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お嬢様の頼み事

 俺たちは今、野蛮な男たちに囲まれている。

 全く逃げ道がないわけではないが、前方180度に広がる男どもを突っ切っていくのは大変だ。


「ガキども、ちょっとこっちへ来てもらおうか」


 路地裏に追い込まれる。周りの道ゆく人々は我関せずを決め込んでいる。

 無理もない。善良な一般市民は厄介事には巻き込まれたくないもんな。極普通の感性だ。

 ここで助けが来ないことを呪うどころか感謝したいぐらいだ。

 俺らみたいなパーティーは手の内はできるだけバラしたくないのだから。


「お前ら馬鹿なのか? こっちとしては無理やり連れ込む手間が省けていいけどよ」


 不愉快な顔で男が笑う。


「その手にあるやつを渡してもらおうか。金なら嬢ちゃんの二倍出そう」


「それはできない約束だな。俺らに金額を示した時点であのお嬢さんは仕事を頼んだんだ。金で先約を蔑ろにしちゃあ信用に関わるんでな」


 冒険者にとって信用と名声は宣伝材料だ。

 金でほいほい裏切られては、怖くて依頼が頼めない。

 無理なら最初から受けないだろう。

 今回はお嬢様が半分無理矢理押し付けてきたものだから、別に守る必要はない。

 まあ、あれだ。男の性というやつだ。

 正当性のありそうな可憐なお嬢様とあきらかに違法ですよと全身で語る汚らしい男たちなら、どちらの依頼を優先させたいかなど前者に軍配が上がって当然だろう。

 というか俺以外の三人が渡すという選択肢が顔にない。

 すっかり臨戦態勢をとっている。


「悪いな、こっちも雇い主からの命令でな。素直に渡しとけよ」


 四人の声が珍しく揃う。


「断る!」







 同時に俺は目の前の男に剣を突きつけていた。


「てめえ……卑怯な!」


 卑怯? ありがとう、最高の褒め言葉だよ。


「敵だとわかって攻撃をしない方がおかしいな」


 見ればカグヤとロウも剣を同じく突きつけている。

 アイラは銃だ。相手はどんな武器かはわからずとも何かの魔法具と勘違いしているのか動く気配はない。

 子供が不意打ちをしないと誰が決めた。

 こういう場合の動きは徹底している。


「武器を捨ててもらおうか」


 武器を回収したあとは適当に縛ってその場に放置…しようと思ったが、余計な手出しがされないよう、脅しのつもりで縛った彼らを通りの人目につく場所まで連れ出した。

 哀れみを向けていた彼らは俺らが男どもをのしたのを見てヒソヒソと何かを話しあっている。


 そいつらをその場に放置して立ち去った。










 ◇


 次の日、俺たちの泊まっている宿に手紙が届けられた。

 差出人は不明。だがおそらく昨日の彼女だろう。

 手紙には10時頃に冒険者ギルドの酒場で待つとあった。


「よくここがわかったね」


 アイラの言う通りだ。

 どうしてここがわかったのだろうか。そんなに俺たち目立つだろうか?


 待ち合わせの5分前に来ると、昨日の少女が一つの机を貸しきって待っていた。

 彼女のその格好も昨日ほど乱れてはおらず、冒険者ギルド支部にはそぐわなかった。

 周囲には朝だというのに酒を呑んでいる人間がいた。当然その中には彼女に下心をもって話しかける輩もいる。


「お嬢ちゃん一人かよ。こっちきて酌してくれよ」


「随分といい格好してるじゃねえか」


 ロリコンかよ、と心の中で悪態をつきながら話しかけている男の肩に手をかける。


「俺たちの連れなんだが、何か用か?」


「なんだ? ガキが……」


 と言いかけて俺たちを見てその先が止まる。


「こいつら……まさか……はっいいぜ。行こう」


「あ、ああ」


 なにやら目配せしながら気まずそうに立ち去った。

 俺らが何をしたっていうんだ。平凡な一般市民だぞ。


「ありがとうございます。レイル・グレイさんであっていますか?」


「確かにそうだけど、俺たちの名前ってそんな有名なのか? それだとしてもさっきの男たちの反応がわからないんだが」


「だいたい私たちのことどこで聞いたの?」


「そんな! サーシャお姉様から伺いました。完全敗北したと。姿形の特徴を聞いていたので一目でわかりました」


 サーシャお姉様? 誰だそれ? 敵討ちだとかすると嫌だなあ。


「サーシャお姉様は冒険者としても宮廷魔法使いとしても有名です。お姉様の水龍を真正面から打ち破ったとききます」


 ああ、あのお姉さんか。媒体の重ねがけで魔法の発動を賢く補助していた魔法使いさんね。

 あの人サーシャって言うんだ。

 さっきの男たちもその話を聞いていたからビビって立ち去ったのか。

 というかあの人自分が負けたこと言いふらしているのか?

 それとも有名すぎて負けた瞬間すごく話題になったとか?


「ああそうだ。ほれ」


 預かっていたものを返した。前金だけでも報酬としては十分すぎるのでこれ以上請求する気はない。

 そこまでお金に困っているわけでもないからな。


「これが残りの半分です」


 けれどお嬢さんは丁寧にも金貨をもう一枚追加で支払った。

 これってそれほど大事なものなのだろうか。そんな物を俺なんかに渡して良かったのか?

 俺の気分次第ではこれの詳細を調べつくして彼女の家を破産に追い込むなんてことも考えられたのに。


「サーシャお姉様ってお前妹なのか?」


「いえ。えーっと……親戚です」


 またいとことかそんなところか。

 貴族同士親戚なんてよくあることだな。仲がいいならいいことだ。


「私、カレンといいます。貴方たちの実力を見込んでお願いがあります。私の従者として一緒に当主の試練を受けてくれませんか?」


「うわあ面倒くさそう。ちょっと待ってくれ、よくわからない。もっと詳しく説明してくれないと」


 最初に本音が漏れた。

 だけど本音に反して俺の態度は受ける気満々だった。


「両親から一人前になるための試練として迷宮の奥にある指輪を取ってこなければなりません」


「それって俺たちが手伝っても構わないものなのか?」


「いえ、むしろそれが本分です。人徳や人脈、人を見る目などを試されているので。両親は私にこの印鑑を渡して、この印鑑で依頼書を作り、一番信頼できる人に協力してもらいなさいと言われました」


 なるほど。さすがにそこまで脳筋ではないか。てっきりどこぞの貴族様の伝説でもなぞるのかと。そんな印鑑を必死で追いかける男たちはなんなんだよ。


「話は変わりますが、私には同い年で腐れ縁の幼馴染がいます。彼は私の屋敷の執事の娘さんと他の貴族との間の子です」


 え、そこからなの?


「彼は私に嫌なことばっかりしてきます。お勉強をしてたら邪魔してきますし、私が頑張って作ったお菓子もとっちゃいます」


 もしかしてそれって……


「両親も向こうの親も面白がって私たちを許嫁なんかにしてしまって。ますます調子にのっています」


 うん。だいたい予想がついたわ。


「今回も私が試練を受けると聞いて、『じゃあ俺を従者に入れろよ!』なんて言いますの! どうして信頼されてると思うのでしょうか。きっとおじいさまの執事と一緒に父亡き後は私を使って我が家をいいようにする気ですわ!」


 耐えかねたように声を荒げて机を拳で叩く。

 ギョッとした周りの視線が集まった。


「落ち着いて、落ち着いて。それ多分勘違いだからさ」


「いえ、彼は私に『どうせお前が頑張ったってロクなの連れてこれないだろ。俺にしとけって』とバカにしてたのですよ! あの男性たちも幼馴染に雇われていましたの」


 幼馴染君攻めるねえ。

 俺の周りは精神年齢がイカれてる奴らばかりだから忘れていた。

 俺たちは小学生と中学生の間ぐらいの年齢だ。

 気になる子には意地悪したいお年頃だよな。つい素直になれなくてキツイ言葉も言っちゃうよな。

 さすがに精神年齢が成人を超えている俺なんかが同じことをしている様子を想像すると、恥ずかしさで爆発しそうなのでやらないが。

 隣では中身熟年夫婦が惚気ていた。


「ははははっ。そうかそうか。レイル受けようぜこの依頼」


「あんたにもそんな時期があったわね」


「え? 前から仲良かったくね?」


「しょっちゅう刀もって私に挑んできたじゃない」


「馬鹿、あれはお前に負けるのが悔しくてだな」


「結局一回も勝ててないでしょ」


「お前が強すぎるんだよ」


 迷宮か……入ったことないんだよな。

 このメンバーはどちらかというと探索向きだと思うんだけどな。


「それでも面倒くさそうな話だな」


「いろんな道具試せるかな?」


 アイラはどちらかというと乗り気のようだ。

 カグヤも一度もやめようとは言わない。


「なあ、俺なんてそんなに強くないぞ。勇者候補どころか、冒険者の中でも弱い部類に入る。どうしてそんなに信頼しようとするんだ?」


「でもレイルさんは一度も『無理だ』とは言わないじゃないですか。できるんでしょう?」


 はあ、まだ見ぬ幼馴染君には悪いけど、咬ませ犬らしくなってしまいそうだ。

 受けるか? とアイコンタクトすると、三人は無言で頷いた。


「……じゃあ、俺たちが試練を受ける代わりに、その幼馴染の子と仲直りして、執事さんのことも疑わないことな」


「はい!」



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