八対八 中編
ああ、戦闘って難しい
ホームレスとデイザスの戦いもまた、巧妙な魔法合戦となっていた。
ホームレスはやんちゃなその気性から勘違いされがちだが、その実、頭の回転はさほど悪くはない。それどころか魔族の中でも問題児と寵児の二つの矛盾した名を両立させられるほどには、才気に溢れていたのだ。
地形を、相手の魔法を利用しながら複雑に魔法を打ち合う。
そしてデイザスもまた、魔族の中でも魔法の得意な者であった。そうでなければ、国を滅ぼすなどという大役を任されて一人でフラフラとしているはずがない。とある国を魔物に襲わせたその行為だって、自身が生き残る確信がなければできないものだ。
彼もまた、魔物の大群を一人で生き残ることのできる戦略級の魔術師である。
とはいえ、その肉体は通常の上級魔族から逸脱していることはない。レイルに縄で縛られれば動けなくなるし、首を切られれば出血多量で死ぬこともある。
なんとも、まだまだ魔族やめてないぐらいの彼らの才能はどこまでも戦闘センスにあった。
「ぎゃははは! 砕け散れ!」
「させるかよ!」
魔力が体内に貯めることのできるエネルギーであり、その内包する量が多ければ敵からの魔力による体内環境の干渉に抵抗できる。これを魔力抵抗というのだが、彼らは互いに魔法を使うだけあり、魔力抵抗は魔族の中でもかなり高い。にも関わらず、相手の体内へと魔法で干渉しようとしているのだ。
ホームレスがデイザスの血液を水魔法で操ろうとする。
デイザスがホームレスの肉体を加熱しようとする。
そして相手の攻撃が開始されるたびに、自分は相手の集中を妨げるか自分自身の体内に干渉してその魔法を止めなければならない。
その時に扱うのは、出の早い一般的な初級の魔法になるのだが、これまた二人とも扱いが厭らしい。
ホームレスは妨害のために建物の天井に向かって風の砲弾を放って、デイザスの頭上を崩落させる。
デイザスは集中を妨げるために足元に向かって泥の刃を放つ。ホームレスの足元の床がえぐれてホームレスはバランスを崩しかける。
隙があれば剣も扱うが、剣はブラフにしかなっていない。
「あー、あいつらも勝つだろうけど、最後になるのは癪だ。さっさと倒してえんだけどな」
「お前らレイルとかいうガキに言われて来たんだってか? いい機会だ。あいつの大切なものを片っ端から壊していってやるよ!」
「バカだな。レイルが大切なものに手を出されたらこれ幸いとお前をいたぶりにくるぞ。お前がどうやって捕まえられたかは知らねえけどよ。どうせ手加減されてたんだろ?」
魔法は感情に左右される。お互い挑発することも忘れない。しかし二人とも見た目や言動とは裏腹にどこまでも冷静であり、決してのることはない。
軽口を叩くその間も、風の刃が、水の槍が飛び交う。
魔法は四つの段階に分けられる。一般的なのは上級、中級、初級の三つで、生活に便利なものから戦争で扱える大規模魔法までをここに分類する。
ホームレスとデイザスがここまで使ってきたのは概ね上級までで、上級が扱えれば魔法使いとしてはかなり優秀なのだ。
だが大体の属性において中級まで扱えるような二人からすれば、上級は中級の延長線上にしかないことで対処は簡単なのだ。
ここで現れるのが特異級というものである。
これは一般には知られていない。
というのも、線引きが曖昧かつ使用者が非常に少ないからだ。
魔法の規模と速度や精度を高めるのが上級までだとすると、こちらは魔法の属性の本質そのものに迫った運用のことだ。ようするにオリジナル魔法ということになる。
実は魔力の出力や貯蓄などで一般魔法使いレベルしかないレイルやカグヤは、ほとんどの魔法がここに属していたりする。
魔法の本質を知り、自然の力を借りて、不可能を可能にする力。
本来は相手にどの魔法で攻撃するかで魔法戦闘が決まるのだが、この域に至ると魔法をどう使うかとどれだけ手札があるかというイカサマ合戦のようになってくる。
レイルはこれを相手が戦闘に移る前に繰り出すことで確実に決めてきた。ブラフを重ねて、虚実ないまぜにして相手を惑わすことで対人戦を制してきたのだ。
だが彼らはここまでくるともはや相性の問題となってくる。
デイザスの作った水の槍は、最初はただの槍に見えた。
だがホームレスにささるその直前に冷気をまとい、周囲の熱を根こそぎ奪っていこうとした。
デイザスもまた、熱操作という炎属性のその本質の一つを理解している一人であった。
「氷像にしてやるよ」
冷気がすっかりホームレスを覆う、と思った瞬間ホームレスの姿が消えた。
「ここだよ」
そこには天井に逆さに立つホームレスの姿があった。ホームレスは予め、水魔法で作った水の鏡によって自らの姿を元の場所に投影していた。波魔法を使わずに光を利用した一つの例である。
ホームレスが声をかけたその瞬間、デイザスは息苦しさを覚えた。
そう、風魔法でデイザスの周囲から空気を奪ったのだ。もちろん真空には程遠い。だが通常は空気全体の二割を酸素占めている。その気圧が半分になれば酸素をうまく吸収できなくなる。成分そのものを扱えればもっと楽に殺していただろうが。
デイザスは未知の攻撃にたじろぐ。原理はわからないが、魔法の範囲から逃れることでその窮地を脱する。
何より末恐ろしいのは、彼らの魔法に対する理解は大半を感覚が占めていることだ。
レイルのように、物理科学などの知識に照らし合わせて本質を系統立てて理解したわけではない。
こうすればこうなりそう。
そんな感覚だけで魔法を掴んできたのだ。
結果しか見ないこの世界の他の魔法使いよりはかなり頭を使っている方なのかもしれないが、レイルに言わせればまだまだ足りない。
才能とは時として知識理解の先に到達することもある。レイルはそれを改めるようにホームレスに言ったことはなかった。
驚いたら負け。そんな子供の理屈みたいな戦闘が、大胆かつ意表をつく魔法の応酬によって行われる。
重力の中心を敵にしてみたり、床が足に噛み付いたり。炎魔法を使った瞬間に、炎が膨れ上がって制御できなくなったりとびっくり箱のような騙し合い。種も仕掛けもない本当の魔法が相手の意識を逸らすたびに、打ち込まれた攻撃が身をえぐる。
一手先、二手先を読み合う。
相手が次に使うとすれば、どのタイミングで打てば外さないか、自分をどう見ているのか。
最後に立っていたのは──────
「やっぱ強えよ、お前」
満身創痍のホームレスであった。
まるで合わせ鏡のように、戦闘スタイルのよく似た二人。適度に実力が拮抗しており、邪魔が入らないことで運の要素も消える。
ホームレスにとって、これほどに最適な好敵手はいなかったであろう。
すでに虫の息のデイザスを見下ろして優越感に浸る。その権利が彼にはあった。
「ちくしょう……あのクソガキに人質にされた時よりも悔しいぜ……」
デイザスはレイルに敗北したことを通過点程にしか思っていなかった。
すぐに替え玉を立てて逃げてしまったこともあり、その敗北の苦渋はいつしか薄れてしまっていたのかもしれない。
だが、そのレイルが送ったホームレスに実力勝負で負けたことにより、とある感情が湧き上がったのだ。
まるでホームレスが強くなるための材料のようではないか。
まるでレイルに、自ら出て戦う必要もない小物だと言われているみたいではないか。
その二つの感情はどうしてかデイザスを苛んだ。涙が流れていることを否定しようと、何か違うことを考えようとしたその時。
「いや、お前はすげえよ」
戦いあった好敵手を真正面から認めるその言葉に、薄れゆく意識の中でデイザスは戸惑う。それと同時に、先ほどまで苛んでいた苦い感情が消えていくのがわかった。
ホームレスは足を引きずるようにして、治療可能なロウの元へと急いだ。
◇
城の外、湿地帯のほとりで妖精と巨人の血をひく男が向かい合っていた。
巨人の血をひく彼は、目の前の妖精が自らの相手をすると意気込んでいるのを見てひどく困惑した。
「どして、てめえがきた」
彼は当然のように体が大きい。ならばその相手をするのも、体の大きなものか強そうなものになると思ったのだ。
目の前の妖精は吹けば飛びそうなぐらいに小さく、そして軽い。
小さな少女に羽が生えただけの姿をしているが、魔法が得意で時間稼ぎに徹するのかもしれない。
そんな疑問にウタは至極真面目に答えた。
「なんでって、単にあなたがちょうどよかったからかなー」
ウタは特別サボリ魔でもなければ、バトルジャンキーでもない。
ウタがもしも悪魔を相手にすれば、万に一つの勝ち目はなかっただろう。彼女の攻撃手段は魔法のみ。精神生命体にとことん弱い。
半巨人というのは少し複雑だ。本来、自分より小さなものを相手にすることを前提とする彼も、ここまで小さなものになると少しやりにくい。だが肉体を武器とする彼の攻撃は確かにウタには通る。
「つまりー、私とあんたの相性は最悪で最高ってわけよ!」
ふわふわと飛びながらビシッ!と指を差す。
彼女が探偵ならば、巨人が罪を告白して崩れ落ちるところだ。
「わげわがん、ね」
低い声で吐き捨てる。どもりながら濁るところを見ると、あまり喋るのは得意ではないらしい。
そして、戦いが始まると彼はウタの評価を一変させた。
全く攻撃が当たらないのである。拳圧で起こる風に流されるように、ひらりひらりと避けるのだ。
その掴めなさはまるで舞い散る花びらのようで、手の中に掴んだ!と思うとするりと抜けられている。
「こんなもんー?」
信じられない事態に掴み損ねた手をみていると、ウタが距離をとって聞き返す?
彼は地面が乾きはじめていることに気がついた。今まで踏めばぬかるむようだった泥の地面が、乾燥してひび割れてさえいる。
「これでよしっ!」
無邪気な掛け声とともに、周囲に水でできた剣や槍が浮かんでいた。
だが彼はまだその危険を理解していなかった。
かつて彼が国一番と称される魔法使いの一人と戦った時、その魔法使いが放った風の矢は彼の肉体を傷つけることがかなわなかった。
彼が拳をふるえばかき消え、腕で顔を守れば受け止められる。
そもそも見てから避けたり防いだりできる程度の弱いものであった。
そう、所詮魔法は強靭な肉体の前に負けるのだ。
なまじ勝ち続けてきた経験があるだけに、そのように見くびっていたのだ。
だから、今度の魔法も見てから防げばいい。
強そうならかわせばいい。
周りに浮かんでいた全ての武器の形をした魔法が消えた。否、発射されたのだ。視認できぬ速度で、周囲360度からの魔法が彼を蹂躙した。
百を超える水の数々は、巨人の血がなせる強靭な肉体を貫いていた。
ウタがしたことは簡単。
たくさん作って、回転させて、一斉に高速で放つ。
あまりに単純な力技。しかしその集中と出力は怪物とさえ言えるものであった。
そう、ウェンデーネという水属性でも両手の指で足りる実力者の姪。その微妙な肩書きに見合うように自己の鍛錬を怠ることのなかったウタの水属性の魔法は誰よりも研ぎ澄まされていた。
鍛えたウェンディーネ自身が恐れ、甘い言葉と共に、他に精霊もおらず生物の数も下降の一途を辿っていた綺麗なだけの泉に封じ込めるようにして遠ざけたほどには。
穴だらけの巨人の肉体を湿地帯の奥底に埋めて、鼻歌さえ歌うウタを見て戦慄しないものはいないだろう。
その出自を知るアークディアだからこそ、その狂気を全てレイルのために活かせと言ったのであった。
あと少し




