表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/200

邪神と孤独と永遠の虚無と

主人公がピンチで覚醒したりしない。

何故かわからないけど生き残ったりしない。


そこには「運」よりなにより、何かしらの意思とこれまでの全てが絡み合う。

戦いとはエネルギーの奪い合い、意思のぶつけ合い、存在証明と、自己規定。

 

 邪神は風魔法で地球にあった大気の塊を自らの周囲に纏うことで一命を取り留めていた。巨大な大気の塊はうっすらと光を反射しつつ、広大な宇宙の中で羊水のように邪神を抱えているようにも見える。

 肩で息をしながらも邪神は歓喜の声をあげた。


「どうだ! 生き残ってやったぞ! 後は戻るだけだ。何度でもやり直してやる。なんならあいつらが老いぼれたところを……」


 徐々に回復しだした脅威の肉体に余った魔力を迸らせて叫ぶ邪神の背後から話しかける。


「戦いに今度なんてねえよ。甘いこと言ってんじゃねえよ」


 一命を取り留めたのは邪神だけじゃなかったってことだな。

 邪神がお決まりの「どうして貴様が生きている!」といった旨を原稿用紙二枚以内にまとめてくれたが、そちらは聞くに堪えないのでスルー。

 俺が助かった理由は簡単。俺が装備している数少ない防具のおかげだ。

 水色を基調として緑の模様が入った、透明感のある布きれ。防具としてはないよりマシなとさえ言われそうな衣服の名前は『水神の羽衣』という。かつてアクエリウムにて、その価値を正確に理解されずにお土産と渡されたそれは、体の周囲の気圧、水圧を一定に保ち、液体が体内へと侵入することや逆に体内の大気が膨張、収縮することを防ぐ一級品の魔導具だ。ついでに魔力によらない温度変化も防いでいる。気圧の変化は温度の変化だ、気圧を制御する副産物としてその結果があるのだろう。深海でも無事に過ごせるという、神の名に負けない俺の唯一の防具。


 まさか、本当に気圧ゼロさえも調整してみせるとは。


 構造そのものは単純だが、こうして命を救ってくれている。こんなことなら、全員に着せてくればよかった。普段は空気中の魔力を使っている以上、時間が経てば効果をなくしてしまうかもしれない。だがそれより前に確実に邪神の風魔法が切れる方が早い。

 そうでなくとも、邪神自身がそのような決着を待っていられるほどに冷静ではないだろう。宇宙空間という人知の及ばぬ虚無の中で、何故か生きている目の前の生物に少なからず取り乱しているはずだ。


 俺たちは自然な流れで剣を交えていた。空間を捻じ曲げ、あるべき場所には剣がない。互いに複雑に絡み合った空間が交錯して、衝突するたびに振動を伝え合う。


「世界を統べるのは貴様ではない!」

「もちろん」


 転移が繰り返され、互いの力をぶつけ合う。

 自身の動きと逆向きに魔法を放ちながら戦う邪神とは違い、座標固定で相対する俺の方がいくらか効率は良い。それだけでなく、邪神はこれまでの戦いで多大な消耗を強いられてきた。最後の一手でもおかしくはない大技の直後に、多少回復したからといって戦いつづけることは難しい。

 後は時間の問題だ、とは思ったものの、そういった感覚が先ほどのミスを招いたのだ。

 首、眼球、背中、足に手と相手の戦力が削れる場所を選んで攻撃を仕掛けていく。

 空間把握がなければ、上下左右の区別もないこの空間で気にする必要があるのは周囲を飛び交う謎の波長の数々。そして浮遊する小惑星などに当たらなければ問題はない。波属性がなければ死んでいたのかもしれない。


 遥か彼方まで続く漆黒に点滅するかのような恒星の散りばめられたラピスラズリのような空間が周囲を取り囲む。空間把握と波魔法の組み合わせでダイレクトに脳内に映像が届き、つぶさに観察できる。

 この世界に二人しかいないようだ。

 事実、地球はかなり遠い。空間把握をかなり広げてようやく方角がわかる程度でしかない程に。空間転移のない状態でここにいればさぞかし絶望できたのだろう。


「飽きねえな。でも」


 再び両者が激突する。闘志と闘志、剣と剣、術と術が相手を削り合う。


「ほざけ」


 互いに余裕などない。フルに脳と精神を酷使して、極限の世界を見ている。アドレナリンが目に見えなくてよかった。きっと脳内麻薬に溺れてしまいそうだろうから。


 危険な状態であることには変わりないが、俺はどこか高揚してさえいた。

 戦いが楽しいのではない。全力を出せることにでも、世界を救えることにでもない。ましてや邪悪を滅ぼせることになどでは決してない。

 それは、邪神の目にあった。焦燥も、絶望も、優越感も、嫉妬も、憎悪も諦観さえもがそこに。混沌とした感情が邪神の目に渦巻いている。

 相手の全てを手に入れたような全能感が全身を支配していく。邪神の目には自分しか映っていない。これはきっと、人の本性に秘められたどろどろとした醜悪な感情の派生にあるものだ。独占欲とも支配欲とも違う、まるで承認欲求だ。

 この感情を共有できてはいないのだろうか。


「なあ、邪神。どうして俺を一番敵視してたんだ?」


 確かに結果論から言うならば俺が最後までこうして邪神の前に立ち塞がっているわけだし、空間転移と把握の最も熟練した俺がいなければここまで粘れなかったかもしれない。だが脅威度だけならば、味方の鼓舞をできる奴や、守りきれる聖女とか、もっともっと強そうな奴がいたはずだ。

 と、ここまで問いかけて自身の気持ちにも気づく。邪神は自分で邪神と名乗ってはいないのに、最初に"邪"神と呼んだことに。正義ではないといいながら、心のどこかで世界を滅ぼせる者を邪悪と捉える感性が、そうしたい願望のようなものがあったことに。


「何故そんなことを……いや、いいだろう。最初からずっと、貴様だけは我を見ていなかったのだ」


 一瞬、邪神の言っていることがわからなかった。空間把握でしか視認していないことならば最初からではないし、そんなことは俺を敵視する理由にはならない。


「全ての者が、我と相対すればその胸中に様々な感情を抱えど、視界の中心に、目的の最終地点に我を見ていた。貴様の仲間とやらが我を倒すことを目標としていたように」


 本来ならば声の届かぬ二者の間を、空間魔法で空気のある範囲同士を繋いで波魔法で補助して聞きとる。


「癪に障るものだ。まるで通過点のように扱われるのはな。貴様はおそらく敗北してなお、目的を達成する。この我を、戦いを、全て手段として利用することしか考えていない。勝てる勝てないなどではない、生かしておいては駄目だと警鐘が鳴り響くのだよ、貴様のような相手はな……」


 そうか。それは良かった。邪神も同じ感情を抱いていたわけだ。相手の魂に自身の存在を刻み込むようなことに対しての執着と、生と死の向こう側にあるような、どうしようもない最低の欲望を。

 所詮違ったのは、満たされた側か、満たされていない側か、の話でしかなかったのだろう。


 どす黒くその心を染めて、相手に自身を認めさせるような削りあいはその後しばらく続くこととなる。

 今の俺はある意味どこまでも誠実と言える。挑発もしなければ、嘘もつかない。心理戦を一切持ち込まずに演算に全てを注ぐ。全力の戦いは、皮肉にも邪神の語った心情がどこまでも真実であると俺に知らせる。

 剣と剣でわかりあう、なんて少年漫画の代名詞──────あんなに馬鹿らしいと思ってたのにな。

 だんだん何をしているのかすらわからなくなり、限界が近づいてくるのがわかる。


「準備が整った」


 邪神が急にそんなことを言った。

 気がつけば、真っ白な空間に連れ込まれていた。そう、これは以前に貴族たちを拷問するために俺が使ったのと同じ亜空間だ。亜空間そのものには何かを傷つける要素は全くない。むしろ。


「ここには空気が用意されてるのかよ」


 そう、亜空間はあくまで自身の想定する通常の空間を基準とする。相対座標が自転の影響を受けないのと似たようなものだ。つまりは実際の比率や本質とは無関係に、地球と同じ酸素と窒素が一と四で入っているような気体が一気圧で入っていると思われる。まあ吸った感覚に違和感がないからの発言なので本当かどうかは微妙か。とはいえ、空気があるだけでだいぶ違う。気圧調整が楽になり、水神の羽衣の魔力切れも心配いらない。

 まあこれで、邪神の粘り負けのいう線がなくなったというわけだ。


「この空間で決着をつけてやる。我が負ければ貴様は出ることはできないがな」


 邪神も限界が近い。自身の負けを想定したような発言をするのは珍しい。

 出られない? 脱出の方法? そんなものは倒してから考えればいい。当てはないでもない。ただ、成功するかはわからないが。

 ゆっくりと目をあける。ただ、そうした方が良いと思っただけだ。周囲を白が塗りつぶしており、先ほどとはものの見事に対照的である。重力はあるような、ないような。何もしなければ地面にいるが、どこかにいるからといって下に引きつけられるような感じはしない。あえて表現するなら、いる場所が本来いるべき場所のような感じだ。宇宙空間の無重力よりは何かに向かって立っているような感触はある。


「何もない、何の邪魔も入らん」

「今更騙し合い? 俺が空間把握を使えるのはわかってんだろう?」


 そう、ここには不可視の空間の壁があちらこちらにあって、ただ歩くだけでは真っ直ぐに進めない。おそらく創造主である邪神にはどこにどんな形であるかわかっているのだろう。俺は空間把握でそれを避けて攻撃しなければいけない。

 やはり邪神は強い。かなり削って、おそらく邪神自身もそう思っているはずだが、それでもなお莫大な力を残している。当初の先が見えない存在感は消えている。だが一体どれほどの人数とどれほどの技量で上回ればこれを削り切れるというのか。

 そしてさっきから圧倒的不利な場所に連れ込まれていることは否めない。元来、自然や敵の境遇などを利用して戦う自分にとって、何もない場所というのは非常に厄介だ。

 頭がガンガンと痛い。疲労が出ているのだろう。二日酔いは知らないが、多分こんなものだ。一番近いのは初めて空間術を会得したあの場所での経験だが、そんなものは俺だけしか知らない感覚だ。

 考えろ。何もない場所でなお、打てる手はあるはずだ。

 敵の目を見て、現状を整理して頭をフル回転させる。


 なんだ、利用できるエネルギーが目の前にあるじゃないか。


「これで────詰みだ!」


 邪神の魔力抵抗が擦り切れていた。ボロボロで、本来の力の一割どころか一分も出せていない状況で、どこに何の手を打てば、一撃で仕留められるか。そう考えた時に答えが出た。

 相手に直接干渉すればいい。唯一俺が邪神に勝る空間術、擬神の核を取り込んで得た最悪の術式を相手に、相手の周りにかける。本来ならば通じないほど魔力抵抗があったが、それももう過去のことだ。

 絶対座標固定。強制力では結界並みに異常なこの術式は地上では大規模破壊にしか使えない。そして俺はこのために使うエネルギーを邪神から(・・・・)借りる。


「なんだこれは! 動けないだと!」


 邪神が何かしらの行動を起こそうとすると、そのエネルギーを使って邪神を固定する。邪神が動こうと自身に与えた運動エネルギーを固定するために使うのだ。結果として邪神は何もできない状態になる。

 いくら空間術に長けていたからといって、邪神相手に一発で成功させられるわけがない。ここまで消耗させたからこそ、抵抗力がなくなっていたのだ。

 邪神は自分の置かれた状況が時間と共に自身を苛むことを理解し、そして慌てた。


「おい! これを解け!」

「断る」


 戯れに邪神の頬を切り裂く。つつぅと血が流れて、悔しさに歯噛みする邪神を固定したまま上?から見下ろす。


「わかった! 望みをなんでも叶えてやろう。なんなら貴様を我が隣に立つ唯一の生物、いや、我が貴様の配下に下ってもいい。敗者は勝者に従うものだ。許せないというなら謝ってもいい……」

「ん? なんで謝る必要がある?」

「何……? 我を憎んではいないのか? 怒りはないのか?」

「なあ、例えばだけどよ、持ってる剣で木を切ろうとして、自分の手を切ってしまったとするじゃん。そん時にお前、自分の手を切った刃物を怒ったり憎んで壊すの?」

「何を……言っている?」

「だからさ、俺にとって敵っていうのは道具なわけ。道具の使い方を間違えたり、道具が自分を傷つけたからってすぐに不良品扱いして捨てるわけねえじゃん。意思を持って、場合によっては愛着が湧いたり、自身の仲間になるかもしれないけど」


 剣を向けたまま続ける。


「お前は最初から間違えてねえよ。お前の考えはお前の考え。ただ俺と違う、ってだけで」

「じゃあ助け────」

「あげない。重すぎて持てない剣は捨てていく。悪用されかねない産業廃棄物は遥か地下に埋める。お前は強すぎて、俺たちの未来のためには使えない」

「何百年かかってもここから出てやる! いつか貴様に、貴様が死んでいてもその末代まで、一族郎党根絶やしにしてくれる!」


 時間が経たないようなこの空間で時間の尺度がどうなっているのか甚だ疑問ではあるが、このまま(・・・・)だと邪神が封印を解くにはかなりの時間がかかるに違いない。


「させると思ってるのか」


 俺は邪神の目の前に立った。何気無く言うことでなおさらに相手の絶望感を煽って増大させる。ハッタリのように大袈裟にするわけでもなく、もったいぶるわけでもなく淡々と事実に限りなく近いことを思い知らせる。


「お前はここで、力を失って抜け殻となって存在と自我が消えるその時までずっと自身の作った亜空間で孤独と虚無に囚われ続けるんだ」


 かつてないほど弱った邪神が怯えるような目で見上げてくる。

 そう、その目だ。俺が肩を叩いただけで怯える一般冒険者なんかよりもずっと実体験に基づく恐怖。何をされるのかとビクビクしながら俺の一挙一動まで追い続けようとしている。

 知らない、ということが恐怖なのだとしたら、異世界の知識を抱えて歪に成熟した俺のことはさぞかし怖いに違いない。


「なあ邪神。もっと別の形で出逢えていれば、俺たちは仲良くなれただろうな」


 俺は邪神に手を伸ばした。ゆっくりと、指が邪神のその顔の前へと到達する。決して俺の指は綺麗なわけでもなければ、俺自身が筋肉質で威圧感があるわけでもない。ただそこにあるのは、これからする作業へ向けた想いとこれまでの戦いの余熱のみ。

 何もない、形だけがいびつな亜空間に邪神の絶叫が響きわたった。

次回、最終回

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ