お約束の激突から始まる事件の匂い
龍を祀る国においては龍や竜と全身全霊をかけて戦うことは誉れとされる。
それが負けても名誉の死、勝てば栄光を約束されている。
とある魔法使いはドラゴンを倒したことで、彼の子孫までもが貴族にとりあげられた。
今からそんな魔法使いが倒したドラゴンにまつわる話をしようと思う。
これはアイラがとある杖を見て、記憶の断片から思い出した物語でもある。
竜種族や龍種族は、自らの力の象徴でありながら、力の塊でもある竜玉というものを体内に持つ。
それは宝石としても価値が高く、優れた魔法媒体となるので、非常に高値で取引される。一生遊んで暮らせるほどには。
その竜玉の大きさと質は、その個体が歳を経るほどに大きく、高くなっていく。
竜や龍……まとめてリュウと呼ぼうか。リュウの寿命は長く、成長限界もひどく大きい。
以前、海の生物の方が成長限界が大きいと言ったが、リュウはその限りではない。海の生物と比べてもリュウは上位の大きさを誇る。
もちろんこの世界最大の生物は海の中にいるだろう。
だが地上最大の生物は? と聞かれれば三本の指にリュウは上がるだろう。
そのリュウの中でもとても長い年月を生き延びた老獪にして荘厳な一匹の竜がいた。
体に刻まれた傷一つ一つに激しい戦いの物語が存在する。
そんな竜にも寿命がやってきた。
彼は自分が死ぬ間際に息子に自らの竜玉を託した。
竜玉は二つと同じ場所で保管できない。特殊な性質があるからだ。竜玉が複数同じ場所にある場合、その中で一番存在の大きなものが他の竜玉を取り込み一つになる性質があるのだ。
しかし生きている竜の竜玉はその限りではない。生きた竜の近くに他の竜玉が存在すれば、その大きさに関わらず生きた竜の中に竜玉が取り込まれようとする。
竜という生物はそうやって同種族との戦いに勝つたび、経験とともにその力を増していくのだ。
彼は息子に自らの強さを受け継がせようとしたのだ。
だが力を重んじ、戦いに身を委ねて妻さえ戦いで亡くしながら生きた父に対して、息子は実に感傷的であった。
父が死の間際に託したそれを唯一の形見として握りしめて、自らの体内に取り込まれないようにした。
自分の力で強くなりたいという気持ちもどこかにあったのかもしれない。
そんな彼は人間からすれば実に美味しい獲物であった。
倒す労力に対して得られる対価が大きすぎた。
そんな彼の話は国を、世界を駆け巡り、数多の腕に覚えがある者が挑み、そして消えていった。
そんな彼はたった一人の魔法使いに倒されることとなった。
彼は父とは違うが、同じ極致に立った。
そうか、これが父の見た景色か、と。
強きものと全てをかけて戦う、それから得られる高揚感に包まれて死んでいった。
だが最強生物としての強靭な肉体は死してなお、父の形見を手放しはしなかった。
結果、父の竜玉は息子のそれを吸収し、名実ともに世界最大の竜玉と化した。
魔法使いはそれを売ることはなく、彼の腕の骨を加工して、骨さえ活かした杖とした。
それは強敵と認めた相手への最後の心遣いだった。
魔法使いは貴族となった後も、その杖を家宝として決して売らないように子供に言い聞かせた。
結果、何代か後となる現在までもその杖は物語とともに受け継がれているのである。
竜の骨に、世界最大の竜玉を使ったそれは伝説の道具や英雄の物語の中でも有名なものの一つである。
普通の武器が作れないアイラは、そういった武器などにまつわる物語を好み、よく読んでいた。
後からそれを聞いて、そんなすごいものならば銃であれを破壊しろなんて言わなくってよかったと思ったものだった。
「あーあ、負けちゃった」
彼女が気軽に腕を試す、などといって訓練場を借りたりできるのも、貴族の娘という立場が大きいらしい。
ただ、目の前のお姉さんがそんなすごい魔法使いの貴族にはあまり見えなかった。
いや、凄い魔法使いなんだよ?
実戦慣れもしているし、俺たちでなければ普通に倒せたと思う。
実際俺たちも接近戦でお姉さんに近づくということは途中から諦めていたしな。
でも今、負けて地面に仰向けに寝っ転がってぶーぶー言っているのを見ると、大魔法使いというよりは年相応のお姉さんだった。
「いったい何をしたの?」
「それは秘密ですよ」
「それはそうよね。それがあんたらの武器ってことだもんね」
とても簡単なことだ。
水属性の魔法の水というのは二つの意味がある。水分子としてのH2Oという意味と液体という意味だ。
熟練度が上がればイオン操作や成分操作、中に存在する不純物の排出まで行える。
だが中級までは水や液体を変化させ、自在に動かすことで魔法としている。
俺たちが水に溶かした「スライムの粉末」、あれは溶かした水を半分スライム状に変える粉だ。
死んだスライムを乾燥させて得られる。あまり使い道は少なく、不人気商品である。
それを溶かしたところで液体であることには変わりはない。
だがどうだろうか。
スライム状のものを凍らせた。
それは果たして"水"だろうか?
彼女の魔力操作が世界有数であった場合、自らが水として認めていれば操作できただろう。
だが彼女は工夫と節約でギリギリ操作していた。
そりゃあ耐えきれずに魔法も消滅するよな。
これが今回の種明かしとなる。
別にスライムの粉末でなくても構わない。
例えば溶かすものを変えて、水を塩酸に変えたあと凍らせてもおそらくは似たような結果になるだろう。
特別なものも、特殊な技術もいらない。
氷魔法さえ使えればいい。
液体だとか、水だとか、きちんと区別していないと思いつかない作戦ではあるのだが。
「あー負けよ負け。さっきは悪かったわね。この国で何がしたいの?」
「知識がほしいです。この国では本はどこに保管してあります?」
頼みごとと言われると一番先に思い浮かぶのがこれであった。サーシャさんは落ち着いた様子で答えた。
「それはどこの国も似たようなものだと思うけど。城の図書館よ」
「その場所への入館許可はとれますか?」
「勇者候補へは魔族、魔物の知識提供が権利の一つとしてあるから頼めばいけるわよ」
「それはよかった」
彼女の言っていたことは本当だった。
次の日の朝、俺たちはさほど苦労することなく図書館へ入る許可がもらえた。
苦労した量で言えば、国に入るときのお姉さんの方が苦労した。
「うわあ、いっぱい本があるね」
そうか、アイラはギャクラで国立の図書館に入ったことがなかったんだったか。
俺の家の書斎には入ったことがあるし、学校の図書室にも行ったことはあるが、これほどの図書館は初めてだったんだな。
見ればカグヤとロウも驚いている。
「何か手伝えばいい?」
首を傾げて尋ねるアイラに俺は望む答えを返した。
「いや、いいよ。アイラは好きなもの読んでていいよ。調べ物は俺一人でもできるしな」
「じゃあ私もー」
「俺もー」
三人が散らばっていく。
俺は調べ物を始めた。しかし資料や本の中には知りたいことはあまりなかった。というか資料や本の半分がリュウにまつわるものってどうなんだ。
さすがリュウに対して信仰の強い国と言うべきか。
調べ物を終えるとレオナとレオンへの手紙を書いた。
ゴブリン討伐に向かって生贄にされかけたことや、クラーケンを手下にしたこと、奴隷商を派遣会社に改造したことなどだ。
返事はできないだろうから、こちらからの一方的な報告になる。
手紙を書き終えたところでふと後ろに気配を感じて振り向くと、武器などにまつわる資料を読んでいたアイラが抱きついてきた。
「なーにー? レオナちゃんへのお手紙? 私も書こうかなー。この前レイルくんと一緒に寝ましたって」
「どうして誤解を招くようなことを書こうとするんだ。レオナに何がしたいんだ? ひょっとしてお前ら仲が悪いのか?」
「ある意味よくはならないけど、すごく仲良いともいえる」
キリッとキメ顔で宣言するアイラ。その頭にはアホ毛がぴょこんと跳ねている。
俺はアホ毛ごと頭をぐしゃっと掻き撫でて、ぽんぽんと叩く。
「はいはい。手紙を書くのはいいけど、自重しろよ」
龍に関する本を見ていて青い顔をしていたカグヤと、歴史書などに手を出していたロウも戻ってきた。
どうしたのかと尋ねると、どうやら俺が水龍の魔法を崩壊させた方法が知りたいらしい。
俺のパーティーは何の影響かは知らないが結構頭脳派揃いらしい。
そこで俺のとった戦法を話した。
「……やっぱお前おもしろいよな」
「あんた、頭おかしいんじゃないの……?」
「さすがレイルくんだねー」
と三者三様の反応が返ってきた。
そんな変なことしたか?
「お前らももう飽きたか? 前に先輩に聞いたとおり武器でも買いにいくか」
「やった。おでかけ」
「まあ、まだここでいててもよかったけどな」
「私はここは心臓に悪いわ。行きましょう」
◇
俺たちはなんの問題もなく武器を買い終えた。所詮は飾りの武器で予備でしかないため、あまりこだわらないので楽であった。
俺たちは初心者用のショートソードと弓矢を購入した。
どちらももっと質のよいものをギャクラで購入してロウとカグヤに持たせてあるが、アドバイス通り質を落としたのだ。
それにあえて適性とは逆に持たせた。目が良く集中力のあるアイラにショートソードを、身軽で素早く、接近戦の得意なロウに弓矢を持たせた。
もちろん後衛と前衛を見た人間に勘違いさせるためだ。
ぱっと見は女の子たちに危険な前衛を担当させる極悪パーティーだ。
実際は魔法の使えない俺とロウが前に出ることになる……と言いたいが下級の魔物だと動きの速いカグヤが殲滅してしまうので、実情俺が三人を雇っているか、俺が作戦立案で、他が実行といったことが多い。
ちょうど昼時でもあったので、食事のできる場所を探しながら武器屋からの帰り道をぶらぶらと歩いていた。
ギャクラに比べて屋台の店が多いので、食べ歩きもいいかもしれない。
先ほどから道ゆく人々の中に香ばしい香りを漂わせてまぐまぐと串焼きなどをほおばっている人がいる。
「あ、あれなんか美味しそうだな」
と俺が見つけて見惚れたのはパン生地の間に緑色のサラダ菜のようなものと、フルーティーな香りのする酸味と香辛料のきいたタレで味付けされている肉が挟まっているサンドイッチのようなものだ。
「ほんとだー」
「いいんじゃね? いくらかな」
今まさに商品を焼き上げている屋台に近づこうとしたとき、俺と一人の少女がぶつかった。
同い年ぐらいの彼女は身なりこそよいものの、走っていて着衣に乱れを生じさせ、汗までかいていてただならぬ様子であった。
いかにもお嬢様、といった風情の彼女は俺とぶつかるなり何かを落とした。
紳士たる俺としては拾わねば、と手を伸ばしてそれを手に取った。
渡そうとすると彼女は俺の手ごとそれを握って真剣な顔で頼み事をした。
「すいません、これをどうかしばらく預かってもらえませんか? 期限は……明日までに取りにきます。金貨二枚払いますのでどうかお願いします」
早口でいいきると前金で半額俺に金貨を握らせ、足早に立ち去っていった。
追いかけようかどうか迷ったとたんに彼女を人と街並の狭間に見失ってしまった。
そして俺たちはその後すぐに追いついてきた野蛮な男たちに持っていた手元にある物を見て問い詰められることとなるのだった。
なんだか事件に巻き込まれてしまったようだ。