部は破裂した。柘榴のごとく咲いた赤い穴から脳漿がぶちまけられて、随分とスプラッタな惨状になった。辺りは火薬の匂いから鉄を含んだ生臭さに変わった。
流石に食べられないか。
「この武器は内緒な」
カレンは目をぎゅっと瞑ってあまり見ないようにしていたが、俺は目を背けはしなかった。
これは別に自分の罪から逃げないとか奪った命に敬意を示してだとかそんな殊勝な理由じゃあない。
単に窮鼠が猫を噛むことを恐れていただけだ。
立派な毛皮はさぞかし高く売れるだろうとは取らぬ狸の皮算用であったようで、ダイナマイトでところどころ黒く焦げたこいつは持って帰っても二束三文で買い叩かれるだろう。
「じゃあ、行こうか」
俺は撃ったときの返り血で濡れた手を差し出そうとしてやめた。
カレンは目を開けて、できるだけ死体を見ないようにしながら俺の後ろをついてきた。
多分殺意を向けられたのは初めてだったのだろう。怖がるのは無理もない。
最後に撃った銃弾は明らかなオーバーキルだったか。あそこまでする必要はなかったか。いや、万全を期するならば、トドメはしておくべきだった。
こんな俺を軽蔑するだろうか。
まあいいや。どうせ今回限りの関係だし。それに、俺は無償で働いてるんだ、俺に恨み言を言うのはお門違いだ。
◇
宝箱には指輪があった。何故か二つも。
そのうちの一つを俺に手渡してカレンが言った。
「つけてくれない?」
そういって彼女は左手を出した。
中指につけようとすると、何故か薬指にずらされた。
前世では左手の薬指は婚約指輪の場所だったが、この世界では当主指輪だとかいう習慣でもあるのだろうか?
宝箱の底には鍵があって、鍵を使うととある装置が起動した。
それは簡易転送装置であった。
宝箱自体が転送装置だったのだ。
俺たちは気付けば迷宮の入り口から入ったすぐの場所にいた。
来た時と同じ扉が後ろにある。同じ扉の出口だと言われればわからないが。
扉を開けて迷宮の外に出ると執事が手にタオルを持って出迎えてくれた。
「迷宮を踏破なさったのですね。お身体を拭くものを……って罠にはかかっていないようですな」
もしかして残念だとか思ってるんじゃあないだろうな?
俺らは階段を昇って客間に案内された。
そこには俺の仲間と彼女の母親と……そしてカレンの幼馴染だという彼がいた。
「あれ? なんでお前がここに?」
「カレンが無事に帰ってこれるかなんて心配してないからな!」
説明乙。そしてツンデレ乙。
ここまで本音が口から流れてて大丈夫なのか?とは思わない。
だって彼の幼馴染はそれ以上に……鈍感なのだから。
「ふん! 誰があんたに心配なんてされるもんですか。あんたと違ってレイルはすごかったわ! あんなに罠があったのに一度も引っかからないどころか私にも場所を教えたり解除したりして安全に指輪を持ってこれたもの! ……最後以外は」
「あら? 最後の部屋はなんの罠もなかったでしょう?」
驚いたようにカレンの母親が尋ねた。
「はい、罠はありませんでした。しかしグレーズリーは危なかったですね」
「グレーズリー!?」
周囲にいたカレンと俺以外の全員が声を上げた。
俺だってあんなのがいる場所にカレンと放り込まれるなどとは思っていなかった。
そういう意味ではあの罠や、謎解きみたいな序盤はまだ予想内でよかった。
「あの迷宮は命の危険はないって聞いてたのに……」
アイラがカレンの母親の方を見た。
彼女は申し訳なさそうに、
「そのはずなのですが……転送装置に割り込みがあったのかもしれません」
転送装置は普通は一方通行で、設置した場所の片方にしか通じない。
割り込みというのはその転送装置のない場所から転送装置に向かって逆向きに送りこまれてくることだ。
ごく稀に野生の転移門でもある機能障害のようなものだ。
「あ、そういえば俺たち、迷宮の外じゃなくって入り口から入ったところに戻ってきましたね」
「じゃあ、どこかの転移門から来たのかもしれません。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
「いやいや。迷宮に危険がないとは俺もカレンも聞かされてはいないんです。ならば受けた俺の責任ですよ。無事に戻ってきましたしね」
「さすがです、レイルさん。まさか二人とも全く罠に嵌らず帰ってくるとは思いませんでしたよ」
「ええっ!?」
あのー……あの罠に嵌る前提で、男と二人でいかせるのはどうかと思うぞ。
俺が悪い狼とかだったらどうするんだ?
聞けば歴代でも全く女性に罠を嵌らせずくぐり抜けた人は少なかったらしい。
それもほとんど男性が盾になったからだとか。
嘘だろ……そんな馬鹿な。
そんな矢先にカレンのお母様は本日最大級の爆弾を落としてくれた。
「カレンもとうとう生涯仕える夫を見つけたのね」
はあ? 何を言ってるんだこの母親は?
「お母様なにそれ、私聞いてない」
「私は言いましたわ。あの迷宮は当主として一人前になるための洞窟。当主の最大の仕事は子孫を残すこと。あの迷宮は婚約指輪を取ってくるための試練よ」
「何よそれ……」
聞けば、この指輪にまつわる物語は俺たちも知るあの話の裏側であった。
そう、あの龍玉の杖の物語である。
この指輪の素材に使われているのは、吸収されきらなかった竜の子供の方の龍玉の核らしい。
つまり、伝説の中では竜の杖しか出てこないが、実際に竜から作られたものは杖と指輪だったということだ。
竜を倒した魔法使い――――つまりはサーシャお姉さんの先祖にあたる人は妻となる人に指輪を贈ったらしい。
そして時は流れ、分家のこの家は代々指輪を受け継ぐようになったとか。
そして次代の当主の婚約者を決める時に、その指輪を転送装置で迷宮の宝箱に送る。そして取りにいかせる過程で婚約者との距離を縮めるという悪しき浪漫の溢れた慣習が出来上がったのだとか。
「貴女が聞かずに判子だけ持って飛び出したんじゃないですか。『じゃあすぐに見つけてくるわ』なんて言って」
なるほど。だから幼馴染君はあんなに焦っていたわけだ。
それに好きな女の子の恥ずかしい姿を他の男には見られたくないもんな。
それと、とカレンのお母さんは俺に耳打ちした。
「婚約する者同士が親密になるための迷宮でもあるのですよ。お互いの恥ずかしい姿をさらけだしてしまえば、仲良くなれるというわけですね」
それを聞いて耳元の貴婦人を思わず殴りそうになった。
どうしてそれを先に言っておいてくれないんだ……
先に聞いていればあんなに必死に解除しなくてもよかったのに。
水で透けて恥ずかしがる様子だとか、スライム服が溶けて露わになる素肌だとかが見れそうだったのに。
と悔しがっていると、アイラがジト目で睨んできた。
な、何が悪い。精神年齢こそもうおっさんだが、体はまだピチピチの思春期だぞ。
可愛い女の子のエロい姿の一つや二つ、見たいにきまっているだろう。
なんていうかアイラやレオナはそんなことを言うと当然のように見せてきたあと、
「じゃあ責任とってよね!」
などと言い出すのが目に見えているというか、羞恥の心が足りないのでいささか萌えに欠けるんだよな。
でもそれでカレンの信頼が得られたならそれはそれでいいか。
いやいや、今はそんなことより目の前の事態を収拾つけなければ。
「くそっ! こんなことならやっぱり俺が行っとけば……」
そうだな。お前が行っていれば確実に両方あられもない姿になって帰ってきただろうな。
「カレン! 今からでも遅くない! おおおお俺と……俺とだな……」
キリアくん積極的だね。言うのか? 言うのか?と内心笑いながら見守っていると、彼は耐え切れずに逃げ出した。
「うわあぁぁーっ!!! カレンなんか知るか!」
ここが人の家でなければ手を叩いて爆笑していたところだ。
別にキリアくんに恨みがあるわけではない。
俺の性格が悪いだけだ。人の不幸は蜜の味を地でいく人間なだけだ。
「行ったわね」
変な沈黙が訪れた。彼は放置しておいて俺は本題に入ることにした。
「ああ、でも結婚の話だけど、カレンの意思もあるだろうし何より――――」
ああ、やっぱり断るんだ、みたいな目で3人が見ていた。
だって、なあ?
「私はレイルとなら……」
ちょっと、何をおっしゃるカレンさん。
あって一週間も経ってないのに、大丈夫なのか?
「いや、俺はこの話を断らせて貰います。俺は今、目的があって旅をしています。少なくとも目的を達成するまでは結婚も定住もしないつもりですので」
そう言うとカレンのお母さんの方は残念そうに引き下がってくれた。
「あら、残念ね。家柄よりも甲斐性重視の私としては、娘が選んだあなたでも全然よかったのに」
別に家柄ではそこまで負けてないと思うんだけどな。
甲斐性か……確かに一生遊んで暮らせる程度の金なら稼げるか。
ただ、この次にくるカレンの言葉はどこまでもかわしきれないものであった。
「いいよ。別に待つから。旅が終わったら教えて。あまりに遅いとサーシャお姉さまに魔法を教わって冒険者としてついていくからね」
キリアくん、御愁傷様です。
いや、俺が婚約を一度は断ったおかげで、チャンスだけはあるぞ。チャンスだけはな。
もちろん目の前のお嬢様は可愛い。アイラやレオナも可愛いし、綺麗だ。性格も好きだし、何よりお互いよく知っている。
だがカレンはなんというか……俺の予想もつかないことを俺に関すること以外ではしないのだ。
アイラみたいに物騒じゃあないし、レオナみたいに腹黒くもない。そんな普通の、等身大のか弱い女の子だった。
だから二人と比べることはできないが、好きか嫌いかで言うなら好きだ。さっきの言葉もぐっとくるものがあった。
だがそれだけでほいほいと女の子の一生を縛るのはどうかと思う。
ずっと俺の悪行を見守ってきたアイラとは違って、一種の熱病のようなものかもしれない。
一緒に緊張を強いられる環境で半日も過ごしたのだ。吊り橋効果があっても不思議ではない。
だから、俺がこれからする行為を知ってもらうことも、時間をおくことも必要だろう。
しばらくしたら思い直すかもしれない。
そうすれば近くにいる幼馴染に目が向くかもしれない。
そうなれば少しは寂しいだろう。
だけどそうならそれが本来あるべき姿だ。
俺は無差別ハーレムが作りたいわけではない。
これでも諦めることがなければ、そのときは俺もちゃんと彼女を恋愛対象として付き合うかどうかを考えよう。
そこまでならば、熱病などではない、本物の好意だろうから。
「待ってなくても構わないぞ」
「その前にレイルくんは私がもらっていく」
アイラはどうして火に油を注ぐのか。
そんなところもかっこいいけど。
俺たちは泣きそうなのを堪えているせいで酷い顔のカレンや、屋敷の陰で頭を塀に打ち付けているキリアに別れを告げ、竜を祀る国の王都を後にした。
王都を出た辺りでアイラがきいた。
「よかったの?」
「ああ……それに」
何が?とは聞かない。
カレンのことだろう。別に実力で仲間を決めているわけではないので、連れていくという選択肢もあった。俺がそのことで迷っていたのを見抜かれたのだろう。
彼女は魔法も少しは使えたし、別に無謀な性格でもなかったので、連れていこうと思えば連れていけた。
そもそも実力で言われるならば、俺がこのパーティーから外れなければならない。
俺にできることはおそらくほとんどこの3人もできることだ。
「そんなことないよ」
俺の心を見透かしたようにアイラが言う。
「レイルくんにしかできないことはいっぱいあるよ。レイルくんがいなければできなかったことがいっぱいあるんだから」
でも彼女は連れていかない。
彼女は戦う人間ではなかったからだ。
俺がグレーズリーを殺したときに目を背けた。あれは俺たちが歩むであろう旅路の中では致命的だ。
実力でも、気持ちでもない。精神。
必要なのは勇気じゃない。
彼女は普通だ。戦いで殺すことを躊躇うのも、失われた命をおもうのも。
本来ならば、戦いなどなかった世界で過ごした俺こそが、誰よりもその感性を持っているはずなのに。
あの日から、あの時からずっと俺の感覚はどこかわずかに麻痺しているようだ。
アイラは俺より背が低い。なのに俺の頭にも手を伸ばした。撫でているのにすがるかのように。
「レイルくんはたまに私をすごいと言うけれど、もしも私がすごいならそれはレイルくんのおかげ。私が小さいころ、私のつくる投石機とかの武器はおもちゃと言われからかわれた。レイルくんだけが、あれをすごいと初めて見たときに認めてくれたんだよ」
そう言うアイラは慰めているにしては嬉しそうだった。
「大丈夫。私はレイルくんがどう在っても味方だよ。レイルくんは強い。心も。だけどそれでも寂しいなら私が側にいるから。そばで守れるぐらいに、隣で立てるぐらいに強くなるから」
アイラはゴブリン討伐とかの話を勘違いしてたりとかしないだろうか。
俺はけっこう自分の都合で生きているのにな。世界を救うとか、そんなたいそうなことを考えちゃいない。
目的は一つだし、それ以外は道中の娯楽でしかない。
ただ、生まれた環境も、才能にも恵まれなかった俺だけど、それ以外の人には恵まれているんだよな。
俺が落ち込んでいると思って慰めてくれるアイラは本当、いい子なんだよな。と多少の憂鬱は晴れたような気がした。
一方、レオナ姫の方は届けられた手紙を見て焦ることになります。
というのも、アイラはカレンのことまできっちりと書いてから手紙を出したので。
それにライバル宣言されたのも大きいでしょう。
というのはまた別の話。