リューカの試練
領地の外には魔物が多い。
理屈としては単純で、ただ道の整備や駆除が追いついていないだけのことだ。そのうち、明確な敵意をもって危害を加えてくるものは半分ほど。残りは普通にしていればわざわざ出会うこともない。
間接的に害があるものまで含めると七割を超える。と言っても、そちらはお互い様という他ない。
そう思うと魔物といっても前世の動物とさほど変わらないのではないかと思う。
「あっ大きいのいるよ。撃ってもいい?」
自作の双眼鏡を覗きながらアイラが言う。
「いけるか?」
結構距離があるのだがアイラは自信満々に腕輪から一つの銃を取り出した。
長い銃身は黒く輝いており、随分と物騒な魅力に溢れている。アイラはそれを構えて寝そべるように地面に這いつくばる。スコープを覗きながら引き金を引くと音が炸裂し、銃口が火を噴いた。
「沈黙、確認」
だんだんアイラが軍人っぽくなっていくのが嬉しいやら悲しいやら。さっさと回収に向かう後ろ姿をしみじみと見送る。
後ろから血の匂いを漂わせてロウが帰ってきた。
「お前またやってきたな」
ロウは盗賊やスリの気配に敏感だ。
四人の中で一番早く気がつき、そして始末してくる。
どこぞの勇者様のように、栽培漁業みたいな身ぐるみ剥いで見逃して、また蓄えた財産だけを奪うなんてことはできないので構わないが。
接近した小型魔物はカグヤの剣のサビに、もしくは魔法の餌食になる。
魔物を見つけた瞬間カグヤが飛び出す。カグヤのいた足元の地面がえぐれ、いっきに距離がつまる。
気がつけば剣の一振りで下級魔物の首が数個も飛んでいるのだ。
カグヤはやたら強い。
あれ? 俺いらなくね?
いや、俺一人でも小型の魔物は倒せるし、大型の魔物は避けられると思うよ?
だけどね、大型の魔物を狩りながら小型の群れを蹴散らして進むのはちょっと無理かなーって。
はあ、せめて魔法が使えたり、前世の知識で料理ができたらなー。あー味噌や醤油がほしい。
女子勢が料理は普通程度にできる。というか野戦料理の方が得意なようである。
とりあえず軍勢にでも出くわさない限りあまり魔物には困っていない、むしろ魔物は美味しいご飯程度にしか見られないような旅であった。
そんな俺たちが目指している次の目的地はリューカという国である。
大陸の東南に位置し、大陸の中央を南北に縦断する世界最大の山脈、『竜骨山脈』その南東にあるのが『リューカ』である。『竜骨山脈』とはその名の通り、竜種が住むと言われる山脈だ。ギャクラが長年、北西の軍事大国ガラスと戦争にならないのもこの山脈が理由の一つにある。
『リューカ』は龍を神聖視している。まるでそれこそ、自らの守り神のように。
さて、リューカは小さな国だ。
国境線には人が越えるには苦労するかな、という程度の壁があり、ぐるっと国を取り囲んで守っている。その高さはだいたい4、5メートルぐらいだろうか。越えられないことはない、程度だ。
魔獣の群れから国を守るためのもので、他国の軍勢などが来た場合は魔法によって高いだけの壁などは意味をなさないからだ。
別にやましいことなんて、ない……多分。
そんな俺たちは正面から入国手続きを済ませて入ろうと思う。
勇者候補証があれば楽に済むだろう……なんて考えは実に甘かったのである。
◇
「ではこちらにお名前と保証国をご記入ください」
俺たちみたいな子供にも丁寧に職務をまっとうする。とても国に忠実な良い兵士だ。この国はさぞかし治安も良いのであろう。
そんな風にまだ見ぬ国内への期待を膨らませながら名前を書いていると室内にいきなり一人の女性が駆け込んできた。
「新しい勇者候補っていうのはどいつかしら?」
部屋に入って俺たちを見渡すと苦笑しながら言った。
「もしかしてあなた達の誰か? 嘘でしょ。こんなのが? んー……もしかしてあなたかな?」
そう言って彼女が指したのはカグヤ。ご名答、と褒めたいところだ。強者を見抜く目が素晴らしい。
だが残念ながらこのパーティーのリーダーは強さで決まっているわけじゃあないんだな。
じゃあ何で決まっているかと聞かれれば困る。
しいて言うならば成り行き?
「いえ、僕です」
「あんたが? 一番弱いでしょ?」
はい。確かに。
いや、でも銃さえなければアイラには勝てるはず。
それにロウともお互いが見えている状態から始めたらいい勝負になる……はず。
カグヤには惨敗だ。仲間の中でこと戦闘においては頭一つ抜き出ているのだ。
「で、あなたたちみたいなちんちくりんどもが有害な他種族との関係でなんの役に立つっていうのかしら? そもそも自分らの身を守れるかって話じゃない? ギャクラの王様は何を考えてこんなのに許可を出したのかしら」
そこまで言われるとかちんとくる。
俺が馬鹿にされても構わないが、選んでくれた王様の顔にまで泥を塗るわけにはいかない。
決して申請したから受けただけだろうとか言ってはならない。
「試してもいいかしら? 勇者候補って貴族のお坊ちゃんが楽しく冒険者ごっこするための肩書きじゃないのよね」
もしも英雄と呼ばれる人物ならば。
ここで窘め、冷静に断るのだろうか。力はひけらかすものではないと。
それとも、あっさりと受けるのだろうか。勝てる相手の勝負を断る必要がないとか、強者からの挑戦は受けるものだとかいって。
そんなことはできないが、せめて役立たずとは呼べないようにしてやろう。
俺は人間としての器が小さいのだ。
「いいですよ。どんな方法ですか?」
「私対四人で戦ってもらおうかしら」
マジかよ。
◇
俺たちは何もない広場に連れてこられた。
どうやら軍の訓練場の一部らしい。どうしてこのお姉さんがこんな場所を借りられるのかはわからないが、実力を試すというにはうってつけであった。
下は土。運動場みたいな場所だ。
地属性の魔法使いだろうか?
彼女の職業はどう見ても魔法使いだ。というか良さげな杖を持っていて、それを杖術に使ったらその時は笑おう。そして最悪爆弾にでも巻き込もう。
あれ? やっぱり俺、いらなくね?
「私と戦えとはいったけど、少し違うわね。私は見ての通り魔法使いよ。勝利条件をお互いにとって簡単にするわ」
彼女はそう言うと後ろに用意していたものを指す。水が大量に入った容れ物だ。
そして詠唱を始めた。それは簡単なものであった。
水属性の初級魔法、水操作であった。
彼女が詠唱を終えると水が容器からゆっくりと生き物のように這い出て空中に浮いた。それは一つの圧倒的存在を模した形となって俺たちの前に顕現した。
そう、この国が信仰する存在――龍だ。
彼女は魔法で作った水龍を操作していた。
「すごい……」
水の操作自体は形を整え、思った通りに動かすだけの初級魔法だ。
そこに攻撃力を付加した水の刃などともなると難易度は上がるが、そうではない。
何がすごいというとその操作の規模と精密性だ。
水龍は胴体の中で人が両腕を振り回せそうな大きさだった。長さもそれに準じていて、10メートルよりも長そうだった。水の質量をもって、フワフワと宙に浮かんでいる。冗談のような光景だった。
クラーケンとどちらがでかいだろうか。
「勝利条件は単純明快。この水龍を倒せれば認めてあげる。私を倒せば……とか甘く見ないでよね。これでも操作に自信があるんだから」
さっきお互いにとって簡単に、と言ったのは俺たちが子供だから、まだ人に攻撃するのは気が進まないだろうって理由もあるのだろう。
だからさ、どうしてそこを勘違いするんだ。
俺たちの共通点。
人だからといって攻撃は躊躇わない。
戦闘慣れしていなさそうなアイラでさえも、その時になれば容赦無く引き金を引く。
それこそが、特徴なのに。
「試合開始っ!」
もちろんここでアイラに一、二発ほどあの人の腕や足でも撃ってもらえば魔法に集中できなくなってあの龍はあっけなく消えるだろう。
今回は腕試しだということで、真正面から、正攻法で、あの龍を倒そう。
水龍の攻撃は単純なものだ。
なんの理屈も仕掛けもない。その巨体で体当たりをしてくるだけだ。圧倒的なまでの力押しだ。
だがそこには何の弱点も攻略法もない。
水に体当たりをくらえばこちらはダメージを受ける。
しかしこちらの剣や銃弾は水なので通り抜ける。
「すごいわね。これをかわすかー。それにこれの凄さを理解しているのに立ち向かってくるのもすごいわ」
そう、あの量の水をあの精密さで動かせる魔法使いは世界に百人もいないだろう。
その実力がわかる者は一人で軍を相手にできるような魔法使いに敵わないと知って去っていく。
それがわからない者も、圧倒的な水龍は倒せないと思って負けを認める。
それらを知ってか知らずか、真正面から力押しで水を吹き飛ばしたり、炎魔法で蒸発させられる化け物も稀にはいる。
俺たちにはあれを魔法や剣技でどうにかする方法は存在しない。
お姉さんはそれをよくわかっている。俺たちの実力を正確に見抜いているのだ。
だからと言って諦める理由にはならないし、勝てないとも限らない。
こうして考えている間も俺は三人に指示を出し続けている。
カグヤの魔法ではあれを消しきるほどのエネルギーが扱えない。だからカグヤには魔法の全てを回避のための風魔法に割いてもらっている。
それでアイラと俺を回避させてもらっている。
カグヤ自身はその身体能力で、ロウは身のこなしで躱せるので関係ない。
だが彼女の精神力が尽きるか、俺らの体力が尽きるかの勝負に持ち込むのは馬鹿らしい。
俺たちが回避しつづけるなか、観察していてあることに気づく。
「なるほど。そういうことか」
彼女の操作能力や集中力は素晴らしい。だがそれは思ったほどではなかった。だが思った以上に優れた魔法使いではあった。
水龍はその表面の水だけを操作している。つまり中の水は魔力が影響しておらず、表面の水によって固定されているだけなのだ。
そうすることで使う魔力も集中力も格段に少なくなる。
見掛け倒しというと聞こえが悪いが、効率重視の彼女には共感がもてる。
そうと決まれば簡単だ。
アイラに腕輪からスライムの粉末を出してもらう。
「これを俺とロウとアイラであの龍にふりかける。カグヤはそれが終われば表面だけを凍らせて」
指示通りにことが運ぶ。
勝ち目のなさそうな俺らをいたぶって遊んでいるのか。
それが敗因だな。
「無駄よ。粉が溶けたって操作はできるわ」
そうだな。じゃあこれならどうだ、
「冷却」
カグヤが集中すると、水龍から熱が奪われ、表面が凍っていく。
「えっ? 氷魔法? それは私だって使えない水属性の上級応用魔法よ? ……いいわ。それがどうしたっていうのかしら」
氷魔法を水属性と捉えるから難易度が上がるのだ。
簡単なことだ。カグヤには物理の概念、エネルギーについて学んだ。
カグヤもまた理解力が高く、俺が言ったことをみるみる理解し、質問を返してくる。俺もまた、この世界の知識と照らし合わせながら応用がきくように答えていく。
その中でわかったことの一つだ。炎魔法は熱エネルギーの操作、酸素との結合、着火の三段階に分かれ、その真髄は一段階目の熱エネルギーの操作にあった。
ここまで言えばわかるだろう。
カグヤは水龍の熱エネルギーを奪う、つまりは炎魔法の逆のプロセスを踏むことで簡単に水龍の表面を凍らせたのだ。
確かに凍った水龍はそのあとも動いた。
数秒ほどはな。
すぐに彼女の顔が苦しそうに歪んだ。
そして水龍はその形を崩壊させたのだった。
次は水魔法の話ですかね
トラブルを避けるための勇者候補資格が仇となりましたね