VS邪神 しゅうけつ
敵を欺くにはまず味方から、という。
自分の一番の味方は自分ならば、自分を騙さないとダメなのだろうか?などと無駄な思考の寄り道は置いておこう。
この戦いの、これまでの本当の目的を話そうと思う。最も出力が低いとはいえ間接的な攻撃力が最も高い俺が、単独で攻撃を大量にしかけなかったその理由を。邪神という最も重要な脅威を目の前に、わざわざグランをアークディアたちのもとに送ったこと、そしてアークディアを助けたいだけなら他にも送る奴がいただろうとか、そんな不自然な行動の理由を。
これまでは時間稼ぎだったのだ。
もちろん最初から全力で邪神を叩き潰せるならばそれでよかった。
そうはいかないのが現実というもので、結果として仲間は各地の戦力として割かざるを得ない状況であった。
特にアークディアの戦線は、最も少ない数で最も高い戦力を送り込まねばならなかった。俺よりもアークディアが適任だと思ったので人選は任せてしまったが、リオやウタってそんな強いのか……?と心配ではあったがあいつらを信じよう。
で、途中でグランを送り込むことで何が起こるか。
アークディアたちの戦闘が終われば、空間転移が使えるグランにより、八人は各地の戦況を駆けずり回ってくれる。そしてカグヤやロウなど、できるだけ信頼できる仲間を連れてきてくれるのだ。
このことを知っているのはグランとアークディアの二人。それ以外は戦闘に臨機応変に対応させるためにいろいろと指示していない。当のアークディアにさえも、適当に腕の立つ都合の良い奴を連れて、邪神の虎の子を殲滅してから来いと言っただけだ。グランには仲間を連れてここに来て欲しい、一番最初に送るのはアークディアたちを秘密裏に送った場所だとしか言ってはいない。
その結果がこれだ。
今、俺たちは邪神を当初の倍以上の人数で取り囲んでいた。グランには龍や竜を連れてくることができなかったことを謝られたが、そんなものがいるとは聞いてない。
これを仲間と力を合わせて、絆の力で立ち向かいます。そんな風に綺麗事で塗り固めて言うことはできよう。
しかし表面的な正義など、時代に、人に、そしてその時の事情に左右される。それはプロパガンダがそうするように、表現者の少しの意図と技量で印象操作される。
だからこそ、あえて偽悪的にこう言おうじゃないか。
「数の暴力に任せて袋叩きにしようぜ」
裏切るフリをさせたのは外道か?
策略はどこまでが人道にもとる?
戦争で人を殺すことは悪なのか?
人質を助け出すのは義務なのか?
多人数で一人に挑むのは卑怯か?
知らねえよ。
だって俺は正義など語れやしないのだから。
◇
周囲にいるメンバーを見て、残酷だがキリアとカレンを送り返すことに決めた。
最初言ったような緊急を要するものでもなかったので、しっかりと(三行で)説明してから転移してあげたので大丈夫。アフターケアは女性陣に任せた。
二人を返したのは、単純にここからの戦いについてこれないと感じたからだ。ここから先は、とある技能がないと生き残れない。それは後ろから迫り来る攻撃を前を向いたままかわすほどの気配探知か、空間把握能力。
邪神が本気を出したのだ。これまで封じていた空間転移も使い出した。
そこからはもう、形容しがたい光景が広がっていた。
グランの空間転移はタイムラグがあるので、高速戦闘の補助には向かない。というわけで、皆さん俺の転移か自身の技量のみで邪神の攻撃を避けなければならない。
普段、というか空間転移を覚えたてのころの俺がしていたような戦い方をその強靭な肉体と有り余る力で乱暴に行う邪神。転移を繰り返し、背後から、上空からと場所を選ばず殺しにかかる。
それを最も早く見つけた者が、攻撃させないだけの速さで妨害する。
土や煙が舞う中、俺はもう視覚情報を捨てた。
もちろん、魔力抵抗の高い奴らが多いせいで、魔力が辺りに満ち溢れて空間把握を阻害する。だからこそ、神経をできるだけ空間把握に集中させたい。以前はむしろ、視覚情報で補助していたのが最近では逆になった。空間把握こそが俺の本当の知覚となっている。
目を瞑り、呼吸を合わせて周囲の様子全てを自身の脳内に投影する。立体地図のように、俯瞰するように辺りの様子がわかる。それはもう手にとるように邪神の動きが見えるのだ。
「下がるぞ!」
邪神の攻撃が誰かを襲うたびに、邪神の背後に接続して剣を突き出す。
邪神は弾いたり体をひねって避けるので、なかなかあたりはしないが十分だ。
そして仲間を邪神に攻撃しやすいところまで転移させる。擬神の核を飲み込んだことで、離れた場所と離れた場所を転移させるのも楽々だ。
「後ろだ!」
「横から攻撃頼む!」
ありとあらゆる属性魔法と、矢に剣に槍にと攻撃の種類だけでも枚挙にいとまがない。
カグヤが邪神の攻撃を受け流す。隣にいるご老人はおじいさんだろうか。カグヤが下がると彼が入って邪神を抑える。気迫と視線だけで敵も味方も釘付けにするようだ。
グランとカイの補助がタイミングが良すぎる。妨害と搦め手にかけては凄いな。
邪神も馬鹿ではない。そろそろそれぞれの性質と、弱点を見抜きながら攻撃を仕掛けてくるのだが、そこに俺が入れ替えをする。もちろん事前に声かけはする。
俺が事前に立てた作戦の一つ、苦手な攻撃が来たら得意なやつを前に出すから止めろというもの。これは入れ替えられるやつの技量が高くないと無理だ。目の前に出された瞬間、攻撃をそのまま無防備にくらってやられるようなかませだと無駄だ。
多くの場合は感情に左右されない機械族か、メイド長やおじいさんとかのやたらと反応の良い人ばかり前に出す。もともと前にいて、攻撃を食らう側にいるグローサやアランは放置。
「回復を!」
「結界展開!」
結界術と時術で完全に僧侶タイプの聖女が背後に控えているおかげで、なんとか損耗なしにやってきていた。
アイラが遠くから狙撃している。
たびたび爆発が起こって、邪神の腕や肩に風穴があく。
なんとか時術で再生するも、だんだんとその効きも悪くなってきている。
魔力抵抗というのは自身の意思で下げることができる。俺に連れられて転移や、セティエの回復ができるのもこのおかげだ。
しかし時術と魔力抵抗の引き下げという二種類の精神を集中させる必要がある行為を同時に行う、というのは本来大変なことなのだ。
何度もしていればその精度も落ちるし、攻撃の嵐の中で発動すれば、自身の魔力抵抗が低ければ魔法の攻撃を盛大に食らう。そうでなくとも集中が困難な状態で、悪魔もいれば気などぬけるはずもない。
邪神はじわじわとその力を削られていった。
当初は鼻歌交じりに魔法を扱っていた余裕もなくなり、今は肩で息をしている。
どこの王族かという豪奢な服装もすりきれ、焦げ付き、ところどころ破れて見るも無残な姿になっている。
誰もが希望を持ち始めた。それは機械族であっても同様だろう。
アークディアも積極的に攻撃に参加しはじめ、ウタとサーシャさんの連携水龍なんかも見られた。
そう、油断したのだ。
だから、邪神が余力を残していたことに気づかなかった。
空間術の危険さを誰よりも理解しているはずの自分がそれの対処をしていなかったのは失態だった。
邪神は追い詰められ、懐から黒い宝玉を出した。
切り札、というと聞こえがいいが、少しだけ余力を残すだけの宝石。巨大な宝石を自身の出力を数割あげるために使うという非効率さに人間世界では実用性がないとされる。
しかしそれも邪神ほどの者が使えば話は変わる。
「何をする気だ!」
まるで別世界のような空間接続。ギギギギと擦れるような摩擦音が耳をつんざく。無理やりにこじ開けた音だ。
巨大な裂け目の向こうには、暗い漆黒が広がる。塗りつぶすような闇の中には散りばめられた宝石のようにまたたく無数の光があった。
この光景を俺は何か知っている。
「みんな、逃げろ!!!」
多分、俺は人生で一番叫んだかもしれない。
全員を転移で逃がした。一人を除いて。
残ったのは俺だ。確かにここで全員で逃げたとしても、空間が接続されてしまった以上逃げ場などない。ならば誰かが残って邪神を食い止め、この裂け目を閉じなければならない。
というのが意識的だったのか、それは単なる後付けの理由でただただ自分まで逃がす余裕がなかったのかは今となってはわからない。
ただ、無意識に「大丈夫だ」という感覚はあったかもしれない。だってそうだろう、自己犠牲なんてらしくない。
かつてない力が俺の体を襲う。
そう、この先は宇宙だ。空気も重力もない、全ての生物が生存不可能とされる絶対零度と気圧ゼロの虚無の世界。
俺は風魔法が使えない。波魔法で操れるのは波だけだ。空間固定で必死に抗うも、俺自身が固定できなければそれは意味をなさなかった。
邪神は残る力を使って、重力魔法と空間術の複合、擬似ブラックホールに近いものを作り出したのだ。重力の中心は裂け目の向こうへと設定されており、空間の歪曲と接続によって宇宙空間へと全てが誘われる最悪の自爆術式。ねじ曲がってグニャグニャの空間の外へ出ようとしても、うまく空間転移が通じない。
圧倒的な力。それは個人の力では抗いようもない災害。
知っていたはずだ。自らはこの世界そのものの中では弱者だということを。
手がするりと離れる。
そして俺は空間の裂け目の向こうへと引きずり込まれていく。
「はははは……やったぞ! こいつがいなくなれば、あやつらの士気はガタ落ち!! こいつさえいなければ……!!!」
狂ったように笑う邪神にどうしようもなく腹が立って俺は腕を伸ばした。いや、届きすらしなくて、空間接続で邪神の腕をかろうじてつかむ。
「お前も来いよ」
口の端を釣り上げて、空間術を全てそちらに割いて邪神をそのまま連れ込む。俺が逃げられずとも、それぐらいはできた。
邪神は何か喚いて魔法を使おうとしているようだが、抵抗虚しく裂け目に一緒に引きずりこまれた。
俺と二人、裂け目の奥へと消えて、裂け目は術者がいなくなったことで閉じた。
誰もおらず、戦闘の爪痕が痛ましいまっさらな場所だけが残った。
レイルが邪神とともに宇宙空間へ。
どうなるレイル!
どうなる邪神!




