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八対八 終盤

 リオと中級悪魔、アークディアと上級悪魔の戦いは見た目には完全なる格闘戦の様相を呈していた。

 魔法も、武器も一切使わずに己の肉体のみを駆使して殴打と蹴撃の応酬となっている。

 だがその内実はリオとアークディアでは完全に反対のベクトルに位置していた。しかしながらそれを見抜けるのはアークディアや上級悪魔と同じ領域に至った、高位の精神生命体だけであろう。






 ◇


 リオの牙が中級悪魔の肩に刺さる。強烈な痛みに、精神生命体という痛みに鈍感ながら滅多に痛みのない存在である中級悪魔は声をあげかける。


「な、んなんだ、こいつは」


 途切れ途切れに自身の困惑を言葉にする。

 悪魔にとって通常の獣人など、貪り喰らう対象でしかない。願いを叶える代わりに魂をもらうと契約することで互いを縛って魂を奪う時の抵抗を減らす。それだけの、つまりは調理するかしないかの違いでしかなかった。

 しかも目の前にいた獣人は獣度の低い少女でしかなかった(・・・・)。ここに来たのを見たときは、取るに足らない相手だと真っ先に魂に目をつけていた。

 しかし今はどうだ。猫のヒゲらしきものはピクピクと動きながら、全身に生えた毛を逆立てている。猫っぽい、程度でしかなかった瞳は完全に猫のそれだ。獰猛で、野生の生々しさをそのままに凝縮したかのような、獣にもっとも近い存在がそこにはいた。


「だから見せたくなかったの」


 とはいえ、完全には理性を飛ばしてはいない。

 だがそこには、戦闘の考えはあれど戦闘以外の全ての思考を放棄している。

 相手の境遇から揺さぶろうとか、相手の目的だとか、仲間の戦況など、付属する全てを遮断する。

 だから、だから見せたくなかったのだろう。

 考えることを諦めないレイルに、もっとも考えることを放棄するようなこの姿を見せたらなんと思われるのかが怖かったのだ。

 いつもは思慮深く、危険なこともしないリオが海に流されてレイルと出会ったのだって元を辿ればこの形態に行き着く。


 リオが勝手に恐れているだけで、レイルがこの姿を見たとしても「勝つための最善ならば考えなくてもいいんだ」と言うだろう。

 レイルが考えることを放棄しないのは、それが一番勝ちやすいと考えているからでしかない。

 リオだって乙女。乙女心は複雑ということだろうか。


 爪は鋼の剣のように壁を、床を切り裂き跡を残す。拳が壁に当たればクッキーのように粉々に粉砕し、噛みつこうとすれば肩の肉が食いちぎられる。

 何の迷いもない、獣そのものの戦いに少なからず悪魔は動揺する。

 獣ではなく、理性を保ったまま野生に身を落とすような芸当の戦士を初めて見たのかもしれない。


 それほどにリオの種族についての情報は少ない。

 そう。悪魔であったとしても、知ろうとしなければ知ることのない知識。アークディアが知っていたのは偶然であった。知識欲の高い、長い時を生きる悪魔だからこその異端の知識はこのような形でリオの本性を引きずり出した。


 戦いは格闘戦、と表現したが、もはやこれは闘志と闘志のぶつかりあいである。


「ぐるわあああ!!」

「うおりゃぁぁ!!」


 相手の腕を、腹を、背中を拳がとらえる。

 蹴撃は脳天をかちわろうと上か下へと流れ、横から脇腹にささる。

 ひたすらに掛け声と、瓦礫が吹き飛ばされる音と肉体のぶつかり合う音が入り混じる。

 リオと悪魔の戦いは、全てを一撃必殺へとなりうる攻撃のオンパレードとなってさらに互いの境界線を曖昧に野生へと誘っていく。





 ◇


 一方、悪魔同士の戦いは表面上は格闘戦だがその実態は完全な魔力の統制と魂術による駆け引きの冷戦であった。

 そう、悪魔は精神生命体。互いに魔力を使った現象そのものでは傷つかず、そこに魂を込めるとエネルギーの無駄が発生する。

 魂を込めたからといって当たるとは限らない以上、魔法を"打つ"というのは非効率的だと早々に両方が切って捨てた。

 最初は撹乱目的で使われた魔法も、魂を込めて使えば相手に回収されるかかわされるかで無駄打ちになる方が多かったからだ。


 では何をもって攻撃となすか?

 それは魂による肉体の強化を行うことと、相手の扱う魂のエネルギーを奪うことに特化しているのだ。

 青白い魂の炎を手に纏い、その殴打の力をさらに強化してみたり、移動のために使用したり、相手の使っている魂に干渉してみたりと複雑な術式合戦なのだ。

 しかしそれらはすべて、水面下で行われる戦い。常人の目には壁も、床も、建物全てを無視するようにして格闘戦を行っているようにしか見えない。


「やりますね……」


「驚いたぞ。上級とはいえ、お前と私では格が違う。この程度の悪魔が私と互角にやりあえるとはな」


 アークディアは悪魔としての名誉に興味がなかった。

 悪魔の世界では、魂をより多く扱えることが強い証のようなもので、より大胆に、残虐に、ド派手に魂を回収してきたものが英雄扱いされる傾向にある。

 上級の中でも公爵や伯爵などの細かな階級分けがあり、アークディアはその中ではさほど上にはいなかった。実力はあるかもしれないが、何もしない偏屈者。魂をろくに集めないから役に立たない。悪魔のくせに本ばっかり読んでいる。概ねそんな評価だった。


 しかしレイルと行動を共にするようになって、レイルの近くで死んだ者の魂を回収するようになった。いざという時にレイルの役に立てないようでは無駄だと思ったのだ。

 そしてレイルは強すぎる敵こそ、残虐に殺す。そうして恐怖と絶望などに染まった強者の魂は質も良く、下手な上級悪魔などよりずっとその力を増していったのだ。


 一方、人間と近しいというのは悪魔にとって非常に煩わしいはずのことだ。

 人間と契約し続けるということは、魂を契約の鎖で繋ぐことであり、鎖を壊してしまわぬように気をつけなければならない。

 アークディアはレイルからもらった合理的な概念と、自ら蓄えた知識を融合させてレイルと魂をつなぎ続けることでゆっくりと魂の扱いを上達させていった。

 極めつけにサーシャとの同居。これにより、人間体での魔法の行使の感覚を掴んだ。


 こうして異端の上級悪魔、アークディアはできたのだ。


 もともと力をひけらかすことも、強い敵を倒すことにも興味のなかったアークディアは自身がこれまでにない速度で強くなっていることに気づかなかった。

 魂の扱いが上達したことで、自身の力を完全に隠蔽してしまえているのも問題だった。

 そう、アークディアのその強さの半分も理解せぬうちに、目の前の上級悪魔はこんなものかとアークディアを解析できた気でいた。

 逆にアークディアは体ならしの時間が終わったところで徐々にその出力を上げる。

 

 上級悪魔は不審に思う。さほど強くなかったはずの敵が徐々に強くなっていくことに。

 そして気づく。お互いに一切無駄な破壊を行ってはいないことに。


 アークディアが仲間を巻き込んでしまわぬように、上級悪魔のエネルギーさえ制御してしまっていたのだ。

 完全に統制のとれた魂と魔力の乱舞はその性質をアークディアのものとしていく。

 そう。これはエネルギーの奪い合い。戦いとは突き詰めればエネルギーの奪い合いか、一撃必殺だ。

 魂魄術式の合戦において、エネルギーを支配されるということは即ち敗北を意味する。


 戦闘経験だけの(・・・)欠けたアークディア。彼を倒そうと思うのであれば様子見や舐めて遊びなどせずに最初の一撃で仕留めておくべきだったのだ。

 アークディアに解析させるだけの余裕を与えてウォーミングアップさせてしまったことが上級悪魔の敗因であった。



 ◇


 全ての戦いが終わり、再び五体満足で集結した八人は休憩していた。

 ある者はロウに治療をしてもらい、ある者は血走った野生の眼の火照りを冷ましていた。

 そしてアークディアを見やるが、アークディアはグランの方を見ながらこういった。


「貴方がここに来た理由。果たしましょう。ではいきましょうか」


 こうして八人は城から姿を消した。


今回はさらっと終わりましたね。

そう、次回からようやく邪神との戦いに戻ります。

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