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海辺に出てきて

 ギャクラ王国、城の最上階にその部屋はあった。上方にある小窓から日の光が差し込み、全体を薄く照らしている。中央には城の中で最も大きく、贅を尽くした椅子が置かれている。

 そこに座る人物に向かって声をあげる少年がいた。


「レイルは……レイル・グレイはこの国にとって利益となる人物です。引きとめなくてよかったんですか? 父上」


 父上と呼ばれたのはこの国の国王で、父上と呼んだのはこの国の王子、レオン・ラージュエルであった。


「お前はあの男を見くびっている。あやつは国の利益になる人間という器では――むしろ他国にいてさえ我が国に利益をもたらすだろう……いや言い訳はよそう。私はあいつが怖い」


 初めて聞いた父の弱音にレオンが狼狽えた。


「怖い?」

「お前らが何をあの男に見ているのかは知らないが、あれはいびつだ。大人ぶっているわけでも、子供のフリをしているわけでもない。自然体にして、大人にも子供にもなれていない」


 当時、子供のレイルは玩具一つで国中の貴族の力を弱体化させようなどと、ふと思いついたように提案した。

 それはまるで「体を鍛えれば強くなるだろう?」と言った、当然のことを話すかのように。

 その後のことは、報告にしか聞いていないがそれだけでも十分にレイルのしてきたことは警戒に値した。


「あの男をこの国で御する自信がない。手綱を握れとはいわん……あの男から目を離すなよ」


 その時、扉が突然開いた。

 しかしここは玉座の間。無断でそのようななことをして許される人物など限られている。


「だから言ったじゃございませんか」


 そこには微笑を浮かべた美少女が立っていた。こぼれ落ちるは艶やかな金髪、その輝きは室内であろうと周囲の調度品に見劣りしない。まるでその髪に合わせたかのような碧眼が細められて、二人を見つめる。

 レオンの双子の妹にして、この国の王族が一人、レオナだった。


「お前こそなんだ。あんなにレイル様、レイル様と騒いでいたくせに」

「お兄様はおかしなことを仰ります。最初はあれほどまでに私とレイル様が近づくことを嫌がっていたというのに」


 俺は成長するんだよ、とレオンは心の中で反論したが、実際最初は嫌がっていたので何も言わない。成長というよりは、許容範囲が広がったとも言えるし、レイルを知って誤解が解けたとも言える。もしくは、親しくなり懐柔されてしまった、とも。


「レイル様なら心配ございません。そのうちにまた帰ってきますもの」


 基本的に、レオナはレイルを慮るとか、憂えるといったことをしない。

 レイルという人間への信頼、そしてあくまでもレイルのために為す全ては自ら、そして国のためにある、そうした根底にある動機の在り方が彼女をそうさせていた。

 それに、手紙が届くうちは無事であるとわかるのだから、と続けた。


「レイル様ですもの」


 薄く、まるで社交辞令のように薄く微笑んだ。その言葉が滅多に見せない彼女の本心であり、それが心からの微笑であることを、そこにいた家族だけは知っていた。







 ◇



 この広大な大陸の東に広がる大国ギャクラ、その南の国境近くまでやってきた。

 最近、この世界は前世よりも小さいのではないかと考えている。

 それは比喩でもなんでもなくって、世界地図から測った王都からここまでの距離と、ここまでの移動速度を考えると明らかに小さいからだ。


 まあ、それは俺にはあまり関係がないか。地図を作るわけでもなければ、正確な距離が何かを左右することをするわけでもない。天文学でも志すなら正確に測っておいたほうが良いのだろうが。

 小さかろうが大きかろうが、世界一周を目指しているわけではないのだから。


 国境には警備兵が存在する。怪しい奴が突破するのを防ぐためや、他国からの侵略がないか見張っている程度のものだ。武力としてはそう大きなものではない。

 魔物を防ぐのは壁がその役割を果たすし、その壁をものともしない存在が攻めてきた場合は兵士の十、百など時間稼ぎにもならないので、なるべく早く情報を国に持ち帰ることが先決とされる。


 よって、国を出るだけならばそこまで手続きはない。

 勇者候補証でも、冒険者カードでも出られるし、商会の身分証でも出られる。

 特にこの国は緩いらしいが。商業を重んじることもあり、商人が出入りしやすくしているのだろう。


 俺たちは当然のように国の外へと出ることができた。


「そういや、聞いたか? この先の海に魔物がいるって話」

「あー、酒場でな」


 この世界では航海用の船は存在しない。

 それは海が危険だからだ。航海ができないほどに。


 まず第一に、海の魔物が陸のものに比べて巨大であることがあげられる。

 陸では本来、生物に厳しい成長限界が存在する。

 陸では大きければ筋肉とともに重くなり、重くなればそれだけ自重を支える筋肉が必要になるというジレンマがある。

 結果、生命維持に必要な重さを支える分を差し引いた分の筋肉で全ての自重を支えなければならない。

 必然と限界が存在する。

 だが海ではその限界は陸に比べればほとんどないと言える。

 前世でも陸で最大の大きさはゾウだが、その何倍も大きい生物がうじゃうじゃと海の中にはいた。

 イカやクジラが代表的な例だ。


 大きければ強いというわけではない、とは柔よく剛を制すなどとロマンの一つとして語られるが、やはり傾向としては大きい方が強い。

 それに、水上、水中では人間の戦闘力は低下するし、向こうは十全に動ける。

 魔物の跋扈する世界において、海に出るというのは馬車で魔物の群れを渡るようなものだ。


 安全な航海路も、強力な軍艦も開発されていない現在、海を渡るものは馬鹿か化け物である。


 では他の大陸にはどうやって移動しているかというと、以前も話した転移門ゲートを使用する。

 転移門ゲートは古代から存在するロストテクノロジーの一つで、未だにその構造は解明されてはいない。

 わかっている事と言えば、空気中の魔力を使用するので、一度に大量のものは運べないことか。

 しかしそれぞれの大陸では、独自に自給自足が可能であるため、貿易というのは希少品に限られているので現状、あまり問題はない。


 つまり、海に魔物が出るというと、そのほとんどは海辺で漁をする人たちの間の話である。

 ではたいしたものではないだろう、もしかしたら人魚などの珍しいものが見られるかもしれない。

 そんな風に淡い期待を抱いて提案した。


「行ってみようか?」

「行くの?」

「そうね。海は行きたいわ」

「いいな」


 後から知ることであるが、実はカグヤとロウの二人は間接的に海を渡ったことがある。本人らも知らぬうちに野生の転移門ゲートを使用していたらしい。野生の転移門ゲートというとわかりにくいが、作られた時のまま整備がされておらず、どこに飛ぶかわからないような記録にない転移門ゲートといえばいいか。

 野生であったため、不安定だったというのもあるが、二人は幸い、祖国ヤマトから最も近いギャクラの中に放り出されていた。

 そんな事情はさておき、カグヤとロウは海を楽しみにしていた。


「前のゴブリンはちっちゃかったなー……もっと大きな魔物もいるのかな?」

「あんまり大きなのは困るな」


 そうだな。

 サメの魔物とか出たらリアル◯ョーズだし。


 そうして道中出てくる魔物を倒しながら抜けた目の前には十数年ぶりの大海原が広がっていた。

 潮臭い風が服にまとわりつく。

 周りはシロツメクサや白く結晶が葉の表面に広がる草、ぽつぽつとクスノキが生えていた。小さなピンク色の花もある。地面に点々と。気持ちのいい風景ではある。

 日本の九州かそれより南ぐらいの気候だろうか。


 俺ら以外は誰もいない。

 遠くまで続く青色の合わせ鏡のような空と海を眺めていた。





 そしてそれは突然現れた。

 急に水面が暗くなったかと思うと、ぬっとそれが盛り上がる。


「ニンゲンがまたここにくるとはな」


 激しい水しぶきがあがる。

 現れたのはイカとタコを足して二で割ったような巨大生物だった。紫の混じった赤黒い色で、足は海の中をぐねぐねと動き回っていて数えられない。それは人の言葉を喋った。

 その特徴的な見た目に、脳裏に浮かぶのはある生物だった。


「クラーケンか!」


 前世でも有名な海の怪物。

 猿や鳥など他のものが混ざることもあるが、基本的にタコやイカの見た目をしている。

 単独で船を沈めることさえあるという。こいつもまた、海に出られない原因の一つだろう。


 そんな怪物がどうしてこんなところに……?


「強者を探している。ちょうどよい相手がいない」


 ある程度知性のある魔物の本能として、強い相手に従う、というものがある。

 この言葉から察するに、こいつもその本能に従っているらしい。

 しかしこいつは高位の魔物、辺りにいる魔物では相手にならないのだろう。

 かといって深海にひしめくもっと凶悪な魔物たちに挑めば、従う前に食われることうけあいだ。

 で、強いものがいないかと陸に目を向けた、と。


「この間のニンゲンを逃がしてやったのがよかったのか?」


 そうか、こいつが噂の発信源か。

 こんなのに出会った漁師が生きて帰れたということが、こいつが知能ある魔物で、遊び相手にもならない漁師をあえて逃がすことで強い敵をおびき寄せようとした証拠だ。


「その様子だとしっかりと聞いてはおらんようだな! 逃げたければ逃げてもよいぞ! いつでも好きなときにかかってこい」


 なるほど、今回も恐れをなした俺たちが他から強い人間を呼んでくることを期待しているのだろう。


「よし、逃げよう」

「逃げんのか」

「ほう」

「また来る」


 無策で挑むは愚者の骨頂。

 戦略的撤退だ。いや、逃げたんだけどな。

 今やっても勝てないし。


「で、助っ人でも呼ぶの?」


 カグヤは海岸の方に目をやりながら、消極的かつ手堅い案を出してくる。


「いや、呼ばない。あいつを屈服させたら従えられるんだろう? 数の暴力では意味がないし、他のやつに掻っ攫われるのも気に食わない」


 数の暴力そのものは悪くない。

 しかし、それだと誰に従えば良いのかという点について分散してしまう。

 かといって、俺たち以上の強者を呼ぶと、クラーケンはそいつに従ってしまう。


「じゃあどうするの?」


 俺は尋ねるアイラに幾つかの物を出すように言った。その中には王都で買った鉄も多くある。

 俺はアイラとあるものの制作にとりかかった。







 さあやってまいりました、海沿いの崖の手前。あれから少し日数はかかったが、作りたいものは完成した。

 クラーケンはウミガメのように産卵時期に海岸にくるわけではない。

 今回の目的はクラーケンの仕える主を見つけるためだ。


 ルールは簡単、弱いものが強いものに従う。

 弱肉強食の世界だ。

 だが、強いものに負けたい、従いたい、とは天然のドMの素質でもあるのだろうか。

 ただただ時間稼ぎで逃げたわけではない。


 とくと我らの秘策をお見せしよう。


 今回使うのはスライムの粉末……ではなくこちらの装置になる。

 それは綱引きの綱を巻き取る装置を横に倒したような形をしている。

 ただ違うのは、その馬鹿みたいな大きさと、素材による圧倒的強度、そして地面に、そして周りの木々に徹底的に固定されているところだろうか。


「ふはははは。脆弱な小僧どもが! 助っ人すら呼ばず、たった四人で張り合おうというのか。その心意気は単なる身の程知らずかどうか、見せてみろ!」


 おお、ボス戦みたいな前口上。

 ファンタジー世界に来たんだなあとつくづく思う。

 だが今回は、RPGのように派手な魔法や多彩な技でしのぎを削るような熱い戦いは見られない。

 地味で、面白みもない、戦いというのかさえも微妙なものだろう。


「これでもくらえ!」


 俺らが投げたのは、鉄製の刺々しい鎖のようなものだ。

 先端が大きな輪っかになっていて、クラーケンの頭部……いやこの場合腹か?腹や長い足におさまる。

 輪投げでもしているかのような気分だ。


「お前らはこの我と力比べをしようというのか。面白い!」


 クラーケンはあまりに愚直に、その先を掴んだ。そして離れぬようにがっちりと自らへと固定した。

 俺たちが挑む勝負が、単なる力比べだと思ったのだろう。そしてそれに対して正面から受けて立つというのだ。


 かかった。

 勝算もなくこの俺が、バカみたいに力比べなんて挑むわけがないだろう。

 俺はこれを策だと言ったのだ。

 種も仕掛けもないなんてマジックみたいなことを言うつもりはない。


「なんだ……この力は? お前らのどこにそんな力があるというのだ」


 力はない。

 だがお前は知らないだろう。

 仕事量は力×距離で決まる。つまり、仕事量の差なら距離で補える。

 この場合はてこの原理のほうがわかりやすいか。中心からの距離が違う逆向きに作用する力は中心からの距離の逆比になる。確かモーメントとか言ったか。

 自転車のギアなどと似たような仕組みになっている。

 長い距離を動くようにすれば、力に対抗できる。


「ふん、こんなもの。すぐに抜け出せ――」


 無駄だ。その刺々しい鎖は結束バンドと同じ構造を使用している。結束バンドとはあれだ、コードとかを束ねるときに使う白い塩化ビニル製のものだ。

 よく名前が出てこなくなる。

 一方通行にしか動かない接続部分、決して緩むことはない。引けば引くほどひたすらに締め付ける。

 綱引きだと考えて一度でも引っ張った瞬間、お前はその束縛からは逃れられなくなったんだ。


「ならばその装置ごとひっこぬいてやる――――」


 装置の倒壊。

 それこそが最も危惧していたことだ。

 それだけは起こらないように必死に周りで固定した。木々に、地面に、びっしりと。鋼の楔は一本一本が生身で抜くのに苦労するほどに深く差し込まれている。さらにその数は十や二十をゆうに超える。

 これでは大型の巨人も動けまい。


 条件だけ見るならば圧倒的にクラーケンが不利な状況における力比べ。

 種族差に任せて力押しでもなんとかなるかもしれない。


 だがそうはさせない。


 諦めたクラーケンは正面から俺たちと綱引きもどきに挑んだ。

 じわじわと、じわじわとクラーケンは陸に近づいていく。

 あるところまで引き寄せると急に力が緩んだ。その瞬間にいっきに陸に引き上げる。


 海の怪物はその巨体を陸に打ち上げた。力を使い果たしてぐったりと横たわる体は海水で濡れているのがわかる。

 これが可愛い女の子ならば、少しは……

 いやいや、俺は紳士なのでそんな事後みたいなのよりも事前の方がいいと思います。


 なにいってるんだろう、俺。


「さすがのクラーケンも陸の上では単なる魚介類だな。どうだ? 自らの無力を噛みしめる気分は」


 束縛して無理やり身動きのとれない場所に連れ出したあげく、それを上から見て高笑いする俺。実にいい気分だ。

 完全に悪役だな。


「相変わらずねあんた」


 カグヤが苦笑いしている。

 アイラは終始、俺のことを目を輝かせて見ていたが、眩しいのでやめてほしい。多分、俺への尊敬というよりは装置の仕組みについてのアレだろうけど。


「なるほど。人の力は知恵、か。いいだろう。それを卑怯とは言わない。知力も立派な武力だ。我が主よ、名を何という」


 あんなわけのわからない策にはまって無様な負け方をしたのに、そんな屈辱の相手に忠誠を誓う。

 その潔さに思わず目を細めてしまった。


 やっぱあんたの方が漢だよクラーケン。

魔物には二種類の意味があります。

人に害をなす他種族、という意味と、魔力変異した種族として分類されない動植物のたぐい、という意味です。

後者の中で獣型は魔獣などと呼ばれます。

高位の魔物は言葉を解すると言われていますが、嘘をつくことはないといいます。

嘘をつくというのはさらに高度な知能が必要だということですね。

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